狂人同士の歪んだ願望

 

「あーりーまーくん!」

 

 俺の視界の隅。かろうじて見えるほど離れた距離にいたのは、一人の女。大声でこちらの名を呼ぶそいつは、遠目から見ても分かるほど、全身真っ赤に染まっている。そんな相手が満面の笑みでこちらへと駆け寄る様は、さながらホラー映画のようだった。

 それを確認したと同時に、躊躇うことなくそいつにマシンガンの銃口を向け、すぐに引き金を引く。聞き慣れた音が鼓膜をゆさぶり、撃った反動で身体の軸が少しだけブレた。

 一回で仕留めるつもりだったが、相手は器用に横へ飛んでかわしていた。近づく前に殺すつもりだったのが裏目に出たのか、どうやら避けられてしまったらしい。

 

「ひっどーい!! いきなり撃つなんて!!」

 

 また大声で叫ぶ葉月を見て、思わず舌打ちをする。その抗議には返事をせずに、急いで近くの木に身を隠し、マガジンを交換した。

 

 まったく、ついていない。この手の相手は、非常に厄介だ。騙しも、奇襲も通用しない。向こうも最初から殺すつもりなのだから、どう立ち振る舞おうと、結果的に普通の殺し合いへと発展する。そうなれば、あとは持っている武器と、己の肉体的な力量次第だ。

 運動神経は至って普通だが、こちらには最強の武器がある。だから、大抵の人間には勝つ自信がある。葉月がいくら運動神経がよかろうと、躊躇いがなかろうと、別に危機感を感じることはない。けれど、その葉月との間に行われるのは、ただの普通の殺し合いだ。それでは、面白くも何ともない。相手を欺き、驚きや絶望の表情を見ながら止めを刺すのが、何物にも代え難い愉悦だというのに。

 

「おまえ、やる気だろ」
「葉月何も言ってないじゃーん!!」
「全身血塗れで、手には真っ赤な斧。そのなりで笑顔浮かべている奴なんて、どう考えてもやる気満々だろうが」

 

 騙し討ちは意味がないし、そもそも今から殺す相手に取り繕う必要もない。仮面を被るのは止め、素の状態で話を進める。

 

「むーん。まぁ、間違ってはないけどー。ねえ、有馬くん。いつもと全然違うんじゃない?」
「おまえ相手じゃ、取り繕う価値もないからな。死んでもらうつもりだし」
「……ん? もしかして今、葉月馬鹿にされている?」

 

 普段の俺とのギャップを覚えつつも、馬鹿にされたことの方が引っかかったらしい。気になるのはそこかよ、と少々呆れつつ、木の陰からもう一度引き金を引いた。声をする方向を向けて、ばらまくように広範囲に乱射したが、悲鳴も何も聞こえなかった。どうやら、また外してしまったらしい。

 

「有馬くんの武器当たりなんだー。いいなー、いいなー。かっこいいなー!」
「そりゃどうも。勝ち目ないんだから、さっさと降参したら?」
「えー、せっかく面白くなってきたところなのにー?」

 

 こちらの提案に、葉月はにべも無くそう断る。斧とマシンガン。誰がどう見ても、葉月の方が圧倒的に不利だ。牽制の意味も込めての言葉だったが、まったく意に介さなかったようだ。動揺や緊張が多少はあってもいいはずなのに、今の葉月からはそれらがまったく感じられない。

 冷静に物事を判断できる人間であるならば、この場は逃走が最も合理的な判断だ。しかし、どうやら殺し合いそのものを楽しんでいる葉月には、逃げるという選択肢は存在しないらしい。性格上、そういうことを考えてないだけかもしれないが。

 まぁ、向かってきたとしても、逃げたとしても、ここで殺すことに変わりはないけど。

 

「あっ! そういえばさ、葉月。須田くんに会ったよー」
「……へぇ」

 

 膠着状態が退屈だったのか、それともたた単純に今思い出したのか、葉月が妙なことを口にした。生返事をしながら、どう応えるべきか思案する。

 本来なら、話など聞かずに殺すのが一番合理的な判断だ。しかし、少しばかり興味が湧いたので、気まぐれに会話に付き合ってやることにする。別に誰かがここに来ても、俺が圧倒的に有利であることに変わりはないのだし。

 

「殺したのか?」
「そのつもりだったんだけどー、逃げられちゃったー。なんかー、末次くんの死体見てすごいびっくりしてたしー」
「ふーん」

 

 殺されたなら殺されたで面白いと思ったが、どうやら葉月から逃れることに成功したらしい。クラスメイトの死体を見て驚愕するのは、雅人の性格上最もあり得る行動パターンで、別に驚くことではない。ただ、そのまま殺されずに逃げられたあたり、雅人も割と生きることに執着しているようだ。なるほど、それで教室のあの発言につながるわけか。

 

「反応うすーい! ねぇねぇ、有馬くんもやる気満々なんだよね?! だったら、須田くんも殺すつもりなのー?」
「当たり前だろ。優勝しないと、生きて帰れないんだから」
「えー、それだけー?」

 

 ほぉ、と少しばかり感心した。あれでなかなか、痛いところを突いてくる。女というものは、どうにも根拠のない勘とやらがあるらしいと聞いたことはある。葉月にすらそれが備わっているあたり、案外馬鹿にできないものかもしれない。

 

 葉月の言う通りだ。それだけが理由ではないし、それが一番ではない。別に雅人を殺すことを優先したわけではない。ただ、会えたらどんな反応をするのか、興味はあった。今まで信じ、頼ってきた友人が、本心ではどう思っていたのか。優しい仮面の裏にある、普段とはまったく異なる本来の性格。それらを知った時、雅人は一体どんな反応をしてくれるのだろう。騙していたことに対して怒るのだろうか、それとも悲しみで呆然とするのか。考えただけでゾクゾクする。

 この展開は、ある程度自身の考えを持ち、そのうえで築いてきた信頼関係あってこそ成り立つのだ。幸治のようにただ依存するだけの人間相手だと、欺かれていたことすら理解しないだろう。それでは、何も知らないまま殺すのと変わりない。

 

「有馬くんって、けっこうひどい人なんだねー。友達を殺そうとするなんてー」
「お前だって、小野寺と薮内を殺したくてたまらないくせに。よく言うよ」
「えー、違うよー。葉月は、咲ちゃんと秋奈ちゃんの真っ赤で綺麗な血が見たいだけだよー」
「なんだ、それ。結局、殺したいって言ってるのと同じだろうが」

 

 あまりにも的外れな葉月の返答に、乾いた笑いが零れる。どんな理由や目的があるにしろ、やっていることは何ら変わりない。むしろ無自覚な分、余計にたちが悪い。まぁ、別に俺にはどうでもいいことだが。

 

「……んー。須田くんに言われるならまだしも、有馬くんには言われたくないかなー」
「はは、まぁそれには一応同意できるかな。あいつなら、俺のようなことは言わないだろうし。人どころか、虫も殺せるかどうか怪しい奴だし」

 

 死にたくはないが、人を殺すのも嫌だ。教室での発言から察するに、それが雅人の考えなのだろう。人がよくて真面目な、いかにもあいつらしい答えだ。その根元には、「自分がされたくないことは、人にもしない」という信念みたいなものがあるからだろうが。

 自分のためなら他人なんてどうでもいいっていう、俺とは正反対だな。だからこそ、面白いんだけど。

 

『このクラスで殺し合いとかするのが嫌なんです。中止するとか……できませんか?』

 

 そこまで考えたところで、ふとある考えが頭をもたげる。それは、驚くほど急速に膨らんでいく。優勝するという目的と、できるだけ楽しんで人を殺すという欲望。それとは別のものが、はっきりとした形を成していく。

 

「……やっぱ、おまえ邪魔だな」
「えっー? 有馬くん、今なんてー?」

 

 ポツリと出てきた言葉に、葉月がめざとく反応する。その言葉には返事をせず、隠れていた木の陰から出る。見れば、少し先の方で葉月が無防備に全身を晒していた。そちらに向かって、歩みを進めていく。

 別に執着していたわけではない。ただ、可能ならば程度に思っていたこと。実現できたら、どんなに楽しいだろうと思ってはいた。ただ、今のやりとりで、どうにもその欲が増してしまったらしい。

 あいつの代わりはいないし、今後出会うこともない。こんな絶好の機会を逃す手は、他にない。

 

 須田雅人は、この手で殺す。その欲望は、いつしか制御できないほどに膨れ上がっていた。

 

「おまえみたいな奴に構っている暇はないって言ったんだよ。さっさと死ね」

 

 目を丸くしながらも、どこか楽しそうな葉月に向かって、俺は躊躇うことなく引き金を引いた。

 

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 以前Twitterでアンケートして一番票の多かった「有馬孝太郎VS真田葉月のSS」です。時系列で言ったら、四回目の放送前くらいですね。孝太郎が淳一たちのところへ行く前で、葉月は篤と遭遇した後と思ってください。葉月が雅人に会う前か後かで悩みましたが、結果このような形になりました。あと、戦闘開始までの流れを書く予定だったのが、会って早速戦闘になったので、そこからの会話がメインになりました(笑)
 ノリのままに書いてみましたが、楽しんでいる者同士だと会話が本当に物騒になりますね……。あと、この話を書いたことで、孝太郎の「雅人を自分の手で殺したい」という願望が出てきました。ただ、これは葉月と会話したことで表面化したものなので、本編の彼がここまではっきりしているかは……定かではありません(爆)
 本編では会うことのなかった二人でしたが、もし遭遇していたらどっちが勝っていたのか……。それは、私にもわかりません。皆さんは、どちらだと思いますか?

 

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