最悪の予感

 

「銃声……」

 

 加藤龍一郎(男子4番)は、エリアE-5にて銃声を聞いた。連続ではない、単発の銃声。少しの間、耳をすませてみたものの、それからは何も聞こえてこなかった。単発ということはマシンガンではないようだが、少なくとも銃を使うような事態が起こっていたことは確かだ。それは即ち、“殺し合い”という現実が起こっていることを示している。

 

「また……誰か殺されてしまったのか……? 撃った人間は、一体誰だろうか……?」

 

 歓迎できない事態であるが、龍一郎にとって救いなのは、今いる場所から比較的遠いことだろう。ただ、銃声の場所が近かろうが遠かろうが、今の最優先事項は禁止エリアになる前にここから離れることだ。禁止エリアになるまで三十分を切っている以上、急いだ方がいいのかもしれない。

 周囲への注意を怠らずに、少しだけ足を速める。走るのは危険だ。どうしても音をたててしまうし、歩くより倍以上の疲労もたまる。もしやる気の人間と遭遇してしまった場合、息切れの状態では乗り切れるものも乗り切れない。相手がマシンガンの人間の場合、ほんの些細なきっかけで殺されるかもしれないのだ。いつ何時、そういった状況になるか分からないのだから。

 

――そういえば……。三回目の放送から今まで、マシンガンの銃声は聞こえないな……。

 

 ふと、そんなことを思い出す。それは、いいことなのかもしれない。けれど、だからといって油断はできない。今は様子見をしているだけという可能性もだってある。積極的に移動すればその分目立つし、弾数のこともある。ずっと動き続けるよりも、休息して体力を温存しておく方が、プログラムで生き抜くためには有効な手段だろう。人を殺すために、というところが不愉快ではあるが。

 もしくは、マシンガンの人間が、こちらの預かり知らぬところで死んでしまっているかもしれない。その可能性もある。けれど、龍一郎は、その可能性は極めて低いと考えていた。もし、マシンガンを持っている人間の正体が龍一郎の推測通りなのだとすれば、そんな簡単に殺されるとは思えない。そして普段から感じている懸念が正しいならば、改心も同じくらいあり得ないと思っている。

 その一抹の懸念を、誰にも話したことはない。話したところで信じてもらえないだろうし、何より意味はないからだ。和を乱すことをしたところで、誰も得はしない。だからこそ、ずっと心の中に留めていた。ただ、今のこの場合において、その懸念は命をも左右しかねない重要な要素に成り得る。

 

『私、絶対みんなに伝えるから!! 加藤くんはやる気じゃないって! あのマシンガンとは何の関係もないって!』

 

 その推測は、以前会っている東堂あかね(女子14番)にも伝えていない。そのことを少しばかり後悔したが、何の確証もない情報は、あかねをかえって混乱させるだけだ。龍一郎の推測している人物は、あかねにとって割と近しい人物でもあるのだから。

 そこで、ふとあかねのことを思った。別れてからかなりの時間が経過している。その間に、彼女と親しい佐伯希美(女子7番)園田ひかり(女子11番)、それに先ほどの放送で五木綾音(女子1番)が呼ばれている。槙村日向(男子14番)が呼ばれたあの放送だけでも、あかねはかなりショックを受けていた。追い打ちをかけるような内容に、少なくとも平然でいられはしないだろう。

 龍一郎にしても、日向に加えて、仲のいい弓塚太一(男子17番)が二回目の放送で呼ばれている。これで、仲のいい友人は全員いなくなってしまった。仲間を作ることはもう無理かもしれないと、半ば諦めてもいる。あかねが龍一郎のことを伝えてくれればいいが、ショックを受けているであろう彼女に、そこまでのことができるとは限らない。そもそも、会話ができる相手と、会えているかどうかすら定かではない。もしかしたら、今この瞬間にも、危険な目に遭っているかもしれない。最悪、先ほどの銃声に関係している可能性だってある。

 

――傍に……いるべきだっただろうか……。

 

 あかねのことを考えるたびに、そんな後悔の念に駆られる。やる気の人間に、おそらく説得は通じない。情にほだされる人間もいるだろうが、それはあまり期待しない方がいいだろう。いくらあかねの運動能力が高いからといっても、銃器や刃物を持っている相手に無傷でいられるとは思えない。そこに自分がいれば、武器を使うなりして彼女を守ることはできる。もしかしたら、マシンガンを見せただけで追い払えるのかもしれない。

 そこまで考えて、でもやはり彼女の目的のためには離れるべきだったと思い直す。あかねには、まだ仲のいい友人がいる。そこにマシンガンを持っている龍一郎のような人物がいれば、妙な亀裂を生んでしまうかもしれない。あかねの持っているものに、武器は一つはないのだ。この事実は、少なくても相手の警戒心を解くに十分だろう。なら、会話をすることは可能だ。あかねほどの人望があれば、信頼を得るのはそう難しいことではない。

 

――でも、結局どっちが正しいかなんて……分からないな……。やる気の人間に遭遇してしまった場合、武器がないのは不利でしかないんだし……。

 

 ただこんな風に悩むのは、あかねのことを考えた場合だ。龍一郎個人のことを考えれば、答えははっきりしている。単独行動ではなく、信頼できる誰かと一緒にいるべきだ。やる気でないことを証明するためにも。

 日向と太一がいなくなってしまった今、龍一郎を無条件に信じてくれる人はいない。あかねのように比較的話をする人間はいるものの、それと信用できるかどうかは別問題だ。おまけに、プログラムが始まって間もない頃のマシンガンの銃声。四番目の出発だった龍一郎は、その時既に教室を出ている。疑われるのは必死だ。もし仲間を作るのなら、マシンガンの誤解を解くのなら、龍一郎にとって今のこの状態が一番マズイだろう。

 けれど、そうすることで、一緒にいる相手を命の危険に晒してしまったら? 仲間にできるはずだった人たちに、変な亀裂を生じさせてしまったら? そもそも、問答無用で攻撃されてしまったら? それで自身が危険な目に遭うのはいい。けれど、自分を信じてくれている相手にまで危害が及んでしまったら――。そう考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。

 

――俺が一人でいる分には、誰にも迷惑をかけることはない。仮に勘違いされても、殺されそうになっても、誰かを巻き込むことはない。ただ、マシンガンを乱射している奴がいる以上、このまま静かに過ごすわけにもいかないだろうな……。

 

 一番理想的なのは、あかねが他の人と仲間を作った後、うまく話してその中に入れてもらうことだろう。唯一龍一郎のことを知っているあかねが間に入れば、話もスムーズだ。龍一郎が合流する前に作った仲間なら、それなりに話をすることもできるだろう。それが出来れば、少なくとも問答無用で攻撃されることはないはずだ。

 

――ただ、俺のことは置いといても、今の東堂さんには信頼できる人が必要だ。彼女と親しくて、かつ今も生きているのは、辻さんと細谷さん、あと須田か。細谷さんは俺が出るとき、いつになく怖い感じだったのが気になるが……。辻さんと須田なら多分……

 

 いつのまにか考え込んでいたことに気づき、龍一郎は少しだけ頭を横に振った。

 

――ああ、考えすぎだ、俺は。考える前に、やらなきゃいけないことがあるだろうに。

 

 とにかく、まずは移動しないと――。そう思い、視線を前方に戻したところ、何か影が動いているのが見えた。続いて、ガサガサッという足音が聞こえる。急いで思考を中断し、周囲を見渡した。今が十二月であるせいか、辺りは既に暗闇に包まれている。

 

――誰か……いるのか?

 

 自分と同じように、禁止エリアから移動している人間かもしれない。いや、もしかしたらやる気の人間かもしれない。少しだけ様子を見ようと、龍一郎はとりあえずじっとしていた。

 

――時間的に考えて、さっきの銃声とは無関係だな。

 

 右手に持っていたマシンガンの感触を確かめる。片手に撃つようなものではないので、この状態では対抗できない。かといって、今の状態で撃てるようにしてしまったら、変な誤解を招きかねない。

 

――問答無用で襲われた場合……。あいつだった場合……。俺は、これを使うことができるだろうか……?

 

 ゴクリと唾を飲み込む。心臓の音がうるさいくらいに響く。何があっても冷静に対応しないといけない。でないと、変な誤解を生んでしまい、下手をしたら殺されてしまう。相手が最初から殺すつもりだったとしても、もしかしたら説得に応じる人間かもしれないのだから。

 すると、急に視界の一部分が明るくなる。影が懐中電灯を点けたのだということは、すぐに分かった。ただし、その光は龍一郎に向けられているわけではない。ただ周囲を照らしているだけなのか、白い光の筋は、右へ左へ世話しなく動いている。

 

――どういう意図で点けたんだ……? もしかして、誰か探しているのか? それにしても……あまり不用心じゃ……?

 

 そう思ったのもつかの間、その光がいきなり龍一郎の方へと向けられた。あまりに眩しさに思わず目をつぶる。しまった――と思った瞬間、向こうから声が聞こえた。

 

「……加藤ッ! 加藤なのか?!」

 

 聞く限り、その声色に敵意はない。あるのは、ただ相手に対する安堵感だけ。まるで、ずっと探していた人に会えたかのような、そんな響きさえする。

 けれど、龍一郎に対してそんな感情を抱いてくれる人間は、既にいない。それに、龍一郎の推測が正しければ、その相手とはそこまで親しくはなかったはずだ。それでも、一応声はかけてみることにする。もしかしたら、この状況を打開できるかもしれない。

 

「……八木……か?」
「そうだよッ! 良かった……。お前なら、まだ信頼できそうだ……。なぁ、加藤は俺を殺したりしないよな? あいつみたいに、変なことしたりしないよなッ?!」

 

 声の主である八木秀哉(男子16番)は、懐中電灯を点けたまま、こちらの方へと近づいてくる。好意的に接してくれるのは有り難いが、少々無警戒なこの行動に、どうにも不安感が拭えない。

 

――発言からしても、俺個人というより、俺ならまだ……という感じだ。それに、何だか怯えているような感じが……

 

「もう散々だったんだ……。出発したら、曽根が殺されるし、俺も殺されそうになるし……。やっと見つけた相手が、橘みたいに信用できないやつだったりするし……」

 

 そんな龍一郎におかまいなく、秀哉は一人で話し続ける。橘亜美(女子12番)の名前が出たことが気になるが、彼女がやる気になるとは思えない。教室で見た限りではやる気は感じられなかったし、性格上そういうことができる人間とは思えない。おそらく、恐怖に駆られたまま彼女と鉢合わせしてしまったために、秀哉がそう勘違いしたのだろう。

 そうして会話している間にも、懐中電灯の光は変わらずせわしなく動いている。その光は、動きながら時折龍一郎の顔や、足や、腹部を照らしている。

 

「人もどんどん死ぬしさ……。まぁ妹尾がいなくなってくれたことは、俺にとっては良かったんだけど。まだ小倉がいるし、銃声も聞こえるし、それに――」

 

 秀哉の言葉が、不自然なところで止まった。そして、ちらちら動いていた光も、止まった。その光は、龍一郎の右手を照らしている。そして右手と同時に照らされているのは――支給されたマシンガン。

 

――しまったッ……!

 

「あっ……加藤……。お前、マシンガン……」
「違うッ! 俺はマシンガンの奴じゃない! 俺は、これを一度も使っていな――」
「お、お前も! お前も、有馬と同じなのかッ! 俺を騙して、殺そうとしたのか?!」
「あ、有馬……?」

 

 有馬孝太郎(男子1番)と同じ――。その言葉が、やけに引っかかった。誤解は解かなくてはいけないが、その言葉の真意を知る必要はある。心の片隅に抱えていた疑念が、真実なのかどうかを。“お前も”という、言葉が差す意味を。

 

「有馬がどうしたんだッ?! 有馬に、何かされたのか?!」
「そ、そうやって油断させて、俺を殺すんだろ……! 有馬が曽根にやったみたいに、俺を殺すんだろッ!!」
「曽根さん……? 曽根さんは、有馬に殺されたのか……?」
「そうだよッ! いきなりマシンガンで……ボロ雑巾みたいに殺して……! しかも笑っていやがったッ……! 俺に向かって、いつでも殺せるんだぞって、まるで見せつけるかのように笑っていやがった……!」

 

 そうか――。秀哉が混乱している理由が、少しだけ理解できた。おそらく秀哉は、曽根みなみ(女子10番)が孝太郎に殺されるところを見てしまった。あかねの話と照らし合わせて考えても、おそらく嘘ではないだろう。聞いたところによれば、秀哉が出発した直後にマシンガンの銃声は聞こえていたのだから。そして、そのマシンガンで殺されたであろうみなみは、校門付近で倒れていたのだから。だからこそ龍一郎は、孝太郎のことを最初から疑っていたのだから。

 しかし、今はこの状況をどうにかしないといけない。けれど、今の秀哉はとてもこちらの話を聞いてくれる状態ではない。まだ会話こそできているのかもしれないが、それもおそらく時間の問題だ。

 

――八木の性格上無理のないこととはいえ、ここは逃げるしかないか……? けれど、それでは俺まで乗っていると勘違いされてしまいかねない……。誤解だけでも解いておかないと、後々面倒なことになる……!

 

 しかし、仮に説得できたとしても、秀哉と行動を共にすることはできるのだろうか。他人に責任転嫁する傾向の強い秀哉は、クラス内ではやや浮いた存在だ。妹尾竜太(男子10番)小倉高明(男子3番)に顎で使われることも多く、親しい友人もいない。仮に仲間になれたとしても、秀哉の性格上、良好な関係が築けるとは思えない。何かに触れて、疑われる可能性は高いだろう。そうでなくても、最後の二人になったとき、「仕方ないじゃないか」とあっさり裏切られるかもしれない。我ながらひどい疑いようだと思うが、そういう一面が秀哉にあることは事実なのだ。

 とにかく、まずは秀哉を落ち着かせよう。そして、早くここから移動しなくては。

 

「と、とにかく八木……! もうすぐここが禁止エリアになる……。早く移動――」
「く、来るなぁ! お、俺はもう……もう誰も信じないッ!! みんなみんな、死んじまえ!!」

 

 龍一郎の言葉も聞き入れず、秀哉はいきなり叫んだかと思えば、そのまま走り去っていったようだ。ガサガサッという足音が、どんどん遠くなっていく。どこにそんな脚力があったのかと思うほどに、素早い動きだった。

 

――しまった……。最悪の別れ方だ……。

 

 誤解を解くどころではなく、穏やかに話をすることすらできなかった。秀哉の混乱状態もひどくなってしまった。あれでは今後、人に会ったら問答無用で攻撃するかもしれない。おまけに、マシンガンを持っていることまでバレてしまった。これでは、マシンガンを持っていることや、やる気であると言いふらされる可能性が大いにある。そうなってしまえば、ますます仲間を作ることは困難だ。状況は龍一郎にとって、他のみんなにとって、そして秀哉にとっても、より悪い方向へと動いてしまった。

 唯一救いといえば、最初のマシンガン――つまり、みなみを殺したのが龍一郎ではないと知っていること。あと、孝太郎がマシンガンの主だと知っているくらいだ。

 

――八木の言っていたことが本当だとすれば、やはり曽根さんを殺したのは、有馬か。ということは、有馬はマシンガンを持っている……。

 

 一番最悪な仮説が当たったことで、龍一郎の危機感は一層増した。孝太郎が、みなみを殺した理由は分からない。もしかしたら、正当防衛なのかもしれない。けれど、“笑っていた”という秀哉の発言からして、そうでないような気がする。むしろ、進んで殺したと考える方がつじつまが合うだろう。

 ただ、それだけでは、孝太郎の心中は分からない。それ以降に聞こえているマシンガンの銃声の主が、孝太郎とは限らないからだ。しかし、一つは孝太郎が、一つは龍一郎自身が持っている。マシンガンのように殺傷能力の高い武器が、そんなに多く支給されているとは思えない。龍一郎が一度も使っていない以上、これまでのマシンガンも全て孝太郎である可能性は高い。なら、やはり孝太郎は最初から――

 

 そこまで考えたところでハッとし、龍一郎は急いで時計を見た。タイムリミットまであと十五分。これは走って移動しないと間に合わない。正確にどこまでがエリアの範囲か分からない以上、余裕をもって移動しなくてはいけないのだから。

 サッと周囲を確認し、秀哉とは逆方向へと駆け出す。走りながら、やる気の人間に見つかりませんようにと、心の中で切に願っていた。頭の片隅で、笑いながら人を殺す孝太郎の姿を思い浮かべながら。

 

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