暴かれる真実

 

 加藤龍一郎(男子4番)は、八木秀哉(男子16番)と思わぬ形で遭遇してからも、禁止エリアに引っかからないためにずっと移動を続けていた。現在いるのは、C-3。北西の方に位置する、周囲と比べて少しだけ標高の高いエリアだ。

 

『曽根さん……? 曽根さんは、有馬に殺されたのか……?』
『そうだよッ! いきなりマシンガンで……ボロ雑巾みたいに殺して……! しかも笑っていやがったッ……! 俺に向かって、いつでも殺せるんだぞって、まるで見せつけるかのように笑っていやがった……!』

 

 秀哉の叫びに近いあの言葉が、ずっと頭の中で響いている。響くたびに、こめかみの辺りがズキズキと痛む。痛むたびに思うことは、状況は想像よりもずっと最悪だということだ。

 あの言葉が本当だとすると、有馬孝太郎(男子1番)はプログラムに乗っている。それも生きるためとか、仕方なくとかではなく、人に向かって笑えるほどに楽しんで乗っている。まるで自身の勝利を確信していて、かつ余裕を見せつけるかのように。

 それは驚愕の事実ではあるけど、龍一郎にはその理由が何となく分かっていた。いや、分かっていたのではない。嫌な予感がしていたのだ。プログラムが始まった時から。いや、正確には――プログラムに選ばれるずっと前から。

 

――有馬孝太郎は、俺たちとは何かが違う。

 

 一年の半ば頃から感じていた、一抹の疑念。それは、他人から見ればこじつけともいえるし、彼の人望に嫉妬しているからともいえるだろう。けれど、それを踏まえても、孝太郎は明らかに異質だった。少なくとも、龍一郎の中では。

 

『おーい、有馬ー! 一緒に先生のところに来てくれー! 次の授業で使う資料運ぶように言われてるんだけどさ、重いから俺一人じゃ無理!』
『ああ、全然いいよ。確か、例の道徳の冊子だよな。あれ、分厚いもんなー』

 

 学校での孝太郎は、人当たりが柔らかく、誰とでも仲良くできる人物だ。人が嫌がることや面倒なことを率先してやってくれるので、何かとみんなに頼られている。話すことも面白く、彼といると妙な沈黙で息苦しい思いをすることはない。成績もクラス上位、運動神経は中の中といったところ。おまけに品性方正であるせいか、教師からの信頼も厚い。そんな彼のことを慕う者は多くいれど、悪く言う者はいない。それどころか、広坂幸治(男子13番)のように、崇拝に近い感情を抱いている者もいるくらいだ。たとえ彼とあまり関わりのない者でも、彼の人となりは知っているくらい、学校では優等生として有名だった。

 

 つまり、彼は完璧だった。笑えるミスもするし、いつも満点とまではいかない。けれど、人としての彼に欠点はなかった。

 けれど、龍一郎には、その“完璧さ”こそが、どこか作られたように思えて仕方がなかった。言うなれば、孝太郎は“完璧すぎる”のだ。十五歳の中学生が持つには、不自然なほどに。

 

 龍一郎自身にしても、仲のいい弓塚太一(男子17番)槙村日向(男子14番)にしても、何かしら欠点を持っている。龍一郎の欠点は、日向曰く「自分を押し殺しすぎる」こと。太一の欠点は「楽観的すぎる」、日向は「自分のことを過小評価しすぎる」といったところだろう。もちろん、そういうところも含めて彼らのことを友達だと思っているし、それは人として当たり前のことだ。欠点が一つもない人間など、いるわけがないのだから。

 だから、三年間見る限り欠点という欠点を見つけられない孝太郎のことを、龍一郎はいつからか警戒するようになっていた。欠点がないのではなく、見せないとしたら? 見せないということは、少なからず取り繕っている部分があるのではないか? その取り繕っている部分が、本来の彼の大半を占めているとしたら?

 もし、学校内での彼が、完璧な自分を演じているとしたら? 本当の彼は、自分らに見せているものと真逆の性格だとしたら?

 

――このプログラムで、その本性が現れたとしたら……?

 

 そうだと考えるならば、全てのつじつまがあう。これまで感じていた疑念も、秀哉の言葉も。

 もしそうだとしたら、このプログラムにおいて最も危険な存在だ。意図的に他人を欺いていた人間が、いくら自分の命がかかっている状況であったとしても、ただ死にたくないという理由で乗るとは思えない。そこに必ず、何かしらの“楽しみ”を見い出すはずだ。生きたいという理由で乗った人間とは、訳が違う。そして、日常であそこまで取り繕った人間が、今さら改心するとも思えない。

 本当の自分が皆と違っていると知っていて、かつそれを変えるつもりがないからこそ、偽りの自分を演じるのだから。

 

――プログラムに選ばれると分かっていれば、太一や日向に伝えておくべきだったのかもしれない。日向はともかくとしても、太一はもしかしたら有馬に殺された可能性だってあるのに……。

 

 この疑念を、二人は知らない。言わなかった理由はただ一つ、確証がないからだ。こちらの思い過ごしである可能性も高い上に、話したところでどうしようもない。日常の中では、本性を暴いたところで何の得もないのだ。孝太郎がその人徳を活かして誰かを貶めようとしない限り、こちらに害はないのだから。

 しかし、プログラムともなれば話は別だ。どんな手段を使ってでも人を殺してもいいとなっている以上、その人徳を使う可能性は大いにあり得る。騙し討ちはもちろん、徒党を組んでいる中に潜り込むことも可能。利用するだけ利用し、裏切ることだってできる。完全に乗っている人間や混乱している者にとっては関係ないが、少なくともプログラムのルールに抵抗を感じている者なら、孝太郎をいきなり殺そうとは考えないだろう。それだけ彼は、学校内では信頼に値する人格者なのだ。

 

――くそッ……! 少なくとも、東堂さんには言っておくべきだった……! 好意を持っている相手には、ただでさえ騙されやすいというのに……!

 

 確証がないという理由で、プログラム中唯一会話ができている東堂あかね(女子14番)にも、孝太郎のことは一切伝えなかった。もし秀哉の後であかねと遭遇していたら、おそらく伝えていただろう。それを知ることで、孝太郎に好意を抱いているあかねが傷ついてしまったとしても。

 

――東堂さんにとっては辛いことかもしれないけど、それで彼女や他のみんなの命が助かるなら……。とにかく、これから会った人には有馬のことを絶対に伝えないと……。

 

 秀哉の言葉で乗っているという確証を得た以上、龍一郎一人の問題ではなくなった。孝太郎がマシンガンの持ち主ということも判明した。なら、選ぶ選択肢は一つしかない。

 

――いや、伝えるだけじゃダメだ。俺は、有馬に対抗できる武器を持っているんだ。多分、こういった強力な武器はそんなに多くは支給されていない。最悪の場合、俺がこの手で……

 

 右手に持っているマシンガン――FN P90をじっとみつめる。これまで一度も使っていないし、できれば一生使いたくはない。けれど、孝太郎がもし龍一郎の推測通りの行動を起こしているのなら、最悪これを使う必要があるだろう。

 人を殺す罪の重さは、道徳的に考えるまでもなく理解している。孝太郎を殺してしまうことで、彼に関わる人が傷つくことも重々承知している。けれど、これ以上の犠牲を出さないためにも、誰かがやらないといけないとしたら、それを実行するのは自分でなくてはいけない。この罪を、他の人に背負わせるわけにはいかない。

 

 けれど、もし仮にそうせざるを得ない状況になったとして、本当にこの武器の引き金を引くことができるのだろうか。それで孝太郎を殺したとして、果たしてそれでいいのだろうか。

 

 孝太郎が死んでも、最後の一人になるまでプログラムは終わらない。根本的な解決にはならない。プログラムそのものをどうにかしない限りは、結局のところ殺し合うしかない。一番の脅威がいなくなったとしても、あと一日半ほどでタイムリミットを迎える事実に変わりはないのだ。

 なら、今一番にしなくてはならないことは一体――

 

「ああ、お前だったのか」

 

 不意に聞こえる、聞き慣れた声。けれど、どこか聞き慣れない声。

 そんな矛盾に満ちた感想を抱きながら、龍一郎は声のした方へ視線を向けた。恐怖と驚き、そして気がつかなかったことに一抹の後悔を抱きながら。

 

「久しぶりだな、加藤。その様子だと、元気そうで何よりだよ」

 

 いつもとは違う表情を浮かべながら、いつもと同じような調子で話しかけてくる孝太郎の姿に、龍一郎は警戒心を強めざるを得なかった。

 普段と同じようで、まったく違う。裏の顔を出した彼の存在に。

 

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「どうした? いつものお前らしくないな。いや、お前らしいからこそ、そんなに警戒心丸出しなのかな?」

 

 こちらの戸惑いを察知したかのように、孝太郎は笑いながらこう告げる。その笑顔は、見慣れた柔らかな微笑みではなく、悪意を丸出しにした嘲笑だった。それを目の当たりにした瞬間、全身に鳥肌が立つ。

 孝太郎の言葉の真意を心のどこかで分かりつつも、龍一郎は敢えてこう切り出した。

 

「有馬……。服に着いているその血はどうした。それに顔の絆創膏は……」
「おいおい。腹の探り合いはなしにしようぜ。こっちは、最初からそんなつもりないんだしさ」

 

 嘲笑はそのまま、いつもより少し低いトーンで、あっさりと孝太郎はこう言っていた。その言葉の意味を理解した瞬間、今度は心拍数が急上昇する。同時に、冷や汗が一筋こめかみから流れ落ちるのが分かった。

 

「ていうか、お前に騙しは通用しないって分かっているよ。知っていたんだろ? 俺のこういう一面」

 

 表情は崩さないまま、まるで当たり前のことのように、孝太郎はさらりとこう言っていた。例えて言うなら、一足す一は二、一かける一は一。そのくらい当たり前で誰もが知っているようなことを、当たり前に告げる感覚で。

 

「……やっぱり、それがお前の本性か。いつもの姿は、全部嘘だったんだな」
「全部ってわけじゃないぜ」

 

 渇いた喉に無理矢理唾を呑みこませながら言った龍一郎の言葉に、孝太郎はあっさりとこう否定していた。

 

「いつも学校で見せていた、真面目で人当たりのいい、みんなに好かれる人格者って一面も、間違いなく俺だよ。ただ、それを少し大げさに演じていただけさ。嘘っていうのは、少しだけ真実を混ぜると、俄然信憑性が増すって知っているか? 俺は、それをより誇張した感じだよ。まぁ例えて言うなら、ケーキに盛りつけられる生クリームを本来の量より多めに盛った、みたいな」

 

 その例えが、孝太郎の人格の評価として正しいのかどうかは不明だ。ただ、続けて彼が放った言葉が、龍一郎の懸念が正しかったことを証明した。

 

「まぁ……どっちが素に近いかと言われれば、間違いなく今の方だな」

 

 嘲笑が、より歪んだ表情へと変化する。その瞬間、ゾクリとした悪寒が全身を駆けめぐった。予測はしていた。しかし事実として突きつけられると、やはり衝撃だった。予測してこれなら、まったく知らない状態でそんなことを言われた時は、事実をすんなり呑み込めるかどうかすら怪しい。呑み込めたとしても、これまでの彼との違いに戸惑い、その違いを理解できなければ混乱してしまうだろう。秀哉の気持ちも、少しだけ分かるような気がした。

 

「俺を見てまったく驚かないということは、お前はどうやら知っているみたいだな。けれど、一応ちゃんと話しておこうか。互いの認識にズレがあっちゃ、話が食い違ってしまうかもしれないからな」

 

 そう言って、彼は右手を少し持ち上げる。その手には、龍一郎のものとは違うマシンガンがあった。これは既に知っていたことだけど、改めて目の前に突きつけられると、また別の意味で衝撃を受けた。

 

「お前はもう出発していたが、開始直後のマシンガンの音は聞いただろ? あれは、俺がやったんだよ。ついでに言うなら、これまでのマシンガンの銃声の主は、全部俺だ。といっても、もう随分使っていないけどな」

 

 マシンガンの音は、開始直後、昨日の深夜、そして同じ日の朝の計三回。全て孝太郎がやったというのなら、彼は曽根みなみ(女子10番)を含めて、最低でも三人殺していることになる。

 そして、その仮定が正しいのなら、おのずと一つの答えが導き出される。

 

「……随分、ベラベラしゃべるじゃないか。今から殺す相手には、何を話してもいいってことか?」
「いやいや。今、お前を殺すつもりはないよ。これは、いわばサービスってところだ。お前のその観察眼と、誰にも言わなかった慎重さに、俺なりの敬意を称してな」

 

 含みのある物言いに、警戒心はより一層強まる。そして、心の片隅でくすぶっていた一つの仮説の答えが、孝太郎の口からはっきりと告げられた。

 

「だってお前は俺のこと、弓塚にも槙村にも話さなかったんだろ? だからこそ、弓塚は俺のことを信じ切ってくれたんだ。そう……撃たれる直前までな」

 

 小馬鹿にするような感じで、太一のことを口にされた時、龍一郎の中で何かが切れるような音がした。その勢いのまま、FN P90を両手でかまえ、銃口を孝太郎へと向けた。

 

「お前が……太一を殺したのか……!」
「今さら何言ってるんだよ。分かっていたんだろ? 昨日の夜の銃声で死んだのは、次の放送で唯一呼ばれた弓塚しかいないんだから。今それを向けるのは、お門違いってもんだぜ。向けるなら、俺が声をかけたその瞬間か、確信を得てからにしてもマシンガンを見せた時だ」

 

 やれやれといった感じで肩をすくめる孝太郎は、銃口を向けられているとは思えないほど落ち着いている。こちらが撃たないと、高をくくっているのだろうか。それとも――

 

「それに、お前は俺を殺せないよ。たとえ、弓塚を殺した仇だと分かっていても」

 

 牽制ではない。まるで確信しているかのような、断定的な口調。虚勢でも何でもない、ただ事実を告げるかのように。

 

「別になめているわけじゃない。むしろお前のことは、誰よりも認めているんだよ。このクラスの誰よりも、お前は精神的にできている。だからこそ、利己的な理由ではもちろん、誰かのためでも、復讐の意味でも、お前は人を殺すことができない。人を殺す罪深さ、復讐を果たしたところでその行為に意味はないことを、お前は誰よりも理解しているだろうからな。そんなことをするくらいなら、自分が犠牲になる方を選ぶタイプだ。そんな強力な武器を持っているのに、これまで一度も使っていないことがいい証拠だしな」

 

 その言葉に、反論することができない。精神的にできているとは思っていないが、確かに人を殺すことには躊躇する。それに、目の前の孝太郎を殺したところで、太一は帰ってこない。そして孝太郎を殺したところで、根本的な解決にはならない。それは、曲げようのない事実だ。

 それでもここで孝太郎を止めないと、さらなる犠牲者が出るであろうこともまた事実だ。この手が汚れることで他のみんなの命が救われるのなら、人としての道を外れてでもそうするべきだ。まだ生きているであろうあかねや、彼女の友人である細谷理香子(女子16番)、それに――

 

「だからこそ、言わなかったんだろう。辻が好きだということも」

 

 思いもかけない言葉に、一瞬思考が停止していた。なぜ? どうして――

 

「どうして知っているんだ? とでも言いたげな顔だな。知っていたさ。お前が、辻のことをずっと前から――それも、弓塚と付き合うずっと前から――好きだったってこと」

 

 こちらの胸をえぐるかのような言葉。ずっと心の奥底にしまいこんでいた、誰にも知られたくなかった秘密。墓場まで持っていくと決めていた、秘めた想い。辻結香(女子13番)に対して抱いていた、異性としての好意。

 それを、なぜ孝太郎が知っているのだ。

 

「いやいや、予想以上にビックリしているな。その反応を見れただけでも、声をかけた意味はあったよ。まったく、お前は澤部とは別の意味で面白い。あいつとじゃ、こんな会話は望めないからな」

 

 ククッと笑う孝太郎を見ながら、ふといつかの日のことを思い出していた。あれは、いつのことだっただろうか。太一と結香が付き合い始める少し前だったことは、記憶している。二人しかいない美術室。夕日が眩しい時刻。帰ろうと支度していた時、ふと言われたあの言葉。

 

『本当に、それでいいのか?』

 

「でも、二人が相思相愛だったから、お前は何も言わずに身を引いたんだろ? だからこそ、あの二人は何も知らずにあんな風にベタベタできたんだ。その隣で、お前が辛い思いをしているとは知らずにな」

 

 そう、二人は知らない。龍一郎が何も言わなかったから、二人はそのことを知らない。別に犠牲になろうと思ったわけではない。二人が幸せなら、自分が多少辛い思いをすることになろうとも、それで良かった。だって二人とも、龍一郎にとっても大切な人だったから。幸せになってほしいと思うくらい、大切な人だったから。

 

『本当に、それでいいのか?』

 

「知らないっていうのは、それだけで罪深いと思うよ。そこだけは同情してやる。お前の気遣いも、お前の本当の気持ちも、あの二人は知らないままだった。……いや、辻はまだ生きているから、これから知ることになるかもしれないな。なんなら、この際奪っちまえば? だってもう、恋仇はこの世にいないんだ。それまでは、お前にも辻にも手を出さないでやってもいいぜ」

 

 ふつふつとわき上がるのは、怒りなのか。それとも、悪魔の囁きに乗りそうになっている自分への失望なのか。

 その提案に形だけでも乗れば、結香の命はある程度保障されることになる。おそらく、孝太郎はこのプログラムにおいて最も危険な存在だ。そんな人物が見逃すだけでも、結香の生存確率は上がる。

 別に、本気にする必要はない。口だけでいい。

 

『俺、辻さん……結香と、付き合うことになったんだ。これも龍一郎、お前のおかげだよ。まぁ向こうから告白されたから、男としては少しばかり情けないんだけど……。でも、お前のおかげで自分の気持ちに自信が持てて、堂々と俺も好きだって言えたからさ。だから、一番に報告。本当に、色々ありがとな』
『あのね、私、弓塚くん……太一に気持ちを伝えることができたよ。でね、好きって言ってもらえて……付き合うことになったんだ……。たくさん相談に乗ってくれてありがとう。加藤くんが、自信持っていいって言ってくれたから、私……気持ち伝えられたよ……』

 

「なんなら、俺が協力してやろうか? もし辻が東堂とかと一緒にいるなら、俺が始末してやってもいい。一緒には帰れないが、少しだけでも恋人気分を味わいだろう」
「……ふざけるな……!」

 

 孝太郎の言葉を遮るように、龍一郎は大声を出した。それが危険なことだと分かっていながら、そうせずにはいられなかった。

 

「そんな提案に乗る理由があるか……! 辻さんの彼氏は、俺じゃない! 太一だ! それは、ずっと変わらない!!」
「そんなに感情むき出しで怒るなよ。お前らしくもない。せっかく見逃すって言っているのに、わざわざ生存確率を下げることはないだろう。ほら、別に本気にしなくてもいい。口だけでもいいんだからさ」
「その約束を、お前が守る保障がどこにある!! 仮に守ったとしても、その瞬間殺すつもりだろう!!」

 

 龍一郎の言葉に、孝太郎は表情一つ変えることなく、あっさりとこう言っていた。

 

「まあな。でも、別に悪い話じゃなかっただろう? それに、こういう要素があった方が、ゲームは一層盛り上がるからな」

 

 “ゲーム”という悪趣味な言葉に、一層の苛立ちを隠せない。孝太郎の底意地の悪さは、龍一郎の想像以上だった。ただ自身をよく見せるために、優等生を演じるのではない。信用を得るだけ得て、後でどう利用するのか。それは、誰かを貶め、何かしらの利益を得るために。そして、その姿を見て自分自身が楽しむために。それだけのために、孝太郎は偽りの姿で人の前に立つのだ。

 

「まぁ、お前が乗ってこないのも予想通りだけどな。やっぱり、お前は誰よりも精神は大人だよ」

 

 だからこそ、と一言付け足して、孝太郎は念押しするかのようにこう続けていた。

 

「お前は絶対に人を殺せない。仇だと分かっていても、殺した方がみんなのためになると分かっていても。たとえ、自分が殺されそうになったとしても、最後の最後まで、お前は誰かを殺せない」

 

 そう言って、銃口を向けられているにも関わらず、孝太郎は回れ右をするかのようにくるりと背を向けた。龍一郎がその行動に呆気に取られている間にも、そのまま歩き出す。その足取りは、余裕を見せつけるかのようにとてもゆったりしたものだった。まるで、龍一郎が撃たないことを確信しているかのように。

 

「ある意味、お前はこのゲームに一番向いていないよ。実力はあるのに、それを発揮しない。いや、できないと言った方が正しいのかな? 実力に見合わない人間が死ぬのは当然だが、実力はあるのに生き残れないのは惜しいとも思うよ」
「だから……殺さないのか? お前が、そんな理由で?」

 

 一言文句を言わないと気が済まないせいなのか、それともただの時間稼ぎなのか。自分でもよく分からないまま、こんなことを聞いていた。その質問が面白かったのか、ニヤツかせながら振り向いた孝太郎が、静かにこう返答していた。

 

「もちろん違う。殺さない理由はただ一つ、お前には一定の利用価値があるからだ。総合的に考えても、今はまだ殺さない方がいいんだよ。生かしていても、優勝する時間が多少遅くなるくらいしか問題はないからな」

 

 またゆっくりと歩き出す。誰が見ても分かるほどに、無防備な状態で。ほら、後ろから撃ってみろよ。今なら簡単に殺せるぞ。背中越しでもはっきりと分かる、悪意に満ちた挑発を見せつけながら。

 銃口は、ずっと向け続けている。銃口の先に、孝太郎の背中がある。あとは、人差し指を動かして、引き金を引けばいい。そうすれば、孝太郎はここで死に、彼に殺される人もいなくなる。

 

――引き金を引けば……! 有馬を……殺せば……! 今生きているみんなはまだ救われる……! 

 

 撃った方が絶対いい。そうすれば誰も傷つかない。人としての道を外れ、一生その罪を背負う覚悟をしてでも、孝太郎の凶行は止めなくてはならない。根本的な解決にはならないが、少なくとも太一のような人はもう出ない。一人でも多く救えるのなら、それに越したことはない。

 それでも、龍一郎は引き金を引くことができなかった。そう分かっていながら、決意していながら、孝太郎の姿が見えなくなるまで、指一本動かすことができなかった。

 

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