第七回目放送

 

「はいはーい! 午後十二時になりましたー! 今から、七回目の放送を始めまーす!」

 

 家の中にいても、担当官の声は五月蠅いほどよく聞こえる。そのせいか、ソファで寝ていた東堂あかね(女子14番)が、目をこすりながらゆっくり身体を起こしていた。変な体勢で寝てしまったからか、彼女のトレードマークともいえるショートカットの髪が、少しばかり変な方向にはねてしまっている。

 

「今の……放送……?」
「ああ、起きちゃったのね。うん。丁度十二時だから」
「私……寝ちゃってたんだ……。ごめん、橘さんだって疲れているのに……」

 

 少し眠気の混じる声で謝るあかねに、橘亜美(女子12番)は軽く首を振りながら「別にいいわよ。大した時間じゃないし」と返していた。実際、三時間程度の見張りは大したことない。多少の眠気がきていることは否定しないが。

 

「ではでは、まずはこの六時間で死んだ人を発表しまーす! 今回はいるからね! ちゃんとメモするんだよー!!」

 

 担当官の言葉に、あかねの身体がビクリとはねる。前回の放送では誰も死ななかったが、今回は誰かが死んでいる。それは、あかねの友人である辻結香(女子13番)細谷理香子(女子16番)かもしれないし、二人が探している加藤龍一郎(男子4番)かもしれない。その確率は、残り人数から考えれば決して低くない。思わず、亜美の背筋にも寒気がはしった。

 

「女子8番、真田葉月さーん。男子13番、広坂幸治くーん。男子15番、宮崎亮介くーん。男子6番、澤部淳一くーん。以上、四名! 残りは十一人になりまーす!」

 

 呼ばれたのは、四人。その中に、思い浮かべた面々はいない。理香子はともかく、結香と龍一郎が呼ばれなかったことに、亜美はホッと胸をなで下ろしていた。二人はまだ生きている。けれど、会えたわけではないのだから、状況は何一つ変わっていない。一刻も早く探して目的を果たし、可能な限りプログラムをどうにかするための算段を立てなくては。

 けれど、そんな亜美とは対象的に、名簿にチェックを入れるあかねの手は震えていた。涙を流し、また俯いてしまっている。

 

「さ、澤部くんが……」
「えっ……?」
「はいはーい! 次は禁止エリアだよ! サクサクいくから、次は地図を手に持ってチェックしてねー」

 

 あかねがポツリと呟いた言葉に、思わず疑問の声をあげてしまう。しかし、その前に禁止エリアのチェックをすべきだと思い直し、急いで地図を手元に引き寄せていた。

 

「一時からC-5、三時からD-2、五時からE-3だよー。もうだいぶ人数も動けるエリアも少なくなってきたから、これまで会ってない人にも会うことになると思うよー! それがきっとみんなの運命を左右するから、一挙一動慎重にねー。では、放送を終わりまーす!」

 

 ブツッという耳障りな音と共に、放送は終わった。会ってない人にも会えるかもしれない。それが誰かによって、事態は大きく変わってくる。当たり前のことなのに、改めて言われると、とても重い言葉のように感じた。

 次の放送を聞く時まで、自分は生きていられるのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう。怪我一つしていないし、仲間もいる。目的である探し人もまだ生きている。今の状況は、決して悪いものではないはずなのに。

 

「澤部くんまで……。なんで……」

 

 少しだけ考え込んでしまっていた亜美の思考に、あかねの言葉が入り込む。そうだ。先ほどあかねの口から出た、澤部淳一(男子6番)の名前。学校で見る限り、この二人にほとんど接点はなかったはずだ。いや、亜美にしても、淳一とは数えるほどしか会話をしたことがない。そもそも、彼の交友関係は限りなく狭い。知り得る限りでは、先ほど同じように呼ばれた宮崎亮介(男子15番)と、あかねの友人でもある佐伯希美(女子7番)くらいなものだったはずだ。

 だからこそ、あかねの口から淳一の名前が出たことに、疑問を感じざるを得なかった。四人呼ばれた中で、どうして彼の名前だけを口にしたのかと。

 

「東堂さん……。その、澤部くんがどうしたの……?」

 

 やや放心状態であるあかねに、恐る恐る尋ねてみる。亜美の質問に、一瞬あかねは硬直したかのように動かなかったが、すぐに口を開いていた。

 

「私……プログラムが始まってすぐ……澤部くんに会っているんだ……」

 

 ああ、そうなのか。あかねの返答を聞いて、なぜか妙に納得していた。そういえば、あかねがこれまで誰と会い、どうしていたのか。結香と龍一郎に会ったこと以外、何も聞いていなかった。互いのこれまでを詳細に確認したわけではないから、亜美の知らないところであかねが淳一と会っていても、なんら不思議ではない。

 

「そう……なの……」

 

 そのことを深く聞くべきか迷ったせいか、何とも歯切れの悪い返答をしてしまっていた。どういう経緯で淳一と出会い、そこで何があったのか。結香の件もある以上、軽率に尋ねることはできなかった。一緒にいないということは、少なくとも何か良くないことがあったはずだから。

 

「……出発してすぐに、玄関先で会って……。澤部くん、宮崎くんと合流するために戻ってきたんだって……。でも、澤部くんのせいで、秋奈ちゃんと合流できなかったし、ひどいこと言われて……。現実を見ろって言われて、校門まで行ったら、曽根さんが死んでて……。それで私、ショックでそこから動けなくて……」

 

 ポツリポツリと語るあかねの言葉を聞きながら、亜美は淳一のことを少しだけ思い出していた。三年間同じクラスであった彼とは、数えるほどしか会話をしたことがない故に、あまりよくは知らない。けれど、あかねに対する行動の意図は、何となく読めたような気がした。

 

――宮崎くん以外の人間とは、行動を共にしたくなかった……。だから、わざと東堂さんを引き離した……。確かに……誰もかれも引き込むのは得策ではないだろうし、最後の一人になるまで殺し合いをすることを考えれば、それは決して間違っているとは言えない……。私も、一度は東堂さんのことを見捨てているわけだし……

 

「校門に行った後は……日向に声をかけられるまで、ずっと曽根さんのところにいたの。だから、澤部くんがどこに行ったのか知らない……。いつのまにか、出発していたから……」

 

 おそらく、裏門を使ったのだろう。学校で見る限り、亮介が呆然としている女の子を放っておくような冷淡な人間とは思えない。ほぼ確実に、見かけた瞬間に声をかけるだろう。それを分かっていたからこそ、淳一はあかねを校門に行かせ、自分らは別のルートで出発したのだ。二人を会わせないために。

 

「……正直……今までいろんなことがありすぎて、今呼ばれるまで澤部くんのこと忘れてた……。でも何となく、澤部くんは死なないような気もしていたから、呼ばれたのがショックで……。ああ、澤部くんも死んだんだ……。澤部くんみたいな人も死ぬんだって……。そう思ったから……」

 

 途切れ途切れに話すあかねの表情に、これまでのような明確な感情はない。悲しい、信じられない。そういった心の内が少しばかり表れているだけで、大半は空虚なものだ。いつもの彼女だったなら、もっと分かりやすく表情を浮かべていたはずなのに。

 

「変……だよね。澤部くんだって、今まで一緒にやってきたクラスメイトなのに……。悲しいとかそういうの、あんまり感じないなんて……。ううん。ずっと前から、友達以外のみんなが呼ばれても、悲しいとか感じなくなってたかも……。なんか……私って薄情だなぁ……」

 

 そう言って自嘲気味に笑うあかねを見て、亜美は言い知れぬ不安感に襲われていた。友人に突き放されたり、殺されそうになったりして、様々な形で彼女は多くのものを失っている。そんなことがわずか一日半で次々と起こっているのだから、今までと同じでいられるはずはない。けれど、これまでさほどのつき合いがなかった亜美でさえ分かってしまうほど、彼女は変わってしまっている。何か――良くない方向へと。

 このまま何できなかったら。何もできないままプログラムが進んで、また誰かが死んでしまったら。会うべき人、会いたい人に、会えないまま死なれてしまったら。一体彼女はどうなってしまうのだろう。溌剌としていて、いつもみんなの前に立っていた一人のクラス委員が消えてしまうのではないか。何もできない自分を責め、悲しみを抱けない自分を嘆き、知らない間に壊れてしまうのではないか。そう考えると、とても怖いと思ってしまう。そんなの、生きながら死んでいるようなものではないか。そんなことになったら――

 思わず何か言おうと口を開きかけ、そして――そのまま何も言わずに口を閉じた。何か言わなくてはいけない。そう思ったけど、こういう時、一体どんな言葉をかけたらいいか分からない。希望をちらつかせる言葉は、却って彼女を落ち込ませてしまうかもしれない。かといって何も言わないのは、暗に彼女の言葉を肯定してしまう。散々悩んだ挙げ句に口から出たのは、ありきたりな励ましの言葉。

 

「そんなことは……ないと思うよ……。こんな状況だし……」
「うん……そうだよね……。こんな……状況……だもんね……」

 

 亜美の言葉に、あかねはどこかボンヤリとした感じでこう答えていた。同意はしてくれたものの、どこか重苦しい空気は変わらない。彼女がどう捉えたかは分からないが、少なくとも何の励ましにもならなかったのは確かだ。何の力にもなれなかった無力さに、思わず唇を噛む。

 ああ、こんなありきたりな言葉しかかけられない自分が、歯がゆい。あかねの友人だったら、幼馴染だったら、一緒にクラス委員をやっていたら――きっともっとうまい言葉をかけられたはずなのに。

 

――人つき合いをしてこなかったことが、こんなところで足を引っ張るなんて……。

 

 ギリッと思いっきり唇を噛みしめたせいか、血の味が口の中に広がる。少しでも両親の負担を減らしたくて、部活動にも入らず、家の手伝いを優先した。友人関係でお金を使うことを恐れ、最低限の付き合いしかしてこなかった。元々人づきあいの上手い方ではなかったのだから、三年間そんな生活を続けていけば、大事なところで適切な言葉をかけられなくなるのは当然だ。

 

「橘さん……。ありがとう……」

 

 一人そのことを後悔していると、あかねがこちらの顔を正面から見て、こう声を掛けてくれた。

 

「私のこと、気遣ってくれているんだよね……。橘さんは、すっごく優しいよ……。私がこうしていられるのも、橘さんのおかげだし……。だから、その……」

 

 そこまで言って、あかねはスッと両手を差し出す。そしてそのまま、亜美の両手を取った。体温を伝えるかのように、少しだけ強く手を握ってくれる。真っすぐ亜美の瞳を見たまま、あかねは優しくこう言ってくれた。

 

「そんな辛そうな顔しないで……。橘さんは、何も悪くないから……。ねっ……」

 

 手を握ったままこちらを見つめるその瞳は、どこまでも見通せそうなほど澄んでいる。それはとても綺麗だけど、同時に儚くも感じてしまう。あかねの言葉に、きっと嘘はない。けれど、その言葉は、自分の辛さを隠すための盾でもあるような気がした。それをおくびにも出さず、亜美のことを気遣ってくれる彼女は、とても優しい。こんなに傷ついても、なお人のことを想えるほどに。

 そんなに無理をしないで。辛いときは、辛いと言っていいんだよ。本当はそう言いたかった。けれど、それは口に出してはならない。言ってしまえば、あかねはきっと無理をする。ただでさえ壊れそうなギリギリのラインで保っている彼女に、これ以上の無理を強いてはならない。たとえそれが、善意からくる忠告だったとしても。

 

「東堂さんも優しいよ……。うん、ありがとう……」

 

 たったそれだけの言葉しか返せなかったけど、こちらの気持ちは伝わったようで、あかねは少しだけホッとしたような笑顔を見せてくれた。それはどこかぎこちなく、いつもとは程遠いものだったけど、それでもどこか温かい笑顔だった。

 

「とにかく、まずは結香や加藤くんを探そう。それから、みんなでこの状況をどうにかする方法を考えようよ。あっ……でもその前に、橘さんは休んで。今度は、私が見張りをするから」
「いや、今すぐ出発しましょう。ここ、禁止エリアに指定されちゃったしね」

 

 この家を含むD-2は、三時から禁止エリアになる。休ませようと気遣ってくれるあかねの気持ちは嬉しいが、そうはいかない。

 

「あっ……そうなんだね……。ごめん、ちゃんと放送聞いてなくて……」
「いいわよ、そんなこと。今はチームを組んでいるんだし、こういう時こそ協力しないと」
「でも……、私は橘さんに助けてもらってばかりだな……。さっきも寝ちゃったし、毛布までかけてもらって……。本当に感謝してもしくせないというか……せめて私も少しは役に……。あっ、そうだ……!」

 

 何か思い出したかのように、あかねはデイバックの中をゴソゴソと漁っている。「えっと、確かこの辺に……」と言いながら、しばらくの間何かを探していたが、「あった……」という声と共に茶色の小瓶を取り出していた。

 

「良かったら、これ飲んで。まだ三本くらいあるから、遠慮しないでもらって」
「栄養ドリンク? これが、東堂さんの支給武器だったの?」
「……ううん。これは、日向のなの。日向が……私にくれたの……」

 

 あかねの幼馴染である槙村日向(男子14番)の名前が出た瞬間、彼女の表情にまた暗い影が差す。けれど、それは一瞬のことだった。すぐにその影は消え、少しだけ遠慮がちに彼女はこう提案していた。

 

「ねぇ……橘さん。迷惑でなければ、また私の話を聞いてもらえないかな? 日向のこと、加藤くんのこと、澤部くんのこと。他にもあった色んなこと、ちゃんと全部話したい。それで、もし橘さんさえよければ……」

 

 そこで一度言葉は切られ、少しだけ迷うような素振りを見せたが、すぐに続きを口にしていた。

 

「橘さんに何があったのか。これまでどう過ごしてきたのか。教えてほしい。それで、橘さんの辛さとか弱音とか、私に吐き出してほしい。私は、それで救われたから……」

 

 真っすぐに、こちらを見つめる瞳。澄んでいて、どこか儚い瞳。けれど、今はその瞳に、少しだけ意志の強さを見たような気がした。辛いけど、怖いけど、それでも彼女は、まだこの状況に負けてはいない。

 

「……そうね。移動しながら、少し話をしましょう。これからのこともね」

 

 あかねは、まだこの状況で戦おうとしている。ただ誰かの助けを待っているわけではない。彼女が事実を受け入れ、この現実と向きあうつもりなら、私もそれに協力しよう。

 まだ有馬孝太郎(男子1番)のことは話せない。けれど、他のことは少しずつ話していこう。そして、彼女の話も聞こう。友人にはまだなれない。けれど、今は同じ目的を持つ仲間だ。信頼関係を築くことはできる。

 

 そしたら、少しは何かが変わるかもしれない。少しだけでも――良い方向に。

 

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