プロローグ〜修学旅行一日目〜

 1995年6月10日

 福岡県立沼川第一中学校、三年一組のバスの中は騒がしかった。これからこのバスで向かう先は、博多駅。目的地は京都・奈良。その目的は、たいして興味のそそられることのない大仏や寺の見学がメイン。それでも気分が高揚し、テンションが高くなってしまうのは、やはり中学校行事の花形、“修学旅行”だからだろう。

 その中でも前日から興奮しすぎて眠れなかったのか、何人かは静かに眠りについていた。バスの座席の右側の列、前から三番目の通路側に座っている古山晴海(女子5番)もその一人である。クラスの中でも比較的小柄な部類に入る彼女の頭は、現在小刻みに前へと揺れている。そのたびに、彼女のトレードマークともいえる二つ結びの髪が、規則正しく機械的に動いていた。

 その光景を、座席の左側の列、前から五番目の通路側に座っている萩岡宗信(男子15番)は静かに見つめていた。飽きもせず、じっと見ていることなんてよくできるな、なんて我ながら思うのだが。

 

「おい、見すぎじゃないのか?」

 

 ふいに隣から声をかけられ、反射的に顔をそちらに向ける。声の主は友人の一人、白凪浩介(男子10番)だった。

 

「そうか?」
「そうだよ。そんなに分かりやすいと本人に気付かれるぞ。」

 

 ハーフっぽい整った顔立ちに、よく似合う少しだけ低めの声。成績も運動神経もよく、そして身長はクラスで一番高い。コンプレックスに思うほど身長がクラスで一番低く、顔もまぁ普通―中の中くらいの宗信にとっては“生まれ変わるならこんな風になりたい”。そう思うほど、大変羨ましい存在であった。

 

「ただでさえ、宗信はわかりやすいんだからさ。」

 

 浩介は一言付け加える。その意味はよくわかっていた。

 

 浩介の言っている意味――それは宗信が晴海に対して、“恋”とか“愛”とかそういう類いの”好き”という感情を抱いている。それが、目に見えてバレバレである。そのことだろう。

 

 確かに本人に知られては困るので、晴海の方を見るのはやめることにした。そして座席に座り直す。ふいにあくびが出た。

 

――やっぱ、俺も寝不足か。

 

「めずらしいじゃないか。」

 

 再び浩介が会話を続ける。あまりペラペラしゃべるほうではないので、宗信からすればそれもまた“めずらしい”。もしかしたら、普段クールなこの男も、“修学旅行”というイベントに興奮して眠れなかったのだろうか、なんて想像する。

 

「宗信が座席におとなしく座っているなんて。よっぽど寝れなかったのか?」
「まぁな。」

 

 正直に答える。浩介は大変勘が鋭く、嘘はあまり通じない。それがわかっているので、最近はあまりごまかしたりしないことにしている。

 宗信自身も思う。どちらかというと、座席におとなしく座っているよりも、狭いバスの中をせわしなく歩き回っている方が似合っている。“元気だけど、落ち着きがない”。それが大概の通知表に書かれる担任の感想であった。

 

「浩介こそ、いいのか?}

 

 そう言うと、視線で宗信自身が先ほどまで見ていた方を示す。

 

「いいんだよ。俺はお前と違って女々しくないからな。」
「ひでぇな〜。まぁ、顔はそう言ってないけど?」

 

 軽く毒を吐く浩介に、皮肉をこめて返す。これはいつものことなので、宗信も慣れていた。最初の方は、少々カチンときたことがあることは、内緒だけれども。

 

「彼女、中々鋭いからな。あんまり露骨に態度に出さないようにしてるんだよ。」
「さっさと告っちまえばいいのに。浩介絶対OKもらえるって。」
「俺のこと、絶対何とも思ってないって。玉砕覚悟で告白するのは、卒業式とかそんな時だろ?今はまだ、このままの関係でもいいから続けたいんだよ。」

 

 それこそ女々しくないか?と思ったが、これは口に出さないことにする。宗信にしたって、人のことは言えないのだ。

 

「宗信こそ、告白は?」
「俺みたいな奴、不釣り合いだって。あんなに可愛いのにさ。」
「お似合いだと思うけどなぁ。」

 

 こんな会話をしているのは、他人が聞いたらどう思うのだろうか。浩介が“恋愛”の話をしているなんて。それこそ隕石が地球に衝突するとか、いやいや火星人が侵略してきましたとか、そのくらいのレベルで信じられないだろう。

 白凪浩介という人間のことを、”人間の姿をしたロボット”という輩もいる。浩介は秘かにファンが存在するほど人気があり、所属している剣道部には一時期黄色い声援が飛び交っていたことは、この時浩介と違うクラスであった宗信でも知っていた。ならば、当然告白されたことも数知れない。けれど、浩介はそういうミーハーな女子が大変嫌いなのだ。そんな子が告白してきても、優しくやんわりと断るようなことはしない。はっきり、ズバッと、「興味ないから」とか、「うっとおしい」とか、歯に衣きせぬ言い方で相手を傷つける。それ故に、大体の人間が浩介のことを「性格に難あり」とか「女の子には冷たい」と認識していた。浩介と親しくなり、好きな人を知るまでは、宗信もそう思っていた。

 

「お二人さん。恋愛話は終わった?」

 

 前の座席から、突然話しかけられる。いつのまにか聞かれていたのかと思っていたが、相手を見てほっとする。友人の一人、乙原貞治(男子4番)だったので。

 

「貞治、盗み聞きは趣味悪りぃぞ。」
「別にいいじゃない。俺もう知ってるしさ。大体バスの中でするような話じゃないって。そういうのは、修学旅行の部屋の中で、枕を並べてする話でしょ?」
「武田とかがうるさいだろ。」

 

 浩介が今挙げた人物、武田純也(男子11番)は宗信と同じ野球部に所属しており、クラスのムードメーカーともいうべき存在だ。ムードメーカ故なのかは知らないが、なかなかうるさく、宗信以上に落ち着きがない。そしてよく人をからかう。悪気があるわけじゃないので、腹はたたないが(それでもたまにはカチンとくる)、はっきり言うとあまり弱みを握られたくない人物ではある。宗信が晴海を好きなのは、野球部全員が知っているのであまり問題はないが、浩介の好きな人は宗信と貞治以外は知らない。浩介がそういうのも無理はなかった。

 その純也は、宗信達よりも大分後ろの座席に座っており、そしてやはりというべきか、会話の内容が分かるほど大きな声で話している。多分今の会話は聞こえていないはずだ。

 

「いつかはバレるって。浩介も結構分かりやすいよ。大体、俺の隣にもう一人いるの忘れてるでしょ?」

 

 そう言われて、宗信と浩介はほぼ同時に席を立つ。前の席の窓側に座っている貞治の隣、江田大樹(男子2番)はすやすやと寝ていた。どうやら本気で寝ているらしく、まったく反応がなかった。

 

「んだよ。脅かすなって。」

 

 ため息まじりで浩介がぼやく。大樹は浩介の好きな人も、宗信の好きな人も知らない。はっきりいってかなり焦った。

 

「でも、江田も同じ班だからね。多分この修学旅行でバレると思うけど。純也も一緒だしね。」

 

 このクラスの男子は二十一人いる。そして修学旅行の班構成は三つ。なので、一つの班が七人で構成される。宗信は浩介、貞治、そして話に出た純也と大樹、それから男子クラス委員の鶴崎徹(男子13番)と、浩介ほどではないがこちらも中々顔の整っている野間忠(男子14番)と同じ班だ。ちなみに宗信は浩介、貞治と仲が良く、純也は徹、忠と仲が良い。そして宗信と純也は同じ野球部、貞治と忠は同じ卓球部に所属している。そこでまず六人グループが出来上がった。大樹は特に親しくしてる人間がいないようだが、最近は席が近いからか貞治とよく話している。そこで貞治がこの班に引き入れたのだ。宗信にしても、大樹は悪くない奴だし、たまに話すこともあるので異論はなかった。

 

「聞く限りでは、二人ともこの修学旅行では進展なさそうだね。もったいないなぁ。華の修学旅行ですよ?」
「ほっといてくれよ。」

 

 浩介が心底勘弁してくれといった感じで返す。貞治も慣れているので、クスクス笑って「はいはい。」と言った。

 貞治は優しくて人当たりもよく、他クラスにも友人が多い。特に女の子には大変親切なせいか、クラスの大半に「いい人」だと言われている。貞治のこういう少々皮肉めいた部分を知っている宗信としては「違う違う、こいつそ結構ひねくれてるとこあるって。」と言いたい。まぁ、いい奴なんだけど。

 

「萩岡くん。」

 

 ふいに話しかけられて、ドキッとする。なぜなら宗信のすぐ隣の通路には、先ほどまで寝ていたはずの晴海が立っていたのだ。もしや聞かれた?と内心かなり、いやそうとう、心臓が破裂するくらい焦っているのがわかる。

 

「な、なに?」

 

 努めていつも通りに返そうとするが、やはり動揺は隠せていなかった。その証拠に、貞治が含み笑いするのがわかる。

 

「実は、飴持ってきてるんだ。本当はいけないんだけどさ。よかったら食べない?いっぱいあるし。」

 

 そう言って、その小さな手に握られていた飴を一つ差し出す。コンビニとかで市販されている、フルーツの味が何種類か入っているものだとわかった。宗信自身もよく食べている。

 

「あ、ありがとう。」

 

 そう言って受け取る。よく食べているはずなのに、なぜかこの世に一つしかない、貴重な宝石のような感覚がした。少なくとも、すぐに封を開けて、ポイッと口に放り込む気にはなれなかった。

 

「白凪くんや乙原くんもどうぞ。」

 

 宗信と同じように、浩介や貞治にも袋から取り出して一つずつ差し出す。

 

――なんだ、俺のために持ってきたんじゃないのか…

 

 少々拍子抜けしてしまった。勝手に期待したくせに、勝手に軽い失望感を味わってしまう。

 

「晴海、あんまり動くと危ないよ。」

 

 そう声をかけていたのは、彼女の友人の一人である矢島楓(女子17番)であった。大きめの眼鏡に、ショートカットがよく似合う女の子。見た目通りというべきか、成績は大変よく、クラスでも上位に入るほどであった。まぁ浩介にしたって成績は楓と同じくらいいいのだけれども。

 

――あ、浩介…

 

 ふと気になって、浩介の方に顔を向ける。案の定、先ほどとはまったく異なる表情。なんだか呆けたような、驚いたけどどうしていいのかわからない、そんな表情をしていた。これには宗信も思わず笑いそうになる。

 

――貞治の言う通りかもしれないな。

 

「大丈夫だよ。今あんまり揺れてないし。楓こそ、動いていいの?車酔いしちゃうよ。」
「酔い止め飲んだし、そんなに時間かからないでしょ?大したことないよ。」

 

 そんな宗信や浩介の心中を知ってか知らずか、二人はいつも通りの会話を繰り広げる。そのやり取りも、またなんだか別世界のようであった。そばにいるのだけれども、どこか違う世界のような感覚。やすやすとは踏み込めない、手の届かない領域。

 

「あ、邪魔してごめんね。じゃ!」

 

 そう一言残して晴海は後ろの座席の方へと立ち去っていった。正直なところ、もっと会話がしたかった。はっきり言ってしまうと、「いくらでも邪魔してくれ、いや邪魔じゃないからさ。」と言いたかった。

 

「矢島さん。」

 

 ふいに、浩介が楓に声をかける。すると楓は「何?」と返事をした。いつも通り、少しだけハスキーな声。どうやら浩介の言う通り、楓は浩介のことを何とも思っていないようである。

 

「あのさ、もしかして…髪切った?」

 

 これには驚いた。宗信が見る限りでは、楓の髪はいつも通りのショートカットであって、変化などしてないように思えたからだ。大体、ショートカットの人が髪を切ったとしても、よくわからないというのが正直な意見だったりする。

 これには、楓自身も驚いたようだ。眼鏡の奥にある小さめの目を、少しだけ丸くしている。

 

「すごい、よくわかったね。ほんの少ししか切ってないのに。」
「いや、なんか雰因気が違うからさ。」

 

 浩介はそんなことを言っているが、宗信にはどこがどう違うのかさっぱりわからなかった。

 バスの後方から、「楓ー!」と呼ぶ晴海の声が聞こえたので、楓も「じゃあね。」と一言残して、バスの後方へと歩いて行った。

 そんな姿を宗信も浩介も、名残惜しそうに見ていた。自然と後ろの座席へと視線を走らせる。

 

「二人とも、未練たらたらって顔してるよ。浩介なんか、あれは“好きだ”って言っているようなもんじゃない。」

 

 そんな貞治の声が聞こえる。けれど、二人とも反応しなかった。自分の想い人を見つめていることに必死だったので。

 

 晴海はどうやら他の人にも飴を配っているようだ。何人かの「ありがとう。」という声が聞こえる。中でも宗信の目を引いたのが、晴海と同じテニス部で日焼けした肌にショートヘア、元気で活発な荒川良美(女子1番)と、色白で黒いロングヘアの典型的な和風美人、おっとりしている香山ゆかり(女子3番)であった。見た目も性格も正反対なのに、なぜか気が合うようだ。磁石のようなものかもしれない。

 

 まぁ貞治に言わせれば、宗信と浩介もかなり正反対な性格をしているらしいけど。

 

 そしてふいに男子の集団が目に留まる。後ろの方には純也の他に、バスケ部のエースであり、クラス一、二位を争うほど運動神経が抜群で、顔もいいせいか浩介と同じくらい人気のある藤村賢二(男子16番)や、その賢二の親友で成績はクラストップの里山元(男子8番)も座っていた。そしてクラス一巨漢である佐野栄司(男子9番)や、クールでこれまた頭のいい松川悠(男子18番)の姿も確認できた。この四人も仲がいいらしく、修学旅行でも同じ班だったのを覚えている。

 

 実は正直なことを言うと、宗信は悠のことが少しだけ苦手であった。会話をしていると、なんだか馬鹿されたような気分になるからだ。

 

 そしてその四人から少し離れたところに座っているのが、霧崎礼司(男子6番)横山広志(男子19番)若山聡(男子21番)のグループであった。礼司は眼鏡をかけたクールな顔立ちとは裏腹に、陸上部の短距離のエースであり賢二と同じくらい運動神経がいい。なので賢二と礼司は自他共に認めるライバル関係であることは、宗信も知っていた。広志はサッカー部の部長を務めており、常に冷静で周りがよく見えている人物。部活の後輩や、同級生にも大変慕われているらしい。聡はそんな二人に比べると、宗信と同じくらい普通の生徒であるのだが、話してみると中々いい奴だし、それに案外度胸があるというか、ちょっとのことでは動じない。聡ほどの度胸があれば、晴海に告白できるのだろうか、そんなことを考えてしまう。

 その聡の隣に座っているのが神山彬(男子5番)。彬はクラス内だけでなく、他のクラスにも親しくしている友人がいないらしく、誰かと仲良く話しているのを見たことがない。そのせいか、クラスの大半は彬のことをちょっとばかり避けているようだ。実際、宗信も彬とまともに話したことがない。話してみればいい奴かもしれないけれど、少なくとも今のところ、そんな勇気はない。

 その右隣には、津山洋介(男子12番)文島歩(男子17番)のパソコン部コンビが何か会話をしていた。会話と言っても、洋介が一方的に話しているのを、歩が適当に相槌を打ちながら聞いているといったほうが正しい。歩は少々迷惑そうな顔をしているが、洋介は気づいていないようだ。大変そうだな、なんてちょっと同情してしまう。

 そしてクラスで唯一のカップル、米沢真(男子20番)佐久間智実(女子6番)の姿が目に入る。といっても本人達は認めてはいない。けれど、何度はデートしているところを見た人間もいるし、少なくともバスの中で隣に座るくらいだ。何か特別な関係ではあるのだろう。さっさと認めればいいのに、何も隠すことじゃないんだからさ、と思う。

 

「なんだ、後ろに何かあるのか?」

 

 いきなり、大樹の声が聞こえたので慌てて前を向く。まともに視線を合わせると、大樹はこちらを見て、心底不思議そうな顔をしていた。

 

「いや、何でもないよ。後ろに誰が座っているかって思ってさ。」
「ああ、結構騒がしいもんな。武田の声はよく聞こえるけど。」

 

 どうやらごまかしは成功したようだ。大樹が、浩介ほど勘が鋭くなくてよかった―なんてちょっと失礼なことを思う。

 

「江田、起きちゃったの?」

 

 貞治が至って、普通に大樹に話しかける。今のやり取りを聞いてから話しかけるなんて、絶対にわざとである。ちょっとだけ貞治を睨むが、貞治はこれまた平然としていた。

 

「結構騒がしかったからな。やっぱ遅くまで読書するんじゃなかったな。」
「もしかして、また機械関係の本?」
「まぁな。いい本があったから、つい。さすがに修学旅行には持ってこれないし。」

 

 大樹は機械関係に大変詳しい。まぁ本人曰く、「大したことはない。」らしいけれど、機械関係の本を夜遅くまで読むくらいなので、相当の興味を持ってはいるようだ。多分高校は機械科を受けるんだろうななんて、勝手に想像している。

 

「何それー!馬鹿じゃないのー、そいつ!」

 

 これまた大きな声が、今度は前の座席から聞こえてきた。声の主が視界に入り、思わず顔をしかめる。

 声の主は、茶色のカールした髪が特徴的な宮前直子(女子16番)。このクラス女子一番の不良であり、問題児であった。彼女の周りには、サブリーダー的な存在であり、こちらはストレートの肩までの髪をしている三浦美菜子(女子15番)と、三人の中では一番短い肩につくかつかないの長さの髪型をしている本田慧(女子13番)がいた。これに、警察沙汰も起こしたことのある、金髪の髪が特徴的な男子一の問題児である岡山裕介(男子3番)と、不良には似つかわしくない幼い顔だちをしている内野翔平(男子1番)が加わってこのクラスの不良グループは形成されている。宗信自身も快くは思ってない。授業を妨害することもあるし、いじめをすることもあるからだ。いじめなんていう、宗信がこの世で最も許せない行為を平然とやってのける人間が、同じクラスにいることが正直信じられない。

 

「白凪、どうした?そんな怖い顔して。」

 

 大樹が心配そうに、浩介に話しかける。見ると、浩介がかなり険しい顔をしていた。浩介がここまで感情を露わにすることは少ないので、大樹が疑問に思うのも無理なかった。宗信自身は、浩介がここまで不良グループを嫌悪する理由を知っているから、浩介がこんな表情になるのも理解できるけれども。

 

「浩介、結構不真面目な人間嫌いなんだよ。こう見えて、真面目だからね。」
「まぁ、俺もあんまり好きじゃないからな。気持ちはわかるけど。」

 

 貞治のフォローのおかげで、大樹は納得したようだ。しかしその間も浩介は微動だにしなかった。二人の会話も耳に入っていないかもしれない。ただじっと、まるで睨み殺してやるぞ、というくらいに彼らのほうを見つめている。

 

 浩介がここまで不良を嫌悪する理由。それは浩介の想い人である矢島楓が、その不良グループにいじめられていた過去があるからだ。今はもうやってないないようだが、二年生の時には一時期不登校になっていたらしい。三年になってから、晴海と親しくなったとほぼ同時に、いじめはなくなっていた。理由は分からない。けれども楓が今では普通に学校に通えるようになり、こうやって普通に会話ができるようになったのは、少なからず晴海の存在があるからだろう。

 

 ふいに浩介の肩を軽く叩く。はっとしたかのように宗信の方を向き、その意図を察したのか、「悪い。」と一言つぶやいて、ゆっくり座っていた。宗信もそれにならうかのように、席に座った。

 バスが目的地である博多駅に着いたのは、それからわずか五分後のことであった。

 

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