担当官からの視点@

 

「担当官、教育長からお電話です。」

 

 年配の兵士、笠井がそう声をかける。その言葉に反応するかのように栗井孝は首だけ動かして、笠井の方を向いた。たった今荒川良美(女子1番)の死亡報告書を書き終えたところばかりだ。思わず心の中でチッと舌打ちをする。

 

 はっきりいって迷惑だ。現在AM05:30。もうすぐ第一回の放送。今からその為の準備をしなくてはいけないのに、この電話のせいで作業が滞る。大体こんな朝早くかけてくるなんて、どこの早起きの暇人だ。こんなことで電話するより、もう少し国をよくするために政治の勉強でもしたらどうだ?

 そんな心に浮かぶ文句を、頭の隅に押しやり黙って電話を受け取る。こいつのこともいささか気に食わないが、今怒鳴ってもただの八つ当たりだ。

 

「はい、栗井です。」
「おぉ、栗井君か!担当官の職務はどうだね?」

 

 ええ、大変気分が悪いです。何回やっても慣れません。一体何の為にあるのか、総統とやらに直接会って聞きたいものですね。戦闘実験なんて、ただの言い訳ですよね?こうやって先の未来を担っていく中学三年生の命が散っていくのを、安全な高台から笑って見学していて何が楽しいんですか?ホント、この国の政治家って腐ってますよね。

 

 洪水のように流れ出る、文句というより罵倒するような言葉をギリギリのところでせき止める。どうやら思っている以上に不機嫌らしい。腐っていても教育長。言葉には気をつけなくてはいけない。萩岡宗信(男子15番)に軽率なことをするなと言っておいて、自分が軽率なことをしてしまっては、人のことはとやかく言えない。

 

「まぁ何とか。しかし慣れないものですね。何せ初めてのケースなもので。」
「無理もないな。プログラム前から担当クラスに担任として配属されるなんて、あまりないケースだからな。」

 

 本来ならば、担当官はプログラム開始時に生徒と始めて対面することになる。しかし今回は、新学期開始時から担任として赴任しているのだ。メリットとしては、生徒の普段の行動を間近に見ることができるため、トトカルチョの為の資料を詳細に作成できること(これもかなり気の進まない仕事だった)。あとは、プログラムに参加が決まったクラスの担任には、政府に刃向かって命を落とす人間も少なくない。その無駄な仕事を減らす為でもあった。

 

「早速だが、今どんな状況かね?どれくらいプログラムが進んでいるのかな?」

 

 どうやら本題はこれらしい。極秘ホームページで逐一状況は確認できるし、一応六時間毎、つまりは放送するたびに報告書を作成し本部に送るようになっている。それをチェックすればすむ話ではないか。いちいち電話してくるな。しかしそういえばこの教育長は、パソコンがまったくできないという話を聞いたことがある。まったくここでも無能か。

 

「今の…状況ですか?」
「そうそう。何人死んで、誰が乗ったのかな?何せ今回割と普通の、何の特色もないクラスだからね。」

 

 普通ねぇ。確かに運動神経のいい人間にしても、頭のいい人間にしても、中学生という枠からはみ出ない。オリンピックに出るほどの人材がいるわけでもないし、神童と言われるくらいの優秀な人間もいない。それが何なんだ?大体のクラスがそうじゃないか?今の言い方だと、それがつまらないと言っているように聞こえるぞ。

 喉元ギリギリまで出かかった言葉を、傍にあったコーヒーと共に無理やり飲み込む。やれやれ、この教育長は人を怒らせる天才か。いやいや、ここまで深読みする自分が悪いのか。とにかくつつがなくやり過ごすことが、てっとり早い解決策のようだ。

 

「現在、残りは29人です。」
「中々のペースじゃないか!深夜に開始したから、まだあまり進んでいないかなと思ったが、思ったよりも優秀なクラスだな。栗井君も鼻が高いだろう!」

 

 いや、むしろ逆の方がいいんですけど。人を殺すことに積極的なクラスなんて、プログラムじゃなかったら大問題だ。その辺、わかっていますかね?

 

「ええ…まぁ。」
「で、誰か積極的に動いているのかな?僕が賭けた白凪君は、どんな感じなのかね?」

 

 どうやらこの馬鹿な教育長は、トトカルチョで一番人気の白凪浩介(男子10番)に賭けたらしい。確かに頭脳も運動神経も上位クラス、加えて少々冷たい性格も相まってトトカルチョでも大変人気である。女子だけにとどまらずここでも人気だなんて、本人からしたら絶対迷惑に違いない。

 

「現在一人で行動していますね。目立った行動は取っていません。ただ、既に死亡している宮前直子の遺体を発見しています。もしかしたら、何か推測がたっているかもしれません。詳しいことは長くなるので、後ほど報告書で送ることになりますが。」

 

 教室で聞こえた銃声の正体。それで死んだのが宮前直子(女子16番)だと推理しているのならば、おそらく殺したのが矢島楓(女子17番)だろうと考えているのかもしれない。もちろん、その仮説の前提には、“開始早々人を殺す人間なんて、そうそういないだろう。ならば殺した人間は、個人的な恨みをもつ人間ではないか”という仮定がつくのだが。

 

「まぁ、開始早々から動くのが得策というわけではないからな。今は様子見をいうことで、体力を温存するのも一つの策だろう。」

 

 よく言うよ。これで白凪が積極的に動いて殺し回っていたら、“やはり私が期待した通りの人材だったか!その調子で突っ走ってほしいものだな!”なんて言うのだろうに。まったく、物は言いようだな。

 

「で、誰が積極的に動いているのかな?それと、くじで選ばれたのは誰なのかな?」

 

 こちらの気持ちなどお構いなしか。この時間ほど無駄なものはない。もうすぐ放送ですからと言って、電話をブチッと切りたい衝動に駆られるが、それを何とか踏みとどめる。

 

「くじで選ばれたのは、男子8番の里山元です。積極的に動いているはですね…。」

 

 ちょっとお待ちください、そう言ってから資料を再確認する。確認しなくたって、誰が動いているかなんて把握しているが、何だか言うのがはばかれた。なぜなら一番キルスコアを伸ばしているのが、そのくじのせいで乗った人間だからだ。それに、一人気になる人間もいるし。

 

「一番スコアを伸ばしているのが、三人殺している男子16番藤村賢二ですね。あとは一人ずつです。女子17番矢島楓、男子3番岡山裕介、女子15番三浦美菜子、男子20番米沢真。以上になります。」
「藤村君といえば、このクラスで一番運動神経が優秀だったな、それに里山君の友人だったそうじゃないか。やはり、あのくじはやって正解だったな。彼が乗るかどうかは未知数だったからな。」

 

 確かに里山元(男子8番)が選ばれなければ、藤村賢二(男子16番)は乗らなかった可能性が高い。だからなおさら後味が悪いのだ。いくら松川悠(男子18番)の発言に問題があるにしても、きっかけは友人の死であることは明確なのだから。現に運動神経は優秀であるが、性格的に乗らない可能性が高いからこそ、トトカルチョでは五位というパッとしない順位なのである。

 

「それとやはり矢島君は乗ったか。まぁいじめられた過去があるからな。頭脳は優秀であるし、ためらいはないだろうからこれからも頑張ってほしいものだな。」

 

 やはり傍から見れば、いじめられた過去のある矢島は乗る可能性が高いと見られているようだ。現にトトカルチョでは、白凪に次ぐ二位である。現在ホームページを見ているであろう他の政治家から見れば、狙い通りと言った感じでくそ微笑んでいるに違いない。

 ただ、自分にはどうしても矢島がただクラスメイトを殺して回っているように思えなかった。宮前を殺した時にしたって、相手が分かってから引き金を引いている。もし無差別に殺すのだったら、物音をした時点で攻撃しているはずだ。おそらくいじめた不良グループ(しかしその中で、加担していなかった内野翔平(男子1番)のことはどうなのかは分からないが)のみ対象をしているのではないかと考えていた。もちろん仮説にすぎないのだが。

 

「まぁこれから朝になるし、他にも動く生徒が出てくるだろう。担当官という職務は大変だろうが、名誉ある仕事だからな。しっかりやってくれ。」

 

 心の中で溜息をつく。大体、名誉だなんて一回も思ったことはない。必死で生きようをしている子供たちをただ観察し、それをまとめて本部に報告する。それのどこが名誉なのか聞きたいくらいだ。個人的に言えば、この国におけるどの仕事よりも汚れた職務だと思うくらいなのに。

 けれど、敢えてこの仕事を選んだ。悲惨ともいえるプログラムで、自分なりにもがいてみたかったから。そう、今プログラムで必死にもがいている、沼川第一中学校の三年一組のみんなのように。

 

「そろそろ第一回目の放送の時間ですので、すみませんがこの辺で失礼します。」
「おぉ、忙しいところすまなかったな。では頑張ってくれたまえ。」

 

 迷惑だと思うくらいなら初めから電話してくるなよ。そう思ったが、その言葉ものみ込んだ。「失礼します。」そう一言そえ、ゆっくりと電源ボタンを押し電話を切った。切った途端、疲れがドッと押し寄せてくる。まったく、馬鹿を相手にするほど疲労感のたまることはない。しかし休む時間はない。今の電話で大分タイムロスしてしまった。急いで準備しないと―

 

「あの…、担当官…。」

 

 おずおずといった感じで<後ろから声をかけられる。まだ機嫌が悪かったせいか、いささか眉をひそめたまま振り向いた。そこにはまだ若い、二十代くらいの兵士が両手にカップを抱えて立っている。こちらの顔を見て、少々びっくりしたのか一瞬表情がこわばっていた。

 

「あの…、よろしかったらコーヒーをどうぞ。」

 

 大事そうに抱えられたコップの中には、真っ黒な液体がわずかに波を立てている。湯気は出ていないところからして、アイスコーヒーのようである。中々気がきく兵士だ。このくらいの気遣いを、さっきの教育長にも求めたいところである。

 

「あぁ、すまない。ありがとう。」

 

 カップを受け取ると、口をつけてコーヒーを流し込む。どうやら喉が渇いていたらしく、一気に飲みほしてしまった。気分がシャキッとする。さすがはブラック。目覚め効果はばっちりのようだ。

 

「すまないが、もう一杯もらえるかな?」

 

 そう言って差し出したカップを、「はい!」と兵士らしいキビキビとした返答で答える。その表情は、少しばかりホッとしているように見えた。まぁ一般の兵士から見れば、担当官なんて人間は雲の上の存在に近いのかもしれない。誰でもできる仕事ではないし、皮肉なことにそこそこ偉い立場である。

 

 視線をモニタに戻す。現在二十九人。一人で行動している者が多い。これから朝になるし、禁止エリアで動かざる得ない生徒もいるだろう。これから何が起こるのか。

 

 願うならば、もう悲劇など起こらないように。決して叶うことはないだろうけど。

 

[残り29人]

ー試合開始終了ー

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