それぞれの今

 

 ここは北の端の方。一人の人物が、じっと座りこんでいた。

 その手には、旧式のゲームボーイほどの大きさの端末が握られている。その人物に支給された“武器”だった。“武器”といっても、銃やナイフのように直接攻撃するものではない。しかし使い方によっては、それらよりもはるかに役に立つもの。本来なら、喜ぶべきなのかもしれないほどの代物。

 けれどその人物にとって、その“武器”は銃やナイフーあるいはなんの役にも立たないものよりも有りがたくないものだった。これさえなければ、こんな思いはしなくていいのに。これさえなければ、今でも信じられたかもしれないのに。少なくても、あと数十分は知らなくてすんだのに。

 唇を噛みしめる。何もできない自分の不甲斐なさと、大事な人を失った悲しみを、少しでもこらえるために。血の味を感じるほど噛みしめても、高ぶった感情は一向に収まらない。

 

 情報は大事だ。知らないよりも知っている方がいい。けれど知りたくなかった。

 

 こんな残酷な事実だけは。

 

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 島の中央部に位置するところ、歩き続ける一人の人物。大事な人を見つける為に。

 体力には自信がある。このプログラムでも、おそらくそれは有利に働く。しかし、ペース配分を間違えていけない。自分のリズムが崩れてしまえば、目的は何一つ果たせないのだから。

 武器もいささか頼りない。襲われた場合の抵抗くらいにはなるだろうが、それでも銃相手だったら、一たまりもない。自分一人だけならそれでもいいのかもしれない。でも大事な人を守りたい場合、これで大丈夫だろうか。そんな不安が押し寄せる。それでも、決して死なせてはならない。

 おそらく教室を出てから、死んでしまった人もいるだろう。その中に自分の探し人が含まれていないといい。今は何もできないけど、必ず見つけて守るから。だからどうか、生きていてほしい。

 

 大事な人の無事を切に祈る。今できるのは、たったそれだけ。

 

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 こんなクラスメイトなんかのために死にたくない。必ず生き残ってやる。

 大きな木に身を預けている、一人の人物。その傍らには、長い刃物ー包丁が布に包まれて置かれている。その人物の支給武器であった。これが出てきた時は、はっきり言って落胆した。銃が支給されているプログラム。これでは圧倒的に不利だ。

 だから今は動かない。幸いにも他にも動く人間はいる。無理せずに殺れる時に殺ればいい。

 最後に疲れ切ったところに、あっさりと止めを刺す。これが一番有効。だから今は体力を温存する。優勝するのは自分だ。他の人間はそのための踏み台にすぎない。

 

 人を殺すのなんかわけない。道徳感なんかいらない。頂点に立つのは自分だ。

 

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 頭がいいだけではダメ。運動神経がいいだけでもダメ。

 大事なのは、この状況をどう立ちまわるか。即ち頭脳を有効を活用し、上手く行動すること。

 最初の方は、積極的には責めない。こちらからやる気のようには見せない。半分を切ったところで、行動を開始しよう。もしかしたら、その間に避けたい人物が死んでくれるかもしれない。

 

 生き残る為には、手段を選ばない。何だってやってやる。裏切ることだっていとわない。

 

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 もうすぐ放送が流れる。それで状況がはっきりする。

 何人死んで、プログラムがどれくらいのペースで進んでいるか。教室で聞こえた銃声の正体、それもはっきりするかもしれない。誰が乗っていて、誰が乗っていないか。その見極めが、今後の行動を左右する。

 本来ならば、こんなまどろっこしいことはしなくてよかったはず。しかし、やはり誤算はつきもの。けれど、一度の失敗をいつまでも引きずるわけにはいかない。これから気をつければいい。殺してはいけない人間、殺さなくてはいけない人間、この見極めを失敗しなければいい。

 目的の為には手段を選ばない。人を殺す覚悟はできている。地獄に落ちようとも、悪魔に魂を捧げようとも、こうすると決めていたのだから。左胸にある生徒手帳をグッと掴み、心の中で新たに誓う。

 

 大丈夫。必ず約束は果たすから。だから今は、絶対死なない。

 

[残り29人]

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