第三回目放送

 静寂に包まれている周囲の景色。刻一刻と太陽が見えなくなっていく。次第に影は消えていき、闇に溶けていく。

 

 それはまるで、今の自分の気持ちを象徴しているかのよう。

 

 萩岡宗信(男子15番)は、エリアE-7にいた。藤村賢二(男子16番)と分かり合えないまま別れてから、米沢真(男子20番)の遺体の状況に耐えきれず、その場を走って逃げてきた。ここに辿りついてから、何度か銃声―マシンガンのような音まで聞こえた。

 駆けつけようと思った。けれどそのたびに、賢二に銃口を向けられている映像が蘇り、真の悲惨な遺体が頭をよぎり、恐怖に苛まれ、足が動かず、ここからずっと動けずにいた。ずっと、膝を抱えて震えているだけだった。押入れに閉じ込められている、小さな小さな子供のように。

 

――俺は何をやっているんだ…。殺し合いを止めるんじゃなかったのか?怖気づいたりして、臆病者じゃないか…。

 

 殺し合いを止めたい気持ちと、自身の命を奪われるかもしれない恐怖との葛藤をずっと続けている。その答えは、まだ出せずにいた。こうしている間にも、友人や好きな人が、命の危機に晒されているというのに。

 

――止めなきゃ…。でも…どうしたらいい?どうしたら…

 

 賢二は止められなかった。なら、他の人は止められるのだろうか。いや、そもそも自分は止められるほどできた人間だろうか。頭脳も運動神経も中くらい、特別秀でたわけでもない自分が、この殺し合いを止めることなどできるのだろうか。

 

 そんなことを考えていたときだった。もはや聞きなれた音楽が、宗信の耳に届いたのは。

 

「時間だ。三回目の放送を始める。」

 

 条件反射のように、地図と名簿を取り出す。誰も死んでいないことを望んだが―

 

「死亡者を発表する。まず男子は、11番武田純也。」

 

 思わず手が止まる。一瞬、聞き間違いかと思った。

 

――純也…純也が死んだ…?

 

 このクラスで唯一同じ野球部で、同じ修学旅行の班だった武田純也(男子11番)が死んだ?その事実は、宗信の心を大きく動揺させた。しかし、そんな宗信に追い打ちをかけるかのように、放送は続いていく。

 

「13番鶴崎徹、14番野間忠。男子は以上だ。」

 

――嘘だろ?徹も、忠も?

 

 今回の男子の死亡者は、宗信にとって割と親しい人間が呼ばれていた。ショックは今までの比にならない。それでも、非情な放送は止まらない。必死でペンを走らせた。

 

「女子は、12番日向美里、13番本田慧。以上五名。残りは十九名だ。」

 

 男子と比較すれば、女子は親しい人間がいなかったので、少しだけ安堵した。が、すぐにそう思った自分を恥じた。人が死んだことに変わりはないというのに。

 

「禁止エリアは、七時からF-5、十時からE-7、十一時からA-5だ。これから暗くなるから、各自一層の警戒心を怠らないように。では、放送を終わる。」

 

 いつものように、淡々とした放送が終わる。プツッと切れると、再び静寂が訪れる。耳に痛いくらいの静けさが、孤独感を一層感じさせる。

 

――純也…、徹…、忠…。もう…会えないのかよ…。なんで死んじまったんだよ…。

 

 今までも、人が死ぬたびにショックを受けはした。けれど、言い方は悪いかもしれないが、その中に親しい人間はいなかった。だから何とか受け止められたし、自分を鼓舞して行動することができた。もう犠牲者を増やさないためにも、こんなことを止めようと無我夢中だった。必死だった。

 けれど、今回は話が違う。初めて仲のいい友人が呼ばれたのだ。頭は真っ白になって、何も考えられずに、ただぼんやりと地図と名簿を眺めていることしかできなかった。既に半数の名前にチェックの入った名簿と、数か所に時間が書かれた地図を――

 

――あ…

 

 ぼんやりと地図を見て、大事なことに気づく。宗信がいるこのエリアが、十時から禁止エリアになってしまうのだ。急いで移動の準備を始める。近くに置きっ放しだった水やパンや地図などを、急いでバックの中に戻していく。

 準備しながら、頭の中ではこれまでの思い出が走馬灯のように蘇っていた。教室での他愛無い会話、修学旅行での出来事、同じ部屋で語り合ったこと―

 

『なぁなぁ、宗信。お前いつ古山さんに告るんだよ〜。』

 

 頭の中で蘇る純也の言葉。いつも人をからかったりして、こっちが怒るとニヤニヤして、何度純也にイラッとさせられたか分からない。野球の試合ではいつになく真剣に投げたりして、三振とかあっさり取ったりして、花形スポーツのエースピッチャーとして割とモテたりして、愛想もあるから人もたくさん集まってきて、そんな素質を持っている純也を何度羨ましいと思ったかわからない。宗信にないものをたくさん持っていて、何度純也のようになれたらと思ったかわからない。

 

 そんな、大事な、友人だったのだ。そんな友人は、もうこの世にはいない。

 

――俺が…俺が怯えたりせずに…、駆けつけてさえいれば…。

 

 もしかしたら、純也は助かったかもしれない。自分に何ができるかわからないが、もしかしたら今でも生きていたかもしれない。純也だけでなく、鶴崎徹(男子13番)野間忠(男子14番)も、生きていたかもしれない。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

――ゴメン…、ゴメン…。俺に…もっと…勇気があれば…

 

 ギュッと目をつぶると、溜まった涙が頬を伝う。それがきっかけだったかのように、後から後から流れてくる。一日二回泣くことなんて、本当にいつ以来だろうか。

 

 でも、同時に分かっている。いつまでも落ち込んではいられない。失った命は、友人は、もう帰ってこないのだから。

 

『今できること、やるべきだろ?』

 

 そう、今できることをやるしかない。純也なら、徹なら、忠なら、きっとこう言うに違いない。

 

――俺に…できること…

 

 まだ生きている白凪浩介(男子10番)乙原貞治(男子4番)を探す。そして想い人である古山晴海(女子5番)を見つけて、出来る限り守る。出来るなら、浩介の想い人である矢島楓(女子17番)も見つける。そして、殺し合いを自分の出来る力で止める。

 

 ちっぽけで弱いけど、何も持っていないけど、それでも助けたい人がいるなら、守りたい人がいるなら、出来る限りのことをするべきだ。自分はまだ、生きているのだから。

 

――俺は、もう絶対後悔しないように行動する。だから、純也、徹、忠。あっちで見ててくれ。

 

 グイッと袖で涙をぬぐう。今は一人だけど、友人も好きな人も見つけてみせる。一人では無理でも、誰かが一緒なら、殺し合いも止められるかもしれない。そう思うと、少しだけ勇気が湧いてきたような気がした。三人が背中を押してくれている。そんな気がした。

 

 歩き出したその足取りは、もう怯えてなどおらず、しっかりと大地を踏みしめていた。

 

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