一難去ってまた一難

 

――武田…、やはり死んだのか…。

 

 エリアで言うとE-4にいる藤村賢二(男子16番)は、放送を聞いてまずそう思った。

 

『もう二度と会わない。』

 

 あの時、武田純也(男子11番)は確かにそう言った。それは即ち、“自分はもうここからいなくなるから”ということを示していたことに他ならない。抱えていた日向美里(女子12番)も一緒に、心中でもしたのだろうか。

 

――お前は、それで…良かったのか?

 

 純也に聞いたら、「良かった」というに違いない。けれど、賢二は心のどこかで納得できずにいた。心中に至る心境とは、どのようなものだったのだろう。

 

――俺には…一生分からないか…

 

 既に四人も殺している賢二には、到底理解できそうにない。そうしたい相手もいないし、そうする理由もない。そうする資格も、有りはしない。

 

――俺は、これからどうする…?

 

 さっきの放送で、残りは既に半数となっていた。つまり、プログラムは丁度折り返し地点へと差しかかったのだ。その中で賢二は、今後自分はどうするべきかを決めかねていた。

 

『里山が本気で人のことを考えるような人間だったら、お前が人を殺していることを喜ぶとでも思ってるのか!』

『俺が、里山の立場だったら…今のお前を見て喜びはしない。むしろ嘆き悲しむ。』

 

 萩岡宗信(男子15番)と武田純也。二人に言われた言葉が蘇る。

 

 分かっていた。元がこんなことを望んだりしないことなんて、分かりきっていたはずなのに。どうしようもなく悔しくて、生きているみんなが疎ましくて、それで逆恨みしたことは事実だ。その結果、四人殺した。

 

 松川悠(男子18番)佐野栄司(男子9番)荒川良美(女子1番)、そして米沢真(男子20番)

 

 悠と栄司とは、そこそこ仲が良かった。それなのに、悠の一言で、おそらく何気ない一言で、怒りの感情のままに二人を殺してしまった。いつもなら言い合いをするだけで済んだはずなのに、プログラムではそれが即殺意につながる。

 良美は何もしていないのに、ただそこにいたから殺した。おそらく、彼女はただ移動していただけなのだろう。もしかしたら、友人である香山ゆかり(女子3番)を探していたのかもしれない。そう考えると、良美に対しても、ゆかりに対しても、申し訳なく思った。思ったところで、赦されるはずなどないけれど。

 真は、おそらくやる気ではあったのだろう。恋人である佐久間智実(女子6番)を、殺してまで生き残りたかったのだろう。その非情な行動が許せなくて、思わず銃弾を二発も浴びせたことは申し訳なく思った。

 宗信も、真の遺体を見てしまっただろう。もしかしたら、混乱しているのかもしれない。恐怖に怯えてしまっているかもしれない。

 

『あいつは一世一代の馬鹿だからな。』

 

 まぁ、多分、大丈夫だろうけど。

 

――これから…どうする…?

 

 後悔しているなら、止めればいい。けれど、そう簡単にはいかないだろう。賢二がやる気であったことは、宗信だけでなく白凪浩介(男子10番)も知っている。当然、他にも知れ渡っている可能性は高い。

 かと言って、純也のように自殺する気にもなれなかった。自殺で片づけようなんて、虫がよすぎる気がするのだ。そんな資格など有りはしないのに。それに、まだやり残したこともあるような気がする。

 とりあえず移動しようか。そう思い、スクッと立ち上がる。その瞬間、冷たい風が頬を撫ぜ、おもわず鳥肌が立った。夏が近いとはいえ、まだ梅雨の時期である六月半ば。夜はもしかしたら冷えるのかもしれない。どこかの家で落ち着くのもいいかもしれない。そう思ったときだった。

 刺すような視線と、強靭な殺気を感じ、その方角へと急いで視線を向ける。そこには、一人のクラスメイトが立っていた。視界に入る、細身で色白の肌をした、ひ弱な男子。

 

――津山?

 

 確かパソコン部に所属していて、同じ修学旅行の班だった津山洋介(男子12番)がそこにはいた。右手には大ぶりなナイフのようなもの(ブッシュナイフというのだが、賢二は当然知らなかった)が握られている。好戦的なタイプではないだろうと思っていたが、その認識はすぐに強制的に修正させられることになる。

 

「あぁぁぁぁ――――!!!」

 

 賢二の姿を認めるやいなや、洋介は訳のわからない奇声を発しながら、ナイフを振りかぶりながら、こちらに向かって走りだしたのだ。

 

――ヤバい!

 

 咄嗟の判断で、洋介から距離を取ろうとした。しかし、普段なら大よそ考えられないような素早さで、洋介は袈裟がりに切りつけてきたのだ。間一髪というべきか、それとも反応が遅れたというべきか、それは賢二の学生服を右肩から左腰のあたりまで大きく切り裂いた。その際、どうやら刃先が皮膚にまで到達してしまったらしい。ただ、浅かったせいか、思ったよりは痛くない。

 

――くそっ!やる気なのか?!

 

 洋介はそのままの勢いで、第二撃、第三撃と攻撃の手を緩めない。それらを何とかかわし続けていたが、もちろんずっと避け続けるのは無理だ。

 

――やるしか…ないのか…

 

 ついさっき、人を殺したことを悔いたばかりだというのに、また人を殺そうとしている。自分自身でも、どうしたいのか分からなくなっていた。

 

――結局、俺は人殺しで居続ける運命ってやつなのか…?

 

 どうやら、この世に神も仏もないらしい。どんなに後悔しても、どんなに行いを改めようとしても、赦してくれないらしい。そんなに殺したくないのなら、殺さずに止めてみなさい。そう誰かに言われているかのようだった。

 無理だ。洋介は、もはや普通の状態ではない。目は血走っており、何かをブツブツと言っている。傍目から見ても、話し合いは到底不可能。洋介に殺されたくなければ…殺すしかない。

 逃げるという手もある。けれど、それは何となくプライドが許さなかった。宗信の時も、いわば逃げてしまったかのような形になっている。自分の方が洋介よりも、装備も運動能力も上だというのに。

 

「津山、止めろ!」

 

 無理だと分かりつつ、一応言葉で止めてみる。予想通りというべきか、洋介が止まる気配はまったくない。それどころか、鬼気迫る表情で、無茶苦茶にナイフを振りまわしている。もはや、狂っているといった方が正しい状態だった。

 洋介は、今だに何かをブツブツとつぶやいている。今度は耳をこらして、その言葉を聞き取ろうとした。

 

「私達は…殺し合いをする…。やらなきゃ…やられる…。」

 

 教室で宣誓させられた言葉。賢二自身は、出発が最後だったこともあり、実際その言葉を口にしてはいない。けれど皮肉なことに、その言葉が賢二の防衛本能を引き出し、殺すことへの抵抗をなくしてしまった。“やらなきゃやられる”。その言葉通りに身体が動いていたのだ。

 

 すっかり馴染んだ銃を素早く腰から抜き出し、すぐに二発引き金を引いた。久しぶりに撃ったせいか、右手がジンジンと痺れていた。この近距離なら外さないだろうと思い、ロクに照準を定めないまま片手で撃ったせいもあるかもしれない。

 賢二の放った弾は、間違いなく洋介の胴体に命中していた。していたはずなのに、洋介はそれを意に介さないかのように、攻撃の手を緩めることはなかった。そして、その容赦ない攻撃に、賢二の反応が一瞬遅れてしまったのだ。

 洋介の振りかぶったナイフが、賢二の右肩を切りつける。あまりの痛さに、銃を取りこぼしてしまった。浩介に撃たれたときにかすった頬の傷よりも、宗信に殴られた頬の痛みよりも、それは比較にならないくらいひどいものだった。

 

――こいつ…こんなに力強かったっけな…。

 

 そんなことを考えていたが、状況は緊迫さを増している。目の前の相手は、今度こそナイフを大きく振りかぶって、賢二の命を奪おうとしているのだ。

 

――くそっ!一か八か!

 

 咄嗟の判断で、後ろに避けるのでなく前に突っ込んだ。どうやらそれは正解だったようで、洋介の右腕が賢二の左肩で止まっていた。あまりに勢いよく振りおろしたせいか、そのまま洋介がナイフを落としたのがわかる。そのままタックルの要領で押し倒した。洋介は必死で抵抗していたようだが、所詮はひ弱なパソ部とバスケ部のレギュラー。力の差は歴然だった。

 抵抗する洋介の両腕を、左手一本で拘束する。空いた右手で、ポケットに入れていたナイフを取り出す。それを見た瞬間、洋介の血走った目が一層見開かれた。掠れた声で、必死に懇願する。

 

「た…助けて…」

 

 その都合のいい言葉は、賢二は至極不愉快にさせた。

 

――襲ってきておいて、今さらそれはないんじゃないのか?殺せそうなら殺して、そうじゃなくなったら救いを求めるのか?それはあまりに、虫がよすぎるんじゃないのか?

 

 躊躇しなかった。ナイフを振りかぶって、洋介の心臓に向かって、真っすぐに突き刺す。刺した瞬間、それまで必死で抵抗していた洋介の力が、驚くほど一気に抜けていった。目は先ほどよりも見開かれ、呼吸も止まった。間違いなく死んでいた。

 すぐにナイフを引き抜く。抜いた瞬間、待ちかまえていたかのように血が噴き出し、周囲の地面や賢二の制服を赤く汚していった。生温かい血の感触が気持ち悪くて、すぐに洋介から離れるが、血の噴水が止まる気配はない。後から後から吹き出し続け、洋介の身体の下に赤い水たまりを作ろうとしていた。

 ハァハァという、賢二の小刻みな呼吸だけが聞こえる。おそらく、実質五分も経っていないだろう。しかし、今の戦闘で大分体力を消耗してしまったようだ。それに、誰かが来ても厄介。早くここから――

 

「藤村…」

 

 声が聞こえた方角に、急いで視線を向ける。目に入った人物を見た途端、今度こそ本気で神様を恨みたくなった。

 

――よりによって…

 

 その人物は、賢二がこのクラスで唯一認めた人物。仲がいいわけではないが、友人とは違う意味で特別な存在。クラスで一、二位を争うくらい運動神経のいい賢二と張り合える、唯一無二の人物。

 

 眼鏡をかけたその人物―霧崎礼司(男子6番)が、賢二からわずか五メートルほど先に立っていた。

 

男子12番 津山洋介 死亡

[残り18人]

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