本当の強さ

 

 ショックだったはずだ。嘘だと叫びたかったはずだ。今まで信じ、支えだったものが、根底から覆されて、何も思わないわけがない。

 けれど、心のどこかで、納得している自分がいるのも――また事実だった。

 

――どうして……だろう……

 

 友人というものは、損得勘定でなるものではないし、タイプが違うからソリが合わないとも限らない。頭の良さ、運動神経の優秀さ、それらがどこまで影響するのかも分からない。実際、これまでいろんな交友関係を見てきた。似たもの同士。正反対の性格の友達。いろんなタイプの人が集まったグループ。一貫しているのは、どの関係も親しく、一緒にいたいからいるのだということが、傍目からでも理解できるということ。

 だから、きっと自分らもそうだと思っていた。そう信じていた。けれど、その一方で、ずっと一抹の疑念を抱いていたのだ。

 

――なんでだろう……

 

 心のどこかに引っかかりを覚えつつも、ずっと言い聞かせていた。そこには、大した理由などないのだと。気が合ったから。つきあってみたらいい奴だったから。もし理由があったとしても、きっとその程度だろうと。

 

――孝太郎は、どうして俺と友達になってくれたんだろう?

 

 一度だけ直接聞いてしまったとき、ほんのわずかだけ――孝太郎の表情が固まったことを、今更ながら思い出していた。そのときは孝太郎の弁解もあって気にしていなかったが、今になってその意味を理解した。表情が固まったその“間”こそが、その後の彼の言葉よりも、雄弁で正直な答えだったのだと。

 そう疑われてしまわないように、うまくやってきたはずだという――ほんのわずかな戸惑いこそが。

 

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 思ったよりも、それは軽かった。あれだけしないと誓った禁忌を犯してしまったはずなのに、一度だけ無我夢中で引いてしまったあのときより、それは随分軽く感じられた。

 銃声が耳に届いたのは、少し後になってから。

 

「お前……ッ!!」

 

 目の前の光景を認識したのは、憤るような声が聞こえてから。周囲を認識できるようになったのは、もっと後。

 見れば、目の前の相手が、右手を押さえている。銃口から出る煙で幾分か不明瞭な視界の中でも分かるほど、怒りと驚愕で彩られた表情で、彼はこちらを睨んでいる。

 ああ、当たったんだ。思った通りのところへ。

 

『おお、すごいなー。ホントに百発百中かよ』
『雅兄すごーい! ねぇねぇ、次はあの大きい貯金箱取ってー!』
『こら、将太。お前はもうお菓子取ってもらっただろ。次は、一真の番』

 

 なんてことのない、小さな特技だった。だから、これまで自分から話したことはほとんどない。この特技を活かせるのは、せいぜい夏祭りの射的くらいしかなかったのだから。

 

『えっ……僕は別に……』
『いいよ、まだ弾はあるし。一発では落とせないものでも、数発当てれば取れるだろうから』
『一真。お前はいつも遠慮するから、たまには甘えていいんだぞ。まぁ、甘える相手は俺じゃないんだけどな』

 

 たわいないそんな小さな特技でも、誰かに喜んでもらったこともあったなと、少しばかり昔のことを思い出す。けれど、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

 頭に浮かんだ数か月前の光景を振り払い、須田雅人(男子9番)は、目の前の“敵”に意識を集中させる。そう、今は何より“敵”を排除しなくてはならない。後ろにいる二人を、橘亜美(女子12番)東堂あかね(女子14番)を、守るためにも。

 

「お前……どういうつもりだ……ッ!」

 

 優越感と悦に浸っていた表情が一転、驚愕と怒りで歪んでいる。ああ、そうか。やはり、こうやって反撃されるとは思っていなかったのか。引き金を引くことも。増してやそのとき撃った弾が、狙ったかのように右手のマシンガンを弾いたことも。

 自分でも、奇妙な感覚だった。確かに、かつての自分だったなら、彼女らに会うまで彷徨っていた自分だったなら、過去を打ち明ける前の自分だったなら――きっとこんな風に、冷静に、相手の勢いを殺ぐように撃つことはなかっただろう。

 

『死にたくなかったら、その甘い考えを捨てろ』

 

 驚愕と怒りに染まった表情のまま、目の前の“敵”――有馬孝太郎(男子1番)は背中に手を回す。即座に構えたその銃は、見たことのないものだった。雅人のものとは違う、回転式の拳銃。けれど、そんなことはどうでもいい。

 孝太郎が引き金を引く前に、先ほどと同じところを狙って撃つ。弾は、また思ったところに当たり、彼の手から同じように銃を弾いていた。

 

「なっ……!」

 

 二度も弾かれると、さすがにマグレとは思えないのだろう。孝太郎の表情に、少しだけ怯えが混ざる。そんな顔は、この三年のつき合いで初めて見るものだった。

 三年も友人をやってきたのに、思ったよりも孝太郎のことを知らないのだな。と、今更ながらそんな感想を抱く。

 

「くそッ!!」

 

 いいかげん諦めてくれるかと思ったが、今度は肩から下げていた別のマシンガンを手に取る。ずっと視界には入っていたので、認識はしていたものの、今更ながらマシンガンを二つ持っているという事実に気づいた。

 

 思ったよりも、恐怖は感じない。理由は、単純だ。いくらマシンガンでも、撃たせなければいいだけなのだから。

 

 今度は孝太郎が構える前に、その右手の甲を狙って、引き金を引いた。またも狙ったところに当たり、彼の手から血が噴き出す。両手で構えるタイプのマシンガンだったようだが、右手を撃たれては持っていられなかったのか、カシャンと音を立てて地面に落ちた。

 また銃が出てくることを予想し、両手で狙いを定めたまま、雅人は動かなかった。落ちたマシンガンなど拾わせないし、デイバックから別の銃を取り出そうものなら、今度は左足を狙って撃つ。そのつもりで、視線も注意も、孝太郎から一切逸らさなかった。

 

 単純に、ただ一つの目的のために、他の一切を捨てて行動する。これまで躊躇ってきたことさえも、一番大事な目的のためなら、今の自分は進んでやるだろう。

 

『死にたくなかったら、その甘い考えを捨てろ』

 

――やっと分かったんだ。あの言葉の本当の意味が。

 

 あのときは、古賀雅史(男子5番)の言っていることが受け入れられなくて、そう告げた彼の真意を考えることはできなかった。けれど、今なら理解できる。雅史は、「生きたいのなら、人を殺す覚悟をしろ」と言ったわけではない。その意味も多分に含まれていたのかもしれないが、おそらく本質はそれではない。

 最後の一人以外は、死ぬプログラム。死にたくない。けれど、殺したくない。そんな我が儘は、ここではまかり通らない。生きたい。死にたくない。誰かを生かしたい。大切な人を守りたい。幾重にもある願望の中で、“何か”を果たしたいのなら、別の“何か”を捨てる必要がある。それは何も、“生き残る”ために“人を殺さなくてはならない”ことだけではない。

 全ての願望を叶えられるほど楽観的な状況ではないし、それができるほど自分らは器用ではない。おそらく、彼が言いたかったことは、そういうことなのだろう。

 

 だから、今はこう選択する。

 

 二人を死なせたくない。なら、それ以外の願望を捨てよう。

 人を殺したくないという我が儘も、孝太郎を説得するという希望も、自分の命も何もかも――

 

「雅人……ッ! お前、自分が何やっているのか分かっているのか?!」

 

 孝太郎の表情が、先ほどとはまったく異なる形で歪んでいる。優越感は、驚愕へ。余裕は、焦りへ。喜びは、怒りへ。そして――見下していた相手に殺されるかもしれないという怯えへ。

 人を意図的に傷つけるということが、一体どういうことなのか。さらにいえば、人を殺すということがどういうことなのか。それを理解した上で、こんなことをしているのか。お前が。他人を傷つけそうにないお前が。人を殺せるほど強くもないお前が、なぜ。おそらく、孝太郎はこう言いたいのだろう。

 

「……知らないだろ」

 

 そんな孝太郎の言葉の返答はせずに、雅人はポツリと呟いていた。

 

「俺、こういうの得意なんだ。ほら、夏祭りの射的ってあるだろ? あれ、一度も狙ったところを外したことがない」

 

 それで棚の商品が取れるかどうかは、また別問題だけど――。という、余計なことは心の中に留めておく。

 

「だから、お前が何かしようとした瞬間、二人を殺そうとした瞬間、それより先に撃てるし、当てられる」

 

 雅人の言葉を聞いた瞬間、孝太郎の表情がまた歪んだ。それは、驚愕とか怯えというより、明確な恐怖。二度も銃を弾き、あまかつ手の甲のど真ん中を正確に撃ち抜いた。その事実が、彼に鮮明な予測を立てさせているのだ。“本当にそうなるかもしれない”という、最悪の予測を。

 そのせいか、孝太郎は何も言わなかった。先ほどまで、うるさいくらいベラベラ話していたはずなのに。よほど、怖いのだろうか。それとも、驚いたのだろうか。雅人が、ここまで明確に刃向かったことに。

 

「……お前の、言った通りだよ」

 

 何も言わない孝太郎の代わりに、雅人はまたポツリとこう呟いた。

 

「俺は、弱いし、誰かの助けがないと何もできない、ちっぽけな人間だ。今だって、東堂さんや橘さんがいなかったら、俺はこうして立っていられなかった。それに……今の俺は強くなったわけじゃない。きっと、変わらず弱いままだ」

 

 あのまま彷徨っていたら、混乱したまま、誰かに向かって引き金を引いたかもしれない。そうでなくても、何も決められず、何もできないまま、誰かに殺されていただろう。自分で決め、自分の意志で行動するという、これまで当たり前にできていたことが、二度とできないままだったかもしれない。

 あのとき受け入れてくれたあかねがいたから、話を聞いてくれた亜美がいたから、こうして立っていられる。迷うことなく、何をすべきか決められる。

 だから、はっきりと孝太郎にこう告げた。行動だけでなく、言葉でもはっきりと、今の自分の決意を伝えるために。自分の意志で決めたことを、その通りに実行できるように。

 

「それでも今、お前を殺すことはできる」

 

 正面から孝太郎を見据え、言い淀むことなくはっきりと口にできた。構えた銃は下ろさず、視線は逸らさないまま、何があっても言った通りのことができるように。

 雅人の殺気に呑まれているのか、孝太郎は何も言わなかった。できないと否定することも、虚言だと嘲笑うことも、そうならないよう反撃する素振りも――何も。

 

「……さっきお前は、俺のことを強くもないって言っていたけど、その通りだと思う。けれど、お前の言うように、人を殺すことができることを強さなのだとしたら……。自分のために、誰かの命を奪い、傷つけることが強さなのだとしたら……そんな強さ、俺はいらない」

 

 何もできずにいる孝太郎に向かって、雅人は重ねてこう告げた。そう、人を殺すのに、強いも弱いも関係ない。あのとき、雅史もこう言っていた。状況次第では、誰でも人殺しになれる、と。それは孝太郎だって、雅人だって、後ろの二人だって――例外ではない。

 だから、何人も殺せる人間が、強いとは絶対に思わない。孝太郎がこれまで何人殺してきたのか知らないが、それは彼の強さを証明するものではない。それは、ただの結果でしかなくて、彼の能力の高さとかを図る物差しにはならない。

 もし、それを“強さ”だと誰かが言うのなら、自分は弱いままでいい。欲しかった強さは、そんなものではない。

 

――欲しかったのはきっと、誰かを守れる強さだったんだ。

 

 誰かのために、頑張れる強さ。いざというときは、身体を張れる強さ。いつも家族のために身を粉にして働いていた、あいつのような強さなのだと。

 

 今になって思う。もしかしたら、プログラムを恐れ私立にしがみ付いている弱い自分を、心のどこかでは嫌っていたのかもしれない。だから、自分よりも秀でている孝太郎や、誰よりも明るくみんなをまとめられるあかねに、憧れを抱いていたのだろう。自分はああなれないと、心のどこかで諦めていたから。

 強くなりたいと、今でも思う。けれど、それは決して“手段を問わず欲しいものを得る”ための強さではない。自分より大切な人、自分が守りたいと思える人。その人たちを、守れる強さだったのだ。そのために、今なすべきことを決断できる強さだったのだ。

 優柔不断な自分が、迷うことなく決断できる。そのために、他の選択肢を切り捨てられる。その結果、何が起こっても、全て受け入れられる。

 今の自分なら――それができる。

 

「須田……くん……」

 

 後ろから、あかねの不安そうな声が聞こえる。ああ、きっと怖がらせている。躊躇うことなく孝太郎を攻撃している今の雅人の姿は、彼女から見れば、とても怖く映るだろう。

 

『撃たないって……信じているもん……。須田くんは、そんなことをするような人じゃないって……私知っているから……』

 

 そう言ってくれた彼女の信頼を裏切るようで、少しだけ申し訳なく思う。けれど、これであかねの信頼を失っても、彼女が死ななくてすむのならそれでいい。もし拒絶されたとしても、そんなのは些細なことだ。

 

 信頼を裏切らないまま、孝太郎を止めることなんて器用なこと、雅人にはできないのだから。

 

 孝太郎は、動かなかった。おそらく、どうするべきか迷っているのだろう。他の武器を取り出そうものなら、また撃たれてしまう。かといって、逃げるのはプライドが許さない。もちろん、刃物の類で真正面から向かってこようものなら、即座にその動きは止められる。

 雅人のことを誰よりも知っているのは、間違いなく孝太郎だ。だからこそ、雅人の言葉に嘘がないことが分かる。恐怖を張り付けた表情のまま、その場にじっとしている。

 孝太郎は動かないし、雅人も引き金を引かない。しばしの間、膠着状態が続く。その間、誰かも分からない息遣いだけが、この空間にこだましていた。

 

「でも……」

 

 唇を舐め、雅人はまた話の口火を切った。この膠着状態を、打破するために。そして、この胸に渦巻く気持ちを――きちんと彼に伝えるために。

 

「お前がどう思おうと……。俺にとって、孝太郎は友達だから……」

 

 雅人の言葉に、孝太郎の目が見開かれる。あそこまで真実を告げた上で、なお友達だなんて言われるとは、さすがの彼も思っていなかったのだろう。

 孝太郎が、雅人のことを対等の友人とは思っていなかったこと。ショックだったことに違いはない。裏切られたような形になっているのも、友人である広坂幸治(男子13番)が彼に殺されたようなものであることも事実。ずっと彼に利用されていたのも、騙されていたような形になっていたのも、まぎれもない事実。

 けれど、そんな彼の存在に救われていたことも――また事実なのだ。

 

『お前が頑張ってるのは、知ってるからさ。あんまり根詰めすぎるなよ』

 

 それがたとえ、信頼を得るための方便だったとしても。雅人のためではなく、自分の人柄を良く見せるために発せられたものだったとしても。

 彼の言ってくれた“言葉”そのものに励まされ、救われたのも、また曲げようのない事実なのだ。

 

「だから……早くどこかに行ってくれ。二度と、俺たちの前に姿を見せないでくれ」

 

 だから――今は殺さない。このまま、孝太郎にいなくなってもらう。それが、今の雅人が選択した答えだった。

 

 甘いだろうか、と問いかける自分がいる。きっと本当は、ここで孝太郎を殺すべきなのだろう。仮にこの場は凌げても、不意打ちでまた襲われたりしたら、今度こそ全員殺されてしまう。合理的で確実な方を取るなら、二人のことを思うなら、それが一番正しい選択だ。

 けれど――やはりそこまで冷徹にはなれない。全てが彼にとっては嘘だったとしても、雅人自身は真実だと思っていた。今更、それを全てひっくり返すことなんてできやしない。

 だから、これまで彼に抱いていた尊敬や感謝や、友情も、今更完全には消しされない。なかったことになどできない。

 この胸にわきあがる情を、無視することも。

 

「俺に……お前を殺させないでくれ」

 

 二人を死なせない。けれど、孝太郎も殺したくない。だから、その両方を叶える手段を、ここでは選ぶ。現実的に考えれば、今のこの状況において、相反する二つの願望が叶うことはない。そうだと知りながら、殺さずにこの場を収めようとしている。きっと雅史には、また甘いと言われるだろう。けれど、これが一番いい選択なのだ。雅人にとっては。

 この選択をしたせいで、後に殺されるかもしれない。その結末ごと、受け入れる覚悟はある。

 

「……ふざけんなよ」

 

 雅人の言葉は、どうやら孝太郎の神経を逆なでしたらしい。恐怖が、今度は明確な怒りへと変わっていた。今まで見たことのない表情。感情をむき出しにした、嘘偽りのない彼の本心。

 

「お前に……お前なんかに……そんなことを選択する権利はねぇんだよッ!!」

 

 大声でそう吐き捨てた後、今度は地面に落ちたマシンガンを拾おうとする。息を荒げながら、歯をむき出しにし、誰が見ても怒っているのだと一目で分かるほど――真っ赤な表情で。

 ああ、そうだ。考えれば、分かりそうなことだ。ずっと見下していた相手から、命だけは取らないでやると言われて、彼のようなタイプが激昂しないわけもない。

 左足を狙おうと思ったが、それよりマシンガンを拾おうとする右手の方が当てやすそうだ。そう判断し、即座に引き金を引いた。四度目ともなると、少しばかり指が疲れてきたな。そんなことを思いながら、手の甲にもう一つ穴が空くのがはっきりと見えた。

 

「……ッ!」
「最後だ。今度撃つような行動をしたら、心臓を狙う」

 

 本気だった。孝太郎が次に攻撃するような素振りを見せたら、本当に心臓を撃って殺す。そのつもりで、両手でしっかりと狙いを定める。孝太郎がこのままいなくなってくれるのが一番いいのだけど、彼がなおもあかねと亜美を殺そうとするなら、即座に彼を殺す覚悟もできている。

 二人を殺させない。孝太郎にはここからいなくなってもらう。どちらも叶わないのなら、切り捨てる選択肢は、間違いなく後者だ。

 両手でしっかりと、孝太郎の心臓に狙いを定める。せめてもの情けに、痛みに苦しむことのないよう、一瞬で全て終わらせるつもりで。

 

「くそッ……!」

 

 雅人が本気だと分かったのか。今度は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。心の底から、悔しそうな表情。先ほどといい、本当の孝太郎はこんなに分かりやすい表情をするのだと、今更ながら理解した。

 

――俺は……本当に孝太郎のこと、何も知らないんだな。

 

 少しだけ感傷的な気分になるが、今はそんな場合ではない。黙って去ると見せかけて、不意打ちで撃ってくるのかもしれない。こちらは、彼がどれだけ武器を持っているのか知らないのだ。全神経を、彼の一挙一動に向ける。

 

「今回は……引いてやるよ」

 

 せめてもの虚勢。そんな見え見えの虚勢を張らざるを得ないほど、追いつめられているのだろうか。それとも、下に見ていた相手に対する、強者としてのプライドがそうさせるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいいか。

 こちらに視線を向けたまま、落ちているマシンガンを拾おうとする孝太郎の足元に向かって、また引き金を引く。マシンガンのすぐ近くの地面が爆ぜ、ちぎれた草と土埃が、孝太郎の眼前で大きく舞った。

 

「それは、置いていけ」

 

 懇願ではない、命令口調。自分でも、こんな話し方ができるのかと場違いながら不思議に思った。まぁ、それこそ些末なことか。

 マシンガンを失えば、今までより彼も慎重に行動せざるを得なくなるだろう。あとどれだけ武器を持っているのか分からないが、二つのマシンガンと一つの銃。それらを失うだけでも、かなり違うはずだ。

 

「ちっ…………!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、孝太郎はその場から一歩、二歩と後退していく。背中を向けず、こちらを見ながら後ずさりするような形で。雅人の性格上、言っていることに嘘はないと分かりつつも、これまでの反撃から恐れずにはいられないのだろうか。自分の考えにすら、疑いを持ち始めているのだろうか。

 いや、それこそどうでもいいことだ。それより、今は孝太郎に二人を殺させないこと。彼に、ここからいなくなってもらうこと。それが、現時点での最良策なのだから。

 

「……もう会うことはないから、言っておくけど」

 

 ふいに足を止め、孝太郎はこう話を切り出していた。今までとはまったく違う、どこか落ち着いた雰囲気。いや、むしろはらわたが煮えくり返えそうなほどむしゃくしゃしているのだろうが、それを必死で隠していると言った方が正しいのか。

 

「最後の一人になるまで終わらないのが、このプログラムだからな。必死で二人を庇ったところで、必ずどちらか、もしくは両方死なねぇといけないってこと、肝に銘じておけよ」

 

 それだけを告げ、こちらに背中を見せることなく、後ずさりするような形で、孝太郎はゆっくりと去っていく。落ちた銃を恨めしげに見ながら、雅人のことを睨みながら、攻撃されないように注意深く。

 その姿が視界から完全に消えるまで、気配がまるで感じられなくなるまで、雅人は一ミリも動かなかった。背後の気配にも注意を払いつつ、何があってもすぐに撃てるように。自分の気が緩んだことで、二人が殺されることのないように。

 時間にして、どれだけ経ったのか分からない。わずか数分のことのようにも、何時間も経った後のことのようにも思えた。両腕を下ろし、身体の緊張を解き、ようやく後ろにいた二人の方へと向き直る。

 

「須田……くん……」

 

 亜美に支えられた状態で座り込んでいたあかねが、不安げな表情でこちらを見ている。泣きそうなほど目に涙を溜めて、何か言いたげに唇を振るわせて。

 

――ああ、そうか。今の俺が、怖く見えるのか……

 

 躊躇なく引き金を引き、孝太郎を退けた雅人のことが、怖いのだろう。今までの雅人であるならば、こんなことはしなかっただろうから。この一年間、雅人の近くで一緒にクラス委員をしてきた彼女には、その変貌がより浮き立って見えるのかもしれない。

 だから、声をかけようと思った。大丈夫。さっきは孝太郎に撃たせないためにああしたけど、何も変わってないから。二人を殺すことも、絶対ないから。そうだ、怪我はないか。そこまで気にかける余裕がなかったから――

 そこまで考え、一歩足を踏み出したところで――身体がグラリと揺れた。

 

――えっ……?

 

 突然の出来事に、理解が追いつかない。そのまま身体は前のめりに倒れ、両手で受け身すら取れず、地面に叩きつけられる。倒れた際にすりむいた頬が痛むが、それよりも背中がやけに熱い。どうにか起きあがろうにも、先ほどまで思い通りに動いていたはずの身体が、今はまったく言うことを聞いてくれない。

 どこか遠くから呼びかけられているような声を聞きながら、ようやく何が起こっているのか理解した。思えば、孝太郎のあの言葉は、まるでもう二度と会えないことを、確信しているかのような口振りだった。

 

『……もう会うことはないから、言っておくけど』

 

 倒れる直前まで何も感じなかったから、完全に意識の外だった。確かに痛みはしたが、行動にまったく支障がなかったから、かすり傷程度に思っていた。けれど、おそらく自身が思うよりも、この傷は命に関わるものなのだろう。

 彼女らの表情が不安げだったのも、孝太郎の言葉が確信めいたものだったのも、全ては亜美を庇った際に負った――背中の傷のせいなのだと。

 

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