窮鼠猫を噛む

 学校からほど近いE-1。だだっ広い畑というべきところに、妹尾竜太(男子10番)はいた。身を隠そうというわけでもなく、誰かを殺しにいこうというわけでもなく、ただその一角にドッカリと腰を下ろしているだけであった。

 

――くっそ、イライラする! なんなんだよ!!

 

 クラス一粗暴で暴力的。ある意味、気を使うということをまったく知らない竜太は、この状況下でも周囲に対して警戒するという考えがまったくなかった。誰かが自分を殺しにくることなどありえないと思っていたし、仮に襲われたとしても、そんな簡単に殺されはしないと過信をしていたからかもしれない。

 

――補講があるって言われて、素直に学校行ったらこれかよ! こんなことなら、クソ真面目に行かずにふけりゃよかった!

 

 実際にふけた田添祐平(男子11番)が強引に連れてこられたことを考えれば、ふけても同じように参加させられただろうが、そんなことは竜太にとってどうでもよかった。せっかくの冬休み。これから遊びほうけていられると思った矢先にこれだ。本当なら、今頃温かいこたつにでも入って、大しておもしろくもないテレビを見つつ、だらだら過ごす予定だったのに。なぜこんな寒空の下で、何もないところで、こうして空を見ていなくはいけないのか。

 何もすることがないので、支給武器であるバタフライナイフを右手でもて遊ぶ。刃をしまったり出したりしながら、その心に思うのは、プログラムに対する苛立ちのみ。腹が立って、むしゃくしゃして、何かに当たりたくて仕方がない。けれど、この何もないところでは、殴って発散させることもできない。増してや大声を出すことなど自殺行為だ。その事実が、より一層竜太の苛立ちに拍車をかけていた。

 

――あー、こんなさびれたところオサラバしてぇ……。早くこれ終わんねぇかなー……

 

 他力本願ともいえる考えを抱きつつ、地面にゴロンと横になる。竜太に、自分が死ぬという恐怖はなかった。自分が死ぬはずがない。自分は生き残るべき人間なのだ。そう信じて疑わなかったから。だから、他のクラスメイトが死んで、自分一人だけになって優勝する。早くそういう状況になることだけを願っていた。もちろん、いつもつるんでいる小倉高明(男子3番)も例外ではない。高明が死んでも、竜太は痛くもかゆくもなかった。

 

 けれど、自分から殺しに行くなんて、そんな面倒なことをするという考えも、今の竜太にはまったくなかった。

 

――しっかし腹減ったな。どっかの家で食い物でもかっぱらってくるかな……

 

 そう思った途端、ぐーっという間抜けな腹の音がした。仕方なく、バックから地図を取り出して広げる。今竜太のいる周辺に、ほとんど民家はない。なら、少し遠いが住宅街のあるエリアまで足を運ぶしかないだろう。そのこと自体も面倒で仕方がなかったが、背に腹は替えられないなと思い、仕方なくよっこいしょと腰を上げる。

 

「あー、メンドくせぇ」

 

 そうぼやきながら、バックを肩にからい、急ぐわけでもなく、いつもと変わらないペースで歩き出す。懐中電灯で手元を照らし、方位磁石で進むべき方向を確認する。とりあえず、今いる場所と住宅街のある島を結ぶ橋を渡らなくてはいけないようだ。また面倒な事実が増えたことに盛大にため息をついた後、懐中電灯を消して再び歩き出した。

 この静かな空間。自分以外には誰もいない。この島のどこかに三十人以上のクラスメイトがいるはずなのだが、そんな気配はどこにもない。聞こえるのは、自分自身の足音だけ。視界に入るのは、何もない暗闇だけ。五感を刺激するものなど、何もない空間。

 

――ったく、全然静かじゃんか。銃も支給されてんだろ? こんだけ人数いんだから、もっとドンパチやれよってんだ。どうせみんなやる気なんだろ?

 

 このクラス全員が非戦を唱えるという展開もまた、竜太は有り得ないと思っていた。校門前に曽根みなみ(女子10番)の遺体があったこともそうだが、人のために自らが犠牲になろうというお人好しなどほとんどいないからだ。澤部淳一(男子6番)みたいに頭がいいからといって人を馬鹿にする人間もいるし、小山内あやめ(女子3番)みたいに何考えているかわからない人間もいる。今年初めて特進クラスに配属された竜太からしてみれば、何も知らない人間が多すぎるのだ。まぁ東堂あかね(女子14番)須田雅人(男子9番)くらいならやる気でないかもしれない。けれど、自分の命よりも他人が大事なんて、竜太からしてみればそんなのはただの偽善だ。

 

 だから、誰かと組むとか、増してや仲間になるということも、まったく考えていなかった。どうせ生き残れるのは一人だけ、帰れるのも一人だけなのだから。

 

 普段繁華街を歩いているかのように、ぶらぶらと歩いていく。周囲を警戒する気もない。住宅街にいくだけでも面倒なのに、周囲を警戒するなんてことをするわけがなかった。誰かがいれば、多少なりとも物音がするだろうから、それで十分対処できるだろう。そう思っていたから。

 そうやって歩いている最中、視界の端に誰かがいるのを見つけた。しかも、ズボンを履いていて、自分より小柄だということさえ分かれば、シルエットだけでもその人物の正体もすぐに分かった。その瞬間、竜太の口元には笑みが浮かぶ。

 

「よぉ、学ちゃーん」

 

 その声で、相手のシルエットが飛び跳ねたかのようにビクンと動く。そこに向けて、懐中電灯の光を直接当ててみた。予想通り、竜太よりもクラスで唯一身長が低い男子で、左目元にある泣きボクロが特徴的な冨澤学(男子12番)がそこにいた。

 学は怯えているかのように、ただ小さく震えている。その小動物のような気弱さに、また竜太の苛立ちが増していく。

 

「お前一人なの? 用心棒古賀くんは一緒じゃないんだー。あ、待てなかったんか? お前ビビりだもんなー」

 

 小馬鹿にした口調で、ケラケラと笑いながら、いつものように学をからかう。そして、いつものように学は何も言わない。反論することもない。ただ黙って、少し睨むような目で、じっとこちらを見ているだけ。それがまた、竜太の勘に障る。

 

 冨澤学という人間が、竜太はとても嫌いだった。いつもおどおどしていて、誰かの影に隠れている。頭はそれなりにいいようだが、運動神経は破滅的にない。体育の時間でチームを組もうものなら、負けることが目に見えているほどなのだ。たまに何か言ったかと思えば、ひどく偉そうに達観したようなことを語っている。そういうところも、気に入らない。同じようにおどおどしている八木秀哉(男子16番)も十分イライラさせてくれる存在だが、利用価値があるだけまだマシなものだ。

 

 どうしてやろうかと思っていたとき、ふと学の手元に目がいった。小さい頃モデルガンで遊んだことのある竜太には、その手に握られているのが銃であることはすぐに分かった。そう分かったとき、学にいいものが支給されている苛立ちと、それを奪ってやろうという欲求が、同時に竜太の心に湧き上がる。

 

「何、お前いっちょ前に銃なんか持ってんの? それ寄越せよ。どうせ上手く使えないんだろ? 俺が代わりに使ってやっからよ」

 

 早く寄越せと言わんばかりに、右手を差し出す。けれど、学は逆に竜太から距離を取ろうとした。右手にある銃を、抱え込む形で。

 

「い、嫌だ……」

 

 口に出された拒絶の言葉に、プツリと何かが切れるような音がした。こちらがせっかく穏やかに事を進めてやろうというのに、その態度は一体何なのだと。

 

「ハッ? 何拒否してくれちゃってんの? お前に選択権はないの。チビでビビリのくせに、何生意気な態度とってくれてんだよ! お前は黙って、俺にそれを寄越せばいいんだよ!!」

 

 怒りを口に出すと、余計にはらわたが煮えくり返る感覚がする。そのせいか、右手にもっていたバタフライナイフの刃を無意識のうちに出していた。

 

「そいつをよこせよ! 言うこときかなきゃこいつで刺すぞ!!」
「嫌だ! これは僕のだ!!」 

 

 学の口からはっきりと出た、こちらの要求を完全に拒否する言葉。その瞬間、竜太の頭の中は怒りで真っ赤に染まった。

 

「じゃあぶっ殺して奪ってやるよ!!」

 

 持っていた懐中電灯を放り投げ、苛立ちのままに、竜太は突進しようとした。そしてそのまま持っているナイフで、学の腹を刺そうとした。臆病な奴だから、チビだから、反撃などしないだろうと考えていた。持っている銃の引き金を引く可能性など、微塵も考えていなかったのだ。

 

 けれど、現実は違った。竜太が懐中電灯を放りだしたのとほぼ同時に、学は右手に持っていた銃をこちらに向けた。ただの脅しだろうと考える間もなく、パンッという発砲音が響きわたる。竜太の視界に、一瞬火花が散ったような光が見えた。

 左の脇腹に弾けたような痛みを感じたのは、それとほぼ同時だった。

 

「ぎゃあぁぁぁぁ―――!!」

 

 腹から伝わる耐え難い激痛と、学に撃たれたことが信じられず、我を忘れて地面に転げ回る。これまでの人生で、銃に撃たれた経験などもちろんない。想像を遙かに越える激痛に、抵抗するどころか立ち上がることすらままならなかった。

 

――何だよ!! あいつ……あのチビ……俺に向かって撃ってきやがった!!

 

 先に手を出したのは竜太だが、まさか先手を撃たれるとは思わなかった。撃たれたことだけでも信じられないのに、さらにこちらに近づいてくる足音らしきものが聞こえてくるのだ。

 

――なっ……何なんだよ!!

 

 まだ暗闇に慣れきっていない視界では、その人物の顔まで分からない。けれど、その人物が学であろうことは、この状況から考えれば明白だった。 

 

「お……おい。マジかよ……」

 

 その人物は、竜太の顔がのぞき込めるほどの距離で立ち止まった。そして、影の左側――おそらく右手に当たる部分ががゆっくりと動く。何か見えなくても、その動作が何を示すかは予測できてしまう。

 

「や、やめろよ……。俺が悪かったって……」

 

 もはやプライドも何もかも捨て、目の前の人物に懇願する。こんなこと、いつもなら逆立ちしたってやらないのに、命がかかっているこの状況では、そんなことにこだわっている場合ではない。死にたくなかった。こんなところで殺されたくなかった。だって、自分はまだ――

 

「やめろよぉぉぉ―――!」

 

 自分はまだ――たった十五年しか生きていないのに。

 

 そう叫んだすぐ後だった。パンッという先ほどと同じような音が周囲に響き渡り、同時に竜太の額に赤い穴が空いた。撃たれた衝撃のせいか、一度だけ身体が地面から浮いてバウンドする。その見開かれた目には空が映っていたが、竜太自身にはもう何も見えておらず、地面に仰向けに倒れたまま、もう指一本動かすこともなかった。

 

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 ハアハアと、小刻みな呼吸音が聞こえてくる。静かな空間に響き渡るせいか、それはひどく耳に届く。少ししてから、それは自分の呼吸の音だと気づいた。

 

――も、もう……動かないよね……? 死んだ……よね?

 

 冨澤学(男子12番)は、たった今自分自身が殺した妹尾竜太(男子10番)の遺体を見下ろしながら、せまりくる罪悪感から必死で目を背けようとした。

 

――こんなんじゃダメだ……。こんなんじゃ……

 

 両手に持っていたグロック19を下ろし、必死で呼吸を整えようとする。暗闇に慣れ、次第にはっきり見えてくる竜太の遺体。それと、自分のすぐ傍で兵士に殺された田添祐平(男子11番)の遺体が被る。フラッシュバックともいう現象が勝手に起こってしまい、吐き気がこみあげてきた。吐くという行為は、それだけでも体力を奪われてしまうので、それは必死にこらえる。

 こうやって、命が突然奪われる。生きていた人間が、一瞬にして死へと誘われる。やりたいこともやれず、誰かにこれからの人生が全て失われる。自分がいずれそうなることなど――絶対に嫌だ。

 

――まだ……まだ一人目なのに……。これからもっと、こういう状況になることは増えるのに……

 

 そう――学は、最初からプログラムに乗るつもりだった。

 

 理由は単純だ。死にたくなかった。これからもっとたくさんのことを学んで、背だってもっと伸びて、大人になっていくはずなのだ。それを、こんなところで断たれたくなかった。プログラムが国にとってどうとか、道徳的に間違っているとか、そんなことはどうでもいい。生きるか死ぬか、ここではそれだけが問題なのだから。

 最後の一人になるためには、ただ隠れているだけはダメだということは分かっている。他力本願でいては、いつまで経っても終わらないし、いつかは殺されてしまうだろう。自分で積極的に動いて、なるべく早く終わらせないといけない。元々体力には自信がないのだから、持久戦にもちこまれてしまったら、生き残ることなどできない。

 竜太みたいに、どちらかというと敵対している人物を殺したことで、ここまで動揺などしてはならない。おそらく今後は、もっと良好な関係を築いたクラスメイトを殺さなくてはいけないのだから。東堂あかね(女子14番)須田雅人(男子9番)みたいないい人や、小野寺咲(女子4番)のような幼い頃から見知っている相手にも、いつかは死んでもらわなくてはいけないのだ。

 

 そう、そのためには、一番の友人にも――例外なく死んでもらわなくてはいけないのだから。

 

男子10番 妹尾竜太 死亡

[残り29人]

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