どんなに後悔しても、過去を変えることはできない。そんなことは分かりきっている。あのとき、どうしたら彼は死なずにすんだのか。それは今でも分からない。けれど、もっと自分が上手くやれていれば、せめて身を呈して庇っていれば、彼は死なずにすんだのではないか。生きていたのではないか――そんな考えを抱いてしまう。
助けることもできず、庇うこともできず、ただ見ていることしかできなかった自分。こんなにも無力で、非力で、情けない自分。どうして、ただ呆然としていることしかできなかったのだろう。どうして自分は、ただ一人の人間すら助けることができないのだろう。
できるだけサポートするって、そう告げたはずなのに。できるだけ守るって、あのとき誓ったはずなのに。
「田添……」
須田雅人(男子9番)は、エリアでいうとE-4、俗に言う住宅街の一角を歩いていた。その足取りは決して軽いものではなく、まるで鉛でも付けているかのように重い。その枷になっているのは、田添祐平(男子11番)をみずみず死なせてしなせてしまった、己の無力に対する怒り。
『俺は、まだ死ぬわけにはいかないんだよ!!』
思い出すまでもなく、脳裏に浮かんでくるのは、祐平の最期の言葉とその姿。堪えるかのように、今にも殴りかかりそうな自分を抑えるかのように、拳を握りしめていたあの姿。今まで見たことのないような表情――選ばれたことに対する怒りと戸惑い、そして今にも泣きそうな――そんな表情を浮かべていたあの姿。それがあまりにも印象的で、その鮮明な映像が、今でも脳裏に色濃く映し出される。
あそこまで激昂した祐平など、あんな表情した祐平など、雅人は見たことがない。学校ではいつも眠そうにしていたし、学外で会うときはもっと朗らかな表情をしていたはずだ。穏やかな性格、というわけではないけれど、おそらくそこまで怒りっぽい性格でもない。少なくとも、雅人はそう思っていた。
その祐平が、殴りかからんばかりの勢いで怒っていた。泣きそうな表情で訴えていた。雅人にとって、それが一番の驚きだった。その理由は、理解できる。理解できるけれども、意外だったのだ。
理解できる、知っている、そう――分かっていた。祐平が死ねない理由を、雅人は知っていた。祐平には、帰らなくてはいけない場所があって、守らなくてはならない人がいた。一人っ子で、特に親戚や近所つき合いがあるわけでもない自分よりも、普段はあまり発揮されないが、面倒見がよくて兄貴肌なところもある祐平の方が、待っている人は確実にもっと多くいたはずなのに。
みすみす死なせることなど、あってはならなかったはずなのに。あのとき、身を挺してでも助けるべきだったのに――
――俺が……中止したいなんて言ったから……
祐平があそこまで反対したのは、おそらく自分がその前に中止を要請したということもあるのだろう。きっと祐平は、雅人を気づかって、何とか中止させようとしてくれていたのだろう。自分のこともあっただろうけど、きっと自分のことも考えてくれていたのだろう。雅人を死なせないように、人を殺すことなどしなくてもいいように。
雅人が、プログラムに選ばれないために私立を受験したことを、祐平は知っていたのだから。
『雅兄ッ! 雅兄遊ぼー! サッカーしようよ!』
『将太。雅兄は色々疲れているんだから、そんなに引っ張っちゃダメだよ。 休ませてあげな』
『じゃ、お兄ちゃんが帰ってくるまでトランプしよう! 最近ババ抜き覚えた!』
幼い子供の声が、聞こえる。耳に痛いくらい、聞こえてくる。ここにはいないはずなのに、近くにいるかのような錯覚すら起こしてしまう。
――ごめん……二人ともごめん……。お兄ちゃん、死なせてしまった……。俺がもっと上手くやれていれば、きっと死なずにすんだのに……。あんなに慕ってくれたのに……俺は何もできなくて……。
あの子らは無事だろうか。プログラムに選ばれたと知らされた時、一体どんな気持ちだったのだろうか。家族がいなくなってしまう悲しさを、再び味わってしまうことなど、きっと想像していなかっただろうから。
祐平がもうこの世にいないことを、死んでしまったことを、彼らが知ったらどんなに悲しむことだろう。いや、それよりも――
――無事……なのか?
ふと心によぎる、一抹の不安。プログラムに選ばれたと知った時、果たして彼らはそれを素直に受け入れることができたのだろうか。あの時の祐平のように、刃向かったりしていないだろうか。刃向かったことで――殺されたりしていないだろうか。
――まさか……そんなこと……
違う。きっと生きているはずだ。家族がプログラムに選ばれただけでもショックなのに、その上命を奪われるなんて、あまりに酷すぎる。いくら政府でも、そこまでのことはしないはず。けれど――
――もし……殺されていたら……?
一度そう思い始めてしまったら、それは雅人の意志とは関係なく、風船のようにどんどん膨らんでいく。生きているのか。怪我はしていないか。祐平が選ばれてしまったショックで倒れたりしていないだろうか。泣いてはいないだろうか。自暴自棄になったりしていないだろうか。
そもそも――彼らはそれを素直に受け入れることができたのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていくと、目の前に何か縦長の箱みたいなものがそびえ立っているのが見える。近づいていけば、それが公衆電話ボックスであることが分かった。
『電話は一切使えないので注意することー!』
電話は使えない。教室での説明で、はっきりとそう言われた。あれはおそらく、こちらから外部との連絡を取れないようにするためで、しいては自分たちが親や他の大人に助けを求めないための予防策なのだろう。だから、ここで電話をかけたとしても、つながらない可能性は極めて高い。けれど――
――無事かどうか……せめて確かめられれば……!
もしかしたら――もしかしたらつながるかもしれない。そんな藁にも縋る思いで、雅人は公衆電話の方へと駆けていった。思ったよりもふらつく足取りで何とかたどり着くと、勢いよくボックスのドアを開ける。通学カバンに入っている財布から百円玉を取り出し、そのまま公衆電話の硬貨投入口へと入れ、記憶している番号をプッシュし、受話器を耳に当てた。プルルル、プルルルという、いつも聞いているコール音が聞こえてくる。
――コール音が聞こえるってことは、もしかしたらつながるかもしれないんだ!
希望の光が見えたような気がして、思わず受話器を持つ左手に力が入る。鳴り響くコール音がもどかしく感じられ、思わず指でせわしく壁をトントンと叩いていた。
――早く……! 早く出てくれ……!
そう思ってすぐ、ガチャッという受話器を取るような音が聞こえた。それと同時に、聞こえていたコール音も止んだ。
「も、もしもし! 田添祐平くんのお宅ですか? あ、あの……俺です! 須田です!」
礼儀的にいえば、相手が返事をしてから話し始めるべきなのだが、今の雅人には相手の返答を待つほどの余裕があるわけもなかった。聞きたいことだけを、深く考えるまでもなく、いつもよりも早口で、次々と言葉を吐き出していった。
「お母さんですか?! あ、あの……怪我していませんか?! 一真くんと将太くんは無事ですか?! 政府の人たちには何かされていませんか?! そ、それと……」
そこまで話したところで、これまで勝手に出てきていた言葉の洪水がぴたりと止んだ。それと――それ以上、何を言えばいいのか分からなくなってしまったから。
家族は、どこまで聞いているのだろうか。祐平が選ばれたことまでは知っていても、既に死んでしまったことまで知っているのだろうか。もし知らなかったら、いや――もし知っていたとしても、どう切り出せばいいのだろうか。これが普段の生活だったなら、お悔やみの言葉を言うことができるけれど、今は自分も同じようにプログラムに巻き込まれてしまっている。ある意味、祐平を見殺しにしてしまった自分に、そう言うだけの資格があるのだろうか。
そこまで考えたところで、受話器の向こう側の様子がおかしいことに気づいた。返事がないのだ。いや、待てよ。これはもしかして――
「……須田くん?」
しばしの沈黙の後に聞こえてきた声は、明らかにかけた相手のものではなかった。祐平の母親でも、祐平の二人の弟のものでもなかった。
「もしもし? どうしたの?」
声が耳に届くたび、全身から力が抜ける。膝から崩れ落ち、電話ボックスの地面に座りこむ形となった。無意識のうちに身体が小刻みに震える。これは無意識なのか、受話器だけはしっかりと持ったままで。
受話器の向こうから聞こえてきた声は、教室で高らかにルール説明をした寿担当官のものだったのだ。そう認識した途端、目の前が真っ暗になる。最悪の予感が、警鐘として頭の中にこだまする。
『電話は一切使えないので注意することー!』
プログラムを進行している側してみれば、今一番歓迎しないトラブルは、他の人間が介入すること。もっといえば、プログラムを中止させるほどの力をもった人間が介入してくること。だからこそ、島という閉鎖的な空間でプログラムを実施し、連絡手段である電話を使えないようにして、外部と連絡を一切取れないようにしている。
その電話を、使えないと知った上でかけた。外の人に連絡を取ろうとした。政府側にとって都合の悪い行動を起こした。あのときプログラムを否定し、参加を拒否した祐平と、いわば同じことをしたのだ。
『首輪はこっちから手動で爆発させることもできるから、その辺覚えておいてねー』
だから今、この場に首輪を爆発させられても――おかしくはない。
「もしもし? 須田くーん! さっきまでの元気はどうしたのー?」
無意識のうちに、空いている右手で首輪を押さえる。これが爆発すれば、自分は確実に死ぬ。プログラムを止めることもできず、誰かを守ることもできずに死ぬ。その“死”の恐怖が、次第に自分を追い詰めていく。
死ぬことが怖い。ここで一人死んでいくことが、たまらなく怖い。死ぬことへの恐怖を、雅人は初めて肌で感じた。
「もしかして、電話をしたから、首輪を爆発させられるって……思ってる?」
次に発した担当官の言葉は、雅人の心の中を見透かすようなものだった。その一言で、呼吸が一瞬止まるのを感じた。
「大丈夫。そんなことはしないよ。分かっていてもかけたくなるよね、電話って」
安心させるかのように、まるでいたわるかのように、担当官は優しくそう告げる。その言葉が本当かどうかわからないのに、無意識のうちに安堵のため息を漏らしている自分がいた。
「でも……どうして自分の家じゃなくて、田添くんの家に電話したの?」
けれど、次に担当官から発せられた言葉で、再び雅人の身体に緊張がはしる。
「ねぇ、須田くんと田添くんは、一体どんな関係なの?」
核心に触れる質問。知らず知らずのうちに生唾を飲み込む。静かな空間に、ゴクリという音だけが響いてくる。
「学校側からもらった資料には、君達二人については何も書かれていなかった。だから、どうして須田くんがあそこまで怒るのか、私には分からないの。もちろん、須田くんが元々人のために何かできる人だということは知ってるよ。けどね、それだけじゃ説明できないと思うの。少なくとも、私はそれだけじゃ納得しない」
『頼む。誰にも言わないでくれ』
担当官から何か言われるたびに、蘇ってくる祐平の言葉。この言葉を言われたのは、もう一年ほど前になる。あれから一年。たった一年。その間に、自分は祐平にどれだけのことができたのだろう。学校側にバレていないということは、あのとき交わした“約束”は守れたかもしれない。けれど、果たしてそれ以上のことはできたのだろうか。
「お願いだから、私に教えてくれないかな?」
『これがバレたら、俺の家族は……もう……』
一度思い出してしまえば、どんどん流れてくる過去の映像。あのときだって、どこか泣きそうな顔をしていた。祐平は、少なくとも軽々しく頭を下げるような人間ではない。その祐平が、あのときほぼ初対面だった自分に対して、頭を下げてこう懇願していた。それが意味する言葉の重みが、今さらながらズシンとのしかかってくる。
もっとできたことはあるはず。なのに、何もできなかった。助けることも、守ることもできなかった。
「……須田くん?」
「すいません。それは……言えません」
だから今、自分にできることは、あのとき交わした“約束”を守り続けることだけだった。絶対知られたくない祐平の秘密を、これまでと変わらず、胸の内に秘めておくことだけだった。
「……どうして?」
「約束……したから。田添と約束したんです。絶対誰にも言わないって……」
「でも……約束した本人はもう……いないんだよ?」
「それでも……約束したから……」
もしかしたら、自分はただ固執しているのかもしれない。本人はもうこの世にいないのに、頑なに“約束”を守り続けようとしている。それに、きっともう意味はない。守ったところで、当の本人がこの世にいないのだから。それに本気で調べられてしまえば、遅かれ早かれ、いずれは政府の人間にもバレてしまうことだから。
だから、これはただのけじめなのだろう。何もできなかった自分に対する、自分で勝手に背負ってしまう――罰なのだろう。
「そう……。でも、それは……辛くない? 誰にも言えない、守るべき本人もいない秘密を抱えるって、想像以上に辛いよ?」
「いいんです……これくらい……」
誰にも言えない秘密を、自分一人だけ抱える。それは確かに、想像以上の苦痛を伴うだろう。でも、きっと祐平はもっと辛かった。死ぬ瞬間、祐平がどんなことを思ったかは分からないが、少なくとも無念だったに違いない。守るべき家族を残して、一人死んでしまうことに、懺悔に近い感情を抱いたに違いないから。
それに比べれば、自分はまだいい。まだ生きているのだから。生きて帰る可能性が、ゼロではないのだから。
「そっか。須田くんは、優しいね」
「そんなこと……」
「優しいよ。少なくとも、私はそう思う。須田くんみたいな子が友達で、きっと田添くんも嬉しかったんじゃないかな?」
そんなことはない。もっとできる人が、たとえば有馬孝太郎(男子1番)みたいな人が友人だったら、もっと上手くやれたはず。自分よりもずっと、祐平をサポートできたはず。もっとできたことがあったはず。
そもそも、友人と思ってくれていたのかどうかすら定かではない。雅人自身は、祐平のことを友人として見ていたけれど、祐平の方はどうだったのだろう。ただ秘密を知られた人間としか思っていなかったのではないか。学外で会うときも、どこか仕方がないという気持ちを抱いていたのではないか。仮に友達と思っていたとしても、頼りないとか、情けないとか、そんなことを思っていたのではないだろうか。
もう、本人に聞くこともできない。どう思ってくれていたのか、確かめる術はない。もう――死んでしまったのだから。
「無事だよ」
「……え?」
「知りたかったんでしょ? 田添くんのご家族が無事かどうか。大丈夫。お母さんも、それから弟さん二人とも、死んでいないし、怪我もしていない」
あまりに唐突に言われたせいか、すぐには言葉の意味が呑み込めなかった。けれど、言葉の意味が呑み込めて、無事だと分かった瞬間、今度は違う意味で身体の力が抜けそうになる。知らず知らずのうちにため込んだ息を、ハーッと大きく吐き出す。そうしていくうちに、抱えていた不安が、ようやく消えていくのを感じた。
「そう……なんですか……。良かった……」
「お母さんは、大分取り乱しておられたみたいだけどね。意外にも上の弟さん……一真くんかな? 彼がしっかりしていたよ。そのとき、下の弟さん……こっちは将太くんだね。彼は寝ていたようだから、もしかしたらまだ知らないかもしれないけれど」
一真くんというのは、祐平の上の弟で、今は小学五年生の田添一真のことだ。下の弟は、小学一年生である田添将太。この二人、性格こそ正反対だが、兄想いの良き弟たちだ。兄弟のいない雅人にとっての弟代わりでもある。何かと忙しい祐平の代わりに、一緒に遊んだことも多い。
一真は、小学生にしては落ち着いていて、冷静に物事を判断できるの子だ。家に不在がちな母親や祐平の代わりに、家事全般をこなすという話も聞いたことがある。きっと自分たちが死ぬことを兄は望んでいないと思い、取り乱す母親をなだめてくれたのだろう。その心中は穏やかなものではなかっただろうが、それよりも今何をすべきかということを優先したのだろう。
その一真とは違って、将太は明るく無邪気な性格をしている。思えば、将太は最初から自分のことを「雅兄ッ、雅兄ッ」と呼んでくれて、とてもよく懐いてくれた。喜怒哀楽をはっきり表現できる素直な性格は、どちらかというと感情を押し殺してしまう自分からしてみれば、時に羨ましいと思うこともある。そんな将太だから、正直なところ寝ていてくれてよかった。その場にいたら、きっとものすごい剣幕で怒っただろうから。
「実はね……、そのとき一真くんがこう聞いてきたんだよ。『じゃあ、雅兄……須田雅人さんも、プログラムに選ばれたんですか?』ってね。心配してる様子だったよ。きっと好かれていたんだね」
一真がそう発言したという事実は、雅人にとっては衝撃だった。兄のことだけでも精一杯だっただろうに、自分のことまで心配してくれたなんて。そんなに口数が多いわけではないし、態度もどちらかというと控え目で、下の弟である将太に遠慮している印象が強い。その一真が、自分のことを聞いてくれた。心配してくれた。たったそれだけのことだけど、涙がこぼれそうになる。
「そう……ですか……」
「あと、須田くんのご家族も無事だから。心配しなくていいよ」
「あっ、そう……ですか」
祐平の家族のことばかり気にかけていたせいか、自分の両親のことは完全に失念していた。おそらく心のどこかで大丈夫だと思っていたからだろうが、これでは完全な親不孝者ではないか。わがままを言って、私立に行かせてもらったというのに。
「ホントは、そうやってすべてのご家族に対して穏便に進めたかったんだけどね……」
「えっ……?」
「何でもないよ。……結構長く話しちゃったね。電話の最中は無防備になっちゃうし、そろそろ切ろうか」
「あ、はい……」
まるで、親しい友人との間でなされる気軽な電話。そう思わせるような電話の切り方だ。そう思えるということは、少しだけ余裕が出てきた証拠だろうか。だからといって、気を抜いてはいけないだろうけど。
その前に、誰かがこんな殺し合いに進んで乗るだなんて、信じたくもないけれど。教室で聞こえてしまったマシンガンの音も、何かの間違いだと思いたいけれど。
「長く話しちゃったおわびに、一つだけ教えてあげる」
頭の中で色んなことを考えすぎて、少しだけ混乱している雅人に向かって、担当官がそんなことを言ってくる。そんな担当官の言葉が、やけに頭に響く。どうしてだが分からないけれど、どうしても忘れられないような声をしているのだ。
「須田くんの後ろ、五十メートル以内に人がいるよ。そっちに近づいてる」
「え?」
「まだ彼がどんなスタンスか分からないけどね。でも、警戒しておくに越したことはないよ。何が起こるか分からないのがプログラムだから。それじゃ、頑張って。あと、もう電話はしちゃダメだよ」
一方的にそう告げた後、電話は突然切れた。ガチャッという受話器を置く音の後は、ツーツーという機械的な音だけが聞こえてくる。
――彼……?
彼――すなわち男子ということか。だとしたら、自分と祐平をのぞいた十五人の中の誰かということになる。けれど、誰が危険で、誰が信用できるのか。それは雅人には分からない。なら、今自分が成すべきことは何だろうか。これは無意識なのか、腰に差していた支給武器――CZ75に手が伸びる。
ほどなくして、ザッザッという足音が聞こえてくる。それも、担当官の言った通りに背後から。今更ながら気づいたが、電話ボックスのドアは開けっ放しだった。つまり、話し声を聞かれてしまった可能性がある。ここに誰かがいると分かったからこそ、その人物は近づいているのかもしれない。
だとしたら、逃げるのは得策とはいえない。それに、その人物が誰かも気になる。もしかしたら、仲間になれるかもしれない。そう思い、雅人は敢えてその場に留まることにした。
――孝太郎とか、幸治ならいいんだけど……
足音が大きくなるにつれて、次第にシルエットがはっきりと見えてくる。やや大柄で、雅人より背は高く、体格もがっちりしているようだ。そこまで分かったところで、その人物は足を止める。そして懐中電灯をつけ、その光をこちらに向けてきた。暗闇に慣れてしまった目に、それは少々堪えてしまう。
「須田か。何しているんだ、こんなところで」
男子ならではの低い声。それも、高校生や下手したら大学生に間違われるのではないかというほど低い声をしている。加えて大柄なら、誰か推測することは案外容易だった。
「古賀……?」
そう小さくつぶやくと、その人物は雅人の疑問に答えるかのように懐中電灯で自身を照らした。
「そうだが」
光の先には、中学生にしてはややごつい顔つきをしており、空手部部員の名に恥じない立派な体格の持ち主。普段は口数が少なく、あまり会話をしたことのないクラスメイト――古賀雅史(男子5番)の姿が、照らし出されていた。
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