探索者

 

 開いていた窓から、落ちていた石を家の中に放り投げる。カランカランという小さな音が聞こえ、すぐに静寂が訪れる。耳をすまし、神経を尖らせてみても、足音はおろか息づかいすら聞こえてこない。

 

――誰もいない……か。

 

 そう結論づけ、その窓から家の中へと侵入する。本来なら、不法侵入で即逮捕(いや、少年法とやらで逮捕とまではいかないか)となるところだが、今はそんな法律など関係ない。なにせ殺し合いが赦されるどころか、強要される世界なのだ。不法侵入など、ここでは大した問題ではないだろう。

 決して背は低くない。むしろ男子で三番目に高い。そんな図体で窓から侵入するなど、はっきりいって非効率的。なのに、わざわざそうするのは、一種の博打に近い――いわば遊びに近い感覚なのだろう。どうやら自分は、こんな状況でもひどく冷静で、いつもと変わらないらしい。

 

 やはり、どこかズレているようだ。

 

――今さら……だな。

 

 ふぅ、とため息に近い息を吐く。そうしてから、トンッと窓から下り、中へと侵入した。もちろん、物音は立てないようにしなくてはならない。でないと、やる気満々の奴に見つかって、あえなくあの世行き。なんてことになりかねない。

 静かに、ゆっくりと、家の中を歩いていく。まずはどこを物色しようかと思案し、やはり食料が必要だと考え、台所へ向かうことにした。といっても、当然この家の間取りなど知る訳もないので、結果的には歩き回るということになるのだが。

 

 入ったところは寝室らしい。右隣には大きめのベットがある。大きさや横幅を見る限り、一人用ではないだろう。そんなどうでもいいことを一瞬考え、目の前にあったドアを開ける。運がいいのか、その先にはカウンター式のキッチンと、併設される形でリビングが存在していた。

 

――まずは、冷蔵庫から見るとするか。

 

 右手にあるカウンターの奥にある冷蔵庫のドアに手をかけ、一瞬だけグッと力を入れる。そして、開いたドアをすぐさま押さえつけた。ほんのわずかに開いたドアの隙間から懐中電灯を差し込み、中を照らす。電気が一切使えないせいか、中の空気は生ぬるく感じ、入っている牛乳に触れても冷たさはまったく感じなかった。

 急いで出て行ってもらったと言っていたから、もしかしたらほとんどのものは口にできるのかもしれない。けれど、電気が切れて何日経ったか分からない今の状態では、とてもそうするだけの勇気はなかった。仮にあたってしまって、食中毒であの世行きなんて、カッコ悪いにもほどがある。

 

――ん……?

 

 そうして中を物色していると、冷蔵庫の中の並びに違和感を覚えた。初めは、飲み物が並んでいるドアポケット。きちんと並んでいるわけではなく、なぜか飲み物と飲み物の間が不規則に開いているのだ。並んでいるのは、牛乳やらジュースといった類いのもの。自分の家には必ずある麦茶や水が、ここにはない。この家の主が、単にそれらを置かないだけかもしれないけれど、その上の調味料の棚や卵をおくところは、隙間なく規則正しく並んでいる。そういうところを見ると、これはあまりにも不自然だ。

 

――誰かが、ここから持ち出した……?

 

 食料は、絶対的に不足している。あんなパンと水だけでは、間違いなくもたない。長期戦を見込むなら、食糧確保は必須だ。その人物はおそらくそう考え、まだ暗いうちにある程度の食糧を確保しようと、ここに忍び込んだのだろう。なるほど。いかにも合理的な行動パターンだ。同時に、その人物は状況を冷静に判断できており、決して狂ってはいないと分かる。乗っているかどうかまでは分からないが。

 今度はシンク下の扉を開ける。予想通り、保存食ともいえる缶詰やらインスタントが並んでいた。インスタントラーメンに関しては、電気の使えない今まったく役に立たないだろう。缶詰に関しては、この状況においてはありがたい食糧だ。ただし、これも並びが不規則。おそらくいくつか確保したのだろうが、全部は持っていけなかったのだろう。少なくとも、自分一人分としては申し分ない量だ。そう思い、試しに一つ開けてみようと思ったが――

 

――缶切りがないと、無理なタイプか……。

 

 全ての缶詰が、缶切りがないと開けられないものばかりだった。仕方がない。缶切りが必要ないものがあれば、そちらを持っていくのが道理だろう。開けられないなら持っていく意味はないので、その場に置いていくことにした。缶切りを探してもよかったが、さすがにそんな余裕はない。それに、他にも探したいもの――もとい、人がいる。

 もう少しだけ探索してみようと思い、すぐ近くにある階段を上がってみることにした。狭い階段を上りきれば、左右に一つずつ部屋がある。どちらも子供部屋だろうか。気まぐれから、とりあえず右手の部屋に入ってみることにした。

 部屋の主は、小学生の男の子といったところだろうか。高身長である自分からしてみれば、小さい学習机に小さいベットが部屋の大部分を占めている。ベットカバーやカーテンは水色で統一されており、主の好みが垣間見えるようだ。学習机につきものの本棚らしきものには、不揃いに教科書やらノートが並んでいる。どうやら、この部屋の主はそこまで几帳面なタイプではないようだ。まぁ、ある意味年齢相応かもしれない。小学生なんて、そんなものだろうから。

 そこまで考えて、ふと思った。プログラム会場に選ばれてしまったおかげで、こうして馴染みのある家から追い出されたとき、この部屋の主は、一体どんな気持ちだったのだろう。

 

――いや、そんなこと考えても仕方がないじゃないか。

 

 それに、自分達の方が悲惨だ。あっちは住居を追い出されるだけで済むが、こちらは命ごと奪われるのだから。

 気が向いたので、もう少しだけ部屋の中を物色してみることにした。机の上にある教科書やら絵本を手に取り、タイトルをちらっと見てみる。特に興味をそそられるわけでもなかったので、すぐに元の場所に戻しておいた。そのまま、机の隣にある大きめの本棚に目を移す。そこには子供らしい漫画がビッシリ並んでおり、その中には自分が知っているものもいくつか存在していた。

 

――ん? 何だこれは?

 

 漫画だらけの本棚の中に、明らかに使いこまれたような薄い本があった。それを手にとってみると、それは漫画でも絵本でもなく、自分もよく使用する学習用ノートだということが分かる。それが、点在する形でいくつか置いてあった。

 

――これはもしかして……

 

 懐中電灯を付け、ノートの表紙を照らしてみる。そこには、いかにもその持ち主を性格を表すような綺麗な楷書で、こう書かれてあった。

 

“三年一組 澤部淳一”

 

「なるほどね」

 

 どうやら冷蔵庫の中身や缶詰を持ち去ったのは、クラス二位の秀才澤部淳一(男子6番)らしい。二番目の出発であったし、頭のいい彼のことだ。食料を求めてこの民家に入っても、何ら不自然ではない。その際、補習のために持ってきていた教科書やらノートは必要ないと判断し、ここに置いていったのだろう。下のリビングではなく、わざわざ二階のこの部屋に持っていたのは、自分がここに来たことを悟られないためか。

 なるほど、いかにも淳一らしい行動だ。ただ、別の誰かがここまで上がってきて、かつ本棚に隠された私物が発見されるとは、さすがの彼も思っていなかっただろう。気まぐれ故の行動だったが、案外収穫はあったのかもしれない。少なくても、澤部淳一は狂ってなどおらず、長期戦と見込んで今は静観しているだろうと推測することができた。

 

――やはり澤部は、一筋縄ではいかないな。乗っているかどうかはさておき、あの頭脳の高さと冷静さは、このクラスで群を抜いている。会うのはできるだけ避けるべきか……

 

 そんなことを思いながら、下柳誠吾(男子7番)は、ノートを元の位置に戻しておいた。

 

――運がいいのか悪いのか。まだ誰にも会ってないけど、まぁやる気の人間に遭遇しないだけ良しとするか。不要な戦闘は避けるに越したことはないし、武器は当たりだけど、無駄使いはしなくないしな。

 

 そう、学校を出てからここまで、誠吾は誰にも会ってない。それは、ある意味幸運なのかもしれないが、人探しをしている誠吾にとっては、あまり歓迎できる状況ではない。探し人は、比較的よく話す末次健太(男子8番)や、幼い頃から知っている五十嵐篤(男子2番)ではない。二人とも、誠吾よりも後の出発だったので、探すくらいなら校門付近で待っていることを選んでいる。

 探しているのは、誠吾よりも先に出発した人物。普段話すこともなければ、関わることもない人物。まさか、健太も篤も、誠吾がこの人物を探していることなど想像だにしていないだろう。誰にも話していないし、話すつもりもなかったのだから。

 

――これ以上得るものは何もない。食料をあまり確保できなかったのは痛いが、まぁいい。そろそろ行くか。

 

 淳一に習って、いらない参考書や筆記具を置いていくことにする。ただし、淳一のように本棚に紛れ込ませる形ではなく、学校指定のバックから、必要なものをデイバックに移すことにした。そうしてから学校指定のバックは、そのままベット下へと隠す。ただでさえ重い荷物だったので、これだけでも肩への負担はずいぶんと減ったようだ。動きやすくなった。

 

――少しだけ移動して休むか。今動いても収穫は少ないからな。人探しするなら、明るくなってからの方がいい。無事でいてくれるなら、そこまで急いで探す必要もないしな。それに――

 

 その人物に会うなら、なるべく人が少なくなってからの方が、自分にとっては都合がいいのかもしれないから。

 

 階段を降り、リビングを抜け、今度は玄関から外へ出る。これからもっと暗くなる空に、少しだけ星が光っている。それが、死にゆく自分達へのささやかな贈り物か、それともこれからの現実を示す儚き指標なのか。それは、誠吾には分からなかった。 

 

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