担当官からの視点@

 

「担当官! 一体いつまで報告書にかかりきりなんですか?!」
「えー、今なんか言ったー? 盗聴に集中してたから、全然聞いてなかったー」
「だからですね! 先ほど死亡が確認された鈴木香奈子を含めて、既に八人の生徒が退場しているのですよ! ちんたら書いている場合じゃないんです! 一体いくつ書けたのですか?!」
「はいはい。心配しなくても、ちゃんと報告書は書きますよー」

 

 五月蠅い。寿担当官は、今大声でこちらに話しかけてきた笠井兵士に対して、そんなことを思った。初めて会ったときからまったくといっていいほどいい印象は抱いていなかったが、どうやらそれは間違っていなかったらしい。でかいことを言う割りに仕事はできない。上司にはへこへこしてご機嫌取り。何かあれば後輩に責任を押しつけるなど、世の働く人間が最悪だと思う上司の人間像を、そのまま具現化したような人間だ。観察する分には楽しいが、いざ自分に関わってくると、迷惑なことこの上ない。しかも、ああも怒鳴るように話しかけてくるところから、自分のことは上官として認めていないようだ。どうやら相手が上司であっても、人によって対応が変わるタイプらしい。そんなことだから、年齢の割に出世できないんだと言いたいのだが。

 はぁと小さくため息をついてから、もう一度机へと向かい直す。そこには、随分前に退場した槙村日向(男子14番)の報告書が、書きかけの状態で置かれてある。笠井兵士がああいうのも無理はなく、これまで八人退場しているのに、まだ四人目の退場者である日向の報告書で止まっているのだ。内容が薄いだとか、家族に見せた場合これでは書き足りないと思うせいなのか、何度書いても納得できるような仕上がりにならない。これは一応書きあがっている前の三人にもいえることで、正直時間があれば書き直したいくらいなのだ。報告書を家族に見せることなど、まず有り得ないのだけど。

 

「寿担当官。何か飲み物お持ちしましょうか?」

 

 背後から、笠井とは別の兵士の声が聞こえる。まだ二十代後半という、この中では随分と若い兵士だ。けれども、彼はこの若さでは異例ともいえる出世を成し遂げており、今回のプログラムにおいては担当官のサポート業務まで任されている。正直、笠井兵士に爪の垢を煎じて飲ませたいくらい優秀な兵士だ。

 

「いいよいいよ。そっちもまだ仕事あるんでしょ?」
「いえ、もう大体終わりましたから。それに、自分の仕事は担当官の補佐であります。飲み物をお持ちするのも、仕事の一貫ですから」

 

 なんとまぁ。この謙虚さといい、気遣いといい。二十代という世間一般でいう若造に当たる年齢にして、この人間の出来上がりっぷり。これは、笠井兵士だけでなく、自分も見習うべきなのかもしれない。爪の垢が欲しいとでも言ってみようか。彼なら本気でくれそうな気もするが。

 

「ありがとう。でも、私にはこれがあるから」

 

 その若い兵士――名は佐々木という兵士に向かって、にっこり笑いながらそう答えた。自分が指差す先には、ペットボトルに入った水が二本と、コロンとした丸いパンが置かれてある。報告書に集中していたせいか、まだほとんど手をつけていない。

 

「それって、生徒に支給されたものと同じじゃないですか?」
「そうそう。さすがに分かったかー」
「……もしかして、プログラムの最中は、それしか口にしないおつもりですか?」

 

 その質問に対して、寿担当官は首を縦に振った。どうやら謙虚さに加えて、ある程度の洞察力も兼ね備えているらしい。異例の早さで出世するくらいなのだから、このくらいの洞察力は持ち合わせて然るべきだろう。ただそう思うくらい、他の兵士がただの木偶の坊と言えるのだけれど。先ほどの笠井兵士然り。

 

「……噂は、本当だったのですね」
「噂?」
「寿担当官は、相当な変わり者だという噂です」

 

 そんな噂は聞いたことがなかったので、自然とふうんという溜息が洩れる。まぁ噂というものは、大抵本人の耳には入らないもので、知らないところで広まっているというパターンが多い。もしかしたら、同期の彼なら知っているのかもしれないが。

 

「へぇ……。うん、まぁ否定しないけど。さっきの質問の答えも、“はい”だしね。噂って、具体的にはどんな内容なの?」
「報告書は非常に緻密で、受け取った上層部が読むのに丸一日費やさなくてはいけない。プログラムの最中は、生徒と同じものしか口にしない。おまけに仮眠どころか、休憩も一切取らない。自分の知っている限りでは、こんな感じでしょうか」

 

 なるほどなるほど。確かにどれも本当のことだ。おそらく過去に関わった兵士か誰かが、話のネタとして口にしたことが知らず知らずの内に広まっていったのだろう。まったく、人の噂をしている暇があるなら、専守防衛軍としてもっとやるべきことがあるだろうに。

 

「確かに間違ってないよ。どれも本当のことですー。しかし……変わり者とはねぇ……。まぁ、普通と言われるよりは嬉しいかな」
「自分は、まったく変だとは思いませんけどね」
「お、そういう意見は初めて聞くなぁ」
「むしろ、生徒と同じ環境に身を置こうとしているその姿勢は、尊敬に値すると思っていますから」

 

 淡々と告げるその言葉に、内容以上の含みはないように聞こえた。上司に胡麻を擂るわけでもなく、嫌味でもない。ただ素直な感想を言っているだけ。彼が、プロの俳優顔負けの演技力を持ち合わせているとすれば、話はまったく変わってくるけれど。

 

「ですが、担当官はプログラムの参加者ではなく、管理側ですからね。ある意味、生徒達よりも気が抜けないんですから、無理だけは禁物ですよ」
「はーい。何か、お母さんみたいなこと言うねー」
「こんな大きい娘を持った記憶はありませんよ」
「もう娘っていう年齢でもないですー。……ねぇねぇ、ところでさ、一個聞いていい?」
「一つだけなら」
「佐々木くんはさ、気になる子とかいるの?」

 

 別に気になっているというほどでもないが、ちょっと頭に浮かんだので聞いてみた。本音を言ってしまえば、先ほどの盗聴で聞いた話の内容のせいか、今は仕事をするような気分になれなかったからなのだけれども。

 

「唐突に聞きますね。複数でもかまいませんか?」
「もちのろん!」
「それ、古いです。そうですね……。ベタといえるかもしれないですが、トトカルチョで上位だった澤部淳一の今後は気になります。複数で行動している唯一のグループですし」

 

 そう、単独行動の多い中、一端学校から離れたものの、時間を計算して学校に戻り、宮崎亮介(男子15番)との合流に成功した澤部淳一(男子6番)。彼に関しては、頭脳の優秀さと冷めた性格たる故に、トトカルチョでもかなりの人気だ。だから、比較的仲がいいと分かってはいたものの、まさか学校に戻ってまで合流するなどという展開はまったくもって予想外。淳一に賭けた多くの人間は、今度の報告書で驚愕するに違いない。(できればそのうちの何人かの顎が外れてしまえばいいと思ったが、それはさすがに期待できないか)

 

「あと、現在プログラムに乗っているといえる人間ですね。今分かっている範囲ですと、有馬孝太郎くん、冨沢学くん、真田葉月さん、小山内あやめさん、細谷理香子さんの五人ですか。特に、有馬くん、細谷さんに関しては、具体的な方針がはっきりしていないので、そこも気になるところです」

 

 これは、寿担当官も気になっていたところだ。プログラムがどのように進行するかは、やはりこういった積極的に動いている人間の行動に左右される。はっきりしているのは、国のために乗ったらしい小山内あやめ(女子3番)と、単純に人を殺す行為を楽しんでいる様子の真田葉月(女子8番)。こういったタイプの人間が方針を変える可能性は極めて低いので、この二人はこれからも積極的に動いていくだろう。

 冨沢学(男子12番)に関しては、盗聴の様子から考えて、単純に死にたくないから乗ったものと推測される。殺害時の状況に関していえば正当防衛といえるが、冷静に二発撃ってとどめを刺しているところからして、元々乗っていた可能性は極めて高い。プログラムにおいて、一人はいるであろう典型的なタイプだ。それに、友人の古賀雅史(男子5番)も乗ると予測していたところからしても、元々性格的に乗る可能性は極めて高いと考えられていたせいか、トトカルチョでもそこそこ人気。ただこういったタイプは、人を殺めること自体には抵抗があるので、方針を変える可能性も往々にしてありうる。ただ、変えたところで一人しか生き残れない事実に変わりはないのだが。

 そして、盗聴からはよく分からなかった有馬孝太郎(男子1番)細谷理香子(女子16番)。孝太郎に関しては、橘亜美(女子12番)曽根みなみ(女子10番)が言い争っていた際、既に出発して近くにいたことから、自己防衛のために先手を打った可能性も否定できない。なら、どうしてわざわざみなみに話しかけたのか、どうして一瞬とはいえ一緒に行動することを承諾したのか。疑問に思うところも多く、ある意味今後の行動の予測がしづらい人物だ。普段の素行がかなり良好であることから、須田雅人(男子9番)を始め、孝太郎が乗らないと考えている人間も多いだろう。武器は最強クラスのマシンガンであることから考えても、完全に乗ってしまえばかなりの脅威と成り得る。

 理香子は、友人に手をかけたところからして確固たる決意で乗っているのは確かだ。ただ、分からないのはその理由。鈴木香奈子(女子9番)が最初に話しかけたときには何も行動を起こさなかった上に、殺す際にはすすり泣くような声も聞こえていた。おそらく、最初から香奈子を殺すつもりではなく、できれば気づかれないように立ち去るつもりだったのだろう。つまり、できれば友人を殺すことは避けようとしている節があり、しかし出会った場合は友人であったとしても殺すと決意していることになる。生き残れるのはたった一人なので、いずれにせよ死んでもらわなくてはいけないが、自分が生き残るためと考えた場合、腑に落ちない点が多すぎるのだ。プログラムが進んでいえばその理由もはっきりしてくるのだろうが、今は不明といったところである。

 

「あと、気になるというよりは、気がかりな生徒が一人いるのですが……」
「もしかして……東堂さん?」
「……ですね」

 

 トトカルチョでもさして人気もなく(性格的に乗らないと思われていたせいだろう)、プログラムにおいて予想通りクラスメイトとの合流を果たそうとしていた東堂あかね(女子14番)。おそらく、今一番追いつめられているといえる人物だろう。日向のこともあったせいか、担当官自身も今一番気になっている生徒だ。

 

「まぁ……目の前で幼なじみに死なれちゃ……ショックを受けるのも無理ないか」
「それに、仲のいい友人と、かつてのチームメイトが既に亡くなっていますからね。放送でそれを聞いたら、さらにショックを受けることは間違いないでしょう。加えて、その友人を殺したのが同じグループの人間であることを知ってしまえば……」
「正直、精神的に崩壊してもおかしくないね。ああいうタイプは、案外脆いところがあるから……」

 

 あかねのようなタイプはこういった場合、他の人間よりもショックを受ける回数は多くなる。不運なことに、小学校時からの仲のいい友人も多く在籍しており、加えて幼馴染、三年間同じ部活に所属していたチームメイト。まるで計ったかのように、関わりの深い人物が集合しているのだ。仮にあかねが優勝した場合、当然他のみんなは死んだことになる。果たしてそのとき、彼女はその悲しい事実を受け入れられることができるだろうのか。

 

「まぁ、まだ始まったばかりですからね。それに、行動方針がはっきりしていない生徒も多くいます。これからさらに夜も更けてきますし、どうなるかは未知数ですね。では、私は仕事に戻ります。何かあったら、遠慮なくお申しつけ下さい」

 

 それだけを言って、佐々木兵士はスッと離れていった。おそらく報告書が書けるように、気を使ってくれたのだろう。いや、単純に自分の仕事をしに行っただけかもしれない。それもまぁ考え過ぎか。

 一つふぅと息を吐くと、先ほどまで抱いていた嫌な気分はどこかへいってしまった。どうやら、佐々木兵士との会話で少しは気が楽になったらしい。少なくとも、笠井兵士に害された気分は払拭されたようだ。気合いを入れ直し、机に向かう。そして、途中で止まっている日向の報告書の続きを書き始める。

 

『担当官という職を選ぶほど、あんたは腐った人間じゃないだろ』

 

 あのとき日向に言われたことは、かなり衝撃的だった。これまでそんなことを言ってくれたのは一人しかいなくて、自分自身政府の連中のように腐った人間だと思っているから、もう一度その言葉を聞く日が来るとは思わなかった。それが、決して頭がいいわけでもない、比較的クラスで目立たない、槙村日向という人物に言われたことも含めて。

 

 学校側からの資料では、槙村日向という人物は、美術が得意なおとなしい男の子といったことしか書かれていなかった。もちろんあかねとは幼馴染であることや、加藤龍一郎(男子4番)弓塚太一(男子17番)と仲のいいことこそ明記されていたが、割と鋭い洞察力や、選択こそ正しいとは思わないけれど冷静な判断力を持ち合わせていることは、学校からの資料でまったく分からない。雅人と田添祐平(男子11番)の関係性が明記されていないところから考えても、学校側からもらった資料はあまり当てになるようなものではないようだ。これは推測だが、担任はそこまで生徒のことを見てはいなかったのだろうし、真剣に向き合ってもいなかったのだろう。プログラムという事実を告げたときも、学校側は思ったよりもあっさり受け入れていた。そういったことからしても、おそらく間違ってはいない。

 いや、そもそもこのクラス編成がおかしい。二年時の特進クラスのメンバーと、今年の特進クラスのメンバーには大幅な変更がある。実に半数近くの生徒が、今年初めて特進クラスに配属されているのだ。佐伯希美(女子7番)や淳一といったトップクラスの人間や、孝太郎や雅人といった特待生こそそのままだが、あかねや日向も今年初めて特進クラスに配属されているし、祐平なんかは学年全体で見ても下から数えた方が早いくらいの成績なのだ。

 確か、確か――プログラムは前年度の三月の時点でおおよそ決まっている。それがどのようにして学校側に伝えられるかは知らないが、少なくとも会場設備やら事後処理の関係から、いくらか前には伝えられるはずだ。

 もし、何らかの方法で知る手段があったとして、それを知ったのがクラス編成の前だったなら――

 

「担当官」

 

 不意打ちのような呼びかけに、思わず「ひゃっ!」と乙女のような声をあげてしまった。(いや、実際花も恥じらう乙女ですけどね)

 

「手がまったく進んでいないですよ。考え事ですか?」
「び、びっくりしたぁ……」
「てことは、本当に何か考え事をされていましたね?」

 

 一体いつ戻ってきたのやら。先ほどとほぼ同じ位置に立っている佐々木兵士を見て、まるで背後霊のようだと思った。さすがに口にはしないけれど。

 

「あまり進んでいないと、また笠井さんに怒られますよ」
「分かってるってー。あの人、超口うるさいんだよなー。自分は大したことしてないくせにー」
「ああいう人ですから。あの人も有名ですよ。あの年齢にして、大した階級もない現場の一兵士なのかって」
「ふーん。やっぱ無能な奴は無能なのね。……って、言っちゃっていいのー?」
「仮眠中ですから」

 

 そう言って、彼は悪戯っぽい少年の顔を覗かせる。ただの育ちの良い優秀な兵士かと思ったが、どうやらこういった一面も持ち合わせているようだ。

 

「もうすぐ放送の時間ですよ。報告書も大事ですが、放送は時間に遅れてはいけませんからね。そろそろお願いします」
「はーい」

 

 いそいそと準備を始めることにする。報告書が実に中途半端なところで止まっているのが気になるが、そもそも書く気になれなかったので仕方ない。笠井兵士にまた怒鳴られないうちに書き上げなければ。

 

――まぁ、どうせサクサク書けないだろうけどね。

 

 そんなことを思い、放送の資料に目を通した後、寿担当官は静かにマイクのスイッチをONにした。

 

――序盤戦終了――

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