担当官からの視点@

 

 ジジッ……ジジジッ……

 

 耳障りな音が聞こえる。それはひどく機械的で、こちらを不快にさせる、まるでテレビの砂嵐のような音だ。

 東堂あかね(女子14番)は、何度も聞かされるその音で、ようやく伏せていた顔を上げた。涙で歪んだ視界には、夜という名に相応しい真っ暗な闇が入り込んでくる。

 

「はいはーい! みんな元気ー? 夜の零時になりましたー。これから第一回定時放送を始めますッ!!」

 

 ぼんやりとした頭で、ああもうそんな時間なのかと思った。槙村日向(男子14番)と別れた後、ここでずっと泣いていたせいか、時計はおろか自分の周りすら見ていなかった。放送がなければ、今も顔を上げることなく、ずっと泣いていただろう。

 

『俺は、一番怖いんだ』

 

 その言葉の意味が、未だに理解できない。何度考えても、日向が死ななくてはいけない理由が分からない。いや、そもそも誰も死んでいいわけがない。田添祐平(男子11番)も、曽根みなみ(女子10番)も、死んでよかった人間などではない。日向がそう思ってしまうこの状況こそ、決して認めてはいけない異常なのだ。

 

「最初の放送だから、説明しつつ行いまーす。えっと、教室でも話した通り、前の放送からこれまでに死んだ生徒の名前と、次の放送までに設定される禁止エリアの発表を行うからねー。では、まずはプログラムが始まってから、今までに死んだ子の名前を言いまーす。死んだ順番に言っていくからね。多分ショックを受ける子もいると思うから、心の準備はきっちりしといた方がいいよー」

 

 心の準備って何だろう。分かっているだけでも、祐平とみなみ、あとは日向の名前が呼ばれる。それだけでもショックなのに、これ以上何を準備すればいいのだろう。誰かが呼ばれるための心構えなど、できるはずがないのに。

 

「まずは男子11番、田添祐平くん。これはみんな知っているね。次に女子10番、曽根みなみさん。これも大半は知っているかな。それから女子15番、羽山早紀さん。男子14番、槙村日向くん」

 

――え……? 今……なんて……?

 

 祐平とみなみ、それと日向の名前が呼ばれることは覚悟していた。けれど、三番目に呼ばれると思っていた日向の前に、かつてのチームメイトである羽山早紀(女子15番)の名前が呼ばれてしまった。聞き間違いかと思ったが、あまりにはっきり聞こえてしまったせいか、否定することすらできない。

 

――聞き間違いじゃ……ない……? 早紀? 早紀が死んじゃったの?

 

 どうして、なんで。そんな疑問ばかりが、頭の中をぐるぐる回っている。正義感も強くて、頼りがいもあって、バスケの試合中も含めて何度助けられたか分からない。あかねにとって、早紀は、友人と別ベクトルで信頼できる存在だった。教室での冷静な振る舞いに、安心させられたのも事実だ。

 そんな早紀の名前が、どうして呼ばれているのだろう?

 

「はいはーい! ここまでメモは終わったかな? こういった情報はとっても大事だから、辛くてもちゃんメモしてねー。では続いていきまーす」

 

――つ、続き?! まだ……まだ死んだ人がいるの?!

 

 この四人だけでも、十二分にショックだというのに、まだ続きがあるというのか。まさか、また自分にとって親しい人間が呼ばれてしまうというのか。クラス委員の相棒である須田雅人(男子9番)や、親友である辻結香(女子13番)ら友人の名前が呼ばれてしまうということなのだろうか。

 

「男子10番、妹尾竜太くん。男子8番、末次健太くん。女子2番、江藤渚さん。女子9番、鈴木香奈子さん。今回は以上です。全員で八人ですね。つまり、現在生きている生徒は二十六人となりまーす。では、最初の放送ということで、メモし忘れちゃった子のためにも、もう一回だけ言いまーす」

 

 信じられない名前が――もう一つ呼ばれた。今度こそ聞き間違いであることを祈ったが、繰り返し呼ばれたことで、それは真っ向から否定されてしまう。

 

「か、香奈子……?」

 

 友人の一人で、二年生のときから仲のいい。グループの中では癒し系である鈴木香奈子(女子9番)の名前があった。古風なおさげが特徴的で、柔らかく笑うところがとても可愛くて、佐伯希美(女子7番)なんか「私が男だったなら、香奈子をぜひともお嫁にもらいたいわね!」と言っていた。そのたびに五木綾音(女子1番)に突っ込まれていたけれど、そう思う希美の気持ちはよく分かるくらいの子。マネージャーとして器量もよく、よく喧嘩の仲裁とかしてくれて、何よりいつも笑ってこちらを和ませてくれた。そんな、優しくて素敵な女の子。あんなに、あんなにいい子なのに、どうして――

 

「はいはーい!! 聞いて聞いてー! 次は、禁止エリアの発表だよッ!! これ聞かないと、知らない間に首輪がボンッって爆発して死んじゃうからねー」

 

 そうやってハキハキと禁止エリアを告げる放送を耳にしても、あかねはメモするどころかペンを持つこともできなかった。どうして、なんで香奈子が死ななくてはいけないのか。どうして、もう八人ものクラスメイトが死んでしまっているのか。どうして、どうしてこんなことになってしまっているのか。

 

――なんでよ……なんで……? どうして香奈子が……?

 

 優しい笑顔が蘇る。柔らかい声が聞こえてくる。いつも、「おはよう」って挨拶してくれて、今日も言ってくれたはずなのに。あのときは、こんなことになるなんて想像すらしていなかった。あれが、最期になるなんて思わなかった。

 

――なんで……なんでなんでなんで?!

 

「はーい。みんなちゃんとメモできた? 指定された時間より、そのエリアには絶対入っちゃダメだよ!! では、また六時間後に放送しますからねー。これからドップリ暗くなるし、周囲には十分気をつけるように! それじゃーねー」

 

 それだけ言って、ブツッという音と共に放送は終わったらしい。ああ、禁止エリアをメモし忘れたと、心の片隅でぼんやり思っていたものの、そんなことはどうでもよかった。それよりもチームメイトと、友人が死んだという事実の方が重要だった。

 

――なんで死ななくちゃいけないの?! 日向も、早紀も、香奈子も、なんで死ななくちゃいけないの?! 死ななくちゃいけない理由なんて……そんなのあるわけないのに……!!

 

 その三人だけではない。今呼ばれた他の五人にしても、死ななくてはいけない理由などなかったはずだ。こんな理不尽なプログラムで、命を落とすことなどあってはならなかったのだ。

 それに、これはまだ続く。ルールでは、最後の一人になるまでプログラムは終わらない。自分がここで生き続ける限り、同じ苦しみをずっと味わうことになる。自分がどこかで死ぬか、プログラム自体が終了しない限りは――

 

――やだ……こんなの……これからも続くの……? また、誰か死んでしまうの?

 

 放送では、今生きているのは二十六人だと言っていた。けれど、プログラムが進めば、どんどん人数は減っていく。それも、同じクラスメイトに殺されることで。

 

『これは殺し合いだぞ。死にたくないって理由で乗る人間ならいくらでもいる』

 

 学校で澤部淳一(男子6番)に言われたことが思い起こされる。それは、まさしくここでは正論。けれど、それを信じたくない自分がいた。みなみのことも、何らかの不幸で起こった事故であると、心のどこかでは思いたかった。

 でも、淳一の言ったことが、今の放送で正しいと証明されてしまった。たった数時間で、そんな不幸な事故がいくつも起こるわけがない。そう思いたくても、それは現実問題ほぼ有り得ないことなのだ。

 故意に殺した人間がいる。それも――おそらく複数の人間が。

 

――誰が……誰がこんなことを……。こんなの間違ってるって、頭のいいみんななら分かるはずなのに!!

 

 こんな、成績もよくないあかねでも分かることが、どうしてみんな分からないのだろう。いくら一人しか帰れないとはいっても、いくらルールで定められているからといっても、他人の命を奪っていい理由になどならない。帰りたいのは、みんな同じなのだ。あかねだって帰りたいとは思っている。帰って、大好きな両親に元気な顔を見せて、母親の手料理を食べたい。ちょっとクールで素直じゃない従兄弟に会って、他愛のない話をたくさんしたい。年が明けたら、初詣に行こうと約束した相手だっている。やりたいこともたくさんある。死にたくなどない。けど――

 

「だからって……殺していいわけ……ないじゃん……」

 

 またポロポロと涙がこぼれる。行き場のない悲しみと、これからどうしたらいいのかという戸惑い。プログラムになんか乗るのは絶対嫌だ。けれど、死にたいわけでもない。日向と同じように、自分で自分の命を絶つことほども勇気もない。現実に乗っている人がいるのなら、もう説得も無意味かもしれない。なら、自分はこれから何をすればいいのだろう。

 何より、大切な人を失った悲しみを、どうやって埋めたらいいのだろう?

 

「日向……早紀……香奈子……みんな……」

 

 ガサッ。ガサガサッ。

 

 悲しみに暮れるあかねの耳に届く、かすかな物音。ここに野生の動物がいなければ、それは自分以外の別の誰か――それも、一年を共にしたクラスメイトのものだ。

 

 ガサッ。ガサガサッ。ガサササッ。

 

 それは――確実に近づいてくる。

 

――だ、誰?! まさか……やる気の人なの?

 

 勝手に悪い方向へと考えてしまい、そして一瞬でもそう考えてしまった自分を恥じた。勝手に疑ったりしたら失礼ではないか。もしかしたら、自分と同じようにやる気でないのかもしれないのに。もしかしたら、ただ移動しているだけかもしれないのに。

 

『乗らない人間もいるだろうから、そういう人たちを探して、一緒にいればいい』

 

 それに、日向だって言ってたではないか。乗らない人もいる、と――

 

――そうだよ……。

 

 そうだ。乗らない人だっているはずだ。乗る人ばかりではないはずだ。あかねと同じ考えの人だって、きっとたくさんいるはずだ。

 

――だって、結香もひかりも、綾音も希美も、理香子も乗らないもん。須田くんだって、きっと私と同じ考えだもん。きっと他にもいるよ……! やる気の人ばかりじゃないよ……!

 

 ぐいっと涙を袖口にぬぐい、呼吸を落ち着ける。そうだ。諦めちゃダメだ。無駄に諦めが悪いのが、私の欠点でもあり長所でもあるはずだ。簡単に諦めたりしたら、必死で助けてくれた日向の気持ちを無駄にしてしまう。普段あんなに必死で走ることなどなかった日向が、自分のためにあそこまで尽くしてくれた努力を無駄にしてしまう。

 

「だ、誰か……いるの……?」

 

 だから意を決して、暗闇にいる誰かに声をかけた。大丈夫、大丈夫。そう言い聞かせながら。震える身体を、必死に押さえつけて。

 

「私、やる気じゃないから……。殺すつもりとか……ないから……。だから……お願いだから……私の話を聞いて……?」
「その声は、東堂さん?」

 

 返事をしてくれた声色は、明らかに男子のものだった。それも柔らかくて、淳一のような威圧感をまったく感じさせないような声。こちらを落ち着かせてくれるような、そんな優しい声。

 その声は、随分聞き慣れたものだった。だって、幼馴染である日向と、一年のときから一緒にいた人だったから。

 

「加藤くん……?」
「そう。そっちに行っても、大丈夫?」
「う、うん……」

 

 間違いなかった。日向と同じ美術部で、クラス内では大人びた振る舞いと、頼りがいのあること。あと誕生日が一番早いことから、お兄さん的ポジションであった加藤龍一郎(男子4番)が近くにいるのだ。

 

『龍一郎と太一は多分乗らないから、二人のことは信用してやってくれな』

 

――日向も信じられるって言っていたし、加藤くんは、乗りそうにないし。きっと私と同じ気持ちなはず。

 

 物音がどんどん近づいてくる。けれど、今度は主が分かっているおかげで、恐怖を感じることはなかった。龍一郎だから、日向の友達だから、絶対信頼できる。そう思っていた。

 

 しかし、龍一郎が付けた懐中電灯の光が、その思いを一瞬にして砕いた。

 

「怪我とかしてないか? 泣くような声が聞こえたから、気になって来てみたんだけど……何かあったのか?」

 

 先ほどとまったく変わらない声。けれど、今度はその優しい声すら耳に入らなかった。あかねの視線も、意識も、ある一点に集中してしまい、それ以外の思考が全て停止してしまった。今までの安堵感を、全て吹き飛ばしてしまうほどに。

 

 視線の先は、龍一郎の右手。懐中電灯を持っていない方の手。暗闇にまぎれて、はっきりとは見えない、その手。

 そこには、無骨なもの。おおよそ、龍一郎には似合わないもの。できれば、これから一生見たくなかったもの。

 

 普段見慣れない――マシンガンらしきものが、そこにはあった。

 

[残り26人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system