ルール説明

 

 窓の外にいた兵士。教室とは別の場所。そして、全員に着けられていた謎の首輪。

 予想はしていた。けれど、改めて告げられると――やはりショックは隠せない。

 

 橘亜美(女子12番)は、明るい声で恐ろしい事実を告げた寿担当官をじっと見つめながら、頭の中で必死で状況を整理していた。(出身小学校と同じ名字かと知ったときは、大変胸糞が悪くなったが)

 プログラム――最後の一人になるまで、クラスメイト全員を殺し合わせるもの。毎年、中学三年生のクラスから任意に五十クラス選抜されるもの。確かに、自分達は今年中学三年生。つまりはプログラム対象学年だ。けれど、須田雅人(男子9番)の言う通り、これまで私立が選ばれた事例がないせいか、みんなどこか他人事のように考えていたのかもしれない。けれど、小山内あやめ(女子3番)の言う通り、私立だからといって選ばれない保障はないのも、また事実なのだ。

 そして選ばれてしまった以上――現実として受け入れなくてはいけない。

 

『父さん達はね、お前に死んでほしくなんかないんだ』

 

「はいはーい。とりあえず、プログラムの詳細について説明するねー! これからどういう行動方針を取るかを選択する上でも、私の話はちゃんと聞いておいたほうがいいからねー!」

 

 いつのまにか考え事をしていたらしく、寿担当官のメリハリのきいた声にハッとした。そう、プログラムがどのように進行し、どのようにして優勝者が決まるのか、自分達はまったく知らない。知らないのだから、聞いておかなくてはいけない。知らないままでは、どんな対策も立てようがないのだ。

 

「まぁ、ルールは簡単。最後の一人になるまで殺し合ってくれればいいです。どんな方法でもかまいません、反則はなしでーす」

 

 そりゃ殺し合いなんだから反則も何もないだろうよ、という皮肉は心の中だけに留めておいた。

 

「うーん、どこから説明しようかなぁ……。あ、まずはここがどこかってことかなぁ? えっとね、ここは玄界灘にある島で、名前は庄戸島って言いまーす。住民はいたんだけど、出て行ってもらいましたぁ。まぁ、急いで出て行ってもらっちゃったから、もしかしたらまだ残っている人もいるかも? その時は手を出さないで、本部の場所を教えてあげて下さーい。どんな島かというとー」

 

 そう言うなり、担当官は教壇の後ろにある古びた黒板に何か張り紙をしていた。授業で教師がたまに使っている模造紙くらいの大きさだろうか。そこには、横広になっている島の全体図が描かれている。

 

「全体図はこんな感じでーす。今みんながいる場所は、地図でいうと左下のここー」

 

 そこで、寿担当官は学校の地図記号が書かれている箇所を、赤いペンでキュッと丸をつける。

 

「プログラムは、この島全体を使って行いまーす。で、見てもらえれば分かると思うけど、全体的に細かくエリア分けをしていまーす。縦にA、B。横に1、2といった感じですねー。A-1やB-2といった感じで、全部で四十八のエリアに分けまーす。今みんながいるところは、エリアでいうとG-1だねー」

 

 説明としては簡潔だが、言いたいことはおおよそ理解できた。だが、そこまで細かくエリア分けをする理由はなんだろうか?

 

「じゃあ、これがどう関係しているのかと言うとー、みんなが着けているその首輪でーす!」

 

 いきなり首輪の話が出たので、亜美はそっと自分の首に手を当てた。小倉高明(男子3番)が言う前から気づいていたし、当然プログラムに関係あるものだと思っていたので、別に驚きはない。ないけれど、このタイミングで切り出したことに――嫌な予感がした。

 

「その首輪は、みんなの心臓パルスをモニタして、今生きているかどうかをこちらに教えてくれるわけでーす! その関係で、みんなが今どこにいるかというのも分かるようになってまーす! そして、完全防水かつ対ショック性の素晴らしい性能を持っているわけで……あ、冨澤くん! 無理に外そうとしちゃダメだよ! そんなことしたら……ボンッ!って、爆発しちゃうよー」

 

 その言葉で、亜美の隣で必死で首輪を外そうとしていた冨澤学(男子12番)は、慌ててその手を離していた。

 

「とまぁ、先に一番大事なとこ言っちゃったけど、続けるねー。じっとしてもらってもプログラムは進まないのでー、みんなに動いてもらうためにも禁止エリアというのを設けまーす! 禁止エリアというのは、指定の時間から以後そこに入っちゃいけませーんっていうエリアのことでー、プログラムが進んでいくにつれて増えていくからねー。で、大事なのはここから! 指定の時間以後に、生きている人間がそのエリアに入るとどうなるかというと……」

 

 担当官の言葉に、教室中が緊迫感に包まれた。

 

「みんなの首輪がボンッ!と、爆発しちゃいまーす! そうなったらどうなるかは……説明しなくても分かるよね?」

 

 そんなの死ぬに決まっている。首についている爆弾が爆発して、無事でいられるわけがない。誰もがそんなことは分かっていたが、口に出すことはなかった。

 

「首輪がどういう役割を果たしてくれているのか、これで分かってくれたかなー? あ、死んだ人には影響ないので安心してねー! ちなみに、地面に穴掘っても、どっかの川に潜っても、電波は届きますからねー。あと、この島から出ようとしてもダメだよー。さっきも言ったけど、みんながどこにいるか分かっちゃうから、そういった行為をしようとしたら島の周囲を包囲している見張りの船の人に知らせちゃうからねー。そしたら、船にいる狙撃班にダダダーって撃たれちゃうよー! それと、首輪はこっちから手動で爆発させることもできるから、その辺覚えておいてねー」

 

 気分が悪くなる。つまりこの首輪の存在は、生存や位置を知らせる役割だけではなく、否応でも参加せざるを得ない理由ともなっているわけだ。どうして何十年もプログラムが続いているのか、どうして誰も逃げ出そうとはしなかったのか。今まで分からなかったが、これではっきりした。“逃げなかった”からじゃない。“逃げられなかった”からだ。

 

「首輪の説明はこのくらいかなー? あとはどういう風に進行していくかだけどー、まずは一人ずつこの教室から出発してもらいまーす。一人出発して、二分のインターバルを置いて、また一人っていう感じでーす。順番は、後でまた教えるからねー! で、出発するときに、こっちからバッグを渡しまーす。はい、持ってきてー」

 

 寿担当官が合図を送ると、数人の兵士が何かガラガラと押して教室へ入ってきた。体育館にあるバレーボールを入れる籠のようなものの中に、大量のバッグがぎっしり詰められている。それが計二つ。見る限り、カーキ色のそこそこ大きいバッグだ。何が入っているのかはさすがに分からないが、端が出っ張ったようなものもある。

 

「プログラムにおいて、このバッグは大事だからねー。中には、三日分の食糧と水、この島の地図とクラス名簿、あと時計に、暗くなったときのための懐中電灯、移動するためのコンパス……あ、数学で使うコンパスじゃないからね! 方位磁石のことだからねーって、分かってるかー」

 

 そんなの分かっている。誰がこの状況で、綺麗な円を書くためのコンパスが支給されると思っているのか。心の中でそう思ったが、もちろん何も言わなかった。

 

「ここからが大事だよー! この中には……武器も入っていまーす!」

 

 この一言で、教室の空気が一層重苦しいものになった。亜美も、思わず生唾を飲み込む。

 

――武器、武器って……

 

「テレビで聞いたことあるよねー。死因の中には、銃殺っていうものがあるってー。何人かは予想していたと思うけど、武器の中には銃も入っていまーす! もちろん、それだけじゃないよー。ナイフといった刃物の類いや、その以外のものも入ってるからねー! どれが当たるかは、開けてみてのお楽しみ♪ ちなみに、バッグが出発するときにそこの兵士が適当に渡すから、自分で選ぶことはできないのー。これは不確定要素といって、どういう風に転ぶか分からない要素を増すためなんですねー。まぁ元々能力の違うあなた達に対する、一種の平等性だと思ってねー」

 

 確かに、元々全員の能力が違うのだから、これは有りがたいと思った方がいいのかもしれない。銃や刃物の類いが当たれば、非力な人間でも戦えるし、逆にいくら戦闘に対する能力が高いといっても、武器が使えないものならあっさりやられてしまうだろう。自分に何が当たるのか、それはかなり重要な要素と思っていい。

 そこまで考えたところで、気分が悪くなった。自分は、もうプログラムに参加する方向で物事を考え始めている。プログラムにおいてどういう行動をするべきか、考え始めている。本心では参加したくないし、拒否できるものなら拒否したいのに、精神はこの環境に順応し始めている。

 

「ここから出たら、後は自由行動! 島の中だったらどこに行ってもかまいませーん! 後は各々の判断に任せまーす! ただ、最後の一人にならない限りプログラムは終わらないから、その辺考えて行動するよーにっ! 君達の担任、それから親御さんへは連絡済みなので、思う存分戦ってねー! あと気を付けてほしいのは、電気、ガス、水道、それと電話は一切使えないので注意することー! さて、武器の説明も終わったところで何か質問のある人ー?!」

 

 再び、教室の中がシンとする。すぐには誰も発言しない。重苦しい空気に包まれ、何も言葉を発してはいけないような雰因気にさえ思えてくる。その雰因気に気圧されるかのように、誰もが口を噤んでいた。

 しかし、亜美は一つ大事な説明が欠けていることに気づいていた。ただ、素直に質問していいのか悩むところだ。発言することで嫌でも注目を浴びてしまうし、やる気であるという誤解を招きかねない。それに、これが担当官の罠である可能性も否めないからだ。

 そんな中、一人だけ「はい」とはっきりした声で手を挙げた者がいた。担当官が来る前からプログラムだと発言していた人物――小山内あやめだった。

 

「はい、小山内さん」
「優勝したら、生涯の生活保障と、総統陛下直筆の色紙が頂けると聞きましたが……本当でしょうか?」

 

 おいおい、それよりも聞かなきゃいけないことがあるだろう。生活保障はともかくとして、総統直筆の色紙とかどうでもいいから。そう思い、大きな溜息が出た。家族共々愛国主義者であるあやめらしい質問であるが、その発言はいかにも「私やります」と宣言しているようなものだ。まぁあやめが非戦を唱えるという展開を、まったく期待していなかったのも事実だが。

 

「お、その質問は予想外だったなぁ。えっとね、辞書にも書いてある通り本当だよー。生活保障の額までは教えられないけどねー。小山内さん、これでいいかなー?」
「分かりました。ありがとうございます」

 

 一瞬おやっと思った。てっきり、「だから頑張ってねー」とでも言うのかと思ったが、意外にも説明は簡潔だったのだ。でもその簡潔な説明で、どうやらあやめは納得したらしい。まぁ、どうせあくまで確認程度のものだったのだろうが。

 

「他にはないのかなー?」

 

 再び訪れる沈黙。何人かは、亜美と同じように気付いているはず。けれど、それを言ってしまうことに対するリスクを回避しているせいか、あやめのように進んで発言しようという人間はいなかった。

 しかし、しばらくして「はい……」と手を挙げた者がいた。

 

「うーんと、君は加藤くんだね? 何かなー?」
「さっき、禁止エリアの話があったんですが……それはどうやって知ればいいのですか?」

 

 小さな声で発言したのは、普段はおとなしくて目立たない、クラス内でお兄さんのようなポジションを担っている加藤龍一郎(男子4番)だった。確かに、禁止エリアそのものは詳しく説明されたが、除々に増えていくそのエリアの情報はどうやって得ればいいのか。後で説明すると言った割には、具体的には聞いていない。亜美が聞きたかった大事な説明も、正にそのことだったのだ。

 

「あっ、すっかり忘れてた! ごめんねー! そこが大事だよねー!」

 

 そのわざとらしい謝罪の言葉に、嘘つけよと毒づきたくなった。本当は気づいていたはず。わざと一つ説明を欠けさせることによって、こっち側の反応を探っていただろうに。

 もしかしたら、本当に忘れていただけかもしれないが。

 

「禁止エリア以外にも、プログラムがどれくらい進行していて、今何人残っているのかは大事な情報だよねー。なので、島全域にそのことを知らせる放送を流しまーす! 一日四回、六時と十二時でーす。あ、島のどこにいても聞こえるようにいろーんなところにスピーカーを付けているので、そこは安心してねー」

 

 果たしてそこは安心していいところなのか――と思ったが、その前に考えることを止めた。どうも、自分は頭を使いすぎている気がする。今は、素直にこの担当官の説明を聞くべきだ。

 

「そのときに、何時からここが禁止エリアだよーっていうのと、その六時間の間に死んだ人を知らせるからねー。ちゃーんと聞くこと! 戦闘の真っ只中でも、構わず私は放送を続けるからねー。聞かなかった場合は、どうなっても一切責任を負わないよー」

 

 その間に死んだ人間のことなどできれば知りたくないが、禁止エリアの情報は重要だ。聞き逃したら、知らないうちにそこに足を踏み入れることになりかねない。とりあえず、放送を聞き逃さないことは、最重要項目ともいえるなと思った。

 

「これで、大体オッケーかな? 加藤くん」
「あっ……はい。あ、ありがとう……ございます」

 

 説明しなかった担当官が悪いんだから、わざわざ礼なんか言わなくてもいいのにと思ったが、そこが龍一郎らしい気もする。龍一郎は頭もいいので、あやめが質問する頃、既にその疑問は浮かんでいたはずだ。けれど、誰も質問しないので、仕方なく自分がしたといったところだろう。何人かは敢えて質問していないことも、その意図も、おそらく分かっていただろうだから。

 少なくとも今の質問だけでは、龍一郎のスタンスを判断することはできない。やる気になるとも思えないが。

 

「もう一個」

 

 一瞬の沈黙の後、亜美から見て二列挟んだ右の真横に座っている澤部淳一(男子6番)が、静かに、けれどどこかイラついたような声で発言していた。

 

「はいはーい。澤部くんっ! どうぞー」
「さっき、水と食料は三日分だって言ったな? どうして三日分だけなんだ?」

 

 思わずハッとした。それは完全に気づいていなかったのだ。確かに、担当官は”三日分の水と食料”と言っていたが、なぜ三日分なのかはまったく説明していない。淳一の冷静さと鋭さには感嘆の意を禁じ得ないが、同時に淳一に対する警戒心が強まるのを感じていた。

 

「あっ! それも説明していなかったねー! ごめんごめん! さっすが澤部くん! クラス二位は伊達じゃないね!」

 

 本気で言っているのか、それとも馬鹿にしているのか。担当官のテンションは妙に高い。淳一もそれを分かっているのか、早く説明しろと言わんばかりに、不機嫌そうな表情をしているだけだった。

 

「なんで三日分なのかというとー、それはタイムリミットがあるからなんですー! 今から三日間、つまりは七十二時間の間に最後の一人にならなかった場合ー、生きている全員の首輪が爆発するようになってまーす!この場合、優勝者はありませーん!」

 

 ゾッとした。三日。たった三日で最後の一人を除く三十三人が死なないと、このクラスは全滅してしまうことになるのだ。おそらく、長々とやると何かと不都合なことがあるからこそのタイムリミットなのだろうが、三日で三十三人が死ななくてはいけないというプログラムの異常さが、改めて突きつけられたような気がした。

 

「あ、あとねー、二十四時間の間に一人も死ななかった場合も、全員の首輪が爆発するようになっていますので、そんなことにはならないようにねー」
「なっ……」

 

 三日の制限だけでも動揺したというのに、二十四時間誰も死ななかった場合でも首輪が爆発するなんて酷だ。誰かが犠牲にならない限り、早くてあと一日後には死んでしまうことになる。元々政府の人間は狂っているとは思っていたが、これはもはや人間がやることではないとすら思った。

 

「もう質問はないかなー」
「あ、あの……」

 

 そろそろ話を区切ろうとした担当官の言葉を遮るかのように、恐る恐る発言した人物がいた。男子クラス委員で、担当官が来る前に私立はこれまで選ばれていないと発言していた、須田雅人だった。

 

「はいはーい! 須田くん、どうぞー!」

 

 相変わらずテンション高く返事をする担当官だったが、それに対する雅人の表情はどんよりと暗い。思いつく限りでは、もう説明の不足はないはず。雅人は、いったい何を聞きたいのだろうか。

 

「どうしても……参加しないとダメですか?」

 

 その一言で、教室中に動揺が広がっていた。

 

[残り34人]

next
back
序盤戦TOP

inserted by FC2 system