死ねない少年

 

「どうしても……参加しないとダメですか?」

 

 須田雅人(男子9番)が発したその一言は、この教室全体に波紋を広げていた。橘亜美(女子12番)も、一瞬我を忘れてポカンとする。それは、心の奥底では誰もが思っていたことだけれど、同時にこの状況では言うことを躊躇う内容でもあったから。

 

「それって、自分は参加したくないってことかなー?」
「い、いや、そうじゃなくて……。このクラスで殺し合いとかするのが嫌なんです。中止するとか……できませんか?」

 

 雅人の言っていることは、日常生活の中で言えば真っ当なことだ。クラス内での殺し合いなど赦されることではないし、できるかできないかと言われれば、もちろんできないに決まっている。

 けれど、このプログラムの場においては、それはあまりにも現実を見ていない発言ともとれてしまうのも――また事実だった。

 

「須田くんは、今までどれくらいのクラスに対してプログラムが行われたか……知ってるかな?」

 

 寿担当官に質問に質問で返されたせいか、雅人は「えっ……?」と呟いたきり、何も言えずにいた。プログラムは、確か1947年から毎年行われているはず。毎年五十クラス、今年が1993年。頭の中で概算してみたが、それよりも担当官が答える方が早かった。

 

「ざっと計算しただけでも、二千クラス以上。仮に一クラスが三十人くらいだとしても、これまで六万人以上が参加している。優勝者は、その内のわずか二千人ほど。全滅したケースを踏まえると、実際はもっと少ないね。須田くん。私が何を言おうとしているか……分かる?」

 

 すらすらと過去のデータを述べる担当官の言葉に、亜美は半ば唖然とした気持ちで聞いていた。雅人も同じだったのか、口を開くことができないようで、ようやくといった感じで首を横に振る。そんな雅人の動作を確認してから、担当官は続きを口にしていた。

 

「つまりね、これだけ参加している人がいるんだから、当然須田くんと同じようなことを言う人もいたわけ。でも、今までそれは一度も聞き入れられてない。選ばれた以上、参加は絶対。例外は認められないってことなの」
「でも――」
「それに」

 

 なおも反論しようとする雅人の言葉を遮るかのように、担当官は声を張り上げてこう言っていた。

 

「ここで中止したら、今までそれを聞き入れられなかったみんなに申し訳ないと思わない? 自分がその過去に参加した人間だったら、そんなのズルいとか思わない? そういうえこひいきみたいなの、私は大嫌いなの。だから決められた以上、全員に参加してもらいます。過去のケースと不公平がないようにね」

 

 今まではハイテンションな声で高らかに発言していたのに、今は静かで押さえるかのような低い声色。けれど、今までで一番威圧感のある雰因気が醸し出されている。その雰因気に気圧されているのか、雅人はそれ以上何も言うことができないでいるようだった。

 

「ふざけるなっ!!」

 

 一瞬の静寂の後、大声を出しながら立ち上がった人物。それは、このクラスで唯一の私服姿である田添祐平(男子11番)だった。

 

「そんなの屁理屈じゃないか! 大体、プログラムなんかが行われること自体に問題があるんだろうが! 帰せよ! さっさと俺たちをここから帰しやがれ!!」

 

 祐平の言っていることは、決して間違ってはいない。けれど、あれだけはっきりと拒否された以上、もう何を言っても無駄なような気がした。その通りなのか、担当官がやれやれといった様子で祐平の元へと歩み寄る。

 

「田添くん、私の話を聞いてた? 例外は認められないの。それに、絶対帰れないわけじゃないのよ? 優勝すれば帰れるんだから」
「で、できるか……! そんなこと、できるわけがないだろ! このクラス全員を殺して、自分だけ帰るなんて!」

 

 祐平の斜め後ろにいる亜美からは、その背中しか見えていない。けれど、それだけでも祐平がかなり動揺しているのは手に取るように分かった。肩は震え、両手の拳はぎゅっと握りしめられている。もしかしたら、今にも泣きそうな表情をしているのかもしれない。

 

「……とにかく座ってくれるかな? 開始時刻がせまっているの」
「頼むから……止めてくれよ……。殺し合いなんか、どう考えても狂っているんだよ……俺は……」

 

 担当官はそのまま祐平の元へと歩み寄り、そっとその手を握りしめる。小柄な担当官の姿は、比較的身長のある祐平の背中に隠れて、亜美の視界から完全に消えていた。しかし祐平は、その担当官の手を振り払い、なおもこう叫んでいたのだ。

 

「俺は、まだ死ぬわけにはいかないんだよ!!」

 

 祐平が叫んだその瞬間だった。その瞬間――状況は一変していた。

 

 パンッという爆竹のような音が聞こえたと思った途端、祐平の頭が大きく後ろに傾いていた。それと同時に、何か一筋の赤いものが、天井に向かって伸びているようにも。

 

――えっ……?

 

 そのまま、祐平の身体が後ろへグラリと傾く。支えるものがないせいか、そのまま勢いよく地面へと吸い込まれていった。バタンという大きな音を立てて、その身体は一度だけ大きくバウンドする。その勢いで約十センチほど後ろへと身体が移動し、そこで――止まった。

 

 自分の間近で倒れている祐平を目の当たりにして、亜美はようやく何が起こったのか理解することができた。いや正確には、理解せざるを得なかった。

 

 祐平の額には、一つの赤い穴が開いていた。それに合わせるかのように、両目の黒い部分が上の方へと移動している。叫んだ後だったせいか、口は半開きのままで、呆けたようにも見える表情をしていた。その状態で、祐平はピクリとも動かない。もう、叫んだりすることもなかった。

 

 見れば分かった。祐平は死んでいた。つい先ほどまで生きていたクラスメイトが、たった今死んだのだ。

 

「う……うわぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 亜美の隣に座っていた冨澤学(男子12番)が叫び声を上げながら、友人である古賀雅史(男子5番)の元へと駆け寄っていく。それがきっかけであるかのように、皆一様に祐平から距離を取ろうとしていた。

 

 祐平の前の席に座っていた妹尾竜太(男子10番)は、腰を抜かした様子で、椅子をガタンと倒しながら後ろへと下がっていた。亜美の二つ前の席に座っていた曽根みなみ(女子10番)は、眉間にいつも以上の皺を寄せ、立ち上がりながらジリジリと後退していく。みなみの前の席に座っていた鈴木香奈子(女子9番)は、二つ前の席にいた佐伯希美(女子7番)の元へと駆け寄っており、希美も動揺しているせいか二人はただ抱き合うだけだった。その二人の間の席にいる真田葉月(女子8番)は、祐平から視線を逸らすことなく、魅入られたかのようにじっと動かない。亜美の隣では、園田ひかり(女子11番)が、一際甲高い叫び声を上げている。

 地面に倒れている祐平から教壇の方へと、亜美はゆっくりと視線を動かした。直前まで祐平の前に立っていた担当官。その白いスーツには、赤い斑点が散らばっている。その担当官の後ろ、先ほどバッグを運んできた兵士の一人、五十代くらいの男性。その手には、何か銃らしきものが握られていて、その銃口らしき穴はこちらの方角に向いていて、そこから白い煙がゆらゆらと出ている。

 

 見れば分かった。その兵士が、祐平を撃ったのだと。プログラムを非難した祐平を、問答無用で射殺したのだと。

 

「笠井!!」

 

 そのとき、一際大きな声を上げた人物がいた。聞いたことのない名前を叫ぶ人物。それは意外にも、つい先ほどまで祐平をなだめていた担当官のものだった。今は完全に後ろを振り向いているため、その表情は分からない。

 

「なんで撃ったの?!」
「何をおっしゃいますか。田添祐平はプログラムの参加を拒否した上に、反政府発言までしたのです。これはいわば反逆行為。然るべき措置を取ったまでのこと……」
「そんなことを聞きたいんじゃないッ!!」

 

 あまりにも意外な展開に、ほぼ全員が叫ぶことを止め、事の成り行きを見守っていた。それもそのはず、政府側である担当官が、同じ立場にいる兵士を非難しているのだ。

 

「最初に言ったよね? 私は、えこひいきとか不平等が大嫌いだって。 参加する全員に、優勝できる権利を与えるべきだって。教室では一人も退場者を出さないって!! 全員にここから出発させるようにするって!! あんたは何を聞いていたの!!」

 

 取り乱したかのように叫ぶ担当官は、とても子供じみたように見えていた。まるで癇癪を起こしたかのように、ただ自分の主張を叫び続けている。担当官が兵士を非難することなど、亜美からしてみれば信じられないことだった。政府側に立って考えれば、その笠井と呼ばれた兵士の言い分も、完全に間違っているわけではないのだから。

 けれど、どこか納得できたような気もする。先ほど雅人に告げた『そういうえこひいきみたいなの、私は大嫌いなの』と言った、その本当の真意が――

 

「しかし……」
「言い訳は聞かない。あなたが私の部下である以上、命令違反として厳重に処罰します。上にも報告する。これに懲りたら、もう二度と同じことをしないで!!」

 

 担当官がそこまで言ったところで、ようやく後ろにいる兵士――笠井といったその兵士は、ゆっくりと銃口を下ろしていた。しかし、どうやら納得はしていないようで、渋々といった表情を浮かべている。

 

「はいはーい! ごめんねごめんねー! でももう撃ったりしないから、みんな座ってくれるかなー? 今から出発してもらわなきゃいけな……」

 

 不自然なところで、担当官の言葉は止まった。そして、一人の人物を凝視している。それは担当官を含めた全員に言えることで、亜美もその人物から視線を外せずにいた。

 

 皆が距離を取ろうとしている祐平の遺体へと、歩いていく一人の人物。まるで魂が抜けてしまったかのように呆然とした表情で、足取りも覚束ない様子だった。それでも一歩、また一歩と歩み寄っていく。もしかしたら、今までのやり取りも、周囲の様子も、今の彼には関係ないのかもしれない。

 

「た、田添……?」

 

 その人物は、祐平の前に参加を拒否したクラスメイト――須田雅人だった。

 

男子11番 田添祐平 死亡

[残り33人]

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