夜の闇に浮かぶ狂気

 東堂あかね(女子14番)加藤龍一郎(男子4番)がそれぞれ小屋から移動を開始した丁度その頃。二人の会話にも出てきたある人物は、暗闇の中を静かに移動していた。

 

――誰かいないかな……。乗ってる人ならいない方がいいけど……。

 

 弓塚太一(男子17番)は、いつもより慎重に移動していた。太一がいるところは、エリアでいうとE-4。大きな島の中央にある公園と言うべきところだ。公園なだけに見晴らしがいいせいか、割と遠くまで見通すことができる。暗闇に慣れた目で、誰かいないか確認する。

 

――とにかく、やる気じゃない人を見つけないとな。でないと、どうしていいかすらもわかんねぇし……。

 

 日向や龍一郎の推測通り、太一はプログラムになど乗ってはいなかった。乗るなんて選択肢は、太一の中には最初から存在していない。一年時から仲のいい友人や、大好きな恋人を殺すくらいなら、自殺することを選ぶ。それは、教室で説明を受けたときから決めていたことだった。

 誰かを殺すわけでもないのに、こうして積極的に動いている理由はただ一つ。人を探しているからだ。探しているのは、先ほどの放送で呼ばれなかった友人と、たった一人の大切な恋人。

 

――龍一郎……。結香……。

 

 同じ部活で仲のいい龍一郎と、恋人である辻結香(女子13番)。今太一が探しているのは、主にこの二人だった。もちろん、クラス委員で結香とも仲のいいあかねや、今でこそあまり話すこともないが、かつては一緒にクラスを盛り上げていた宮崎亮介(男子15番)にも会えたらいいし、そうでなくても、乗っていない人であればぜひともご一緒したいと思っている。

 本当ならもう一人の友人である槙村日向(男子14番)にも会いたかったが、先ほどの放送でそれは叶わなくなったことを知った。日向がどのようにして死んだのか、もちろん太一は知らない。ただ、日向がこんなものに乗るような人間ではないことは分かっているので、きっと乗った誰かに殺されたのだろうと思った。

 その人物を恨む気持ちはある。もしそんな輩に会うことがあったとしたら、きっと赦すことなどできない。もしかしたら、怒りのままにその相手を殺してしまうかもしれない。普段はどんなに怒りの感情に支配されていても、決して手を出すことなどない。けれど、正直友人の仇に会ってしまったら、どうなってしまうのか。それは、太一自身にもわからない。

 ただ、今は仇を取るつもりはまったくない。とにかく、最優先事項は人を探すことだ。結香は待つことだってできたのに、それをしなかった。会って、開口一番に謝らなくてはいけない。きっと結香はほっぺたを膨らませて「もうっ」とか言うだろう。けれど、すぐに笑って許してくれるだろう。とにかく、会いたかった。早く、その笑顔が見たかった。

 

『弓塚くんのこと、ずっと前から……好きだったの……』

 

 あれは、今から三ヶ月前のこと。人気のないところに『話があるの』と結香に呼び出されて、絞り出すような声で言われたこと。人生で初めて、誰かに“告白”された瞬間。

 

『お、俺のこと……を……?』
『うん。あの……よかったら、私と付き合ってくれませんか?』

 

 そこにいつものムードメーカーらしい明るさはなく、年頃の女の子らしいどこか恥ずかしそうな振る舞い。よく見れば、頬はどこか赤く染まっており、いつもと違って太一と目を合わせようとしない。その意外な一面に、心臓が大きく鳴ったような気がした。

 二年のときに初めて同じクラスになって、心のどこかで惹かれていた女の子。恋愛に疎かった太一にとって、それは初恋といえるものだった。そんな女の子に告白されたときの嬉しさは、太一の貧相な言葉ではとても表現しきれない。ただわかりやすく言うなら、天にも舞い上がる気持ちとか、有頂天になるというのは、おそらくこういうことを言うのだろう。

 

『なんか、情けないかも……』
『え?』
『だって、俺から言うつもりだったのに……言わせちゃったから……』

 

 太一の言葉に、結香は目を丸くする。けれど、すぐにその大きな瞳に涙が浮かんでいた。結香が泣くところを見るのも、このときが初めてだった。

 

『俺も、辻さんのこと好きなんだ。だから、むしろお願いしたいよ。俺と付き合って下さい』

 

 その言葉を言った瞬間、結香の瞳から涙がこぼれていた。そして何度も何度も『はい。はい……』と返事をしてくれて、少しぎこちないけれど笑顔を必死で作ってくれた。それは、普段の底抜けに明るいものとは違っていて、女の子らしい可憐さを携えたような、そんな笑顔だった。

 

 それから、ずっと結香のことだけ見てきた。他の女の子に惹かれることなど、有り得なかった。結香の親友であるあかねや、小学校のときから仲のいい園田ひかり(女子11番)や、主流派グループと会話をすることこそあれど、恋愛感情を抱くことなど有り得なかった。きっと、見る視点が違っていたのだと思う。結香を見る視点と、他の女の子を見る視点が、根本から違っていたのだろうと思う。クラスで一番綺麗な顔立ちをしている小野寺咲(女子4番)を見ても、それこそ明るくハキハキしている性格美人であるあかねを見ても、それ以上の感情は抱かなかったのだから。

 高校になっても、大学生になっても、ずっと結香と一緒にいるつもりだった。できれば、結婚したいという願望まで抱いていた。きっと何度も喧嘩するだろうし、別れの危機に直面することだってあるだろう。けれど、今の太一にとって生涯の伴侶となるべき人物は、辻結香しか当てはまらなかった。そして、まだ気が早いけれど、いつか二人の子供が生まれたらいい――そんな思いまで芽生えていた。

 

 それが、プログラムという非常な現実によって、無に帰そうとしている。ルール上一人しか生き残れないのなら、太一と結香は二人一緒に帰ることなどできない。けれど、そんなルールをたやすく認めるわけがなかった。何か方法さえあれば、きっと殺し合いなどしなくてすむはず。結香と一緒に帰れるはず。太一はそう信じていた。結香を失うことなど、増してや殺すことなど、太一にとっては有り得ないことだった。もし、自分の預かり知らないところで、結香が誰かに殺されてしまったら、きっとその相手を赦すことなど、決して出来はしないだろう。それこそ、その相手を殺してしまうかもしれない。

 だからこそ、そんなことにならないように、一刻も早く結香を見つける必要がある。いくら曽根みなみ(女子10番)の遺体に驚いて反射的に逃げてしまったと言っても、それはただの言い訳だ。今からどんどん夜は更けて、みんながじっと休息を取るのなら、それは帰って好都合。入れ違いになることもない。美術部に所属しているものの、特に体育が苦手でないので、体力にはそれなりに自信がある。何より、焦りに近い気持ちがあるせいか、今はまったく疲れていないのだ。

 

「結香……。一体どこにいるんだよ……」

 

 見つからない不安から、ボソッと独り言を呟いてしまう。そのとき、ガサッという、草を踏みしめるような音が聞こえた。

 

「ゆ、結香?! そこにいるのか?!」
「残念。辻じゃねぇよ」

 

 すると、暗闇から懐中電灯で照らされる。視界が急激に明るくなり、一瞬だけ目眩がした。

 

「お、お前は誰だ……」
「有馬だよ。まだそんなに時間経ってないのに、もう声を忘れちまったのか?」

 

 そう言って、その人物は懐中電灯で自身を照らす。そこには言葉通り、有馬孝太郎(男子1番)の姿があった。

 黒縁眼鏡がトレードマークで、誰とでも分け隔てなく話せて、クラス委員である須田雅人(男子9番)のサポートもこなす人物。クラスでも一、二位を争う人格者である孝太郎の姿は、太一に安心感をもたらしていた。

 

「なーんだ、有馬かよ。まったく、ビビらせんなって」

 

 だからこそ、太一は疑うことなく、孝太郎に近づいていった。

 

「悪い悪い。でもさ、お前こそいきなり彼女の名前呼ぶなよな。却って出て行きづらいだろ」
「へへ、メンゴメンゴ」

 

 そこまで話したところで、孝太郎は懐中電灯を消した。再び、周囲を夜の闇が包む。懐中電灯に照らされたことで、ある程度暗闇に慣れていた太一の夜目は、まったくきかなくなっていた。

 だから、今孝太郎がどんな表情をしているか、どんなものを持っているか、太一にはまったくわからない。

 

「……ところで弓塚。辻を探しているってことは、もしかして一人か?」
「ああ。情けない話なんだけどさ。曽根さんの死体見てビビっちまって、学校から逃げたんだ。だから結香のこととか、もちろん龍一郎のことも探しているんだけど……。特に結香は、突っ走るところがあるから心配で心配で」
「そうか」

 

 孝太郎の言葉で、太一の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。そういえば、孝太郎は一人なのか。雅人や広坂幸治(男子13番)は一緒ではないのか。確か出発も近かったはずなのに、待てなかったのだろうか。

 

「そういう有馬こそ、一人なのか? だって須田や広坂とは出発――」

 

 その質問を全て言い終わる前に、太一は口を噤まざるを得なかった。発する言葉を遮るかのように聞こえたけたたましい音。どこか聞き慣れたタタタタという連続した機械的な音。それは、銃声という名の、ある種どんな言葉よりも――強制的な返事によって。

 最初は、何が起こったのか分からなかった。銃声が聞こえたと同時に襲ってくる腹部の痛みと、なぜかせり上がってくる吐き気。たまらず吐き出した後は、口の中に鉄の味だけが残った。

 身体を支えることもできず、地面に倒れ込む。受け身は何とか取れたものの、太一はまだこの事態をうまく飲み込むことができずにいた。

 

「そうか、一人か。つまり、お前をさっさと始末すれば、下手な反撃をくらうことはないわけだ」

 

 その言葉には、人を嘲るような響きがあった。まるで別人が話しているような印象すら抱いてしまうほどだった。声色は、声のトーンは、イントネーションは、先ほどまで話していた孝太郎のものだというのに。

 

「曽根にしても、お前にしても、人に対して警戒心なさすぎだろ。まぁ、そういう風に振る舞ってきたからな。それはある意味、当然の反応ともいえるかもしれないけど」

 

 そういう風に振る舞ってきた? 孝太郎の言葉は、太一にまた別の混乱をもたらす。

 

「まぁ、おかげで俺が人に信用されることは証明できたか。騙し討ちは効果的だということも分かったし、今後の方針を考える上でのいい参考になる。命がけの実験協力、どうもありがとな」

 

 そこまで聞いたところで、太一はようやく理解した。今までずっと、出会ってから今までずっと――孝太郎に騙されてきたということに。

 

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