始まりの音は静かに鳴り響く

 

「篤、一人なんだな。お前今まで何してた?」
「見ての通り、何も」

 

 そんな腹のさぐり合いから始まる会話。それが別段嫌だと思わないのは、割と見知った相手だからだろうか。

 五十嵐篤(男子2番)は、暗闇に紛れている下柳誠吾(男子7番)に向かって、いつも変わりない調子で話を続ける。

 

「そういう誠吾こそ、一人なのか?」
「まあな」
「へぇ、末次のことは待たなかったんだな」

 

 予想はしていたことだけれども、誠吾は間一人挟んでの出発であった末次健太(男子8番)のことは待たなかったようだ。その健太は、先ほどの放送で既に名前が呼ばれている。

 

「末次。さっきの放送で名前が呼ばれていたじゃないか」
「そうだな」
「それだけかよ。けっこう仲良かったんじゃないのか?」
「出席番号が近かっただけだ。元々そこまでのつきあいじゃない」

 

 誠吾がそう答えるのは想定内ではあった。けれど、もう少し悔しいだとか、悲しいとか、そんな感情の片鱗くらい見せたらどうかとも思う。そもそも、それらの感情が著しく欠落している自分にいえたことではないが。

 

「ただ、おそらく末次はやる気の人間に殺されただろうな」
「何でそう思う?」
「あいつは乗りそうにないし、下手な事故で殺されるほどヘマをすることもないからだ。ネックは運動神経のなさだが」

 

 誠吾の言葉に、篤は至極納得していた。健太のことを、篤はよく知らない。けれど、教室での振る舞いから、乗るような人間ではないだろうとは推測はしていたからだ。だが、あれが一種の演技である可能性もあったので、一抹の疑念は残したままだったけれど。

 

「それより篤。聞きたいことがある」
「あん? 何だよ」
「お前の支給武器……何だった?」

 

 先ほどとは打って変わって、少し静かな口調でそう問いかける。そこに、最初話しかけてきたときに感じた凄みを含ませていた。

 

「それ聞いてどうするんだよ? 俺に敵意がないことは分かり切っているだろ?」
「それとは関係ない話だ」

 

 突き放すかのような言葉。それ以上は追求させないつもりなのか。追求されると、何か困ることでもあるのだろうか。

 

「……別に教えてもいいけど。お前が教えてくれるなら」
「俺の武器は、銃だ」

 

 牽制するつもりで口にしたけれど、思いの外誠吾はあっさりと答えていた。

 

「H&K VP70。それが、俺に支給された銃の名前だ」

 

 聞いただけでは、その銃がどんなもので、どのくらい武器として強力なのか分からない。けれど、当たりの部類であることは確かだ。乗っていなくても、護衛用として申し分ないだろう。

 

「ふーん。よかったな。当たりじゃないか」
「はぐらかそうとするな。お前の武器は何だったんだ?」
「はいはい。ちゃんと答えるから、そう急かすなよ」

 

 そう言って、ズボンの右ポケットに手を入れる。そうして、中から小さなリモコンを取り出した。テレビで使うものよりも、一回り小さい大きさだ。

 

「俺に支給されたのは、このリモコンだよ。これを使えば、意図的に相手の首輪を爆破させることができるらしい」
「それ……本当か……?」
「といっても、かなり面倒な条件があるけどな」

 

 そのままその“面倒な条件”について説明する。しばし黙って篤の説明を聞いていた誠吾だが、こちらの話を終えると幾分か落ち着いた口調でこう口にした。

 

「……確かに、かなり面倒な条件だな。つまり、今の俺に対しては使えないってことか」
「そういうこと。当たりかどうか分かんないよな」

 

 その“面倒な条件”をクリアしない限り、このリモコンは効果を発揮しない。篤にとっては、あまり役立たない代物だ。といっても、特に生きる気もない自分にとって、一番有りがたい支給品は食べ物とか飲み物だろうけど。

 それに、この条件を満たしたところで、このリモコンは本当に効果を発揮してくれるのだろうか。そこまで技術というものは発展しているのだろうか。最終的には、本部の人間が手動で爆破させるしくみではないだろうか。少なくとも、篤はそう睨んでいる。

 

「篤」

 

 少しの沈黙の後、誠吾は口を開く。今までで一番、低い声色で。

 

「それ……俺にくれないか?」

 

 そして吐き出された言葉は、今まで一番冷たい、まるで死刑宣告のような――通告だった。

 

「……交換、じゃなくて?」
「違う。交換じゃない。それが欲しいんだ。今の俺には、それが必要なんだ」
「随分……ひどいこと言うんだな」

 

 欲しければ、殺して奪えばいい。なのに殺しもせず、ただ武器をよこせというのは、暗に死んでくれと言っているようなものだ。武器もなしで、この島を歩きまわることを強いること自体、この場で殺すよりもひどいと言ってもいい。

 

「欲しけりゃ、俺を殺せばいいじゃないか。その銃で撃つなり、弾がもったいないなら首を絞めるなりすればいい。俺は抵抗しないって約束するなら、それで問題ないだろう? 元々、俺は死ぬつもりだったんだから」
「それは無理だ。できない」
「なんでだよ……。何か理由でもあるっていうのか? どうせ、俺のために言っているわけじゃないんだろ?」

 

 そう荒っぽく口にした疑問に、誠吾は答えない。それは即ち、篤の言葉を肯定するという意味だった。

 

「お前がそんなにひどい奴だとは思わなかったな。最後に殺してやるという優しさすら見せられないのかよ」
「何とでも言え。何を言われても、俺はお前を殺さない。でも、その武器は欲しいんだ。できれば、お前から譲り受けるという形を取りたい。その方が、お互いのためだ」
「綺麗な言葉で誤魔化すな。今お前が言っていることは、ただのガキの我が儘だ」

 

 武器は欲しい。でも人を傷つけたくはない。まるで、どこかのアニメに出てくるガキ大将の言いそうな言葉だ。けれど、誠吾は、本来そんな我が儘を言うような人間ではないはず。知り合った当時から、自分と同じようにどこか冷めたような子供で、それはそんなに変わっていないはずなのに。どうして今になって、そんな我が儘を言うのだろうか。

 そうしなくてはいけない、何か理由でもあるのだろうか。

 

「もしここで俺が嫌だと言ったら? 逃げたらどうする?」
「追いかけてつかまえるまでだ。足の速さでは負けないからな。一応俺、バレー部に所属していたし」
「それじゃ、俺が抵抗して、仮にお前を殺そうとしたら……?」
「不本意だが、死なない程度に反撃させてもらう。殺してもらうために向けられる殺意じゃ、俺がお前を殺すことはない。お前が俺を殺さないって分かっているからな」

 

 では、こちらが本気で殺そうとしたら、殺してくれるということなのだろうか。けれど、そんな殺意を抱けるほど、自分は生きることに執着していない。それを分かっているからこそ、誠吾もああ言っているのだろう。

 

「なんだよ。どのみち、俺はお前にこれを差し出すしかないってことか。殺されることも、何一つ怪我させられることもなく」
「そうだ」
「……最低だな、お前」

 

 口から出る、生まれて初めての言葉。誰かを最低だと思ったことは、初めてだった。世の中の底辺にいる自分が、こんな言葉を口にする資格はないと思っていたのだから。

 

「分かっているくせに。俺に……生き残る気がまったくないことも。俺には、待っている家族がいないことも」

 

 ポツリ、ポツリ。そうやって出てくる言葉は、自虐に近い。

 

「せっかく殺してくれる人に会えたと思ったのに、誠吾なら分かってくれると思ったのに、誠吾だったら殺してほしいとすら思っていたのに。お前は自分の望みのために俺を利用するくせに、俺の望みは叶えてくれないのかよ」

 

 返事はない。それは、言っていることが間違っていないからか。それとも、答える資格がないからと思っているせいなのか。あるいは、もう何も言うことはないからなのか。それは、篤には分からない。分かるはずもない。小さい頃から知っているから、幼馴染という関係が成り立っているだけなのであって、所詮自分達は赤の他人でしかないだから。

 悔しい。腹が立つ。けれど、もうこれ以上どうすることもできない。殺さないと明言している以上、誠吾が篤を殺すことはない。せめての抵抗に殺そうとしても、こちらが痛い思いをするだけで死ぬことはない。それが分かっているなら、もう篤にできることは一つしかなかった。

 

「そらよ」

 

 それだけ言って、右手に持ったままのリモコンを放り投げた。それを慌てることなく、誠吾は取りに行く。

 

「サンキュ」
「随分な返事だな」
「ああ、自分でもそう思うよ」

 

 そんな誠吾を言葉を聞いて、ふと思った。もしかしたら誠吾には、自分以上に何かが欠けているのかもしれない。生まれてこの方、両親から愛情を注がれなかった篤とは違って、確か誠吾の両親は両方とも健在だったはず。もしかしたら、知らない内に亡くなっているのかもしれないけれど、少なくとも篤よりも家族らしい家族を持っているはずだ。

 誠吾とまともに話したのは、一体いつ以来だったのだろうか。知らない間に距離が出来ていって、お互い関わらなくなったのは、どうしてだったのだろうか。喧嘩したこともないし、何か離れるきっかけがあったわけでもない。そう、自然に、勝手に、少しずつこうなっていった。

 

 その間に、篤の知らない何かがあったのかもしれない。

 

 考えても無駄だということに気づき、ブンと一度だけ首を振る。そうしてから、持っていたデイバックも誠吾の方に投げてよこした。

 

「それだけじゃ、持ってても意味ないだろ」
「そうだったな」

 

 そう言って、誠吾はそのデイバックも手に取る。中を開いて必要なものを取り出してから、もう一度こちらに渡そうとする。

 

「いるか?」
「当たり前だ。一応食糧入ってるんだから。俺を餓死させる気か」
「だよな」

 

 そう言って、誠吾はデイバックをこちらに放り投げた。どうやら、篤の考えていることはお見通しであるらしい。そんなにわかりやすい人間でもないはずなのに、どうしてそんなにこちらの考えていることが分かるのだろうか。

 元々誠吾は鋭いというか、観察眼に長けているところはあった。知らない間に、そういったところに磨きでもかかったのだろうか。

 

「武器は渡したんだ。教えろよ」
「何をだ?」
「すっとぼけんな。お前のやろうとしていることだよ」

 

 ここまで面倒なことをしてまでも、篤の武器を手に入れたかった理由。銃を持っているにも関わらず、扱いやすいとはいえない篤の武器を手に入れようと、あそこまで固執した。それはおそらく、単純なものではないのだろう。ただ誰かを殺したいだとか、ただこのプログラムを止めたいとか、そんなものではないはずだ。

 

「それは言えない」
「言えば、俺が反対するからか?」
「それもある。でも、誰にも知られたくないってのが本心だ」

 

 知られたくないというのは、どういうことなのだろうか。そして、その理由とは何だろうか。それは、誰にも知られてはならないほど秘密にしなくてはいけないことなのだろうか。

 しばし考えを巡らせていたけれど、どうせ答えに辿りつくことはないと思い、その時点で考えることをやめた。知ったところで、おそらく理解もできない。誠吾と違い、誰かを傷つけてでも執着するものがない篤には、決して分からないことだろうから。

 

「そうかよ。用件が済んだなら、俺はもう行くから」

 

 嫌みのようなため息をついた後、ここから去ろうと歩き出す。草を踏みしめるかすかな音が、やけに心地よく感じる。

 

 このまま別れようと思った最中、突然誠吾が声をかけてきた。

 

「なぁ、篤」
「今度は何だよ」

 

 どうせろくな話ではないだろう。そう思ったから、自然とぶっきらぼうな返答になる。

 

「お前さ、どう思っている?」
「何を?」
「有馬のこと」

 

 誠吾の口から、意外な人物の名前が出た。クラス内で人格者で通っている有馬孝太郎(男子1番)。どうしてこのタイミングで孝太郎の名前が出るのか疑問だったが、誠吾のことだから何か理由があるのだろう。別に篤にとってはどうでもいいことだが。

 

「別に何とも」
「プログラムに乗ると思うか?」
「多分な」
「そうか」

 

 誠吾の質問に、はっきりとした口調で答える。別に何か確証があるわけではないが、元々篤は孝太郎のような人間があまり好きではない。だからなのか、クラスのみんなのように素直な目で孝太郎のことを見られないのだ。だからだろうか。時々人の見えないところで、孝太郎が笑っているとき、どうも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているように――見えてしまうのは。

 

「なんでそんなこと聞くんだ?」
「ただの興味」
「嘘だな」
「ああ、嘘だ。でもそれだけじゃない。興味があったのは本当」

 

 そうやってはぐらかす誠吾を見つつ、教室での孝太郎の振る舞いを思い出す。そう、あれは田添祐平(男子11番)が兵士に殺されて、担当官に須田雅人(男子9番)が食ってかかっているとき。篤の隣にいた孝太郎は、ほんの少しだけ笑みを浮かべていたのだ。それも、篤の背筋がゾクリとするような、不敵で嫌みのこもった笑みを。もしかしたら、一種の錯覚なのかもしれないけれど。

 

「興味……ねぇ」
「それと、お前のことはそれなりに当てにしているからな。参考まで聞いておきたかった。おそらくクラスの大半は、有馬は乗らないと思っているからな」
「なんだよ。もっと気の利いた褒め言葉はないのか?」

 

 と悪態をついたものの、確かに孝太郎がプログラムに乗っていると思っているクラスメイトは少ないだろう。自分と、誠吾と、後はよくて加藤龍一郎(男子4番)くらいか。それだけ孝太郎の普段の態度は模範的であるし、篤と孝太郎どちらを信じるかと言われれば、おそらく大半の人間は孝太郎を選ぶのだろう。だから孝太郎にとって、篤のような人間は大した脅威ではないはずだ。

 

「有馬が、お前の目的に関係あるのか?」
「さあな」

 

 その反応から察するに、おそらく関係はないのだろう。関係あるのなら、「関係ない」とはっきり言うだろうから。

 

「聞きたいことはそれだけか」
「それだけ」
「余計な時間、食っちまったな。ま、期待なんてしちゃいなかったけど」

 

 そう言って、またゆっくりと歩き出す。また聞こえてくる、草を踏みしめる心地よい音。

 

「もし俺が死んで気が向いたら、線香の一本でも上げに来いよ。来れたらだけどな」

 

 負け惜しみのようなことを口にした後、ゆっくりと歩き出す。今度は、制止する声もかからない。そしてお互い口を開くことなく、それぞれ違う方向へと歩き出す。止まることなく、振り返ることもなく。

 これが今生の別れであると、きっとお互いに分かっている。それでも聞こえる足音が、途切れることは決してなかった。

 

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