「最初に出発してもらう人は、もう決まっていまーす! それからは指定された順番通りに出ていってもらうからねー!」
そう高らかに発言する寿担当官を見据えながら、橘亜美(女子12番)は頭の中でこれからどうするか思案していた。とりあえず、すぐには行動を起こさず、様子見をすることでその方針は固まりつつある。誰が積極的に動いて、誰が非戦を唱えるか。それの見極めはかなり重要だ。そしてその際、普段の生活態度が判断材料になる。
「本来ならば、出席番号順に男女男女って交互に出ていってもらうんだけど……今回は私の方から上に掛け合って、別の順番で出ていってもらうことにしましたー!」
担当官の意外な発言に、全員の呼吸が一瞬止まっていた。それもそのはず、出ていく順番が変わるということは、自分が出発する前後が変わるということ。即ち、出ていってからの行動方針が変わる可能性が出てくるからだ。
本来の出席番号順なら、最初が誰かにもよるが、亜美の前は冨澤学(男子12番)で、後には広坂幸治(男子13番)が出発することになるが、どうやらこれが変更されるらしい。――まぁ、亜美にとってはあまり関係ない話ではあるが。
「だってさ、出席番号順って、いわば名字のあいうえお順なわけじゃない? それって、自分で選べないよねー? この出発順って、みんなが思っている以上に大事なんだよー! 自分で選べないところで生死に関わってくるなんて嫌じゃない? でね、今回はこういう順番で出ていってもらうことにしましたー!」
担当官はそう言うなり、先ほどの説明のときに貼られた地図の上に、また新たな紙を貼り付ける。それは、ついこの間行われた期末試験の成績順位だった。
「特進クラスならではってことになるのかな? 今回は特別に、成績のいい子から出発してもらうことになりましたー! なので、一番最初に出発するのは佐伯希美さん、次が澤部淳一くん、その次が冨澤学くんという感じですねー!」
貼られた紙には、右から順番に成績のいいクラスメイトの名前が並んでいた。ざっと見る限り、亜美自身は九番目に出発することになる。期末試験の成績順位ではあるが、自分の順位は大体その辺にあることが多いので、おおよそクラス内成績順位と考えて相違ないだろう。これで見る限り、亜美の前は曽根みなみ(女子10番)、後には有馬孝太郎(男子1番)が出発することになる。そして最後に出発するのは、最下位である田添祐平(男子11番)が既に死んでしまっているので、その前にいる槙村日向(男子14番)ということになる。
じっと成績順位を見ていると、これは思った以上に影響があるのではないかと思った。出席番号が近い東堂あかね(女子14番)と辻結香(女子13番)は、成績順位だと出席番号時以上に離れている上に、間には妹尾竜太(男子10番)というあまり関わりたくない人物が出発することになる。それは、小山内あやめ(女子3番)と江藤渚(女子2番)、あるいは北村梨花(女子5番)と久住梨華(女子6番)にもいえることであるが。
利点を挙げるなら、孝太郎と幸治、そして須田雅人(男子9番)と仲のいいこの三人の出発は近い。間には八木秀哉(男子16番)しかいないので、孝太郎が出ていった後で上手く合流することは可能だ。また、女子主流派グループでいえば、結香と鈴木香奈子(女子9番)は間一人挟んでの出発になる。しかも、その間は主流派グループのリーダー的存在であるあかねと比較的仲のいい羽山早紀(女子15番)だ。
まぁいずれにせよ、亜美には関係のないことなのだが。
「うーん、そろそろかなぁ? では、女子7番佐伯希美さーん!! 教壇ところまできてくださーい!!」
担当官の言葉で、教壇の前の席に座っていた佐伯希美(女子7番)の身体がビクンと反応していた。普段は明るくて、あかねや結香といった主流がグループの面々と楽しく会話している希美も、この状況では緊張しているのが手に取るように分かる。
「あ、自分の荷物も持っていっていいからねー! ほら、今は冬で外は寒いし、防寒対策はしっかりしないといけないしね! あと、この学校のあるG-1は、最後の槙村くんが出発してから二十分後には禁止エリアになるので、それまでにはこのエリアを出てくださいねー!」
自分の荷物というのは、机の横にかかっている鞄のことだろう。といっても、教科書やノートの類は必要ないので、実際必要なのは手袋やらマフラーやらといった小物くらいだろうが。そういえば、カイロはあっただろうか。あったとしても、さすがに三日分は持ち合わせていないが。
「佐伯さーん! 緊張するのは分かるけど、後がつかえちゃうので早く来てくださーい!」
担当官の言葉を受けて、希美は慌てて席を立つ。急いで荷物を持つと、途中こけそうになりながらも、ようやくといった感じで教壇のところ、担当官の前までたどり着いていた。
「はいはーい。では、佐伯さん。みんなの方に向かって、今から私の言う言葉を復唱してくださーい!」
担当官が何気なく言ったその一言で、教室の空気は一層重苦しいものになる。この状況で言わせようとする言葉が、いいことであるはずがないからだ。
「私たちは殺し合いをする。やらなきゃやられる。はい!」
「わ、わ……」
予想のはるか上をいく物騒な言葉に、亜美は思わず眉をしかめていた。希美もいきなりそんなことが言えるわけもなく、しばしの間言うことを躊躇っているようだった。大体、そんな宣誓に一体何の意味があるのだろうか。宣誓一つで、気持ちが変わるわけでもあるまいし。
「佐伯さーん! さくっと言っちゃってくださーい! はい!」
「わ……私たちは……殺し合いをする。や、やらなきゃ……やられる……」
言わないと祐平と同じ目に遭うことを考えたのか、希美はつっかえながらも何とかその言葉を口にしていた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「はい、オッケーでーす! では、そこにいる兵士の人からバッグを受け取って下さーい! そしたら、ここから出ていっていいでーす! 今は丁度夕方六時だねっ! それでは、今からプログラムを開始しまーす!」
担当官の言葉に背中を押されるかのように、希美は急いで教室を出ていった。泣きそうになりながら、誰とも目を合わさずに、逃げるかのように出ていった。パタパタという足音が、次第に遠ざかっていく。
亜美は、自分の持っていた時計をちらっと確認する。言われた通り、丁度時刻は六時を指していた。二分のインターバルを置いて出発、仮に出発自体に一分かかるとすれば、一人正味三分の時間を要する。亜美の出発時刻は、おおよそPM06:23頃。最後の日向の出発は、PM07:35頃。今いるエリアが禁止エリアになるのが、それから二十分後のPM07:55頃。
ふと視界の隅で、次に出発する澤部淳一(男子6番)が何か書いているような素振りをしているのが見えた。左手に持っているのは生徒手帳だろうか。右手に持ったペンを器用に回しつつ、考え込むような険しい表情を浮かべながら、必死で何かを書き込んでいる。一体、淳一は何を書いているのだろうか。
「はい、二分経ちましたー! 次、男子6番澤部淳一くん、どうぞー!」
担当官がそう高らかに言うなり、淳一は持っていたものをサッとしまい、落ち着いた様子で席を立っていた。机の横にかかっていたバッグを手に取り、いつもと変わらないペースで教壇へと向かっていく。
「では澤部くん、宣誓をどうぞー!」
「……俺たちは殺し合いをする。やらなきゃやられる。これでいいだろ?」
反論しても無駄だと悟っているせいなのか、淳一はあっさりと宣誓を口にしていた。その様子に、担当官はうんうんと満足したかのように頷く。
「ふふ、さすがクラス二位の成績だね。物わかりがよくて助かるなー」
淳一はその担当官の言葉には返事をせずに、出口付近にいる兵士からバッグを受け取る。そして、一瞬だけみんなの方へと視線を向けていた。もしかしたら、大分後の出発になる仲のいい宮崎亮介(男子15番)に、何かを伝えたかったのかもしれない。しかし、淳一はそれ以上何かを言うこともなく、そのまま足早に教室を出ていった。
それから一人、また一人と教室を出ていく。誰もが静かに、そして多くの人がどこか不安気な表情を浮かべながら。
三番目に出発した冨澤学は、祐平の遺体を避けるように教壇へと駆けていき、震える声で宣誓の言葉を口にしながら、そのまま教室から走って出ていった。
四番目の出発であった加藤龍一郎(男子4番)は、いかにもやる気ではないかのような口調で宣誓を口にした後、仲のいい日向や弓塚太一(男子17番)に一瞬だけ視線を合わせていた。しかし淳一と同様、特に何かを言うこともなく静かに教室を後にしていた。
五番目の出発となった江藤渚は、これまでの誰よりもハキハキとした宣誓をし、いかにも「私やります」というアピールをしてから、堂々とした様子で教室を出ていった。
六番目に出ていった細谷理香子(女子16番)は、脇目もふらずに淡々と宣誓をすませ、足早に教室から去っていた。その間、あかねら主流派グループどころか、誰とも目を合わせることはなかった。
順調に進行すると思った矢先、七番目に出発するはずの久住梨華の番がきたときに事件は起こった。
「女子6番久住梨華さーん! 出発してくださーい!」
「嫌だ嫌だ嫌だ!! 一人だなんて嫌だ!」
出発する番になっても、梨華は席を立とうとしなかったのだ。自身の両腕で自分を抱きしめ、だだをこねるかのように首を横に振り続けている。既に学が出発しているため、亜美の席からは学の席を挟んで右隣にいる梨華の動揺っぷりははっきりと見えていた。
「でもぉ、みんな出発したから、久住さんだけ出発しないわけにはいかないんだよー?」
「嫌なものは嫌ッ!! 梨花ちゃん……一緒に行こ……?」
担当官の言葉に拒否した梨華は、すぐ前の席に座っている北村梨花にすがりついていた。しかし梨花は、梨華の方に振り向こうともしない。その視線は、じっと教壇のところに向けられているだけだった。
「久住さーん! みんな一人で出ていったんだよー? ホントは一人で嫌だったかもしれないのに、みんな我慢して出ていったんだよー? 久住さんだけ特別扱いするわけにはいかないんだからー!」
「みんななんか知らないッ!! 私は梨花ちゃんがいないとダメなの!! 一人だなんて嫌ッ! ねぇ、梨花ちゃんからも言ってよぉ……」
普段から梨華は梨花にべったりだったし、依存しているのは目に見えて分かっていたので、この展開に驚くわけではない。けれど、こんな状況でも周囲を省みずに我を通す梨華は、亜美の目からは非常に子供じみて見えていた。
「梨花ちゃん……ねぇ梨花ちゃんってば……」
「うるさいわよ、梨華」
「え……?」
梨華のあまりに子供じみた態度に苛ついたのか、低く唸るかのような声で梨花が発言していた。そのあまりにも冷たい氷のような声色に、自然と梨華の言葉が途切れる。
「あの馬鹿みたいになりたいの?」
あの馬鹿というのは、今も亜美のすぐ近くで倒れている祐平のことだろうか。その物言いは、祐平に対する憐れみの感情が欠片も感じられないほど、ひどく冷たいものだった。
しかし、その一言は梨華の恐怖心を煽るには十分だったようだ。すぐに梨華は、「ひっ……!」と短く声を漏らし、すぐに自分の荷物を抱え、逃げるかのように教壇の方へと向かっていった。宣誓を何とかといった感じですませ、受け取ったデイバックを落としそうになりながら、駆け出すかのように教室を後にしていた。その間、梨花の様子に何ら変化はなかった。
――ったく。そんなに毛嫌いするくらいなら、友達なんかやるなっての。
友達やるくらいなら、もう少し優しい言葉でもかければいいのに。いくら毛嫌いしているからといって、あの物言いはひどすぎるな、と思った。そういう中途半端なのが、亜美は一番嫌いなのだ。友達でいるなら、ちゃんと友達らしく振る舞えと思う。梨華の気持ちだって、まったく分からないわけでもないだろうに。
「はいはーい! 二分経ったねー! 次、女子10番曽根みなみさーん!」
そんなことを考えているうちに二分経過したらしい。亜美の二つ前の席にいるみなみが、ゆっくりと立ち上がっていた。みなみが出発するということは、次は自分が出ていくことになる。そう認識した途端、急に心臓の鼓動が早まるのを感じた。
「それじゃ、曽根さん。宣誓……」
「私たちは殺し合いをする。やらなきゃやられる。これでいいでしょ?」
担当官が宣誓を促す前に、みなみは自分からその言葉を口にしていた。そのあまりにも躊躇いのなさに、警戒心が一層強まるのを感じる。しかし、そんな亜美の気持ちなど知る由もないみなみは、そのまま落ち着いた様子で兵士からバックを受け取り、静かに教室を後にした。
――警戒するに……越したことはないかな。
普段から人を見下すみなみが、クラスメイトを集めて非戦を唱える展開など有り得るわけがない。みなみなら、こんなクラスのために死ぬものかと、プログラムに乗る可能性が極めて高い。そして、その次の出発になる亜美は、出発時から細心の注意を払わなくてはならない。
最も効果的な殺害方法は、どこかに隠れて待ち伏せをし、不意打ちを狙って殺すことなのだから。
「次ー! 女子12番橘亜美さーん! 教壇まで来てくださーい!」
いつのまにか二分経過していたらしく、自分の名前が呼ばれてしまった。分かっていたけれど、いざ出発するとなるとかなり緊張してしまう。思ったよりもぎこちない身体を動かし、なるべく動揺を悟られないように、ゆっくりと教壇の前まで足を運んだ。
「はいっ! では橘さん。宣誓をどうぞー!」
「わ、私達は殺し合いをする。やらなきゃ、やられる」
一瞬言うことを躊躇ったが、すぐ近くにいる笠井兵士が視界に入ったことで、口にせざるを得なかった。祐平には悪いが、いきなり頭を撃たれて死ぬのはゴメンだ。
「はいオッケーでーす! じゃ、橘さん。出発してくださーい!」
言われなくても出てやるよ。という気持ちを押し殺し、ゆっくりと歩き出す。バックを受け取り、そのまま出て行こうと思ったが、ふと気になって一度だけ教室の方へと振り向いた。そこには、まだ大半のクラスメイトが席に座っている。不安げな表情を浮かべる者、ただ俯いている者、そして、小山内あやめや真田葉月(女子8番)のように、なぜか少しだけ背筋がゾクッとするような笑みを浮かべる者がいた。その中で、なぜか少し遠い位置にいる東堂あかねの方へと視線がいく。
そこには、俯いていながらも、絶対プログラムに乗らないと感じ取れるほどの雰因気をまとったあかねの姿があった。あかねの普段の性格を考えれば、乗ることなど考えにくい。それは分かっているけれど、この状況で信用できるかと言われれば、それはまた別問題だ。それにあかねのことだ。クラス全員を集めて、どうにかしてこの状況を打開しようと行動するだろう。
それははっきりいえば、自らの寿命を縮める行為に他ならない。
あかねと視線が合う前に、亜美は足早に教室から出た。冷やりとした外の空気がさっと頬を撫でる。思ったよりも、外は冷えているのかもしれない。そう思い、持っていた黒いダッフルコートを羽織り、バッグの中にあったマフラーと手袋を身につけた。廊下で睨みをきかせている兵士に銃を向けられないうちに、すぐに出口へと向かうことにする。
――さて、これからどうしようか。
次の孝太郎が出てくるまで、二分の猶予がある。それまでに、ここから離れる必要がある。亜美の前に出た八人全員が学校の前にいるということはまずないだろうし、亜美を待つ人間もいないだろう。加えて言えば、みなみに限らず不意打ちを狙っている輩がいるかもしれない。
なら、出口から走って飛び出すのが一番いい方法だ。
教室から出て右手に進み、突き当たりをさらに右。すぐ前にある階段を降りて、すぐ左に下駄箱があった。そこにいた兵士に顎で示された場所に向かうと、そこには自分の外履きが置いてあった。急いで自分のローファーに履き替え、念のために履いていた上履きを至急されたバックの中に放り込む。
――問題はここから。
ここまでは兵士が睨みをきかせていたので、誰も待ち伏せなどできなかっただろうが、ここからは違う。下駄箱から一歩飛び出せば、そこはもう戦場なのだ。
私物の鞄と、至急されたデイバッグを背負い、体勢を整える。深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
――よし、行くか!
グッと足に力をこめ、スタートダッシュを駆ける。そして、そのまま玄関から飛び出した。なりふり構わず、そこから離れることだけを考えて。
――誰もいない……。よし、このまま上手く離れられれば……!
「橘さん……」
このまま離れられると思った矢先、突然自分を呼ぶ声が聞こえた。小さくてか弱い――女の子の声。
本来ならば、その言葉を無視して学校から離れるべきだったのだろう。しかし、誰もいないと思った矢先の声だった故に、身体が勝手に反応してしまい、足に急ブレーキをかけてしまう形となった。
「誰?」
止まったしまったからには、仕方がない。その声の主が誰かも気になったので、その人物に声をかけた。すると、玄関の前にあるトイレから、一人の人物が顔を出していた。それは、あまりにも意外な人物だったのだ。
「曽根さん?」
その人物とは、亜美の直前に出発した曽根みなみに他ならなかった。
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