嘘と本音

 こちらがそう声をかけた途端、その人物は持っていた懐中電灯で自身を照らした。一くくりにした髪、七・三にきっちり分けられた前髪、神経質そうな眉間の皺。その明かりが映し出す人物は、紛れもなく曽根みなみ(女子10番)だったのだ。

 

 いやそれよりも、声をかけてきたみなみの姿を見て、橘亜美(女子12番)が真っ先に思ったことは、どうしてみなみがここにいるのだろうという”疑問”だった。

 

 まったく予期していなかったわけではない。不意打ちを狙って殺しにくることは想定の範囲内だったし、そうすることが効率的にプログラムを進める手段だということも分かっていた。だからこそ、急いで学校から離れようと行動しようとしたのだから。ただ、こうやって声をかけてくる展開は、まったく考えていなかったのだ。

 意図が分からない。だってみなみは、自分のことを嫌っていたではないか。

 

「何か用?」
「あ、あの……」

 

 無意識のうちに苛立っているせいか、少し不機嫌さの入り混じった声でみなみへそう問いかける。するとみなみは、懐中電灯を消してから、今まで聞いたことがないほどか弱い声で、少しどもりながらこう言ったのだ。

 

「橘さん。よ、良かったら……私と一緒に行動してくれないかな?」

 

 あまりにも意外な提案に、緊迫した状況下であることも忘れ、一瞬ポカンとする。みなみが誰かと行動を共にしようとする展開など、夏に雪が降ることに匹敵するくらい、亜美には信じられないことだったから。

 

「……どうして? だってこのプログラムでは、一人しか生き残れないのよ? 一緒にいたって無意味でしょ?」

 

 本音を言えば、“私のことを嫌っているくせに、どうして一緒に行動しようなんて言うの?”と聞きたいところだったが、それはさすがに聞けないと思い、論理的な疑問を問いかけてみた。すると、みなみは俯きながら、必死でこう答えていた。

 

「だって……一人は怖いし……。私、このクラスに友達いないし……。けど、一緒にグループを組むことが多かった橘さんなら信用できるかと思って……。次の出発だってことも分かっていたし……」

 

 聞く限りでは、いかにも有りそうな理由だ。亜美にしたって、一人全然平気かと言われればそれは違うし、信用できる人間がいるなら、行動を共にしたいというのが本音だ。なぜならこのプログラム。複数で徒党でも組んでいた方が、交代で見張りもしできるので体力も温存できるし、常に周囲に気を配っていなくてはいけない単独行動より精神的疲労も少ない。けれど、教室でのあの態度から考えれば、みなみの言葉を素直に鵜呑みしていいものかと悩むところでもあるのだ。

 

「私のこと、信用できないのは分かる。橘さんに対しても、冷たい態度を取っていたかもしれないし……。でも、とにかく信じてほしいの。それに、次の有馬くんは信用できない……。橘さんもそうでしょ? とりあえず、ここから離れない?」

 

――どうする?

 

 もしかしたら、今言っていることは本当かもしれない。けれど、嘘かもしれない。しかし、ここで考え込むわけにもいかない。時間的猶予があるわけでもないのだ。みなみの言うとおり、いくら次の有馬孝太郎(男子1番)が人望に厚い人物だからといって、信用できるかどうかは別問題だ。信用できるほど孝太郎のことを知っているわけでも、親しいわけでもないのだから。

 

 ふと、みなみの方へとじっと視線を合わせてみる。すると、みなみは一瞬動揺する素振りを見せたが、訴えるかのように視線を合わせてきた。その目には、うっすらと涙がたまっているかのようにも見える。両手は背中に回されている状態であり、その手に何か持っているのか、この位置からは分からない。

 

 しかし、この後自分がどうするべきか。次第にその答えは見えてきた。

 

「分かった」

 

 こちらが同意の意を示すと、みなみの表情はパッと明るくなる。

 

「ホント?」
「けれど、まだ完全に信じたわけじゃないから。私の半径一メートル以内には入ってこないでくれる?」
「う、うん! 分かった!」

 

 反論されるかと思ったが、意外にもみなみはあっさりと了承した。まぁ反論できるほど、時間的猶予があるわけでもないからなのだが。

 

「じゃ、早くここから離れましょ。有馬くんには会いたくないんでしょ?」

 

 それだけを告げ、わざとみなみの前を行くような形で駆け出した。さりげなく肩にからったバックを、右手に持つような形で。

 

 みなみも、後ろから追いかけるように近づいてくる。玄関から五十メートルほど離れた距離にある校門の方へと向かって、亜美は全速力で走っていく。背後の気配に、細心の注意を払いながら。

 周囲には誰もいない。おそらく、みなみの前に出発した人間は、既に学校からかなり離れているだろう。もしかしたら橋を渡って、面積の大きい方の島へと移動しているのかもしれない。そう考えながら、慎重に校門から一歩外へと踏み出した。

 

――さぁ、どう出る?

 

 そう考えた矢先、背後の気配に変化が訪れる。明らかに近づいてくる人の気配。そして、シュッという何か鋭い音。亜美は冷静に、右手に持ったバッグを後ろの方向に向けて、地面と平行線を描くようにブンッと一回だけ振った。

 すると、明らかに何かに当たったような手応えを感じる。少ししてから 何かが落ちたようなカツンという音。地面がアスファルトだからだろうか、その音がやけに大きく聞こえた。

 遅れて「っつ……」という誰かのうめき声。亜美には、その正体がはっきりと分かっていた。

 

「あんたの考えていることなんか、見え見えなのよ」

 

 振り向いて、バッグから手探りで探し出した懐中電灯のスイッチを入れる。すると、そこには右手を押さえたみなみが立っていた。思いの外痛かったのか、いつも以上に眉間に皺を寄せながら。

 

「最初から私を殺そうと思ってたんでしょ? 武器が銃じゃなかったのよね? だから一端仲間になろうとか言って、背後から殺すつもりだったんでしょ? 支給されたのは、ナイフか何か?」
「ち、違っ……」
「何が違うの? 少なくとも、私の半径一メートル以内には近づかないでって言ったわよね? まさか、一メートルの距離感が分からないわけじゃないでしょ?」

 

 わざとみなみの神経を逆撫でする言葉を選んで、ひどく冷たく言い放つ。視線を合わせたときから、なんとなくそうじゃないかと思っていたが、どうやら大当たりだったようだ。

 

「いいこと教えてあげる。あんた、嘘つくことに慣れてないでしょ? さっき仲間になろうと言ったときから、なんか態度が不自然だったのよ。けれど、口で言っても否定するだろうから、わざとあぶり出すために了承しただけの話。それに、そういう演技をするなら、教室からするべきだったわね。いかにもやる気ですっていうあんな宣誓じゃ、いくら仲間になろうって言われても疑うわよ。あんな急ごしらえの手口じゃ、騙される人間なんてほとんどいないでしょうね」 

 

 みなみは、良くも悪くも正直なのだ。だからこそ、嘘をつくことに慣れていない。嘘をついてまで人付き合いするような人間ではないし、そんなことするくらいなら一人でいることを選ぶような、そんな人物なのだ。

 

「大体、そういう騙しの手は、東堂さんや須田くんみたいなタイプの人間が使って効果があるの。あんたみたいに、普段から人を小馬鹿にするような人間が使っても、疑われるのが関の山ね」
「あんた……!」

 

 すると、みなみの表情に変化が訪れる。か弱い少女のような表情から、般若のような怒りの表情へと。その変化を、亜美がどこか客観的な視点で見ていた。まるで家でテレビ観賞するかのような、そんな感覚で。

 

「生意気なのよ! いつもいつも! 何様のつもりなの? 大体――」
「あーはいはい。それも知っていたからね。じゃ、私行くから」

 

 ここで言い争いをしている時間はない。時計を見る余裕まではなかったので分からないが、もう孝太郎が出てきてもおかしくない時間なのだ。

 何か言いたそうにするみなみに背を向け、猛ダッシュを駆ける。体育はそこまで得意科目ではないが、少なくともみなみより足は速かったはずだ。校門から右手に走っていき、急いでそこから離れる。意外なことに、みなみは追いかけてこなかった。

 

――しかしまぁ、やっぱりいるのねぇ……。乗る人間が。

 

 少なくとも、みなみは乗っていることが判明した。おそらく、これから乗る人間はいくらでも出てくるだろう。時間が経過すればそれだけ、この異常ともいえる状況に慣れ、人を殺すことに抵抗がなくなっていくのだから。

 

――まぁ、基本的には一人でいた方がよさそうね。

 

 これからのことも考え、校門から約百メートルほど走ったところで、近くにある民家へと飛び込んだ。まださほど出発している人間がいない状況では誰かと鉢合わせするという偶然はなかったようで、そこには誰もいなかった。乱れた呼吸を整え、ふと武器のことを思い出す。

 

――そういえば、武器……

 

 急いで、支給されたバッグを漁る。そこには、黒くいびつな形をしたものが入っていた。それが何かが分からず、急いで説明書らしきものを広げてみる。

 

――ジェリコ941……?これって……

 

 そこに入っていたのは、ジェリコ941という――銃だったのだ。

 

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――あのくそ女ッ!! 

 

 曽根みなみ(女子10番)は、橘亜美(女子12番)が走り去った方角を睨みつけながら、心の中で毒を吐いていた。今さら追いかけても追いつかない。それが分かっていたからこそ、みなみは敢えてその場に留まっていたのだ。支給されたダガ―ナイフで後ろから殺すつもりだったのに、上手くいくと思ったのに、全て亜美の手のひらの上で踊らされていたという事実が、みなみのプライドをひどく傷つけていた。

 みなみは、最初からプログラムに乗るつもりだった。こんなクラスのために、死ぬことなんてゴメンだ。こんな成績だけがいい 無能の人間のために、優秀で選ばれた人間である自分が死んでいいわけがない。

 銃が支給されてさえいれば、隠れて撃つことだってできた。けれど、ナイフでは近づかなければ殺せない。だからこそ、わざとか弱い女の子を演じて油断させようと思ったのに。計画が完全に狂ってしまうなんて。

 

『あんた、嘘つくことに慣れてないでしょ?』

 

 亜美の言うとおり、みなみはこれまで嘘というものをあまりついたことがない。その必要がなかったからだ。人つきあいなど煩わしいだけだったから、いつも一人でいることが多かった。一人でいることが多いということは、必然的に人との関わりが少なくなる。それだけ、嘘をつくという面倒なこともしなくていい。

 

――だから何よ!! そんなのどうだっていいでしょ?!

 

 亜美の言葉がひどく勘に障り、みなみはいつにもなくイライラしていた。本来ならば、ここで騒ぎを起こしてしまった以上、速やかに立ち去るべきだったのかもしれない。しかし、亜美に対する怒りの感情に支配され、今のみなみの頭の中からそんなことは完全にすっ飛んでしまっていた。

 

 そのとき、誰かの凛とした静かな声が届いていた。

 

「……曽根さん?」

 

 その声に、ようやくみなみは我に返る。そして、しまったという後悔に念に駆られた。そう、もう次の人間が出てきてもおかしくない時間なのだ。

 

「……誰?」
「あ……俺、有馬だよ」

 

 そう言うなり、声をかけてきた人物はその手に持っていた懐中電灯のスイッチでも入れたのだろう、パッと周囲が明るくなった。そして、懐中電灯で自身を照らしている。

 

「誰がいるかなと思ったから気になって見に来たけど、何かあったのか?」

 

 そこには、黒縁眼鏡が特徴的な人物。普段は須田雅人(男子9番)広坂幸治(男子13番)と仲のいい、亜美の次に出発だった有馬孝太郎(男子1番)が、そこにはいた。

 

[残り33人]

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