担当官からの視点A

 

「もう十五人……」

 

 モニタの表示を見ながら、寿担当官は深く溜息をついた。そこに映し出されている名前の半分以上が、既に故人を示す赤字となっている。プログラム担当官としてはこの進行ペースを喜ぶべきなのかもしれないが、生憎そんな気持ちにはなれなかった。いくら人の死に関わっている仕事をしているとはいえ、人が死んで喜んだりしてはいけないだろう。それくらいの人間らしさは、まだ持ち合わせていたい。

 一日と六時間で、死者は十九人。これがプログラムとして“いいペース”なのかどうかは分からないが。

 

「何だか……浮かない顔をしてますね」

 

 そんなことを考えていたら、背後から声がかけられる。最初の放送以来色々と雑務をこなしていたせいか、彼とこうして話をするのは随分久しぶりだ。

 椅子を回転させ、その彼――佐々木兵士と目を合わせる。そこには、真っすぐにこちらを見つめる視線があった。直接見ていないのに、なぜ浮かない顔をしていると分かったのか。それを聞こうと思ったが、そういえばモニタの黒い部分に自分の顔が鏡のように映っていたことを思い出し、止めた。

 

「そう見える?」
「ええ、とても」

 

 迷いなくそう告げる彼を見ながら、ダメだなぁと心の中で一人反省する。本心を簡単に相手に悟られてしまうなど、担当官として失格だろう。人の死に多く関わり、時には自身が加害者にならなければいけないこの場において、心の乱れなど悟られてはならないのに。そんな上官では、部下はついてこない。頼りないと感じ、見限ってしまうだろう。

 

「そんな簡単に心の中を悟られて、上官としてダメだなぁ……とか思ってます?」
「……エスパー?」
「自分がエスパーかどうかはさておいて、顔に出てますからね」

 

 あっさりそんなことを言われてしまい、思わず視線を逸らしてしまった。まったく、洞察力も度が過ぎると厄介なものだ。本人に悪気はないだろうが、誰にだって心中を悟られたくないときがある。今がそのときなのだから、その空気を察してほしい。

 

「……ダメじゃないですよ」

 

 そうやって心の中で溜息をついていると、思いもかけない言葉が聞こえた。視線を戻せば、そこには穏やかな微笑みを浮かべた彼の姿があった。

 

「そうやって人の死に心を痛めることは、ダメじゃないです。むしろ、このような仕事を淡々とこなす感情も感じられない人よりは、人間らしくていいと思います。自分は、ロボットの下で働いているわけではありませんから」

 

 また心の中を読んだのか。そう思ってしまうほどに、今の言葉は的確だった。その言葉は、人としては何も間違っていないが、プログラム担当官としては失格であると捉えかねないものだ。今の立場を考えれば、怒るべきところなのかもしれない。けれど、なぜかそうできなかった。それがこちらの気持ちを汲んだ、励ましの言葉だと分かっていたからだけではない。

 担当官としては不愉快だと思う気持ちと同じくらい、いやそれ以上に嬉しい。けれど、なぜ嬉しいと思ってしまうのだろう。感情を持つ人として見てもらえたから? 自分はプログラム担当官としてここにいるのに、人間として認められたいと心のどこかで願っていたから? “あなたは血の通った人間なのだ”と、誰かに言われたかったから?

 

 他人に“人間”として認められたいなんて、そんなことを願っていたのだろうか。今まで自覚していなかっただけで、ずっと前から思っていたのだろうか。あのとき、人として認められることを諦めたはずなのに、どうして――

 

「……ありがと」

 

 その全ての疑問を心の中で封殺し、ただ素直にお礼を口にした。彼は、励まそうとしてくれている。その気持ちに嘘はないだろう。そう結論づけることにした。だから、その気持ちだけを受け取る。それ以上のことを、今は考えるべきではない。

 

「どうしました? 素直にお礼を言うなんて。そんなに気持ちが沈んでいたのですか?」

 

 少しだけ揶揄するような声色で、佐々木兵士は少しだけ笑う。その微笑みには、どこか安堵の色が含まれていたように思えた。つられるような形で、少しだけ口元が綻ぶ。

 ふと、時計を見る。時刻は、PM11:57。もうすぐ五回目の放送の時間だ。この放送で今も生きている生徒たちは、既に半数以上のクラスメイトが死んだことを知ることになる。それをいい情報と捉えるか、悪い知らせと嘆くかは人それぞれだろうが。

 

「……妙なものですね」

 

 黙っていたら、今度は佐々木兵士の方から話を始めていた。その声色は、どこか沈んでいるようにも聞こえる。先ほどの揶揄するような声色は、もうそこにはない。

 

「プログラムが始まる前までは、おそらく大半の生徒が人を殺すことに抵抗を感じていたはずなんです。それなのに、現実は六時間毎に、確実に死者が出ている。実際に殺している人間は限られていますが、ここまでいくと、人を殺すことを禁忌としている人にも何かしらの影響は出てしまうでしょうね」

 

 その言葉に、黙っていることで肯定の意を示した。今も生きているのは十五人。その中で実際に人を殺めた人間は、現在四人殺している有馬孝太郎(男子1番)冨澤学(男子12番)、三人殺している真田葉月(女子8番)、二人殺している細谷理香子(女子16番)の四人。残りの十一人の生徒は、まだ誰も手にかけていない。

 もちろん、それだけでは彼らの全てを推し測れない。実際に人を殺めた人間でも、孝太郎や葉月のように楽しんでいる人間もいれば、学や理香子のように何かしらの理由で仕方なく手を下している人間もいる。まだ殺していない人間の中には、東堂あかね(女子14番)のように非戦を唱える人間もいれば、八木秀哉(男子16番)のように混乱している人間もいる。正直、どう転ぶかは分からない。

 

「そうだね……。慣れてしまうよね……この状況に」
「ええ……。“慣れ”というのは、人が生きていくために必要な能力だと、私は思っています。でないと、ずっと“慣れない”ことで苦しみ続けるからです。たとえ、この状況下でも」

 

 特に、彼らは中学生ですからね。佐々木兵士はそう言い足し、それから一呼吸おいて続きを口にした。

 

「人が死ぬことにある程度慣れてしまわないと、ずっと人が死ぬということで苦しみ続けます。あの歳では、まだ身近な人が死ぬということをほとんどの子が知りません。人の死を知るにしても、大体が自分の祖父や祖母あたりになるでしょう。それも、おそらくは天寿を全うした形で」

 

 人の死はどこか特別なようで、ごく身近なものだ。生と死は、常に表裏一体。当たり前のように明日がやってくると思っていても、その明日を迎える前に死ぬ人間がいる。自身もそれに漏れず、いつかは“明日”を迎えられない時がくる。その事実を、一体どれだけの人間が理解しているのだろう。

 

「どんな形であれ、身近な人がいなくなれば、とても悲しい思いをします。けれど、それに慣れることで、その悲しみを少しずつ癒していく。そうすれば、しばらくしてまた笑えるようになる。そうしないと、人は毎日を過ごせないからです。失ったときの悲しみをずっと抱えて生きていけるほど、人は強くない。失った悲しみを忘れること。その人のいない日常に慣れること。それは言語を話し、感情を自覚する形で持っている人間の、生きていくための手段の一つであると私は思います」

 

 忘却と耐性。それは、人間の優れた能力の一つだ。そうやって、あらゆる感情や記憶を保有する人間は、他の動物よりも多くのことで傷つきながらも、何十年という人生を生きる。何十回、何百回とやってくる悲しい出来事を、無意識の内に乗り越えることで。

 

「プログラムは、そういった悲しみの連続です。失った悲しみに慣れる前に、また新たな悲しみが襲う。傷が癒える前に、その傷を抉るような形でまた傷つけられる。それでも、“人がどんどん死んでいく”という状況にだけは慣れていくでしょう。そうでもしないと、そこに立っていられないからです。それでも、失った悲しみには慣れることができない。親しい人間が多ければ多いほど、その重さと頻度は増すことになる。けれど、悲しみに暮れるわけにもいかない。その中で、自分も死ぬかもしれないという恐怖とも戦わなくはならないからです。今、この瞬間にも」

 

 そう言って、佐々木兵士は、少しだけ視線を動かした。その視線の先は、先ほどまで寿担当官自身が見つめていた、半分以上が赤字に染まった名簿だ。

 

「東堂さんは、親しい人を多く失っている。しかも、友人である細谷さんが乗っていることを知らない。須田くんは、信頼している有馬くんの本性をおそらくは知らない。加藤くんに至っては、二人の友人を早い段階で失っています。八木くんは、いつ加害者になってもおかしくない精神状態。乗っている人間にしても、冨澤くんには迷いが生じています。細谷さんは、おそらく自分のしたくないことをやっている。彼らはいずれにせよ何かを失い、その悲しみを抱えてもなお、今この瞬間は生きています。そして誰もが、もう以前の自分ではいられない状況に陥っている。傷つき、それでも止まらない現実に呑まれ、翻弄される。抗いたくとも、そうすることができない。その中で……いつかは選ばなくてはいけない。おそらく大半の生徒は、そんな選択をしたくはないでしょう。それを思えば、プログラムとは……非常に残酷なものですね……」

 

 そこまで言ってから失言だと気付いたのか、佐々木兵士はハッとしたような顔をしていた。少しだけこちらの方を見て、それからバツの悪そうな顔で俯いていた。

 

「……すいません。しゃべりすぎました。今の話は、忘れて下さい」
「そうするよ……」

 

 プログラムを管理する側からすれば、今のは完全なる失言だ。けれど、言っていることは間違っていない。残酷なルール。確かにその通りだろう。

 たった一人の生き残りをかけて、見知ったクラスメイト同士で殺し合う。数か月一緒に過ごしてきた仲間、多くの他人よりは近しい関係の人たち。中には、親しい関係を築いている者もいるだろう。けれど、それでも他人は他人。自分の命には代えられない。だからこそ、したくなくても、そうせざるを得ない状況になってしまっている。たとえ自身の命を優先にはしなくとも、生き残りの枠が一つである以上、いつかは直面しなくてはいけないだろう。自身の命を取るか、それとも他者の命を取るか。

 

『これが進んで、どんどん人が死んでいったらって思うと……今みたいにはっきりいえる自信がない』
『いつか死ぬのが怖くなって、人を殺すことを躊躇わなくなったら……誰かを殺してしまうかもしれない』

 

 おそらく、槙村日向(男子14番)は、そのことを誰よりも早く理解していたのだろう。だからこそ、まだプログラムに慣れてしまう前に自ら退場した。それが正しいかどうかは分からない。いや、誰かを悲しませてしまうという点では、おそらく正しくはないだろう。それもおそらく分かっていながら、彼は敢えてその選択をした。いつか来る、最も残酷な結末を避けるために。

 けれど、日向のようにあっさり割り切れる人間は、そうはいない。死にたくない。けれど、殺したくもない。ある意味わがままともいえる願望を、おそらくまだ大半の生徒は心の中に秘めているだろう。その願望が叶う可能性が限りなく低いことも、いつかはどちらかを捨てなくはいけないことも、心のどこかでは分かっている。そのとき、彼らは一体どちらを選択するのだろうか。いや、選べるのだろうか。選べないまま、強制的に退場させられてしまう可能性も高い、このプログラムという現実の中で。

 

「……ねぇ、聞いてもいい?」
「えぇ、聞きたいことがあるなら、いくらでも」

 

 こちらの心境を察したのか、佐々木兵士の声は随分と優しい。そのおかげで、言いたいことをすんなりと口にすることができた。

 

「君は……プログラムに選ばれたら……人を殺せると思う……?」

 

 予想していたのか、それとも予想していなかったのか。一呼吸置いてから、返事は返ってきた。

 

「正当防衛、不可抗力、事故という形でなら……人を殺してしまうのかもしれません。ただ、今の私のままでいられるなら、おそらく積極的には無理でしょうね」
「死んじゃうとしても……?」
「ええ、そうだとしてもです」
「それは、他人も自分と同じように死にたくないと思っているから……?」

 

 そこでまた、沈黙が訪れる。「そうですね……」という、少しだけ困ったような呟きが聞こえ、そして数秒経った後、答えは返ってきていた。

 

「それは……少し違うかもしれません。何というか……人を殺さないと自分が死ぬということに現実味がないのですよ。信じられない……と言った方が正しいのかもしれません。そんなものより、目の前の友人の方がよっぽど現実的です。なら、私はおそらくそちらを取ります」
「現実的……? 自分が死ぬかもしれないことよりも、目の前のクラスメイトの方が現実的なの……?」
「私にとってはそうです。当たり前のように毎日を生きてきて、これからも平和に生きていけると思った矢先に、最後の一人になるまで殺し合いをしなくてはならない。そうしなければ、三日後には全員死ぬ。たとえプログラムというものを知っていても、すぐにはそうしなくてはいけないと受け入れられないんです。もしかしたら、嘘かもしれない。助かるかもしれない。その状態で、生きるために目の前のクラスメイトを殺せるかと言われれば、私は難しいです。現実逃避、といえるのかもしれません。ただ、それは最初の方だけでしょうね。進んでいけば、私も次第に迷っていくでしょう」

 

 ああ、そうなのか。ずっと疑問に思っていたことに、一つの答えを得たような気がした。見えない未来より、見える現実。確かに、“最後の一人にならないと、三日後には全員死ぬ”という言葉は、言葉だけを聞けばすんなり受け入れられる現実ではないかもしれない。

 

「もちろん、これは私なりの理由です。プログラムという現実を受け入れて乗る人間もいるでしょうし、そんなこと関係なしに道徳的に間違っているから乗らないという人もいるでしょう。要は、人にはそれぞれ自分なりの基準があって、その基準に沿って行動方針を決めているということです。私の場合は、目に見えない未来より目の前の現実を取る。ただそれだけの話ですよ」

 

 だから、と付け足して、佐々木兵士はこう続けていた。

 

「単純にプログラムに乗った人間のことを、まったく理解できないとは思いません。その人には、その人なりの理由があったのだと思いますから。たとえば、冨澤くんのように……ただ死にたくはない……とかね」

 

 その言葉を聞いた途端、心臓が大きく脈打った。今の言葉は、分かってて言ったのだろうか。それとも、単純に不特定多数を差して言ったのだろうか。

 抉られるような痛み。それは、かつて自身が起こした過ちに対する懺悔からなのか。

 

「……どうしました?」
「ううん……何でもないよ……。そっか……君は……強いね……」
「強い……?」
「だって、ちゃんと自分の意志で決めているってことでしょ? 何者にも翻弄されない確固たる意志があるっていうのは、それだけでとても強いなって……私は思うよ」

 

 私は、そうではなかったから。自分の考えや基準など、あの時は何もなかった。ただ、訪れるかもしれない恐怖に怯えていた子供だったから。現実かどうかなんて、考えたこともなかったから。

 誰よりも弱かった――あの頃の私には。

 

「強いことは、いいことですか?」
「えっ……?」
「私は、そうは思いません。弱いことが悪いこととも、思いません。大切なのはそれを受け入れ、自分がどう在るべきかだと思いますから」

 

 そう言い残し、佐々木兵士は目の前から去っていった。もしかして、呆れてしまったのだろうか。単純に“強い”なんて言ってしまったことに。

 

『俺は、そんなに強くない』

 

 そもそも、“強さ”とは何だろう。“弱さ”とは何だろう。そんなことを、ふと思った。

 

 自分の意志を貫いた日向は“強かった”のだろうか。それとも、早々に死ぬことを決意してしまうほど“弱かった”のだろうか。なら、今でも仲間を作ろうとしているあかねは“強い”のだろうか。死ぬ恐怖に怯えて人を殺した学は“弱い”のだろうか。なら、自身の楽しみのために乗っている孝太郎や葉月は? まだ理由がはっきりしていない理香子は? 

 まだ生きている彼らは、“強い”のだろうか。既に退場してしまった人間は“弱かった”のだろうか。“強い”なら、プログラムを生き残ることができるのだろうか。生き残って、悲しみを乗り越えてなお、前を向いていけるのだろうか。

 “強さ”とは、“弱さ”とは、一体――

 

「また考え事ですか?」

 

 思考のループを遮るかのように、優しい声が降ってきた。視線を向ければ、すぐ近くに佐々木兵士が立っていて、その手にはカップが握られている。そのカップからは、少しだけ湯気が立ちのぼっていた。

 

「考え事をしても、どうにもなりません。残酷なことを言うようですが、私たちはただの傍観者でしかない。優勝者を決めることもできませんし、誰かを助けることもできません。彼らの行動方針に、口を出すこともできません。生徒たちと同じ境遇に自分を置いても、何も変わりません。その精神は尊敬しますが、今は少し休んで下さい。私たちは、あくまでプログラムを管理運営する立場です。その立場を忘れてはいけませんよ」

 

 そう言って、彼は手に持っていたカップを置いた。その中からは、嗅ぎ慣れた香ばしい香りがする。久しぶりに嗅いだせいか、少し懐かしいとさえ思ってしまった。

 

「ブラック?」
「今は。砂糖とミルクはどうされますか?」
「じゃあ……一杯ずつで」

 

 はい、という返事と共に、彼はカップを持って席を外していた。そして、すぐにまた同じようにやってくる。そしてまた同じように、それを置いた。かき混ぜたからだろうか、先ほどよりも香りは増している。

 

「生徒たちと同じ境遇に自らを置くという担当官のルール……破ってしまうことになりますかね?」
「いいよ……。元々……何の為のルールかも分かっていなかったから……」

 

 いい機会なのかもしれない。それに、自分でも分かっていたのだ。生徒たちと同じ境遇においたところで、何も意味はないと。もし意味があるとしたら、それは自分に対する罰でしかないのだと。

 カップを両手で持ち、一口だけ流し込む。久しぶりの味だ。ミルクでほどよく中和された渋みが、安らぎと共に少しだけ脳を活性化させる。砂糖の甘さがほんのり口の中に広がり、それが少しだけ幸福な気持ちにさせてくれる。飲み物一つで幸福になれるなんて、今まで思いもしなかった。

 

「美味しいね……。君が淹れたの?」
「インスタントを溶かしただけですよ」
「そう……。それでも、美味しいよ」

 

 インスタントの技術が発展しているのかもしれないという考えは、この際関係ないことにしよう。美味しいことに変わりはないのだから。どこか涙腺が緩んでいるのも、きっと美味しいものを口にしているからなのだ。

 

「……ん?」

 

 少しだけ香りと味を堪能していると、突然佐々木兵士が何かに気付いたような声を上げていた。思わず、そちらの方へ視線を向ける。

 

「どうしたの……?」
「いえ……澤部淳一らのいるところに、どうやら人が近づいているようです。距離的に辿り着くのは放送の後になりそうですが。何せ、近づいている人が人なので……」

 

 その言葉につられるかのように、モニタへと視線をはしらせる。澤部淳一(男子6番)らのいるB-2に向かっている、一人の人物。こちらのモニタでは、付けられている発信機のおかげで、その人物の正体は分かっている。しかし、淳一に支給された探知機はその機能をもっと簡易的にしたもので、近づいてくる人間がいることは分かっても、その正体までは分からない。故に、彼らは探知機上ではその人物の正体を知ることはできない。おまけに、現時点ではその探知機には引っかからない距離に、その人はいる。

 

「目的は……何だろう?」
「分かりませんね……。澤部くんたちに気づいているとは思えないですし。単純に、休息場所を探しているだけなのかもしれません。彼らのところに辿り着くとも限りませんし。ただ……鉢合わせになった場合、戦闘は避けられないでしょう。ですが……」

 

 言いにくそうに言葉を濁す佐々木兵士の顔は、少しだけ悲しそうに映っている。それは、これまで何事もなく過ごしてこられた彼らに思いを馳せているからなのか。それとも、これから起こるかもしれない悲劇を予感しているからなのか――

 

「私の勘ですが、ただの戦闘にはならないような気がします。誰だって、休息は欲しい。担当官と同じように、いえそれ以上に彼らには疲労が溜まっています。なら、却って利用するかもしれません。仲間を作っているというその状況を」

 

 そう言って、佐々木兵士は時計を見る。そして、慌てたようにこう告げていた。

 

「あぁ、いけません。もう放送の時間です。すみませんが、準備をお願いします」
「うん。分かってるよ」

 

 既に用意していた原稿を目の前に置き、マイクのスイッチを入れる。そして、放送を始めようとした。

 そのとき、一瞬だけ頭の中で蘇っていた。彼らがプログラムの中で言っていた、それそれの言葉が。

 

『死んだら……死んじゃったらもう、何にもできないんだよッ!! そんな蹴落とし方、私は絶対に認めたくはないッ!!』

『そんなに人の命は軽くない! こんな訳の分からないもので死ぬために、俺たちは生きているんじゃない! 断じて国の為に生きているんじゃないッ!!』

『……死にたく……ないんだ。生きていたいんだ……。だから、僕はプログラムに乗った……。それって……それって、そんなにいけないことなのッ……?!』

『最後に生き残った一人だけが帰れるって、あの女が言っていただろう。だったら、自分以外のみんなに死んでもらわなくちゃいけないだろう。なら、俺のこの行動は、プログラムの中においては、実に理にかなったものじゃないか?』

 

 そう、その通りだ。彼らの主張は、どれも間違っていない、道徳的に正しい意見、プログラムのルールに乗っ取った正しい見解。正反対の主張が交錯する中、彼らは選ばなくてはいけない。間違いではない相反する主張の、どちらを取るのか。

 その意識を現実へと引き戻し、そして放送開始の言葉を告げた。彼らの前で演じ続けている、明るい声を意識して出しながら。

 

[残り15人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system