開演前

 

――本当に、面白いことになった。

 

 有馬孝太郎(男子1番)は、固い地面に横になりながらそう思った。喉の奥から自然と笑い声がこぼれそうになるが、そんなことをすれば、横で眠っているであろう宮崎亮介(男子15番)を起こす可能性がある。それはそれで面白いと思うのだが、それではここまで本性を隠してきた意味がなくなってしまう。それはさすがに御免蒙りたい。

 実際、今は休息を取っている最中だ。これからまた人を殺して回ることを考えれば、ここでできるだけ体力は回復させておきたい。放送から減っていなければ、残りは十五人。中々面白いメンツが残っているが、もちろん一筋縄ではいかない奴もいる。いざというとき動けるよう、できることはやっておかねば。口元を手で押さえて笑いをこらえつつ、頭の中で思考を巡らせる。

 

――しかしまぁ、澤部がチームを組んでいたとはな……。宮崎と一緒にいる可能性は考えていたけど、幸治まで引き入れているとは。おそらく宮崎が説得でもしたんだろうが、それで折れる奴だったとは……

 

 入学したときから面白い奴だと目をつけていた澤部淳一(男子6番)。クラスメイトに対して常に高圧的な態度を取り、周囲の反感を買うような発言をすることも少なくない人物。いわば、クラスではかなり浮いた存在。そんな人間が、クラスメイトと組むことなど、一体誰が予想したのだろうか。いや、もしかしたら淳一がプログラムに乗っていないという事実ですら、幾人かのクラスメイトには衝撃を与えてしまうかもしれない。それほどまでに、澤部淳一という人物はどこか危険視される存在なのだ。

 もしかしたら、プログラムにおいて彼の態度を軟化させる出来事でもあったのだろうか。いや、そもそも亮介と親しくなったころから、淳一は明らかに変わった。それまでは、誰も触れられない刺だらけの人間だったはずなのに、今では口こそ悪いものの、そこそこクラスメイトと交流をもつようになっている。本人に自覚があるのかどうかは知らないが、傍から見れば、それこそ別人かと錯覚してしまうくらいの変貌ぶりだ。

 

――……まぁいい。別にあいつに何が起こったのかなんて、興味はない。それより、この面白い状況をどう利用するか、だ。

 

 そう、大切なのはこれからのこと。今のこの状況から、どんな結末へと導くか。面白おかしく。そして刺激的な結末へと。そのために、ここにいる人間をどう利用するか。裏のない純粋な感情こそ、悲劇の最高のスパイスになる。

 

――北村を殺してから、何も面白いことがなかったからな。残りも半分を切っている。ここで存分に楽しませてもらわないと。

 

 北村梨花(女子5番)を殺した後、運悪く誰にも出会うことはなかった。しかし、その間にも人数は減り続けている。自分以外にもプログラムを進めている人間がいることは、少し考えただけでも明らかだ。しかし、マシンガンを積極的に利用している人間は、どうやら他にはいないらしい。ただ、マシンガンを支給された人間は自分だけではないだろう。他に支給された人物が、積極的に参加はしていないだけの話だ。

 そんなことを考えながら移動している最中、この小屋を見つけた。遠目で見たときから何となく人がいることは察知していたが、近づいていくにつれて何かを倒したような物音が聞こえ、次いで話し声のようなものが耳に入った。そのことから小屋には誰かいると踏んで、付近にマシンガンを含めた大半の武器と荷物を置き、一人分の荷物と佐伯希美(女子7番)から奪った煙玉だけを持って、ドアをノックした。こんなところで潜んでいる人間は、かなりの確率でプログラムに乗らずに隠れている人間だろうと推測できる。もし外れたら即アウトだが、そのくらいのギャンブルさはないと面白くない。

 結果的には、それが功を奏した。他に武器を持っておらず、かつ人望のある孝太郎のことを、三人は少しも疑わなかった。頬の傷のことも、猫に引っかかれたということにしておいた。絆創膏で一部隠していたおかげでバレずにすんだようだ。猫に引っかかれたとすれば有り得ない、頬を覆うほどの絆創膏でも隠しきれない五本の傷のことを。

 そうして策を張り巡らせた結果、今こうして安全な場所にいられる。しかし、それだけではここまで順調にはいかない。誰にも疑われることなくうまく潜り込めたのは、これ以外にもう一つ理由がある。

 

――ハズレ武器も馬鹿にできないものだな。

 

 もう一日ほど前になる出来事。弓塚太一(男子17番)を殺した際に奪った、彼の支給武器。最初はあまり使い道が思いつかなかったが、なるほどこれは中々便利なものだ。今着ている制服の袖をスルリとなぞりながら、孝太郎は小さくフッと笑った。

 今、孝太郎が着ている制服に、血は一滴も付いていない。多少の土汚れ程度は付いているだろうが、見た目には綺麗なままだ。だからこそ、誰も孝太郎が人を殺したのかなどと疑うことはなかった。もしこれに血が少しでも付着していたら、少なくとも淳一は素直に受け入れてはくれなかっただろう。

 

――着替えがあるというのは、中々こういった時使えるな。

 

 そう、太一の支給武器は、孝太郎らが通う青奉中学の制服だった。ご丁寧に男女両方。サイズは大まかにMとLの二サイズ。パッと見では着替える以外何の役にも立たないものだろうが、血で汚れた服を着替えることで誤魔化すという方法があるとは。

 これがなかったとしたら、こうやって穏やかに休息など望めなかっただろう。血に染まった制服を着ている人間を、無条件に信じる人間はそうはいない。疑われる要素はできるだけ排除しておくに限る。そうすれば、先ほどのような交渉もすんなりうまくいくのだ。

 

――おかげで、佐伯のつけられた血も問題なかった。まぁこれがあったからこそ、北村のときは開き直って近づいていけたんだけど。

 

 希美を殺した後ですぐ着替えても良かったけど、早い段階で着替えてもまた汚れてしまうだけなので、少しの間そのままの状態で移動していた。そうして移動していたら、大声が聞こえてきたので近づいたところ、梨花と久住梨華(女子6番)の口論の現場に遭遇したのだ。中々面白い状況だったので、しばらく様子を見た後、残った梨花の首を持っていたナイフで切って殺した。どうせ着替えるのだから、という開き直りがあったからこそ、あそこまで大胆なことができたといえるだろう。

 梨花に関してはまるで眼中になかったし、ほっといてもいずれ死ぬだろうと思っていた。現に、周囲に警戒しなくてはならないあの状況で、彼女は人目をはばからず大声で叫んでいた。それこそが、彼女の浅はかさと、自分だけは死ぬことはないのだという傲慢さを象徴している。梨花は自分が特別な存在だと思っていただろうが、所詮はその程度の人間なのだ。おかげで、赤子の手をひねるかのように簡単に殺すことができた。生温かい血を浴びるなどという経験は、ああいう状況でないとできないことだろう。実に面白い体験だった。

 

――いやいや、もう北村のこととかどうでもいいんだよ。それよりも、これからどうするかだよ、これから。

 

 舞台は整った。役者もそろっている。あとは、これからの悲劇をどう描いていくか。

 

――幸治は、俺のことを微塵も疑っていない。それどころか、心の奥底では俺以外信じられないと思っている。宮崎は、どう転ぶか未知数だが、それでも利用する価値はあるだろう。

 

 この舞台の演者は、三人。一人は、最終的に倒さなくてはいけない標的。いわば、舞台における悪役。いや、むしろ悲劇の主役といった方が正しいだろうか。この標的を倒すために使える駒は二つ。一つは手駒。一つはオセロのように、状況によっては手駒にも相手の駒にもなるもの。

 

――面白いことになってきた。時間はある。夜の間にじっくり考えよう。澤部のお望み通り、午前のうちに全て終わらせてやろうじゃないか。

 

 右手の指を、まるで傀儡師がマリオネットを操るときのようにクイッと曲げる。実際この手の先にあるのは、一体のマリオネット。こちらの意のままに動く、哀れな人形。一人では何もできない人間を、この手でどう動かしてやろうか。

 さぁ、夜が明けたら始めようじゃないか。日が昇るのと同時に、ゆっくりと幕を上げることにしよう。後悔と絶望しか残らない、救いのない悲劇の幕を。

 

――せいぜい楽しませてくれよ。そのために、お前らはここにいるんだからな。

 

 全ては、こちらの意のままに。

 

[残り15人]

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