私がここにいる理由

 

『まぁ、確かにそういうルールだけどね。だからといって、それにバカみたいに従うってわけ? そのためなら、何をしてもいいと? 傷つけても、裏切ってもいいと?』

 

 そんなこと、言われなくても分かっている。私のやっていることは、裏切りにあたる行為だと。どんな理由を並べたところで、それは免罪符になりはしないのだと。彼女の言っていたことは、何一つ間違っていないと。

 

――けれど、改めて言われると……ものすごく腹が立つ!

 

 細谷理香子(女子16番)は、エリアE-3をズカズカと歩いていた。先ほど橘亜美(女子12番)に言われた言葉が、頭の中で何度も繰り返し再生されている。三年間同じクラスではあるものの、これまでほとんど関わってこなかった相手から突きつけられた、正論という名の刃。彼女の言っていることが何も間違っていなくて、かつ友人である東堂あかね(女子14番)の心中を推し量って言ったものだと分かっていても、どこか腹立たしい気持ちが収まることはなかった。

 

――三年間、目立った友達もいなかったあんたに、私の何が分かるっていうの! それにあかねの本当の気持ちだって、あんたなんかに分かりっこないわ!!

 

 そんなことを言う資格はないと分かりつつも、ムカムカするような怒りは収まらない。あのときから、亜美にこう言われたときから、ずっとこんな調子だ。

 

『プログラムなんてもので壊れるくらい、あなたの友情は安いものだったと、そういうことなのね。東堂さんは、あなたのことを信じていたというのに』

 

 こう言われた瞬間、カッとなるような怒りが腹の底から湧き上がっていた。そう言われても仕方ないのは事実だが、知ったような顔で言われるのは我慢ならなかった。私がどれだけ悩んで、プログラムに乗ることを選んだのか。人を殺すたびに、どれだけの痛みと苦しみを味わっているのか。何も知らないくせに、知ろうとも思っていないくせに、分かったようなことを言ってほしくなかった。たとえそれが正論であっても、道徳的に正しくても、その痛みすら分からない赤の他人に言われるのだけは嫌だった。

 だから感情のままに、八つ当たりのような形で亜美のことを非難した。友達一人もいないあなたなんかに、私の何が分かるのだと。いつも一人でいたくせに、友達だのなんだの偉そうなことを言わないでと。それを、あかねが諌めた理由は分かっていた。そして、亜美がこちらの言葉を意に介さないことも、心のどこかでは分かっていた。分かっていながら、いや分かっていたからこそ、なおさら腹が立った。正直なところ、亜美のことを本気で殺したいと思った。

 

『私からすればそんな存在でも、東堂さんにとっては友達だろうから。だから、ここは見逃してあげる』

 

 けれど、現実問題としてそれはできなかった。銃を持っている相手に、刃物だけでは圧倒的に不利だ。そんな簡単に狙ったところに当てられないとは思うが、万が一ということもある。それに、まだ強硬手段を選択するほど人数は減っていない。だから、合理的に考えた上で、あの場を離れることを選択した。人数を減らすことはできなかったが、怪我一つせずにあの場を乗り切れたことは、今後のことを考えれば大きい。それに、結果的にはあかねを殺さずにすんだ。そうすることができたのも、亜美が介入してきたからだと理解している。だけど、それでも怒りが完全に収まることはなく、幾分か冷静になった今でも、燻ったような形でずっと胸の奥に存在し続けている。彼女に抱く個人的な殺意も、完全に消えてはいない。

 

 どうして、こんなにイライラするのだろう。もしかして、嫉妬しているのだろうか。あかねと同じところに立てる亜美のことを、心のどこかで羨ましく思っているからだろうか。

 

 もう同じところには立てない。人を殺し、友人を裏切った自分に、そんな資格はもうない。裏切るだけに飽き足らず、約束一つ守れない自分には。“自分からは声をかけない”という、五木綾音(女子1番)との約束も破ってしまった自分には。そこに佐伯希美(女子7番)の遺体とあかねがいたことに驚いて、思わず声をかけてしまった自分には。

 約束一つ守れない自分に、何かを望む資格も、誰かを羨む資格もない。ムカムカするような怒りの感情は、本来抱くことすら許されないものなのだ。なのに、今の自分はそんな不相応な感情を抱いてしまっている。

 

――そんな……そんなのずっと前から分かっていたじゃない! 私に、もうそんな資格はないって!!

 

 誰に強制されたわけでもない。自分で決めたことだ。あの人を優勝させるために、他のクラスメイト――かつて仲良くしていた友人をも、この手で殺すということは。

 

 そう、そう決めたはずだ。何もしなければ、プログラムは進まない。それでは、いつか時間切れになって、全員の首輪が爆発してしまうという最悪の結末になってしまう。全滅するくらいなら、一人でも生き残った方がいい。たとえ大半が死んだとしても、その人はこれからも生きていける。一人だけでも生き残れば、まだ救われる。これが、悩んだ末に理香子が出した結論だった。

 だから、そのために行動を起こした。自ら殺人を犯すことでプログラムを進め、選んだ一人に生きて帰ってもらう。その人なら、きっとこれからもまっすぐ生きてくれる。このプログラムの出来事を受け入れ、みんなの分まで生きてくれる。だから、それが現時点で最良な選択だと。

 

『時には、退くことも大事だと思うわよ? このままでいても、いいことは一つもないものね。誰かやる気の人が来ないとも限らないし。あなたを撃った瞬間、違う人間に殺されるなんて私はゴメンだし』

 

 本当に――本当にそうだろうか。理香子が何もしなくても、おそらくプログラムは進んでいた。乗っている人間が、他にも複数いることは明らかだ。敢えて自らが手を汚す必要は、どこにもなかったかもしれない。むしろ、そういう輩に殺されないように、みんなのことを守るべきだったのかもしれない。誰かを守って死ぬのなら、それが大好きなあの人や友人のためならば、きっと後悔なんてしないだろう。

 そう、所詮は、ただの自己満足。あの人のためにプログラムに乗ったのも、そのために殺人に手を染めたのも、こうして哀れな殺人鬼を演じるのも――全てはただの自己満足。そう決断した理由も、ただの言い訳。ただの責任転嫁。ただの被害妄想。人を殺していい理由なんて、本来どこにも存在しないのだから。

 

――自己満足……。確かにそうなのかもしれない……。でも……

 

 仮にそうだとしても、もう手遅れだ。数ある選択肢から、その道を選んだのは他でもない自分自身。他の道を捨てたのも、自分自身。その選択には、責任を持たなくてはいけない。

 たとえそれが、自分の首を絞めるようなことになろうとも。そして、他者を傷つけることになろうとも。

 

――結局はもう、後戻りできないってことなのよね……。だってもう、取り返しのつかない罪を二回も犯してしまったんだもの……。

 

 だから、この道を進むしかない。決して振り返らずに、ただ目的だけを見据えて進むしかない。そう改めて決意した。そのときだった。ザクッザクッという、歩いているというよりは地面を踏みつけているかのような、乱暴な足音が聞こえてきたのは。

 

――誰か……近くにいる?

 

 注意深く耳をすませてみれば、今度はかすかに声が聞こえてきた。

 

「……ちゃん」

 

 聞く限り、友人のものではない。なら、あかねでも辻結香(女子13番)でもないだろう。また友人に出会ってしまうという最悪の出来事にならずにすんだことに、心のどこかでホッとしていた。

 

――あかねは、おそらく私が向かったのとは違う方向に行っただろうし、それに今度は……真っ先に逃げるに決まっているわ……。

 

 必死で説得しようとするあかねの悲しそうな顔が、脳裏に鮮明に浮かんだ。普段見ることのない彼女の辛そうな表情を思い出すたびに、必死な声が頭の中から聞こえてくるたびに、心臓を握りつぶしそうな勢いで胸が苦しい。

 

「ねぇ、……ちゃん。……どこ……かなぁ」

 

 先ほど聞こえた声が、少しだけ大きくなった。思ったよりもキーの高い声で、誰かを捜していることがはっきりと分かるくらいには。

 

――誰かを探しているだけ……? それにしては、あまりにも不用心じゃないかしら……? こんなに足音を響かせながら歩いていたら、誰かに居場所を教えているようなものじゃない……。それとも、見つけてもらうためにわざとなの……?

 

 少しばかり不可解な相手の行動に、一抹の不安を覚える。しかし、まずは相手が誰か分からないことには、どうするべきか決めようもない。これまで得られた手掛かりから、声の主が誰なのか推理する。

 

――声の高さから考えれば、女子である可能性が高い。女子だったら……残っているのは私と、あかねと結香。それに橘さんと……もう真田さんくらい……? でも、もしかしたら冨澤くんの可能性もある。男子にしては、割と高めの声だし……。でも、ちゃんっていうのは……? それに、一体誰を探しているの……?

 

 声の高さからして、あの人ではない。なら、今ブツブツ言いながら歩いているであろう人物は、死んでもらわなくてはいけないクラスメイトだ。慎重に移動し、その人物に近づこうと試みる。

 

――不用心だからといって、簡単に殺せるわけじゃない。それに……今まで友達ばかりだったから、そうじゃない人には警戒されるかもしれない……。性格的に、信用されるようなタイプじゃないし……私は……

 

 傍にある木の影に隠れ、耳をすませてみる。声の方角、音量、言っている内容。そこからできるだけ情報を得られるよう、耳に全神経を集中させる。もちろんこちらの姿が見えないように、できるだけ姿勢を低く、木の根元に生えている雑草の影に隠れるような形で。

 声の方角は、理香子から見て右手。音量は決して大きくはないが、プログラムという状況下において不用心と取られても仕方ないくらいはある。言っている内容がはっきりとは聞こえないことから、距離はそれなりに離れているはずだ。なら、もう少し様子見てから――

 

「……あれ? 誰か、近くにいるのかな?」

 

 心臓がビクンと飛び跳ねる。慌てて周囲を見渡すが、人の姿はない。こちらから見えないのなら、当然向こうも見えていないはず。なら、姿を見られたわけではない。そもそも、こちらの存在が悟られないよう、姿を隠すことも含めて細心の注意を払っていたはずだ。なのに、どうしてバレたのか。

 

――いや、まだ確信には至っていないはず。もうしばらく様子を見よう……。もし相手がマシンガンなんて持ってたら、さすがに勝てる見込みはないわ……。悔しいけど……

 

「ねぇ、絶対そうだよー! 誰かいるって! 秋奈ちゃんだって、そう思うでしょ?」

 

 有り得ない名前が聞こえた瞬間、驚いたせいか反射的にガサッという物音を立ててしまった。しまったと思ったときには、もう遅かった。

 

「あっ、そこに誰かいるー! ねぇねぇ、恥ずかしがらずに出ておいでよー!」

 

 かくれんぼじゃないんだから、そんなホイホイ出てこられるわけないでしょう。というツッコミは頭の片隅に置いておくとして、とにかく居場所を悟られないよう必死で気配を殺していた。相手の武器が分からない以上、刃物しかないこちらが出て行くのは得策ではない。だがそれ以上に、相手の発言にどこか異様な雰因気を感じたからだ。

 先ほど相手が言っていた“秋奈ちゃん”。それはおそらく、薮内秋奈(女子17番)のことだろう。しかし、その彼女は、午前零時の放送で既に名前を呼ばれている。名前を呼ばれているということは、死んでいるはずなのだ。もちろん、政府の人間が間違えた可能性もあるけど、今まで何も訂正がなされていないことと、少なくとも理香子が殺した二人に関しては一切の手違いがなかったことを踏まえれば、その可能性は限りなく低い。

 既に死んだはずの人間の名前を呼び、かつ会話のようなものまでしている。死んだ人間が幽霊となって傍にいるというオカルト話を一切信じない理香子からすれば、その発言自体が異常だ。精神的におかしくなっているに違いない。そんな相手とは、できるだけ関わらないのが吉だ。

 まだ殺さなくてはいけないクラスメイトは、理香子自身を除いても十三人いる。先ほどの亜美の言葉を借りれば、今は「退くべき時」なのだ。

 

「あれあれー? どうして出てこないのー? せっかくだからさ、葉月とお話しようよー。もうさ、大分少なくなっちゃったしー」

 

 気配は殺しているはずなのに、相手はどんどんこちらに近づいてくる。発言からして、理香子の存在には完全に気付いている。なら、見つかるのも時間の問題だ。これはもう腹をくくるしかないと思い、静かに木の影から姿を現すことにした。相手が誰かはっきり分かったことも、そうさせる一つの要因だったのかもしれない。

 

「あっ、理香子ちゃんだー! なんかすっごい久しぶりだねー。一人なのー?」

 

 目の前の相手――真田葉月(女子8番)は、嬉しいという感情を前面に押し出したかような笑顔をこちらに向けてくる。先ほどのあかねに似ている笑みだけれども、そこには一種の狂気が存在していた。その瞳は、確かに理香子の方を見ている。けれど、どこか遠くを見ているようにも感じ取れた。

 けれど、それはさほど問題ではなかった。葉月の姿を確認した瞬間、視界に入ったある異常なもの――それに、目を奪われてしまったからだ。

 

「ん? どうしたの? いつもの理香子ちゃんらしくないよ? そんなに怯えた顔しちゃって。葉月の顔に、何か変なものでもついてる?」

 

 理香子の態度がおかしいことに気づいたのか。葉月は首をかしげながら、こちらに疑問を投げかけてくる。けれど、それに答えることはできなかった。口にするのも憚られるような――そんな異様な光景が目の前にあったからだ。

 

「あれれ? 言いたいことはハッキリ言う理香子ちゃんらしくないよ? 具合でも悪いの? ねぇ、秋奈ちゃんもそう思うよねぇ?」

 

 ねー。と、あるものに向かって話しかける。しかし、返事はない。当たり前だ。秋奈は既に死んでいる。死者が返事をするわけがない。死んだことを証明するものが、理香子の目の前にあるのだから。

 葉月が両手に抱えているもの。すいかくらいの大きさの丸いもの。それが本当にすいかだったのなら、どんなに良かっただろう。けれど、もちろんそれはすいかではなく、増してや果物の一種や大きな石ころなどという、そこにあっても何の違和感も感じないようなものではない。いや、プログラム上ではあってもおかしくないかもしれないけど、少なくとも両手に抱えてずっと持っているようなものではない。たとえ、仲のいい友人であったとしても。

 そこにあったのは――秋奈の首から上の頭部だった。顔も髪も血でベットリと汚れており、目は開かれ、口元は痛みに耐えるかのように真一文字に結ばれている。生前の可愛らしい面影はまったくと言っていいほど存在しておらず、先ほど見た希美と同じくらい、その表情は苦痛と無念に満ちていた。たとえ首から下がつながっていたとしても、死んだことがはっきり分かるほどに。

 苦痛の表情を浮かべている秋奈の顔。それを抱えている葉月の表情は、終始笑顔だ。そのアンバランスさが、葉月の狂気をより一層際立させていた。

 

「あっ、そうだ。ねぇ、理香子ちゃん。咲ちゃん知らない? どこかで見なかった?」
「さ、さきちゃん……?」
「あ、そっか。うちのクラスには二人いたね。羽山の早紀ちゃんじゃなくて、小野寺咲ちゃんのことだよー。葉月の友達のー」

 

 分かっている。葉月の口から出る“さきちゃん”は、羽山早紀(女子15番)の方ではない。ほぼ確実に小野寺咲(女子4番)のことだ。しかし、問題はそこではない。小野寺咲にしても、羽山早紀にしても、放送で名前を呼ばれたはず。二人とも、既に死んでいるはずなのだ。

 なのに、どうして探したりなどするのか。探して弔うつもりなのだろうか。しかし、秋奈の首を持ち歩いている時点で、生きているかのように秋奈に話しかけている時点で、そうだとはとても思えない。

 

「ねぇねぇ、知らない? さっきからずーっと探しているんだけど、全然見つからなくてー」
「探して……探してどうするの……?」

 

 喉から絞り出すかのようにして問いかけた疑問に、葉月はあっさりこう答えていた。まるでそれが、何の不思議もなく、さも当たり前であるかのように。

 

「どうするって……。うーん。友達だから、一緒にいたいなぁって思っただけだよー。会って、いっぱいお話したいだけだよー。秋奈ちゃんだって、咲ちゃんに会いたいよねぇー」

 

 “会っていっぱいお話したい”。それは、まるで咲が生きているかのような発言だ。まさか、彼女が死んだことを知らないのか。いや、そもそも秋奈に対しても、まるで生きているかのように言葉をかけている。そこにあるのは、秋奈の身体の一部にすぎないのであって、彼女の魂はもうそこにはないのだ。返事どころか葉月の言葉すら、もう彼女に届きはしないというのに。

 それとも、友人が死んだことを受け入れたくはないのか。だから、あんな風に現実逃避をしているのだろうか。だとしても、友人の首を持ち歩き、それに向かって話しかけるなんて、ただの現実逃避ならそこまでしない。精神的に異常であることは確かだ。普通ではない。

 それに気になるのは、葉月の全身を覆うほどの大量の血。そして、普段の彼女の性格と、ホラーやスプラッターが好きという残虐性を秘めた一面。彼女は、プログラムに乗っていた側の人間ではないのか。なのに、どうしてそんな風に現実逃避をする?

 そもそも、秋奈を殺したのは葉月ではないのか? 殺していないから、死んだという事実を受け入れられないのだろうか? だとしたら、元々首は切断されていて、葉月はそれを持ち歩いているだけなのだろうか? それとも、死後葉月がわざわざ切断した? 一体何のために? 

 

――いや……そんなこと、今の私には関係ないわ。相手が誰かも分かったし、マシンガンを持ってないこともはっきりした。なら、私がやるべきことは……

 

「もしかして、見てないのー? まぁ、しょうがないよねー。それじゃ、葉月は秋奈ちゃんと一緒に、咲ちゃん探しに行かなきゃいけないから。まったねー」
「……待ちなさい」

 

 あっさりと去っていこうとする葉月を引き止める。そう、彼女をここから逃がすわけにはいかない。こんな精神状態の葉月が、今後何をするか分からない。元々乗っていた側の人間である可能性が高い以上、いつそのスイッチが入るのか分からない。

 あの人を生かすためには、危険な種は出来るだけ排除しなくてはならない。なら、ここで取るべき選択肢は一つだけ。

 

「あんたにはもう用がなくても、私にはあるの。このまま行かれたら困るわ。ここで、死んでくれる?」

 

 そう言って、ポケットの中にあるナイフを取り出し、鞘から抜いた。何度も使い、二人の命を奪った刃は、やけに綺麗に輝いて見える。この武器は、理香子の数少ない味方。逃げ出したくなる足を止めてくれる、小さな支え。

 

「……そっか、分かった」

 

 意外にも、葉月はあっさり了承していた。そして、近くの木の幹にもたれかからせるような形で、秋奈の頭部を置く。彼女を気遣ったのか、羽織っていたブレザーのジャケットを脱ぎ、覆い隠すような形でそっと秋奈にかけていた。

 

「秋奈ちゃん。ちょっとだけ待っててね。すぐ終わらせるから。そしたらまた、一緒に咲ちゃんのこと、探しに行こうね」

 

 そう言って、デイバックの中から血だらけの斧を取り出す。刃がむき出しの状態なのに、どうやってしまっていたのか。疑問には思ったが、その答えを知る余裕はない。

 

「じゃ、始めよっか」

 

 まるでテニスの試合を始めるかのような、軽い口調。その言葉と同時に、葉月がこちらに向かって駆けてくるのが分かった。

 

――負けるわけにはいかない。ここは、死んでも負けられない……!

 

 今までとは違うプレッシャーを感じる。そのせいか、心臓の音がひどくうるさい。足も震える。綾音のときとはまったく異なる、絶対に殺さなくてはいけないという重圧。

 

――真田さんを行かせたら、いつかまた人を殺す。その犠牲者が、あの人や、あかねや結香なのかもしれない……。私にこんなことを言う資格はないけど、それだけは絶対にさせない!!

 

 葉月が抱えていた、秋奈の頭部の映像が蘇る。次にその姿になるのは、大切に思う人達の誰かなのかもしれない。友人を殺した自分に、本来こんなことを言う資格はない。けれど、秋奈と同じような死に方だけは、苦痛に満ちた表情を浮かべるような死に方だけは、絶対にしてほしくない。死んでもらわなくてはいけないと分かっていても、あんな形で無残に殺されてほしくない。

 

――あの人のためにも、あかねや結香のためにも、ここは私が何とかしないと!!

 

 震える足を支えてくれるもの。この手にある小さなナイフ。友人から奪った数々の武器。そして、誰かを想う気持ち。自分の命を投げ捨てでも、守りたい人がいるという想い。それだけが、私の支え。それだけが、私に恐怖に打ち勝つ殺意を与えてくれる。

 そしてそれだけが――私がここにいる理由。

 

[残り15人]

next
back
中盤戦TOP

inserted by FC2 system