邂逅

 

「銃声……?! しかもこれって……」
「マシンガン……と考えてよさそうね」

 

 移動していた橘亜美(女子12番)東堂あかね(女子14番)の耳にも単発、そしてマシンガンの銃声は届いていた。音の大きさから考えて、そこまで距離は離れていない。

 

「ど、どうしよう……! 走った方がいいのかな……?」
「……いや、このままゆっくり移動しましょう。走れば、音で別の誰かに気づかれる可能性があるわ」

 

 慌てるあかねを静かに制しながら、亜美は冷静にそう返答した。別のところからマシンガンの銃声がしたということは、裏を返せばその分だけ距離があるということになる。つまり、この銃声の主であろう有馬孝太郎(男子1番)は、この近くにはいないと考えられる。

 なら、却って移動を早めるのは得策ではない。それに、慌てて移動して別のやる気の人間――冨澤学(男子12番)細谷理香子(女子16番)に見つかってしまっては元も子もない。慎重を期すなら、このままの方がいいだろう。

 

「そ、そうだね。確かに……橘さんの言う通り、走ったら気づかれるかもしれないもんね……」

 

 亜美の意見を最もだと思ったのか、あかねも特に反論することなく賛同してくれ、二人はそのままの速度で移動を続けていた。けれど、どこか不安がぬぐえないのだろうか。黙って歩きながらも、あかねは何度も銃声のした方向へ振り返っている。

 

「銃声がしたってことは……誰かが攻撃されているんだよね……」

 

 しばらく歩いた後、あかねがポツリとそう呟いていた。かろうじて聞こえるほどの、小さくか細い声で。

 

「結香とか、加藤くんじゃないと……いいな……。もちろん……須田くんや他のみんなにも……死んでほしくないよ……」

 

 不安から零れ出たであろう、あかねのこの言葉。本当はこんなことを言われたら、気休めでも「大丈夫。きっと違うよ」と言うべきなのだろう。おそらく、あかね本人もそうして欲しかったはずだ。けれど――亜美はそう答えることができなかった。

 現在の状況から考えれば、襲われているのは亜美、あかね、そしてマシンガンの主であろう孝太郎を除いた八人の中の誰か。その中には、二人が探している辻結香(女子13番)加藤龍一郎(男子4番)も含まれている。確率は八分の一、十パーセントを超えてしまっている。加えて言うなら、襲われたのは一人ではなく、複数かもしれない。もしそうなら、確率はもっと上がってしまう。気休めの言葉を口にできるほど、楽観的な状況とはいえないのだ。

 それに、襲われたのが誰であれ、こちらにはどうすることもできない。今から向かったところで間に合うはずもないし、却ってこちらが狙われてしまう可能性だってある。弓塚太一(男子17番)の時のように、気になったからといって危険を冒すような真似はできない。今はもう、一人ではないのだ。

 

「……そっ、それにしてもさ。橘さんも、色々……あったんだね……」

 

 亜美が何も言えずに黙っていると、このままではいけないと思ったのか、あかねが意図的に話題を変えてくれていた。それは銃声前まで話していた、互いのこれまでの行動経緯について。

 

「……まあね。でも、あなたほどではないと思うわよ」

 

 聞けば、あかねはこれまでに多くの人に会っていた。後から出てくる全員と合流しようと玄関先で待っていたら、次に出てきた北村梨花(女子5番)に偽善者と言われ拒絶されたこと。その直後に澤部淳一(男子6番)と会い、彼から離れた後は、槙村日向(男子14番)に連れられる形で一緒に学校から出発したこと。けれど、日向自身は自らプログラムを下りると決め、そのまま学校に戻ってしまったこと。(おそらく亜美が以前見たあかねは、日向と別れた直後のものだったのだろう)その後龍一郎と会い、以前聞いた理由で別れたこと。結香から逃げた後は、小山内あやめ(女子3番)と遭遇し、“戦闘実験”という名目で戦うことを強要されたこと。その際に聞いた須田雅人(男子9番)のこと。

 

「でも……橘さんだって……。八木くんに襲われたり、冨澤くんに殺されそうになったり……」
「まぁ、八木くんのときはまだ明け方くらいだったし、すぐに身を隠したからね。銃って初心者が見よう見まねで撃っても、案外狙ったところには当たらないものだって、何かで読んだことあるし」

 

 実際、あのときはまだ日も出ておらず、こちらも相手の姿は確認できなかった。もし今くらいの明るい時間帯だったなら、多少は狙いやすくなっているので、当たっていた可能性も否定できない。今更ながら、その事実に少しだけゾッとしていた。

 

「それにしても、冨澤くんはまだ完全には乗っていないんだね……。よかった……。そうだよね、そんな簡単に割り切れないもんね……。理香子だって……きっとそうだったし……」

 

 学のことは、あかねにとってはまだ吉報に近かったようで、そのことを聞いたときの彼女の表情は、随分柔らかくなったかのように見えた。ただ、“マシンガンの主が有馬孝太郎である”ということを知られないよう、情報を渡す代わりに見逃してもらったことは伏せて話している。だから、おそらくあかねの中では、学が迷っているからわざと見逃してくれたということになっているのだろう。けれど、本当のところはどうだったのだろうか。情報が欲しかったから見逃したのか。それとも、非情になりきれなかったからなのか。正直、会った亜美本人もはっきりとは分からない。

 

「みんながみんな……弓塚くんを殺したひどい人ばかりじゃないもんね……。須田くんだってそうだし、加藤くんだって、古賀くんだって……」

 

 不安げな声で、乗っていないであろうクラスメイトの名前を一人ずつ挙げていく。指折り数えながら、確かめるようにゆっくりと。まるで、まだ大丈夫だと言い聞かせるかのように。

 

「きっと……どうにかできるはずだよね……。橘さんが一緒だし……。結香だって、あの言葉を聞いたらきっと……」

 

 言い聞かせながら、あかねはゆっくりと歩いていく。その足取りは、やはりまだおぼつかない。けれど、前に進むことは止めない。それは、一度止めてしまえば、もう動けなくなると考えているからなのか。それとも、また誰かを失ってしまうと予感しているからなのか。

 そんなあかねの隣を歩きながら、周囲を警戒する。孝太郎だけでなく、学や八木秀哉(男子16番)、理香子にも見つかってはならない。結香にしても、銃を持っている亜美が先に見つかると攻撃されてしまう可能性がある。まだ動向が分からないという点では、下柳誠吾(男子7番)にも注意しないといけない。

 神経を張り詰める。不意打ちで殺されることのないよう、前後左右にくまなく視線を送る。今のあかねに、周囲を警戒するほどの精神的余裕はない。ここは、自分が何とかしなくては。大丈夫。一人でいたときと、やることは何も変わらない。

 

――物音は聞こえない。誰かがいるような気配もない。なら、もう少しの間は大丈夫かな……?

 

「……あれ?」

 

 隣を歩いていたあかねが、誰かに呼び止められたかのように急に立ち止まる。もちろん、そんな声は聞こえていない。

 

「東堂さん? どうしたの?」
「今、誰かがいるような気配を感じたんだけど……」

 

 そう言って、あかねは何かを探すかのように周囲をキョロキョロと見渡す。けれど、亜美には、その気配を感じ取ることはできない。気のせいではないかと言いたかったが、あかねはおそらく亜美より目はいいし、そういう勘は鋭そうだ。なら、ここは何も言わない方がいいだろうと判断し、黙っておくことにした。実際、亜美だって絶対的な自信があるわけではない。

 

「あっ……」

 

 周囲を見渡していたあかねの視線が、前方のやや右よりの位置で止まった。

 

「そこに、誰かいるの?」
「うん……。大分離れていると思うけど、誰かいるよ……。多分、男の子……」

 

 そう言って、あかねは少しだけ駆け足でそこに向かっていく。亜美も、慌ててその後を追った。

 

「ちょっと……! まだ誰かも分からないのに、そんな無防備に走っていったら……!」
「でも、もしかしたら須田くんとか、加藤くんかもしれない……! それなら一刻も早く――」

 

 息を切らしながら駆けていたあかねの足が、いきなりピタリと止まった。あまりに突然だったので、うまくブレーキをかけられなかった亜美は、あかねの数歩先でようやく止まることができた。

 

「い、いきなり止まってどうしたの?」
「須田くん……」

 

 亜美の言葉に返事をせずに、あかねはある人物の名前を呟く。そして、その場に立ったままの亜美の横を通りすぎ、少し先――こちらからすれば人がいることしか分からないほど離れたところにいる人物に向かって、確信を持ったかのようにもう一度名前を口にしていた。

 

「須田くんだ……! あれ、絶対そうだよ!」

 

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