邂逅

 走り続けてしばらくすると、ドォンという大きな爆発音が聞こえた。

 

――今のって…!

 

 江田大樹(男子2番)は、背後から聞こえた爆発音に自然と足を止め、そのまま後ろを振り返っていた。いつのまにか湖が映っている視界が転じて、すぐに何か煙のようなものが見え、それは雲に覆われた薄暗い空に立ちのぼっていくのが分かる。大樹を引っ張っていた萩岡宗信(男子15番)も、大樹と同じように引っ張られていた古山晴海(女子5番)も、ほぼ同時に走るのを止めていた。

 

――まさか…神山がやったのか…?もしくは、窪永がまだ武器を持っていたのか…?

 

 その爆発音は、大樹達が先ほどいたあの場所から聞こえたような気がした。必然的に神山彬(男子5番)、もしくは窪永勇二(男子7番)が、銃ではない別の何か――爆発するような武器を使ったことが示唆される。

 

『萩岡、江田。古山さんを頼む。』

 

「神山くん!!」
「古山さんダメだ!」

 

 最悪の事態を予感したのか、晴海が元来た方向へ駆け出そうとする。そんな晴海を、宗信が急いで止めていた。大樹の腕を掴んでいた右手を離し、両手で晴海の肩を掴むような形になる。その手は――わずかに震えていた。

 

「行っちゃ…ダメだ…。」

 

 真正面から晴海の目を見て、震える声で宗信がそう告げた。その瞬間、晴海はボロボロと涙を流し始めた。嫌々と首を振りながらも、宗信の腕を振り切ろうとせず、ただ静かに泣いていた。

 本当は全て分かっているのだろう。爆発音の意味も、宗信の言葉の真意も。そして――決して戻ってはいけないことも。

 

「嫌ぁ…!どうして…どうしてぇ…!」 

 

 宗信にすがりつくかのようにして、晴海は声を押し殺して泣いていた。そして宗信は、唇を噛みしめながら、晴海が崩れ落ちないように支えている。そんな二人の様子を、少し離れたところにいる大樹は、ただ黙って見ていることしかできない。

 

 “違う”なんて、口が裂けても言えない。それは、あまりにも希望的観測で、楽観的な考えだったから。それを言えるほど現実が甘くないことは、三人とも痛いくらいに分かっているから。

 

――神山…

 

『それと江田…、すまなかったな…。』

 

 ふいにフラッシュバックする言葉。その瞬間、左腕がズキンと痛んだ。

 

「…江田?!大丈夫か?!怪我してるところが痛むのか?!」

 

 大樹が顔をしかめたことで気づいたのか、宗信がこちらの方を見て、慌てた様子で声をかける。晴海も宗信の身体から離れ、「江田くん?!」と声をかけてくれていた。

 

「大したことはない…。大丈夫だ…。」

 

 右手で左腕を押さえながら、口ではそう答える。けれども、意識はまったく違うところにいた。それは、彬が最後に口にした謝罪の言葉のこと。

 

『すまなかったな…。』

 

――謝るなよ…。謝られるくらいなら、憎まれ口を叩かれた方がマシだ。お前らしくもない。最後の最後でいい人ぶりやがって…

 

 ズキズキと痛む左腕。その痛みは、彬に負わされた怪我から伝わってくる。そう、それはある意味、彬が生きていた証。数時間前、いや数分前までは、確実に生きていた証。神山彬という人間が、迷いながらも、もがきながらも、必死で誰かのために生きていた証。

 

――でも、ずっと迷っていたんだな…。きっと苦しかったよな…。当たり前だ。俺達、まだ中三なんだもんな。だから、赦すよ。俺なりに、お前のやったこと、全部赦すからさ…。

 

 そこで、ハッとした。そう、宗信と晴海には、横山広志(男子19番)のことを今だに言えずじまいなのだ。なぜ一緒にいないのか。大樹はどうして一人だったのか。広志はどうなったのか。

 辛いけれど――言わなくてはいけない。

 

「萩岡、古山さん。あの…広志のこと…」
「…いいよ。」

 

 大樹の言葉を、小さな声で晴海が遮っていた。晴海に視線を合わせると、涙に濡れた二つの大きな瞳は、しっかりと大樹の方を見つめている。

 

「分かっているから…。だから、何も言わなくていいよ…。」

 

 ふと宗信の方へと視線を向けると、宗信も力強く頷いてくれた。そう、今ここにいないということは――広志は死んでしまった可能性が極めて高い。それを、推し量ってくれたのだ。大樹の気持ちを含めて。

 

――二人とも…ありがとう…。

 

 けれど、それは言わないことにする。言ってしまえば、暗に認めてしまうことになる。まだ、心のどこかでは信じていたかったから。まだ放送で名前が呼ばれていないから、遺体を見ていないから、もしかしたら生きているかもしれない。そんな一かけらの希望を抱いていたかったから。

 

――弱いかもしれないけど…これくらいいいだろ?

 

 どこかで“しょうがないな”という声が聞こえたような気がした。それは幻聴かもしれないし、誰かが答えてくれたものかもしれなかった。

 

「…江田。」

 

 ふいに、宗信が口を開く。その口調はどこか重々しく、先ほど心配してくれたものとはまったく異なっていた。その声色に導かれるかのように、大樹は宗信に視線を合わせる。

 

「大事な話が…言っておかなくちゃいけないことが…ある。」

 

 真剣な瞳で、宗信は大樹の方を見つめる。大樹は黙って頷くことで、言葉の続きを促した。

 

「文島には気をつけろ。浩介を殺したのは…文島なんだ。」
「何だって!」

 

 あまりに信じがたい事実を告げられ、思わず大声を出してしまう。白凪浩介(男子10番)は、やる気ではなかったはず。一度会っている大樹には、それが痛いほどに分かっている。それどころか、大樹が脱出を考えていることに賛成してくれ、頼むなとまで言ってくれた。その浩介を殺したのなら、必然的に――

 

「文島は…やる気なんだな…。」

 

 広志と一度その辺の話をした際、無条件では信用できないと結論づけてはいた。けれど、完全にやる気なっているとも思っていなかった。だから、やる気でなかった浩介を殺したという事実を、すんなりと飲み込むこともできずにいた。その事実は、思っている以上に衝撃的だったから。

 けれど宗信は、大樹の言葉にすぐに同意はしなかった。

 

「いや…正確には違うみたいなんだ…。文島が浩介を殺したのは…」
「僕が、どうかしたのかい?」

 

 思わぬ人物の登場に、全員が息を飲んだ。そして、自然に声のした方向に視線を向ける。その人物と目が合った瞬間、大樹は全身が凍りつくのを感じた。

 彬とはまた違う、さあざあとした絶対零度の空気。有無を言わせぬ威圧感。普段感じることのなかった冷酷さが、全身からにじみ出ている。

 

 今、話題に上がった人物――文島歩(男子17番)が、大樹達からわずか十メートルほど先に立っていた。

 

[残り5人]

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