それぞれの主張

 

――あいつが…浩介を…!

 

 萩岡宗信(男子15番)は、十メートルほど先にいる文島歩(男子17番)の姿を目の当たりにした途端、腹の底から何かが湧きあがってくるのを感じた。

 

「意外…でもないか。僕から見て、三人ともやる気なように見えないしね。」

 

 そんな宗信の心境などおかまいなしなのか、歩はただ静かに口を開く。その口調や声のトーンは、いつもと何ら変わりない。まるで、白凪浩介(男子10番)を殺したことなどなかったかのように。古山晴海(女子5番)から聞かされていなければ、歩が人を殺したなんて信じられないほどに。

 

「けれど、一つ聞きたいな。萩岡くん。どうして君は、武器を複数持っているのかな?」

 

 続けて発した歩の言葉にハッとする。そう宗信の右の腰にはコルトガバメント、肩には江田大樹(男子2番)から譲り受けたショットガン、左腰には脇差。歩から見えるだけでも、武器を三つ持っている。

 

「君に限って人を殺しているなんて思えないけど…その多さはちょっと気になるかな。でも、ハンドガンの方は白凪くんが持っていたものだね。古山さんは、矢島さんが持っていたものを持っているみたいだし。もしかして、あの後白凪くんに会えた?それとも、後で矢島さんから聞いたのかな?それなら、僕のことも聞いているだろうね。」

 

 涼しい顔でそう口にする歩を見て、今度は別の感情が浮かびあがってくる。それは、“恐怖”に近い感情。二人に会ったと思うのなら、歩が人を殺した事実も含めて、全て知っていることまで推測しているはずだ。それなのに、どうしてそんなに冷静でいられるのだろうか。

 

「…文島。白凪を殺したというのは、本当なのか?」

 

 そんな宗信を気遣ったのか、大樹が口を開く。すると歩は、心底不思議そうな顔で、あっさりとこう答えていた。

 

「あれ?江田くんは、何も聞いていないの?」

 

 その口調で、再び“怒り”に近い感情が湧きあがってくる。どうして、そんなに涼しい顔で言えるのか。どうして、淡々とした口調で発言できるのか。普通なら、もう少し慌てたり、動揺したりするのではないのか。

 

 歩の考えていることが、まったく分からない。今、何を思って、何を考えているのか。いや――もっと正確にいえば、“分かりたくない”。

 

「俺は、お前の口から聞きたい。」

 

 宗信なら即座に怒りをぶつけそうな言葉にも、大樹は至って冷静に切り返していた。本当のところを言えば、まだその理由までを話していなかったからで、大樹はただ知らないだけなのだ。けれど、大樹はそんなことは一切口にしなかった。おそらく、大樹なりにこの状況を上手く切り抜ける方法を考え、下手に知らないことを言わないほうがいいと判断したのだろう。

 

「僕の目の前で、月波さんを殺したんだ。つまり、白凪くんはクラスメイトを殺した“悪”だから、制裁を加えただけだよ。」

 

 さも当たり前だといわんばかりの口調で、歩はこう答える。それが、宗信の神経をひどく逆撫でした。

 

――それだけで…殺したのか?浩介がどんな気持ちで撃ったとか、そんな事情なんておかまいなしなのか?人殺しを制裁するための殺人は、正義だとでもいうのか?

 

 宗信と晴海はこのことを知っていたのでさほど動揺することはなかったが、何も知らなかった大樹にとって、この発言はかなりの衝撃を与えたようだ。目は大きく見開かれ、信じられないといった形相で、歩のことを見つめている。

 

「俺は、昨日の朝に白凪に会っている。あいつはやる気じゃなかったはずだ!月波さんを殺してしまったのには、何か理由があるはずなんだよ!なぁ、文島。何か心当たりはないか?俺にはどうしても、あいつが“悪”だなんて思えないんだ!」

 

 そう、浩介はやる気ではなかった。月波明日香(女子9番)を殺してしまったのは、あくまで矢島楓(女子17番)を助けるため。明日香に言葉で傷つけられ、殺されそうになった好きな人を殺されないようにするため。それが正しいかと言われれば、それは違うのかもしれない。宗信が同じことをしたのかと言われれば、違ったのかもしれない。でも浩介だって、殺したくて殺したのではないのに。ただ好きな人を、大切な人を、守りたかっただけなのに。

 

「近くに矢島さんがいたし、何か言い争ってはいたみたいだけど、そんなの関係ないじゃない。人殺しは人殺しだよ。」

 

――関係ない?浩介がどんな気持ちだったとか、どんな思いで引き金を引いたのか、それは文島にとってはどうでもいいことなのか…!

 

 浩介の想いが、いとも簡単に踏みにじられている。その事実は、宗信の中で“怒り”の感情を増幅させていく。同じように好きな人がいるからこそ、守りたい人がいるからこそ、浩介の気持ちは誰よりも分かっているつもりだったから。

 

『気がついてたら矢島さんのこと、一人の女の子として見てた。誰にも渡したくないくらい、好きになってた。』

 

 好きな人が目の前で殺されそうに――それも、今まで仲良くやってきた友人に殺されそうになったとき、浩介はどんな気持ちを抱いたのだろう。助けたいという想いと、殺そうとしている友人に対して、怒りの感情を抱いたのかもしれない。殺したくなるほどの憎悪の感情を抱いたのかもしれない。その想いを行く末は、道徳的に間違っているのかもしれない。けれど、“悪”だなんて、口が裂けてもいえない。友人だからではない。大事な人を守りたい気持ちは、死んでほしくない気持ちは、同じように宗信にも存在するのだから。

 

「文島くん。」

 

 怒りが頂点に達しようとしたそのとき、これまで一言もしゃべっていなかった晴海が口を開いていた。その言葉につられるかのように、歩は晴海に視線を合わせる。

 

「どうして、楓が文島くんに銃を向けたか…分かる?」

 

 晴海の疑問に、歩は「いや。でも、どうして?」と返していた。心の底から分からないといった様子で、小さく首を振りながら。

 

「楓にとって、白凪くんが大事な人だったの。とてもとても、大事な人だったの。あの時、楓は文島くんを殺そうと思って銃を向けたんじゃない。白凪くんが殺されるのを、ただ黙って見ていられなかったんだよ。それは人殺しがどうとか、“正義”とか“悪”とかそんなの関係なくて。目の前にいる大事な人のことを、ただどうにかして助けたいって思っただけなんだよ。」

 

 あのときの楓の気持ちを代弁するかのように、晴海は言葉を紡ぎ出す。まるで、楓自身が発言しているかのように、その言葉は真実味を帯びていた。

 

「文島くんは、そんな楓を見てどう思った?馬鹿だなとか、理解できないなとか、そんな風に思ったの?私は、楓の気持ちを少しでも分かってくれたから、だから楓のことは見逃してくれたんだって、そう思っていたんだけどな…」

 

 晴海の必死な言葉を聞きながら思った。浩介も、楓も、互いに想い合っていた。互いに守ろうとしていた。晴海からたくさんの悲しい出来事を聞いて、気持ちが沈んでいた中で、宗信の心をいくらか救ってくれた二つの事実があった。

 

 一つは、藤村賢二(男子16番)がもうプログラムに乗っていないこと。

 そしてもう一つが、浩介と楓が両想いであり、互いに気持ちを通じ合わせることができたこと。

 

 特に、浩介と楓が両想いであったことはとても嬉しかった。羨ましかったのではない、嬉しかったのだ。初恋ともいえる浩介の恋が実り、想いが通じあったという事実がとても嬉しかったのだ。これが日常生活の中でなら、「やったじゃん!」とか、「良かったじゃん!」と声をかけ、ささやかなお祝いにたこ焼きくらいは奢る。それくらい喜ばしいことなのだ。

 けれど、想いが通じ合ったのはほんのひととき。浩介が死ぬ直前のこと。あの満足そうな死に顔は、きっと両想いであることが分かったからだと思う。でも、そうであっても悲しい。それは、とても、悲しい。通じ合えないまま死ぬよりは良かったのかもしれない。けれど、プログラムに巻き込まれてさえいなければ、いつかは互いに生きたまま両想いになっていたはずなのだ。

 

「あの時、矢島さんや白凪くんの銃を見て、不利だと思ったから見逃したんだよ。白凪くんはどちらにしても死ぬし、矢島さんは人を殺していないみたいだから、無理矢理制裁を加える必要もなかった。」

 

 晴海の言葉を否定するような形で、歩は静かにこう答える。そして、誰かが発言する前に、歩はそのままこう続きを口にしたのだ。

 

「それに…仮に矢島さんが白凪くんをどう思っていたかとか、またはその逆があったとしても、だからって、人を殺していい理由には、ならないんじゃないのか?」

 

 歩の言葉にハッとした。そうかもしれない。歩の言っていることは事実であり、正論かもしれない。どんな理由があろうと、人殺しは赦されないのかもしれない。その罪は、決して赦してはいけないのかもしれない。

 

「文島!」

 

 気がつけば、宗信は歩に向かって呼びかけていた。その声色には、多少の怒りの感情が含まれている。けれど、これ以上押さえることができない。これが精一杯なのだ。

 

「お前の…言う通りかもしれない。確かにどんな理由があっても、人を殺すことは間違っている。」

 

 歩に向かって、自身の正直な気持ちを伝える。たくさん悩んだ結果、最終的にいきついた結論を。

 

「けれど、俺はただそれを非難することはできない。浩介は浩介なりの理由があって、きっと間違っているということも分かって、それで…月波さんのことを撃ったんだと思うから。だから、俺は浩介を“悪”だなんて決めつけられない。正しいとは言えないけど、でも間違っているとも言いたくないんだ。」

 

 言いながら、自分自身にも言い聞かせる。正しいとか間違っているとか、“正義”とか“悪”とか、そんな物差しで測れるようなものではない。だから、全面的に否定はできない。けれど、やはり肯定することもできない。悔しいけれど、これが本音なのだ。

 

――ごめん…浩介。俺、やっぱり浩介のやったことをはっきり認めることはできない。文島の言っていることも一理あるんだ。人を殺すことは、どんな理由があっても間違っている。けれど、だからといってお前のことを否定したくもない。お前はお前なりに考えて、決めたことだと思うから。ごめん…。こんな情けない俺を、許してくれ…。

 

 言えば、きっと歩も分かってくれる。理解してくれる。心のどこかではそう信じてくれた。歩だって、二人の行動には何らかの疑問を感じていたはずなのだ。“正義”とか“悪”とかではない別の何か――そういう概念では計れない何か。それがあったからこその行動だと分かってくれたなら、きっと分かりあえると信じていた。だって、歩は最初からやる気ではなかったのだから。優勝するために、殺したわけではないのだから。

 

「そっか…」

 

 最後まで黙って聞いていた歩が、そう小さく口にした。しかし次の瞬間、宗信は目を見開いた。

 歩が、宗信に銃口を向けていたのだ。

 

「そういえば、萩岡くんは、白凪くんと仲が良かったね。迂闊だったよ。仲がいいってことは、似たような、同じような考えを持っていることに気づくべきだった。やはりここで排除すべきだね。」

 

 顔色一つ変えずにそう口にする歩を見て、宗信は悲しい気持ちになった。どうして分かりあえないのだろうか。同じクラスで、同じ中学三年生で、きっとそんなに違わないはずなのに。どうして理解し合えないのだろうか。

 

――分かって…くれないのか?文島にとって、浩介はただの“悪”なのか?浩介と仲がいい俺も…“悪”なのか?

 

 宗信が何か言う前に、少し離れたところにいた大樹が動いていた。腰に差していたシグ・ザウエルを抜き出し、そのまま歩に銃口を向ける。しかし、大樹が引き金を引く前に、歩が動いていた。宗信に向けていた銃口をスライドし、狙いを大樹に変えた瞬間、すぐに引き金を引いていたのだ。

 バンッという銃声と共に、大樹の身体から赤い鮮血が舞う。大樹は「ぐあっ!」と叫びながら、そのまま仰向けに倒れていた。

 

「江田っ!!」
「江田くん!!」

 

 大樹の元に駆け寄ろうとするが、すぐに歩が銃を持ちかえ引き金を引く。パンパンという銃声と共に地面から土ぼこりが舞い、足止めをされてしまう形になる。同じく駆け寄ろうとした晴海も、宗信同様それ以上近づくことができずにいた。

 

「ダメだよ。江田くんは違うと思ったから、撃つつもりはなかったのに。そうやって萩岡くんを庇われちゃ、君まで排除しなくちゃいけなくなるじゃないか。」
「…ふざけるな。」

 

 歩の言葉に、大樹は怒りの感情を露わにしていた。撃たれたわき腹を押さえながらも、視線はしっかりと歩の方に向けられている。

 

「萩岡がどんな気持ちで言ったか…分かるか?本当はお前を殺してやりたいくらい憎いはずなのに、それを必死で押さえて、ああ言ったあいつの気持ちが分かるか?!白凪のやったことを全面的に認めるわけじゃなくて、お前をただ非難するだけでもなくて、両方の言い分をちゃんと分かろうとしたじゃないか!それを、ただ仲がいいってだけで殺すんなら、それでも萩岡を殺そうっていうんなら、俺はお前を許さねぇ!!」

 

 その言葉に、自然と涙がこみ上げてくる。大樹は、自分のために怒っているのだ。こんなに情けなくて、決め切れない自分のことをを守ろうとしてくれているのだ。思わず、視線を地面に落とす。涙を必死で堪える。

 

――違うんだ。俺は、ただ決め切れないだけなんだ。友人を庇うこともできない、自分の主張も貫けない、ただの情けないチビなんだよ…

 

 歩が、再び宗信に銃口を向ける。けれど、宗信は一歩も動くことができなかった。持っている銃を向けることも、逃げることもできなかった。下手に逃げたら、近くにいる晴海に危害が及ぶのかもしれない。地面に倒れている大樹が、また怪我をしてしまうのかもしれない。心のどこかでそう思ってはいたけれど、何よりも身体が動かなかった。どうしていいか分からなかった。

 

「やめろ!お前が殺したいのは、俺の方だろ!!」

 

 そのとき、声が聞こえた。それは、宗信でも歩でも、晴海でも大樹でもない別の声だった。そして、その声には――聞き覚えがあった。

 

――藤…村…?

 

 落としていた視線を上げれば、視界には一人の人物が映っていた。木に手をついてようやく立っている人物。全身はボロボロで、右腕と左足には何か白いものでくるぐる巻きにされていて、右足には大きな怪我を負っている。息を切らしながら立っているその人物に、以前そんな傷はなかったというのに。

 

――何があったんだよ…。だって…あれから一日半くらいしか経っていないじゃないか…

 

 満身創痍といった状態で立っている賢二の姿を見て、再び涙がこみあがってくるのを感じていた。

 

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