最善にして最悪の方法

 

――マズイ…!萩岡と古山さんは大丈夫そうだが、江田の傷は深いかもしれない。早く手当しないと、手遅れになるかも…!

 

 藤村賢二(男子16番)は、目の前にある光景に息を呑んだ。江田大樹(男子2番)が右のわき腹から血を流した状態で地面に倒れており、少し離れたところで萩岡宗信(男子15番)古山晴海(女子5番)が立ちすくんでいる状態だった。そしてその宗信に、文島歩(男子17番)は銃口を向けている。嫌な予感は当たってしまったのだ。

 

「生きていたんだ。てっきり、撃たれた傷が原因で死んだと思っていたよ。でも、香山さんが近くにいないってことは、彼女は死んだってことだね。」

 

 歩の口から香山ゆかり(女子3番)の名前が出たことで、思わず唇を噛みしめる。思いのほかその力が強かったせいか、唇が切れたらしく、口の中に血の味が広がっていった。

 

――くそっ!せめて何か武器があれば、あいつに攻撃できるのに…!

 

 賢二の手元には探知機があるのみ。いわば完全な丸腰なのだ。そのため、下手に仕掛けることはできない。

 

「…目的を履き違えるな。お前が殺したいのは人殺しで、津山を殺した俺だろ。萩岡達は関係ない。三人には手を出すな。」

 

 そう言って歩に少しでも近づこうと、怪我をしている右足を動かそうとする。しかし、すぐに歩に銃――ゆかりの命を奪った小型の銃を向けられ、すぐにその足は止められてしまった。

 

「そうだね。この中で一番殺さなくちゃいけないのは藤村くん、君だ。でも、萩岡くんは人殺しである白凪くんを庇ったし、江田くんはその萩岡くんを庇って僕に銃を向けた。もう君達三人は、排除されるべき存在なんだよ。」

 

 涼しい顔でそう告げる歩からは、罪悪感や後悔といったものは微塵も感じられない。ふと、逆恨みでクラスメイト全員を殺そうとした、かつての自分が思い起こされる。

 

――自分は正しいって思っているのか…。俺も、もしかしたらそう思っていたのかもしれない…。

 

 歩のように、明確に思っていたわけではない。けれど心の片隅では、自分が自覚しないところでは、少しはそう思っていたのかもしれない。当然の報いだと、心のどこかではそう思っていたのかもしれない。今になっては、それももう分からないけれど。

 

「藤村はもうやる気じゃない!今は人を殺したことを後悔していて、みんなを助けようとしているんだ!殺すのは止めてくれ!!」

 

 宗信が大声で叫んだその一言は、賢二を驚かせるには十分すぎた。大樹から助けたことや、おそらくやる気でないことくらいは聞いたのかもしれない。けれど、どうして後悔していることまで知っているのか。

 いや、その答えは、もう一つしかない。

 

――矢島さんに…会ったのか?

 

 賢二がやる気でなくなっていることや、もう無差別には殺さないことくらいは、大樹を含め複数の人物が知っていた。けれど、“後悔している”ということを知っているのは、矢島楓(女子17番)だけだ。必然的に宗信か、宗信にそれを伝えた誰かが、楓に会ったことになる。

 楓に会って、どのような状況でそれを聞いたのか。そして、楓はあれからどうなったのか。楓がどうして死んだのか知らない賢二にとっては、それが少しだけ気になった。

 

「けれど、僕の目の前で津山を殺したんだよ。現に、藤村くん自身もそう言ったじゃない。それに後から来た霧崎くんも、おそらく殺している。もしかしたら、乙原くんや武田くんを殺したのも、彼かもしれないよ。それでも、同じことが言えるの?」

 

 歩の言葉に、思わず息を呑んだ。乙原貞治(男子4番)には会ってもいないし、武田純也(男子11番)はおそらく自殺した。二人とも、賢二が殺したわけではない。けれど、それは証明できないことなのだ。楓にも、誰を殺したのか、正確に全員分は伝えていない。楓から聞いていても、そこは分からないはずだ。

 

 歩の言葉に、宗信は一瞬だけ怯んだが、すぐに大声で反論していた。

 

「貞治は藤村じゃない!!別の人に殺されたんだ!それに、藤村は矢島さんを助けたんだ!そんな奴のことを、疑ったりできるわけないだろ!」

 

 そう断言する宗信の言葉を聞きながら、賢二は少しだけ嬉しく思った。それが真実かどうかは分からないのに、少なくとも純也に関しては分からないのに、宗信は違うと思っている。一度は殺そうとしていたのに、今では賢二を信じている。

 

――俺、お前のこと殺そうとしたのに、まだ謝ってもいないのに、そんなこと言ってくれるなんて…。武田の言う通り、一世一代の馬鹿なのかもしれないな…

 

 しかし、状況が大変緊迫したものであることに変わりはない。何とか歩に近づこうと様子を窺っているものの、歩にはまったく隙がないのだ。このままでは、状況は悪化する一方。賢二は、内心焦っていた。

 それに、右足から血はずっと流れ続けている。まるで足に心臓があるかのように、ドクドクと脈打つ音まで聞こえるかのようだった。おまけに、クラクラするような貧血の症状まで起こしているのだ。おそらく――先はもう永くはない。

 

「やっぱり萩岡くん。君はここで死んで、排除されるべきだね。」

 

 そう言い放つなり、歩は銃口を賢二から宗信にスライドしていた。そう、丸腰の賢二より、少なくとも銃器を持っている宗信の方が危険だと判断されたのだ。

 

――マズイ!!間に合うか!!

 

 急いで歩の元へ駆け寄ろうとするが、右足から激痛がはしり、それはままならなかった。それどころか、そのまま地面に倒れこんでしまう。

 

「萩岡!逃げろ!!」

 

 精一杯の声で叫んだが、その賢二の声と被さるような形でパンッという銃声が轟いた。

 けれど――宗信の身体から、赤い鮮血が舞うことはなかった。

 

――外したのか?

 

 しかし、そうではなかった。歩が小さく舌打ちした後、銃口を賢二から見て奥の方へとスライドさせていたのだ。

 すぐに宗信もそれに気付く。走って、何かを突き飛ばすのが見えた。そして、今度こそ歩が引き金を引いたのか、先ほどよりも大きな銃声が轟いた。

 

 その銃声と共に、宗信の右足が何かで弾かれたように上へと動く。そして今度こそ、宗信の身体から赤い鮮血が舞うのがはっきり見えたのだ。

 

「萩岡!!」
「萩岡くん!!」

 

 賢二が叫ぶと同時に、晴海も叫んでいた。宗信がそのまま地面に倒れたことで、奥にいた晴海の姿が視界に入る。尻もちをついた状態から、急いで宗信の元へと駆け寄っていた。

 

「…邪魔しないでくれるかな、古山さん。君だけは違うと思っていたのに…!これで、ここにいる全員を排除しなくちゃいけなくなっちゃったじゃないかっ…!」

 

 憎々しげにそう口にする歩の言葉で確信した。丁度宗信の身体に隠れる形でなっていたので、賢二からははっきり見えなかったが、歩が宗信に向かって引き金を引く前に、晴海が歩に向けて発砲していたのだ。

 

――これ以上じっとしていてもダメだ!!

 

 意を決して立ち上がり、そのまま歩の元へと駆けていく。右足からの激痛はひどいものだったが、それにも構わず走り続けた。

 

――ここで止めないと!!

 

 賢二の動きに気付いた歩が銃を持ちかえ、賢二に向けて立ち続けに発砲する。しかし、それはゴム弾と分かっていたので、当たっても死なないだろうと踏んでいた。決して足を止めなかった。

 

――まだだ!まだもってくれ!!

 

 歩の元へと辿りつくと、そのまま歩の右腕を掴んで、何とか銃をもぎ取ろうとする。しかし、歩も負けじと必死で抵抗する。普段なら力比べで負けることはめったにないのだが、さすがに今は賢二の方が押され気味だった。

 

――マズイッ…!このままじゃ…!

 

 そのとき、ふっとある考えが浮かんだ。でも、それは――とても残酷な考え。けれど、今の賢二に、これ以上いい方法が思いつかなかった。今のこの状態と宗信の持っている武器で可能になり、そしておそらく自分の命はもうさほど永くないことを踏まえて導き出される、歩に勝てる唯一の方法。

 ギリッと歯を食いしばり、精一杯の声で叫んだ。

 

「萩岡!持ってるショットガンで俺ごと撃て!!このままだと、全員こいつに殺されるぞ!!」

 

 後ろの方で宗信が、「な…何だって!!」と驚いた様子で叫んでいた。

 

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