選ぶのは同じ答え

 萩岡宗信(男子15番)は、藤村賢二(男子16番)が今言った言葉に、完全に耳を疑った。

 

「何言ってんだ!!そんなことをしたら、お前まで死ぬぞ!!」

 

 そう、そんなことをしたら、宗信に背を向けている形になっている賢二に、先に弾丸が到達することになる。つまり――賢二のほうが先に死んでしまうのだ。

 

「俺は、どうせもうすぐ死ぬ!それに、これ以上文島を押さえていられない!これしか方法がないんだ!!」

 

 賢二の言う通り、今でこそ賢二は文島歩(男子17番)を押さえられてはいるものの、いつ突き飛ばされてもおかしくない状態だった。

 

――けど…もうすぐ死ぬって…?

 

「ふ、藤村くん…」

 

 そのとき、隣にいる古山晴海(女子5番)が、小さく呟く声が耳に入った。顔面蒼白といった感じで、声は小さく震えており、目には涙が浮かんでいる。

 

「藤村くん…。あ…足がっ…!」

 

 晴海の言葉に、嫌な予感がする。すぐに賢二の足を見た。そして――驚愕した。

 

 賢二の右足、白いもので巻かれていないその足――その大腿部の一部の肉が欠け、学生服のズボンはぐっしょりと濡れている。そして、今だに血が流れ続けているせいなのか、賢二が走ったルートが明確に分かるほどに、一本の赤い線が出来あがっていた。素人目の宗信から見ても、明らかに血を流しすぎなのだ。

 

――でも、でも…お前を殺すなんて…

 

 出来るわけがない。人を殺すなんて、ましてや自分たちを助けようとしている賢二を殺すなんて、宗信には出来るわけがない。撃たれた右足を押さえながら、無意識のうちに首を横に振っていた。

 

「出来るわけ…ないだろ。お前を殺すなんて…」
「出来なくてもやるんだ!」

 

 気弱に嘆く宗信の声に被さるような形で、賢二の怒号が響く。その声にも、少しずつ息切れが混ざり始めていた。

 

「説得は通じないって分かっただろ!このままだと、全員こいつに殺されるぞ!いいのか?!古山さんや江田が、ここで死んでもいいのか?!!」

 

 ブンブンと首を振る。それは嫌だ。晴海や江田大樹(男子2番)が死ぬのは嫌だ。もう、白凪浩介(男子10番)乙原貞治(男子4番)、あるいは武田純也(男子11番)といった多くの友人を失っている。これ以上は失いたくなかった。

 

――けど…俺は人を殺さないって誓ったのに…。誰も殺さないって決めたのに…。結局、プログラムでは人を殺さなくちゃいけないのか…?そうしなくちゃ、大事な人も守れないのか…?もっと…もっと他に方法、あるんじゃないのか…?

 

 迷っている時間はない。けれど、人を殺す覚悟はできていない。賢二の言葉に返事をすることすら出来ず、ただ下を向くことしか出来なかった。左肩にかかるショットガンが、除々に重みを増していくように感じる。撃たれた右足の傷が、ズキズキと痛みだす。

 

「萩岡くん…」

 

 そんな宗信を見かねたのか、晴海が小さく声をかける。一度人を殺した彼女は、その罪の重さを身を持って知っている。それ故か、それ以上は何も言えないようで、そのまま黙りこんでしまった。

 

――決めたんだ…。古山さんを…生きて守るって決めたんだ…。このままだと、藤村の言う通り、全員死んでしまうかもしれない。神山にも頼まれたんだ。けど…

 

 視線を、賢二へと戻す。今もなお、必死で歩を押さえこもうとしている賢二の姿が目に入り、思わず泣きそうになっていた。

 

――でも…できるわけがないんだ…。お前を殺すなんて…

 

 そのとき、誰かの姿が視界に入る。視線を上げれば、そこには大樹が立っていた。右手で撃たれたわき腹を押さえながらも、二本の足でしっかりと立っていた。

 

「江…田。け、怪我…は…?」
「大した…ことはない。大丈夫だ…」

 

 思わず口をついて出た宗信の言葉に、大樹はこう返した。けれど、言葉とは裏腹にゼェゼェと息を切らしているし、傷口を押さえた右手からは血が滴り落ちている。傍から見ても、“大丈夫”なわけがない。

 

――嘘…なんだろ…?本当は痛いんだろ…?俺を庇ったから…そんな苦しい思いを…。俺の…せいで…

 

 そんな大樹の姿を見て、宗信はただ項垂れることしかできなかった。そんな宗信に、大樹は静かに声をかける。それも――まったく予想だにしなかった言葉を。

 

「萩岡。ショットガン、貸せ。」

 

 その言葉が信じられなくて、思わず顔を上げる。そこには、先ほどは変わらない表情でこちらを見ている大樹の姿があった。

 

「何…言ってんだよ。藤村と文島を殺すのかよ!!」

 

 そんな大樹の様子が信じられず、思わず怒号を発していた。それを押さえることができずに、そのまま続きを口にしてしまう。

 

「もっと…もっと他に方法があるかもしれないじゃないか!!誰も死なずにすむ方法があるかもしれないじゃないか!そんな…自分の命惜しさに、二人を殺さなくちゃいけないのかよ!!」

 

 大樹にぶつけるべきことではない。そんなことはわかっている。でも――そしたらこの感情を、一体どう整理したらいいのだろうか。それができないのなら、自分はどうするべきなのだろうか。その答えが、何一つ分からないのだ。分からないから、こんな子供じみたことしかできないのだ。

 そんな宗信の言葉を、大樹はただ黙って聞いていた。そして、宗信の言葉が切れたと同時に、静かに口を開いていた。

 

「そうかもしれない。」

 

 それは、意外な言葉だった。そして宗信が何か言う前に、大樹は続きを口にしていた。

 

「お前の言う通り、他に方法があるかもしれない。誰も死なずにすむ方法があるかもしれない。けど…けどな…現実を見ろ!!」

 

 いきなり大声を出されたことで、身体がビクンと反応していた。

 

「俺も…お前も撃たれてる。古山さん一人なら、何とか逃げ切れるかもしれない。けど、少なくとも俺らは無理だ。お前があれだけ分かろうとしても、文島は耳を貸そうともしなかった。もう説得は不可能だ。それに…藤村はおそらく本当に重症だ。放っておいたら…いや、もうさほど永くは生きていられないんだろう。いいか、一刻の猶予もないんだ。他の方法なんて探している間に、全員本当に死んでしまうぞ!!」

 

 大樹の言っていることは、真実でかつ正論だ。分かってはいるのだ。分かってはいるのだけれど――

 

「それに、もうお前一人の命じゃない。お前が自分の正義感で死ぬのは、はっきり言ってお前の勝手だ。けれど、俺らは神山に生かされた人間だろ?あいつがどんな気持ちで残ったのかわかるだろ?!古山さんのこと、頼まれたんじゃなかったのか?!お前が死ねば、古山さんが死ぬ確率も上がるぞ!古山さんが死んでもいいのか?!」

 

『萩岡、江田。古山さんを頼む。それと、せっかく俺が生かしてやるんだ。なるべく長生きしろ。』

 

 神山彬(男子5番)は、最後の最後で、自分達の命を助けてくれた。晴海以外のクラスメイトには死んでもらうつもりだったのに、最後の最後でその誓いを破っていた。そこに至るまで、どんな心境の変化があったのか分からない。けれど、それは事実なのだ。

 

「お前がやらないんなら、俺がやる。俺だって、萩岡や古山さんには死んでほしくない。二人が生きられるんなら、人を殺す覚悟はしてたつもりだ。本当は俺だって…人を殺したくなんてないし、殺さないつもりだった。けど…その誓いを守っていたら、本当に大切な人を失ってしまうんだ!俺はもう、目の前で大事な人が死んでいくのは嫌なんだ!だから早くショットガンをよこせ!萩岡!!」

 

 そう叫んで、大樹は血に濡れた右手を差し出す。けれど、宗信はブンブンと首を振って拒絶した。

 

――それは、俺だって同じだ。古山さんにも、江田にも死んでほしくなんかない。だったら、ここは俺がやらなくちゃいけないんじゃないのか…。だって…江田は…

 

 そう、大樹は右のわき腹以外に、左腕にも怪我を負っている。ショットガンなんて撃ったりしたら、傷口が広がってしまうかもしれない。そんなことをさせてはならない。

 

「早くしろ!萩岡!!」

 

 そんな宗信達を見かねたのか、再び賢二の怒号が響く。視線をそちらに向ければ、今だに歩と格闘を続けている賢二の姿が目に入っていた。大怪我をしている両足で必死に踏ん張って、歩が自分達に向かって発砲することのないように、歩の右手から決して手を離そうとはしていない。ひどい怪我をしているのに、きっとすごく痛いのに、必死で自分達を守ろうとしてくれている賢二の姿がそこにはあった。

 そんな賢二の姿を見て、ふと思った。

 

――もし、俺が藤村だったら…?

 

 もし、自分が賢二の立場だったら――助けたい人がいて、死んでほしくない人がいて、もう自身の命がさほど永くないと分かっていて、他に方法があるのかもしれないけど、それを考える時間もなくて、これが手っ取り早くて確実な方法だとしたら――

 答えは、すぐに出た。深く考えるまでもなく出た。悲しいけれど、答えは賢二と同じだと分かってしまった。

 

――俺が躊躇っているのは、藤村にも文島にも死んで欲しくなくて、みんなが助かる方法を考えているからで、でもきっと…自分が人殺しになりたくないからっていうのもあるんだ。人を殺すことが怖いからなんだ。けど…古山さんを守りたいなら、江田に死んで欲しくないなら、藤村の気持ちを汲むなら、今やるべきことは、ここで手をこまねいていることじゃないよな…

 

 そう決意すると、深く息を吸う。そして、ゆっくりと吐き出していく。何度かそれを繰り返すうちに、少しずつ気持ちの整理がつき始める。

 

――決めたんなら、迷っちゃいけない。躊躇ったらいけない。逃げたら…ダメだ。

 

 宗信が黙ったことで、大樹が何か言おうとしたが、晴海がその腕を掴んで止めていた。おそらく、宗信が気持ちの整理をしていることを、暗に察してくれたのだろう。

 そうして、少しばかりの時が過ぎる。最後に大きく息を吐いてから、腰に差していた脇差を鞘ごと抜いた。そして、晴海の方へと差し出す。晴海は、すぐにそれを受け取った。

 

「古山さん。江田を頼む。」

 

 それだけを告げ、ゆっくりと歩き出す。左肩にかかる、ショットガンの重みを感じながら。

 

――藤村…ゴメンな…

 

 もう一度会えたとしたら、言いたいことはたくさんあった。もしかしたら、自分も同じことを考えたかもしれないとか、矢島楓(女子17番)を助けてくれてありがとうとか、おかげで晴海は楓に会えたんだよとか、そんな一人で抱え込むことなんてないんだとか、よかったら一緒に行動しようとか――そんなたくさんのこと。

 けれど、どんなに願っても、もうそれを伝えることはできない。

 

――文島…ゴメンな…

 

 本当は悪い奴ではないのに、自分の“正義”に従って行動していただけなのに、もしかしたら、歩もプログラムの中でどうしたらいいのか分からなかっただけかもしれないのに。こんな形で出会わなければ、もしかしたら分かりあえたのかもしれない。普段からもっと交流をもっていれば、こんな結末にはならなかったのかもしれない。

 けれど、どんなに思っても、もうそれは現実のものになりはしない。

 

――赦してくれなくていいんだ。憎まれたっていいんだ。それくらいのことをするんだから。でも、俺は逃げないから。二人のこと、絶対忘れないから。全部、全部抱えて生きていくから。

 

 次第に、二人の姿がはっきりと見えてくる。距離にして、約五メートル。丁度歩が賢二の身体で隠れるところで、つまりは賢二の背中だけが見えるところで、宗信は足を止めた。

 歯を食いしばりながら、ショットガンをかまえる。使い方は、先ほどの銃撃戦の際に、大樹に教えてもらっていた。

 

「撃て!!萩岡!!」
「ダ…ダメだ!止めろ!撃つなぁー!!」

 

 二人の怒号が聞こえる。それにも構わず、左手でポンプを動かし、弾丸を装填した。カシャンという音が、やけに大きく聞こえる。その音が、不思議なくらいに宗信の気持ちを落ちつけてくれた。

 何を言われても、もう戻るつもりはない。もう――決めたことなのだ。

 

――ゴメンッ!!

 

 そう心の中で謝罪する。そして、そのまま引き金を引いた。ドンッという銃声と共に、反動で少しだけ身体がよろめく。引き金は、思ったよりも軽かった。

 ショットガンから放たれた弾丸は、宗信の思いを乗せるかのように、真っすぐに二人の元へと飛んでいく。その光景を、宗信はただじっと見つめていた。

 

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