空に捧げる贖罪

 

『ゴメンッ!!』

 

 そんな声が、聞こえたような気がした。空耳かもしれないけど、藤村賢二(男子16番)には、萩岡宗信(男子15番)が心の中で謝っているように聞こえた。

 

――なんで謝るんだよ…。俺がこうしろって言ったのに…。俺の方が、お前に謝らなくちゃいけないのに…。

 

 もう一度会うことがあったとしたら、仮に会えたとしたならば、真っ先に殺そうとしたことを謝ろうと思っていた。きっと、宗信なら受け入れてくれるだろうと、心のどこかで思ってもいた。もしかしたら、今度は一緒に行動することもできるかもしれないと、そんな淡い期待も抱いていた。もしそれができたとしたら、それは現実のものとなっていただろう。

 

――けど…そう上手くはいかないよな…

 

 もうすぐ死ぬ。東の方角に向かっていく最中、文島歩(男子17番)と対峙している最中、走っている最中、心のどこかで覚悟していた。歩に殺されるか、このまま出血多量で死ぬのか、それとも別の形か。どの形になっても、“死”という結末は同じだけれど、“死に方”としては、今のこの方法が一番良かった。

 

――お前に殺されるなら、悪くないよな…

 

 “人殺し”という罪を背負わせてしまう宗信に対しては、大変申し訳なく思う。けれど、宗信のような奴――真っすぐで、正義感が強くて、無鉄砲な部分もあって、自分みたいな人間でも必死で説得しようとする。そんな人間に、きちんとした意志で殺されるなら、文句はなかった。きっと宗信なら、自分らを殺したことも、その罪の重さからも、逃げないでいてくれるに違いない。

 

――お前なら、大丈夫だろ。俺と違って…強いから。

 

 親友の死に耐えきれず、逆恨みした賢二とは違って、どんなときでも宗信は揺らがない。白凪浩介(男子10番)乙原貞治(男子4番)、あるいは武田純也(男子11番)といった友人を失っても、自分の意志や考え、ひたむきな真っすぐさは変わらない。もしかしたら、それは見る人が見れば、“甘さ”かもしれない。けれど、賢二からしてみれば、それは“強さ”に他ならなかった。

 

 もし――自分に宗信みたいな強さがあったなら、あんなことはしなかっただろうか。親友を悲しませるようなことを、することなどなかっただろうか。

 どんなに思っても、どんなに後悔しても、もうそこには戻れない。だれど――

 

 そんなことを思っていたら、ドンッという大きな音が響いた。もう聴覚がまともに働いているかどうかも怪しいので、確信はもてないけれど、宗信がショットガンの引き金を引いたのだろう。それは即ち、賢二と歩の命のカウントダウンが始まったということに他ならなかった。

 

――お前の決意、絶対無駄にしないッ!!

 

 残された力を振り絞って、歩の身体を自身に引き寄せる。ほぼ抱きしめるような形になったが、それでもかまわなかった。男を抱きしめる趣味など、これっぽちも持ち合わせてなどいないが、この際そんなことはどうでもいい。

 賢二の腕の中で、歩は必死に抵抗を続けているものの、除々にその力は弱まっていく。諦めたのか、覚悟を決めたのか、それとも残り少ない体力で抵抗しているのか――それは、賢二には分からなかった。

 

――文島…ゴメンな。他に方法、あったかもしれないけど、バカな俺にはこれくらいしか思いつかなかったんだよ。けれど、あの三人にだけは死んでほしくなかったんだ。赦してくれなんて言わない。恨んでくれてもかまわない。ただ…分かってくれ。

 

 歩を抱きしめる腕に力を込める。もうすぐ、弾丸は到達するだろう。その前に、一言だけ言ってやりたかった。歩を死へと誘うのが自分なら、せめてその苦痛から解放してやりたかった。

 

「もういい。もう…いいんだ。」
「えっ…」
「もう、全部終わりにしよう。」

 

――俺もいなくなるから、“悪”は消えるから、だからもう、何も背負う必要なんかないんだ。

 

 その言葉を口にした途端、歩の身体からふっと力が抜けた。その心境までは分からないが、もしかしたら歩も、心のどこかでは解放されたかったのかもしれない。“正義の使者”という、自らを縛った――その呪縛から。

 

 次の瞬間、背中に熱い衝撃を感じ、何かが肉をえぐり取っていきながら、自身の身体の中に入ってくるのを感じた。そのものすごい痛みと衝撃に、思わず意識を手放しそうになる。それを必死でつなぎとめながら、歩を抱きしめる腕に力をこめた。宗信の決意を無駄にしないために、歩を苦痛から解放するために――

 やがて、自分の身体をいとも簡単に通過した弾丸が、歩の身体に入っていくのを感じながら、賢二は両腕の力を抜いた。正確にいえば、もうその力すら残されていなかったのだが、それを賢二が自覚することはできなかった。そのままどさりと仰向きに倒れる。

 

 視界には、雲に覆われた空が広がっていた。泣きそうなくらい、雲に覆われている灰色の空が。

 

――なぁ、俺も…そっちにいけるのかな…?こんなにたくさん人を殺した俺でも、みんなのところにいけるのかな…?そしたら…みんなに…謝らなきゃ…。それと…

 

 ゆっくりと視界が狭くなっていく。誰かが何か言っているような声が聞こえたような気がしたが、それももう賢二には届かない。何も聞こえないし、何も感じない。驚くことに、痛みすらほとんど感じなかった。

 

――萩岡達だけでも…死なせずにすんで…よかった。

 

 それだけを思い、賢二は意識をゆっくりと手放した。一筋の涙を流し、その口元に微かな微笑みを浮かべながら。

 

 管理モニタ上にある“藤村賢二”という表示が、数分前から点滅していたその名前が、その瞬間――赤に変わっていた。

 

男子16番 藤村賢二 死亡

[残り4人]

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