ショットガンから放たれた弾丸が、藤村賢二(男子16番)の身体に到達する。すぐに賢二の身体をえぐるように侵入していき、血と肉を噴出させていた。容赦なく賢二の身体を通過した弾丸は、そのまま文島歩(男子17番)の肉体をも蝕み始める。次の瞬間、背中にポッカリと大きな穴を開けた賢二がドサリと仰向けに倒れていき、その賢二の足元に折り重なるように歩も倒れていった。それからもう――二人とも動くことはなかった。
その一部始終を、萩岡宗信(男子15番)は、目を逸らすことなく見つめていた。
時間にして、おそらく十秒にも満たない光景。けれど、宗信には全てがはっきりと見えていた。まるでスローモーションのように、コマ送りの映像を再生しているかのように、ゆっくりとそれは流れていた。あまりにはっきり見えすぎていて、目を逸らしたくもなったが、それでもじっと見つめていた。自分がしたこと――その末路も含めて、きちんと見届ける必要があると思ったからかもしれない。ただ、その悲惨な光景から、目を逸らすことができなかっただけかもしれない。
身体から完全に力が抜け、ショットガンを落としてしまう。ガシャンという音が耳に入っても、拾うことすらできずにいた。
――俺が…殺した…
分かっていた。こうなることは分かっていたはず。なのに――この現実を、きちんと呑みこむことができない自分もいた。心のどこかでは、この現実を拒絶する自分もいた。
「藤村…?」
そう小さく声をかける。けれど、返事はない。
「文…島…?なぁ…返事…しろよ…。」
歩も同じだった。返事はない。それどころか、何も反応がない。それがあまりにも悲しくて、思わず声を荒げていた。
「なぁ!返事してくれよ!頼むよ!返事してくれよ!!」
自分が殺したのに、自分が二人を死なせたのに、その事実は思っていたよりも重かった。生きていてほしい、そう願っている自分もいる。一体、本当の自分はどれなんだろう?
力なく歩き始める。そのとき、撃たれた右足がズキンと痛んだが、そんなことはどうでもよかった。二人はもっと痛かったはず。二人の痛みに比べたら、こんなのは痛いうちに入らない――そう、言い聞かせながら。
――これで…本当によかったのか…?
古山晴海(女子5番)と江田大樹(男子2番)は無事だ。賢二の言う通り、二人を守れたのだから、これでよかったのかもしれない。けれど、賢二と歩は死なせてしまった。もっと他に方法があったかもしれないのに。
――何で…こんなに揺らぐんだ…。こうするって決めていたのに…。逃げないって決めたのに…。
所詮自分の決意など、こんなに簡単に揺らいでしまうほど、浅はかなものだということだったのだろうか。
足は自然と、二人の元へと進んでいく。何をしようというわけではない。むしろどうしていいのか分からずに、身体が勝手に動いていたのだ。
近づいていくうちに、次第に状況がはっきりと分かってくる。折り重なるように倒れている二人。歩はうつ伏せに倒れているせいか、宗信から顔は見えない。自然と視線は、仰向けに倒れている賢二の方に向けられていく。瞳は穏やかに閉じられており、その口元はうっすらと笑みを含ませていた。傍から見れば、寝ているだけじゃないかと錯覚するほど。けれど――その顔を見て、はっきりと分かった。
藤村賢二は死んでいた。もう、息をしていなかった。
けれど、その死に顔は、とても満足そうに微笑んでいたのだ。
――なんで…
信じられなかった。どうして、そんな穏やかな表情をしているのか。殺されたというのに。萩岡宗信という人間に。
――なんで…そんな満足そうに死んでんだよ…。俺に…こんなチビで情けない奴に殺されたんだぞ…?すごく痛かったはずなのに…どうして…
分からない。その答えは、何一つ分からない。疑問は次々と浮かんでくるけれど、何一つ消化できない。次第に積もり積もって、宗信の頭の中を埋め尽くしていく。
――どうして、俺に撃てって言ったんだ…?どうして、俺に殺されることを望んだんだ…?こんな奴に殺されてよかったのか…?そもそも、みんなを助けるって…どうして自分の命を捨てるようなことを選んだんだ…。もっと自分こと…考えられなかったのか…?
今の宗信の視界には、賢二の姿しか映っていない。いや、今の宗信の世界そのものが、賢二の存在だけで埋め尽くされていた。近くで倒れている歩のことも、少し離れているところにいる晴海や大樹のことも、このときばかりは無に等しかった。何も聞こえないし、何も分からない。撃たれた右足の痛みすら、今はまったく感じなかった。
早くここから離れなくてはいけない。心のどこかで、それは分かっている。このままここに留まって、別のやる気の人間がやってきたりすれば、それこそ賢二の気持ちは無駄になってしまうのだ(今この場にいる人間で、生きている人間は全員そろっているのだが、それを宗信が知る由もなかった)。早くここから離れなくてはいけない。早くここから――
そのときだった。静寂を切り裂くように、大樹の声が耳に入ってきたのは。
「萩岡!逃げろ!!」
何から?と思ったが、その声をきっかけだったのか、視界が一気に開けていく。今度は賢二だけでなく、周囲の木々や地面の草木が目に入り、耳には風の音が届き、頬を撫でる風の感触も感じる。ようやく宗信の五感が、周囲の光景を認識し始めていた。
その瞬間、目を見開いた。
賢二に折り重なるように倒れていた歩が、苦しそうに左手一本で上体を起こしている。そして右手には銃が握られており、その銃口を――宗信に向けていたのだ。
――生きて…いたのか…
逃げようと思ったが、距離が近すぎる。もう――間に合わなかった。
パンッという音と共に、左腕が弾かれたように後ろへと動く。そのあまりにもすごい衝撃に、身体のバランスが崩れてしまう。しかし、間髪入れずに二回目の銃声。今度は左のわき腹に被弾した。身体は、自然と後ろへと持っていかれる形になる。抵抗しようにも、ショットガンは落としてしまっているし、脇差も持っていない。それに、反撃する暇すら与えない連続した攻撃の前では、完全に成す術がなかった。
――俺は…このまま死ぬのか…?誓ったのに…。古山さんを守るって…全部抱えて生きるって…誓ったのに…
三回目の銃声。今度は、左足に命中した。左足を撃たれたことにより、右足一本で身体を支える形になる。すぐに体勢を整えようとしたが、その前に再び銃声が轟いた。そして、次に被弾した場所がまずかった。
その次に被弾したのは――その右足だったのだ。
撃たれた瞬間、身体が宙に浮く形になる。そのまま身体が地面に叩きつけられるかと思ったが、それは大きな間違いだった。
バシャーンという音と共に、何か冷たい感覚が宗信を襲う。呼吸をしようにも、ゴボゴボと口から泡が出ていくばかり。視界は大きく歪むどころか、まともに目も開けていられない状態だった。
――もしかして…湖に落ちたのか…?
どうやら身体が後ろに追いやられていくうちに、近くの湖に落ちてしまったようだ。
――早く…上がらないと…
まともに動かない身体で必死にもがき、何とか水面まで上昇しようと試みる。しかし、もがけばもがくほど、撃たれた箇所がズキンと痛む。浮かびあがることもできずに、身体はより深く沈んでいくばかりだった。
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江田大樹(男子2番)は、萩岡宗信(男子15番)がに立て続けに撃たれ、そのまま湖に落ちてしまう一部始終を目の当たりにしていた。
死んだとばかり思っていた文島歩(男子17番)が、苦しみながら上半身を起こしていくのを。急いで声をかけたが間に合わず、そのまま歩が宗信に立て続けに発砲するのも。宗信が段々後ろに追いやられていき、成す術なく湖に落ちてしまうのを。その間、大樹は微動だにできなかった。
――萩岡ッ!!
その光景は、大樹にある姿を思い出させる。数時間前、大樹を庇ってたくさんの銃弾を浴びた横山広志(男子19番)の姿が。大樹を信じ、最後まで協力してくれた仲間の最期の姿が。
まただ。また――自分は助けることができなかった。
――マズイッ!早く引き上げないと!!
あれだけたくさん撃たれていれば、身体は自由に動かないはず。それが、たとえ――ゴム弾だったとしてもだ。
――待ってろ!!今助けるから!!
急いで湖へ向かおうと足を動かしかけたが、その前に隣にいた古山晴海(女子5番)が動く方が早かった。大樹のことや歩のことすら目に入っていないのか、なりふり構わず必死で駆けていく。宗信が落ちていった湖に向かって。
――古山さん…ダメだ…!
女の子である晴海が、人一人抱えて上がるのは容易ではないはず。けれど、大樹は右わき腹を撃たれているため、正直なところ湖に飛び込めるかどうかも怪しい。現に、呼吸は除々に荒くなっている。
晴海に制止を呼びかけようとしたが、その前に歩が狙いを変えるのが目に入った。今度は――晴海に。
「古山さんッ!!逃げろ!!」
咄嗟にシグザウエルを歩に向けるが、その前に歩が引き金を引いた。パンッという銃声がこだまする。大樹は、晴海が無事かどうか確認するために、急いで視線を歩から晴海に移した。その瞬間――驚愕した。
晴海は、走り続けていた。決して足を止めていなかった。
そしてその行動こそが、彼女の命を救ったのだ。
歩から放たれた弾丸は、晴海の二つに結ばれている髪に当たっていた。仮にゴム弾とだったとしても、その威力のすごさは相当なもの。そのまま晴海の二つ結びの髪を切り離してしまっていた。ちぎれた髪が、宙に舞うのがはっきりと見える。
しかし、晴海はそれにも構わず、そのまま駆けていき、湖に飛び込んでいった。決して躊躇うことなく。
大樹は、その姿をただ呆然と見つめていた。不思議なことに、今はっきりと分かってしまったのだ。宗信が晴海を想っているのと同じくらい、晴海も宗信のことを想っているのだと。
――両想い…だったのか…
初めて知る真実。嬉しい半面、泣きそうなくらい悲しくもなった。二人とも、自分よりも大切な人がいるから、生きていてほしい人がいるから、だから――無茶をする。
それは、自分の命を捨てかねない行為だから。それは、自らの命を放棄する理由にもなりかねないから。
そのとき、歩が起き上がろうとするのを視界の端にとらえ、ハッとした。そう――今は、大樹が二人を守らなくていけない。晴海が宗信と共に湖から上がってきたとき、歩に殺されることがないように、大樹が今ここで止めを刺さなくてはいけない。
――決めただろ…二人を守るって…。もう誰も死なせないって…
死なせない。宗信の覚悟も、藤村賢二(男子16番)の犠牲も無駄にはしない。宗信はきっと、人を殺したくはなかったのに、殺さないと決めていたのに、その誓いを破った。その罪を一生背負う覚悟を決めて、その上で引き金を引いた。
その覚悟を――大樹もしなくてはいけない。
呼吸を整える。そして、自分の怪我の状態を確認する。撃たれているのは、左腕と右のわき腹だけ。左腕は使えないが、右手は自由に動かせる。大丈夫、引き金は引ける。近くに行って、確実に心臓を狙えば、止めを刺すことはできる。とにかく、歩に気づかれないように近づけば大丈夫。上手く近づくことができれば――
しかし、すぐに歩の様子がおかしいことに気付いた。上手く起き上がれないのか、左手で上半身を支えたまま、右手をこちらに向けて、引き金を引き続けている。けれども、弾が出てこない。既に弾切れを起こしているのだ。それに気付かずに、歩は必死で引き金を引き続けている。どう考えても、普通の状態ではない。
――まさか…もう…
普通なら、死んでいてもおかしくはない。いや、今生きていることの方が不思議なのだ。もしかしたら、歩の肉体の方は既に死んでいて、今は精神力だけで生きている状態なのかもしれない。そしてその動力は、歩が言ったような“正義感”とか“使命感”に他ならない。
――どうして…そこまで…
放っておいても、おそらくもうすぐ死ぬだろう。けれども、今の歩には、そのことすらどうでもいいのかもしれない。ただ目の前の“悪”を排除する。そのことだけしか考えていないのかもしれない。瀕死の重傷を負いながらも歩がそうするのは、おそらく並大抵の気持ちではなくて、大樹には到底及ばない“意地”みたいなものが、そこには隠されているのかもしれない。
そんな歩を見ていると、憎しみや怒りといった負の感情は、完全に昇華されてしまっていた。今、大樹の心にあるのは――“悲しさ”や“憐れみ”に近い感情。ただ、それだけだった。
大樹は、ゆっくりと歩き出した。歩き出した途端、わき腹の傷がズキンをと痛み、思わず顔をしかめる。それでも足を止めることなく、一歩ずつ歩との距離を詰めていった。
それは、宗信や晴海を守るためではなく――歩を楽にするために。
右手のシグザウエルを、ギュッと握りしめた。
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