“重さ”の違い

 内野翔平(男子1番)は、エリアでいうD-6の民家の中にいた。友人である岡山裕介(男子3番)と共に。

 二人のいる民家の中は大変汚く、何もかもが埃だらけであった。その埃を払って、翔平は木製の椅子に腰かけている。翔平の後ろ、少し離れたところに裕介も同じくらい古びた椅子に座って、窓から外を見ているようだった。周囲を警戒しているのだろう。その姿はとても頼もしく、自分を守ってくれる“要塞”のように、絶対的な存在だった。

 

――やっぱり、信頼できる友達って大事だな。

 

 翔平は裕介を待つ、ということを最初から決めていた。間には三人しかいないし、時間的にいえばわずか八分後には出てくるのだ。一番信頼できる友人と合流する上で、これほどいい条件はない。

 

 学校を出て、左手の林の方には人がいるようなので右手の林の方に隠れた。隠れたとほぼ同時に、二発の銃声を聞いたのだ。ここからかなり近いらしく、思ったよりも大きかった。思わず逃げ出したくなったが、そこは足を押さえてグッとこらえた。

 

――ここで逃げたら台無しだ。

 

 そう思い、震える身体を押さえつけてそこにとどまった。翔平の次の出発である荒川良美(女子1番)が、テニス部のエースらしい脚力で走っていくのを見届け、次の江田大樹(男子2番)が周囲を警戒しつつすぐに立ち去ったのを確認し、宇津井弥生(女子2番)が悩みながらもその場を後にするのをじっと見ていた。その後、無事に裕介と合流を果たせたのだ。

 そして急いで裕介の腕を引っ張り、このエリアに辿りついた。たまたま民家があったので、そこに身を潜めている。到着してからずっと黙ったままであるが、大して気にならなかった。この状況では笑い話もはばかれるだろうし、下手に騒いで他のクラスメイトに見つかっても厄介。小学校の時からの仲なので、沈黙も苦ではなかった。それよりも、裕介も一緒にいてくれる。それは自分を信頼してくれてるということ。それが何よりもうれしかった。

 

――誰だよ?不良はすぐ裏切るだとか、そんなこと言った奴は。俺も裕介も確かに不良ではあるけれども、けどこうやって信頼し合っているんじゃないか。それに普段真面目な人間ほど、こういう時に何をしでかすかわからない。やっぱり、一緒にいるなら自分が信頼できるような友人に限るな。

 

 信頼できる友人と合流できたということが、翔平に安堵感をもたらしていた。おそらくプログラムに放り込まれたクラスメイト達の中では一番落ち着いていただろう。そう、この時までは。

 それに翔平に支給された武器が、その安堵感をさらに加速させるものだった。攻撃するものではなく、身を守るもの。不意打ちで攻撃されてもおそらく大丈夫なもの―防弾チョッキであった。それは今も翔平の身体を守ってくれている。さすがに頭は守れないが、胴体には確かな感触がそこにあった。自分の守る“盾”がこんなにも頼もしい。

 ふと、気になって時計を見る。現在AM2:08。銃声はあの二発以来聞こえていない。もう何人ものクラスメイトが出発しただろうし、その中にはやる気の人間もいるだろう。けれども、伊達に不良をやっているわけではない。女子は同じ不良グループの宮前直子(女子16番)三浦美菜子(女子15番)本田慧(女子13番) 以外なら問題ないし、男子でも大半は簡単に倒せる。翔平の防弾チョッキと、裕介の支給武器である銃―S&W M10ミリタリー&ポリスがあれば、おおよそ切り抜けられる。だから、不意打ちではやられない。簡単には死なない。翔平はそう確信していた。

 

 けれども、いつ穏やかな状況が一変するかわからない。それがプログラムの恐ろしさ。この時も例外なく、突如その危機は訪れる。 

 

「翔平。」

 

 裕介に呼ばれて、なんの警戒心もなく振り返る。交代で休もうとか、やはりもっと北へ移動しようとか、そんなことだろうと思った。だからこそ次の瞬間、目を疑った。

 

 裕介が銃口を、自分の頭に向けていることに。

 

――何?何の冗談だよ?

 

 銃口を向けられているにも関わらず、心のどこかでは冗談ではないかと思った。いつも悪ふざけはするし、たびたび矢島楓(女子17番)のいじめに加担もしていた(しかし翔平はいじめには参加しなかった。何となく嫌だったので)。そんな度の過ぎた行為をすることがよくある。だからふざけているんじゃないかと思った。そう思うことで、現実逃避をしていたのかもしれない。

 

 しかし、裕介を目を見て悟った。これは冗談とか悪ふざけではない、本気なのだと。

 

「やっぱ馬鹿だな、お前は。ルールでは一人しか生き残れないんだぜ。一緒にいたって意味ねぇんだよ。俺はプログラムに乗ってクラス全員殺す。お前にもここで死んでもらう。」

 

 いつも変わらない、トーンの低い声。いつもなら何も感じないのに、この時ばかりは恐ろしかった。信頼する友人が銃口を向けている。本気だとは分かりつつ、理由がわからなかった。頭の中には疑問符しか浮かばなかった。そしてその答えは何一つ浮かばなかった。

 

「お、俺達…ダチじゃねぇのか?」

 

 震える声で言葉を口にすると、裕介はハッと馬鹿したかのように笑った。いつも見ているそれよりも、悪意のこもった歪んだ表情だった。思わず身体が硬直する。

 

「俺にとってダチだのなんだのって、そんなのどうでもいいんだよ。ただガキの頃から一緒にいたからつるんでただけ。内心うっとおしかったくらいだぜ。お前ともこれでおさらばできる。正直せいせいするくらいだ。」

 

 信じられない本心。今まで翔平のことをそんな風に見ていたなんて夢にも思わなかった。ずっと友達だから、一緒にいてくれるのだと思っていた。

 もしかして、そう思っていたのは翔平だけで、裕介にとっては翔平との友情なんて気に留めるほどでもないささいなものだったというのか。今の今まで築き上げてきた信頼は、全て翔平の裕介に対する“盲目の友情”によって出来上がった虚構だったとでもいうのか。

 

――俺は、信じる相手を間違えたのか?

 

 けれども、その思考も長くは続かなかった。翔平が何か言う前に、目の前の裕介が引き金を引いたのだ。パンという先ほど聞いたのと同じような音が聞こえたと認識するまでもなく、翔平の意識はこの世から消失していた。額のど真ん中に赤い穴があき、頭の後ろで何かが吹っ飛んだ。その勢いのままゆっくりと仰向けに倒れていき、それからもう自らの意思で動くことはなかった。

 裕介は目の前で倒れる翔平の遺体を一瞥すると時計を見た。しかし時計なんてもの、普段から身につけていない為自分がいつ出てきたかわからないし、もう全員出発してしまったのかもしれない。学校に戻って、出てくる人間を次々に殺すことは不可能。思わず舌打ちをしていた。

 

「てめぇのせいで殺しそこねたじゃねぇか。バーカ。」

 

 仕方ないといった感じで、翔平の防弾チョッキを脱がせにかかる。こんなの、着けてるってわかってしまえば訳ない。翔平の武器が分からないからおとなしくここまで連れてこられただけだし、周囲を警戒していたからこそ、今まで何もしなかっただけ。

 

 翔平にとって、裕介は“信頼できる無二の友人”。しかし裕介にとって、翔平は“ただつるんでいる奴”くらいにしか感じていなかった。

 

男子1番 内野翔平 死亡 

[残り35人]

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