不協和音の予感

 

「もうすぐ出てくるな。」

 

 松川悠(男子18番)がそうつぶやくのを、隣に座って近くの木に身体を預けている佐野栄司(男子9番)は、ぼんやりと聞いていた。

 一方悠は、栄司の方を見ずに視線を学校の出口ただ一点にそそがれている。もうすぐ出てくる藤村賢二(男子16番)のことを、今か今かと待ちかまえている様子だった。見る限りでは、いつも通りで落ちついているように見える。栄司にいたっては、仲のいい里山元(男子8番)が死んだこともあって、かなり混乱していたのだけれども。

 

――どうしてそんなに落ち着いていられるのだろう。

 

 ある意味いいことではあるのだが、栄司は少しばかり気がかりだった。



 学校から出た時、栄司は絶望的な気分だった。出発が近いはずだった元は死んでしまうし、悠や賢二とは出席番号が離れている。それに、成績も中くらい、運動神経はかなり鈍い(それでたまに賢二に文句を言われることもあった)、ただでかいだけの図体をしている栄司が生き残れるわけがない。とにかく、走って遠くに逃げようと思った。その時だった。

 

『栄司!こっちだ!』

 

 悠の声が聞こえたような気がしたが、一度は無視した。待っているわけがない。悠は四番目、栄司よりも三十分以上前に出発したのだ。待っているわけがない、待っているわけが…

 

『おい!俺だよ!なんで逃げるんだよ!』

 

 そう言うなり、栄司の腕をグッと掴んだ人物がいた。つかまった!と思い、振り切って逃げようとしたが、いきなり足を引っかけられ、勢い余って地面に倒れこんでしまう。そこで、ようやく誰なのか確認できた。

 

『ゆ、悠…?』

 

 栄司の腕を掴んだまま見下ろしていたのは、確かに小学校の時からの友人、松川悠その人だった。栄司を捕まえるために走ってきたのか、かなり息を切らしながら、途切れ途切れに言葉を発していた。

 

『ったく、普段トロいくせに、こういう時は、足が速いんだから。あんま、手間かけさせんじゃねぇよ。おかげで、体力、無駄遣い、しちまったじゃねぇか。』

 

 いつもと変わらない、どこか少しばかり、いやかなり毒を含んだ言葉。それでたまにカチンとくることもあるけれども、この時はそれすら考えられないほど、危険を冒してまで待っててくれた友人の存在がとてもうれしかった。

 

『よかった…、俺…もう不安で…』
『泣くのは後にしろよ。賢二が出てくるまで、そこの林に隠れよう。』

 

 そう言うなり、栄司を立たせて近くの林に連れて行ってくれた。

 

 なんで待っていてくれたのか。しばらくしてから聞いてみると、実に悠はあっけらかんと答えてくれた。

 

『だって、これが一番確実じゃないか。確かにずっとここにいるのは危険かもしれないけど、一度離れてしまえば合流は難しいんだ。だったら、危険を冒してでも待っている方がいいと思ってな。それに俺の武器は当たりだったし。』

 

 そう言って見せてくれたもの、それはリボルバー式の銃だった(S&W M19 コンバットマグナム)。確かに何があってもこれがあれば対応できるし、少しだけ安心できる材料にもなる。それで悠が待つことができたのだと理解できた。(ちなみに栄司の武器はなんの変哲もないハリセンチョップだった。どう考えてもハズレ)



 それからしばし経つ。栄司の次の出発である月波明日香(女子9番)が、誰かに呼ばれたかのように、栄司達とは逆の右手の林の方に歩いていき、その次の白凪浩介(男子10番)が辺りを見渡し、少しばかり悩んだような表情を浮かべた後、意を決したかのように一目散に走り去っていくのをじっと見ていた。それからも次々をクラスメイトは出発していく。その間、悠は誰にも声をかけず、ただじっと身を潜めていた。大分栄司も落ち着いてきたので、ふいに疑問を投げかける。

 

「他のみんなには、声かけないの?」

 

 すると悠は、“お前は馬鹿か?”と言わんばかりの表情を浮かべて、かつ小さく溜息をついてから口を開いた。

 

「何で、そんなこと言うんだ?」
「だって、乗りそうにない人は他にもいるじゃないか。鶴崎はクラス委員だし、武田や野間や、乙原や萩岡だって乗りそうにないよ。女子だったら、宇津井さんや芹沢さんだってそうだし。それ以外にも乗らない人はきっとたくさんいるよ。こんなの変だって思ってる人、きっとたくさんいるはずだ。」

 

 栄司はそう思っていた。本気で殺し合いなんかに乗る人などいないと。きっとみんなで集まれば、何か打開策が考え付くはずだと。だから悠が待っていてくれたと分かった時、他の人にも声をかけると思っていた。けれど、悠は声をかけるどころか、見つからないように身を潜めている。

 

「あのなぁ、これはプログラム。生き残れるのは一人だけなんだぞ。下手にたいして仲良くない奴を引き入れてみろ。それこそ命取りになる。大体、ただ一緒のクラスの奴のことを、俺達はどれだけ知っている?ただ昼間同じ空間で、勉強や会話をするだけの連中の何を知っているんだ?上辺だけで判断しない方がいいに決まってる。」

 

 悠の言っていることは最もだ。確かに、昼間一緒にいるだけのクラスメイト。それも、先生達が勝手に決めた同じ年の男女の集まり。共通点があるわけでも、全員が仲がいいわけでもない。それがクラスというもの。

 けれど、栄司は心のどこかで信じたかった。こんな殺し合いに乗るほど、みんな非情な人間ではないと。きっとみんな栄司と同じように、こんなの間違っていると思っていると。

 

「それに、俺は確実に乗っている奴がいると思っている。教室でも聞こえたんだろ?あの銃声。」

 

 コクンと頷く。栄司が出発する前、丁度荒川良美(女子1番)が出発する前、二発ほど銃声が響いていた。実際、これは栄司の恐怖心を増幅させるものだったし、みんなが不安な表情になっているのはわかった。しかし、だからといって乗っている人間がいるとは考えていなかった。というか、そこまで思考が及んでいなかったといったほうが正しい。

 

「俺が見る限り、先に出発した連中で混乱しているような奴は一人もいなかった。俺より前に出発した三人にも、後から出てきた四人にもだ。それに内野は右手の林に隠れていたから、銃声とは関係ない。となると、残りの六人の中にその銃声の主がいることになる。それも、自分の意志で発砲した人間がってことだ。二発したから、最大二人だな。そして二発で止んだということは、その二発で決着がついた可能性が高い。どんな形でついたかは分からないが、最悪その銃声で死んでいる人間がいることだって考えられるんだぞ。開始早々、こんなことをする人間だっているんだ。この状況を踏まえても、全員信じられるのか?少なくとも俺は無理だ。」

 

 悠を推論を聞きながら感嘆すると共に、心のどこかで決めているんじゃないかと思った。確かに栄司が見る限りでも、混乱しているような人物はいなかった。けれど、それは教室で見る限りだ。もしかしたら、学校を出てから何か心境の変化があったかもしれないし、何かを目撃したのかもしれない。それに銃声の主だって、今では後悔しているかもしれない。人の気持ちなんて、所詮わからないのだから。

 

 それに、悠が嘘ついてる可能性だってなくはない。

 

「だから俺は基本的に、栄司と賢二以外は信じない。鶴崎にしたって、野間や武田や乙原や萩岡にしたって信じない。女子でもだ。わかったか?」

 

 半ば強引に納得されて、思わず頷く。すると悠はホッとしたかのような、けどどこか勝ち誇ったような、そんな笑みを浮かべていたのが気になったけど、そこは黙っていることにした。

 

――やっぱり悠って、ちょっとキツイとこあるな。

 

 普段から思っていたが、こういう状況になるとより気になってしまう。ただでさえ神経が過敏になっているのだから、何気ない一言が決定的な亀裂を生むかもしれない。

 実際言った方がいいんだろうけど、悠はちょっと人を見下す傾向があるから、自分より成績が下な人間の発言や忠告を一切聞かない。それが分かっているから、栄司も言わないのだ。このグループの中でいったら、それが言えるのは元だけ。しかし、その元はもう死んでしまっている。あと言えるとすれば、悠より成績がいい鶴崎徹(男子13番)、女子で言ったら香山ゆかり(女子3番)くらいだが、さすがにそれは期待できない。となると、誰も悠に注意するような人間がいないことになる。何となくだが、それはマズイような気がした。

 

――言った方がいいかな。賢二と喧嘩になってもいけないし。

 

 秘かにそう決意した時、悠が少しだけ声のトーンを上げて発言していた。待ちかまえていた瞬間が訪れたせいか、いつもよりも幾分かボリュームも大きい。

 

「今、三浦さんが出てきた。次だぞ。」

 

[残り35人]

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