片割れの死がもたらすもの

 

――嘘でしょ?小夜子が自殺したなんて…

 

 岸田育美(女子4番)は、たった今芹沢小夜子(女子7番)が落ちていった、 はるか下の海を見つめていた。スローモーションのように、自分の友人がゆっくりと崖から落ちていくのを。自らの意志で、この世から去ったところを。育美ははっきりと目の当たりにしていた。

 

――なんでよ…。なんで私を置いていくの…

 

 思わずヘタリとしゃがみこむ。ずっと探していたのに。学校の前では怖くて待てなかったから、だから探していたのに。やっと見つけたと思ったのに。声をかける前に、海の方へと落ちていくなんて…。

 

――違う…。私が待っていれば…。こんなことにはならなかった…。

 

 最初から待っていればよかったのだ。学校を出た時の視線がなんだ。銃声がなんだ。ここで離れてしまえば、二度と会えなくなるかもしれないということは分かっていたのに。その時の恐怖心で全てを台無しにしてしまった。目の前で友人を失うことになるなんて。

 

――ねぇ、なんで自殺したのよ?私がどれだけ悲しむかわかっているの?小夜子がいないなんて、私には耐えられないのに…

 

 小夜子が自殺したことは分かっている。けれど信じられなかった。負けず嫌いで、ミーハーで、でも成績も運動神経もいいし、やる時はやるあの小夜子が。普段だったら絶対にそんなことを考えない小夜子が、どうして自殺なんかしなくていけないのか。育美には分からなかった。

 相変わらず、海は大きくうねりを上げている。怪物のように荒々しく。ここから落ちた自分の友人は、苦しまずに死んでいけたのだろうか。楽になれたのだろうか。

 

「は、はは…。」

 

 次第に笑いがこみ上げてくる。歪んでいて、狂ったような、そんな気味が悪い笑い声。もしかしたらその表情すら、普段のそれとはまったく異なる、ピエロの笑顔のようなゾッとさせるようなものだったのかもしれない。

 

「あははははははははははは!」

 

 笑った。ただ笑った。喉が潰れて、声が枯れそうなくらい思いっきり笑った。誰かに見られているかもしれないという気遣いもまったくしなかった。そんな考えも、頭の中から抜け落ちていたのかもしれない。

 

「おかしいよ!狂ってるよ!こんなの!こんなのって!」

 

 涙も出ない。涙腺もおかしくなっているのかもしれない。どうして自分は笑っているんだ?生き残る確率が上がったから?家に帰れる可能性が高まったから?一番殺せないだろうという人物があっさりと死んだから?でも答えは出ない。出るわけがない。育美自身もわからないまま、ただ大声で笑っていた。そうしなければならないかのように、機械のように正確にボリュームを下げることなく、途切れることなく大声のままで。

 

 もしこの時育美の思考が正常だったら、バドミントンの試合の時のような集中力が一かけらでも残っていたら、気づいていただろう。背後から、忍ぶような足音が聞こえていたのを。

 

 しかし、教室で里山元(男子8番)の死体を目撃したこと、パートナーともいえる一番の友人の自殺を目撃したこと、そして何より完全に一人ぼっちになったことが、育美の理性、心を完全にガラスのように粉々に砕いてしまった。ただ笑い続けた。笑いながら立ち上がった。膝まであった草の感覚がなくなった。そして再び崖の下を覗き込んだ。まだ海は大きくうねりをあげて暴れている。

 

――ここから落ちたら楽になれる?もう一人ぼっちにならなくてすむ?

 

 小夜子がしたのと同じように、崖から身を投げようかとふと思う。そしたら小夜子に会えるだろうか。またあの時のように、笑って話せるのだろうか。もう中体連には出られない、新人戦の時に誓った涙のリベンジは果たせない。でも小夜子に会えるなら、それも悪くないかもしれない。

 けれど、海に向かって飛び降りるのはやはり怖かった。

 

――私って臆病者なんだな。もう生きてたってしょうがないのにさ。小夜子はさ、きっと私なんかより強いんだよね。

 

 そしてふと、右手にあるゴツゴツした銃(ベレッタM92F)に気づく。

 

――こんなのあったって、一人じゃ意味ないじゃん。そりゃバックから出てきた時は安心したけどさ。

 

 頼れる武器も、これでは意味がない。そう思い、銃を海に向かって投げ捨てようとした。その時だった。

 銃を投げようとしたその右手を、ガッと止められる感覚、育美の手首を、誰かの手が掴んでいた。

 

「何してるの?」

 

 声のする後ろの方へと、視線を向ける。そこには不良グループの一人、サブリーダーである三浦美菜子(女子15番)が立っていた。右手で育美の手首を押さえながら、真剣な顔で落ち着き払いながら、しっかりと育美の目を見据えていた。

 パクパクと口を動かす。声が出なかった。そもそも声を発することすら、拒否していたのかもしれない。

 

「せっかく当たりの武器なのに、そんなもったいないことしたらダメじゃない。それとも、もう必要ない?」

 

 この子の声、こんなに優しかったかな?そんなことを考えつつも、美菜子には一言も返せなかった。ただ美菜子の少し大きな、化粧もしている目に引き寄せられているだけだった。

 

「いらないなら、もらってもいい?」

 

 いいよ。そう言おうと思った。しかし、育美が言葉を発するより前に、美菜子の返答が早かった。

 

「じゃ、もらってくね。ついでに芹沢さんのところにも送ってあげる。」

 

 え?と思う間もなく、美菜子が空いている左手で、育美の手から銃をもぎ取った。そして腹に一発蹴りを入れ、よろめく育美を、両手で思いっきり突き飛ばした。抵抗することもできず、崖から足を踏み外し、はるか下の海へと落ちていった。どんどん遠くなる景色。最後に育美が見たものは、遠くからでも分かるほど、先ほどとはまったく異なる美菜子の表情。歪んだ笑顔で、それこそピエロのように、ニヤリと笑っている美菜子だった。

 

 育美の身体が、完全に海に落ちたのを確認してから、美菜子は銃を見つめる。思ったよりも上手くいった。小夜子がいた時から、ここにはいたのだが、小夜子が自殺すると踏んでそっとしておいたのだ。しかしまさか銃を持った育美がすぐ近くにいて、あんなに無抵抗で殺されてくれるとは思わなかった。美菜子の支給武器は一個しかない手錠だったが、これで少しは派手に動ける。

 

「よかったじゃない。あの世でも仲良くね、お二人さん。」

 

 そして育美のデイバックを拾い上げ、素早くその場を後にした。近くには、育美が修学旅行に持ってきたバックが、変わらずそこに放置されていた。

 

女子4番 岸田育美 死亡

[残り33人]

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