臆病者の小さな勇気

 

――さっきのは、さすがに言いすぎだよね。

 

 佐野栄司(男子9番)は先ほど松川悠(男子18番)が発言した『感謝しなくてはいけないかもな。』という言葉に耳を疑った。それで藤村賢二(男子16番)がギュッと拳を握りしめるのが分かったし、栄司自身もそんなことを悠が思っているとは思わなかったから、びっくりしていた。

 

――賢二、ただでさえショックを受けているのに…。

 

 さっき部屋を出る刹那、賢二の方をちらっと見たが、拳を握りしめるだけでこちらの方をまったく見てはいなかった。それだけでも、ショックの大きさを察することができる。それに“感謝”なんで感情、栄司は抱いたことがなかった。抱きたくもなかった、だって里山元(男子8番)だって、みんなの犠牲になって死にたかったわけではないのだから。

 

――帰ったら、悠に謝らせないと…

 

 意を決して、悠に言うことにする。長い付き合いで、栄司が悠に何かを注意したり、諭すことはなかった。栄司自身があまり発言するような性格でないこともあるが、元々強気な悠に対して、何か言える勇気がなかったというのが事実だ。しかし、今はそんなことをいっている場合ではない。悠の言う“脱出”を実現するためには、全員の協力が必要なのだ。

 

「悠。ちょっといい?」

 

 たったこの一言を言うだけで、緊張した。しかしそれには気付かないふりをした。

 

「何だ?手短めに頼むぞ。」

 

 作業をしながら、至っていつも通りに悠は返答する。さっきの発言に関して、悠は気にも留めていないようだ。それもそうだろう。いちいち気に留めるような人間だったなら、もう少し発言に注意するだろうから。

 

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『栄司はさ、どうしてそんなに悠にビクビクしてるの?』

 

 いつか、元を二人っきりで話していた時のことが蘇る。きっかけは特になかったから、なおのこと元の不意打ちのような質問に、戸惑いを隠せなかった。

 

『どうして、そう思うの?』
『何となく。栄司さ、もっと言いたいこと言いなよ。我慢はよくないって。いつか爆発しちゃうよ。それに、ちゃんと話せば悠も分かってくれるよ。』

 

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 そう言ってくれた元。もう栄司に助言することはない。ならば、以前言われたことくらいは、きちんと果たさなくてはいけないような気がした。

 

「…さっきの言葉。あれ、本気で言ったの?」

 

 いきなりは言えなかったようで、質問から入ってしまう。自分の度胸のなさに呆れてしまったが、それよりも悠の反応が気になった。

 

「だったら?実際そうじゃないのか?元じゃなきゃ、別の誰かが選ばれていたことになるじゃないか。それが俺や栄司や、賢二だった可能性だってある。元だったからこそ、俺らは無事に出発できたんだ。じゃなきゃなんだ?俺や賢二が選ばれた方がよかったのか?」

 

 そうは言ってないんだけど。そう思ったが、これは言わなかった。悠の持論に反論するために、きちんと整理して発言しなくてはいけないと思ったから。

 

「そもそもあのくじが変なんだ。栗井はももっともなことを言ってたけど、どう考えたって必要なかったと僕は思う。元が選ばれる必要も、別の誰かが選ばれる必要もなかった。だから感謝するのは違う。元だって、感謝されたくなんかないと思うよ。僕だったら、そんなこと思ってほしくない。」

 

 もし自分が選ばれたとしても、悲しんでくれるのは嬉しいかもしれないが、感謝なんかはされたくない。その為に選ばれたわけではないのだから。そもそも死にたくなかったのは、みんな同じなのだ。

 悠は栄司の発言に、少々考え込んでいる様子だった。ここで受け入れるのは、悠にとっては“敗北”を意味するのだろう。何とか栄司に反論する術を考えているようだった。

 

――そんな場合じゃないんだけど。

 

「けど…、現実そうだろ。あのくじはやらなくてはいけなかった。だったら誰かが死ななくてはいけなかったのは事実なんだ。」
「だからその考えが違うんだ。悠の言う通りかもしれないけど、それとこれとは話が違う。感謝するかどうかは別問題だ。だから僕は感謝なんかしない。きっと賢二だってそうだよ。だからさ、」

 

 一端言葉を切る。正直、悠を言葉で負かそうとは微塵も思ってない。今大事なのは、賢二と悠の仲に決定的な亀裂を生みだすのを防ぐことだった。元がいない今、栄司が二人の間を取り持たなくていけない。ただでさえ悠と賢二は性格がまったく違うタイプなのだから、些細なことで喧嘩する可能性は十分あるのだ。

 

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『悠と賢二ってさ、全然タイプ違うよね。だってさ、片方は運動神経抜群で熱血的だし、もう片方はクールで頭がいいでしょ?僕と栄司が仲良くなくちゃさ、絶対仲良くならないよ。だからさ、傍から見てて面白いけど、いつだって喧嘩しそうじゃない?』

 

 笑いながらそんなことを言う元を見て、栄司は秘かに尊敬した。いつだってニコニコしているのだけど、けっこう気を使っているのだろうなって思ったから。一方栄司はというと、何も考えずにただくっついているだけだったのかもしれない。そう思うと、元に申し訳ない気がした。

 

『元って、結構苦労してんだね…。それに比べて僕は…』
『苦労?そんなのしてないって。それなりに好いているから一緒にいるんだよ。賢二にも、悠にも、もちろん栄司にだっていいとこあるって。だからさ、もうちょっと自信持ちなよ。栄司は、悠に何もかも負けてはいないって。』

 

 そう言うなり、いつものようにニッコリ笑った。それはどこかホッとさせるような、偽りのない純粋な微笑みだった。

 

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 もうそれは見られない。いつだって人のことを思いやれる元が、熱血的な賢二とも、クールな悠とも、栄司とももう一緒にいられないのだ。それだけでも、栄司は泣きそうになってしまう。きっと賢二はそれ以上なはずだ。だって栄司から見ても、賢二は元に対して誰よりも信頼していて、そして好いていたのは間違いないのだから。

 

「賢二に謝ってよ。ただでさえ、僕ら以上にショックを受けているんだ。さっきの一言で、賢二が傷ついたの気がついてた?脱出するには、みんなで協力しなきゃ。ささいな発言が亀裂を生むかもしれないよ。」

 

 言いきるとともに、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。多分、言いたいことは全て伝えられたはすだ。

 

――これで悠がどう思うか。

 

 そもそも悠だって、そこまで悪い人間ではない。口は悪いし、人を見下す傾向にはあるけれど、でも友人や家族は大事にしている。仲良くなってから、栄司の誕生日には毎年欠かさずプレゼントをくれるし(かなり照れくさそうにだが)、賢二や元のことだって、なんだかんだで大事に思っている。そんなところは、何も言わなくても知っていた。だからこそ、危険を冒してまで悠は待っていてくれたのだから。そんなところが分かっているからこそ、栄司はこんなにも長い間友人を続けているのだから。

 

 悠はうーんと唸りながら、眉間に皺をよせ腕を組んでいる。真剣に考える時の悠の癖であった。栄司の言い分を、しっかりと受け止めているのがわかる。鼻で笑うことなく、考えてくれている。それだけでも幾分かホッとした。

 やがて栄司の言うことも一理あるとわかったのか、意を決したかのように口を開いた。

 

「う…ん。まぁ分かった。さっきのことは謝っておくよ。確かに言いすぎたかもしれないしな。」

 

 理解してくれた。栄司の言うことを受け入れてくれた。それだけのことなんだけど、今までできなかったのが馬鹿らしいとすら思えた。言えばわかってくれるんじゃないか。勝手に自分で聞き入れてくれないと、そう思い込んでいただけじゃないかと、そう思った。きっと元にはかなわないが、自分だってやればできるんだと、そう自信がついたから。きっと元も、天国から喜んでくれているような気がした。

 

――よかった。元の言う通りだったよ。ちゃんと言えば分かってくれるんだね。

 

 栄司は安堵し、再び作業に戻った。少しでも今後の役に立つようなものが見つかればいいと、少しでも二人の役に立ちたいと、その一心でいつになく素早く動いていた。そんな栄司を見て、悠が目を丸くしているのには気づかずに、必死で作業を進めていた。

 

 しかし栄司は気づいてなかった。そんな栄司の思いとは裏腹に、既に崩壊の足音が近付いていることに。

 

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