失った者の悲しい決意

 二人が戻ってきた。見る限りでは、明確な収穫はなかったようだ。

 

「どうだった?」
「まぁ、あまり期待していなかったけどね。予想通り収穫なしだ。」

 

 両手をパッと広げて、少々おどけてみせながら発言する松川悠(男子18番)の言葉を、藤村賢二(男子16番)はふぅんと表だっては普通に聞いていた。腹の底では、赤い炎に彩られた黒い憎悪を抱えながら。

 

「賢二、見張りありがとう。何か変化あった?」

 

 そう佐野栄司(男子9番)はねぎらってくれたが、実際特に変化はなかったし、それに正直なところ見張りをあまりやっていなかった。首を振ると、栄司は「そっか。」と言って、それ以上何も言わなかった。

 

「あ、そういえば腹減らないか?」

 

 二人に向かって、賢二はいつも通りのトーンで話し始めた。すると、二人は今思い出したかのようにああと小声でつぶやいていた。

 

「そう言えばそうだな。少し食うか。」

 

 そう言うなり、悠はデイバックから支給されたパンとペットボトルを取り出した。まだ一口も食べてはいなかったようで、パンは少しも欠けることなくコロンとした丸い形を保っていた。

 

「僕もそうしようかな。賢二も食べない?」

 

 栄司の誘いを、首を振る形で辞退した。実際、そんな気分ではなかったので。

 ガサガサと袋を開ける音がする。開いたと思ったら、悠が何の疑いもなくパンを口に放り込んでいた。続いて栄司も。

 

「あ、あのさ…賢二。さっきのこと…」
「悠。いくらなんでもそれじゃ聞き取りにくいよ。水飲んでからにしたら?」

 

 いつになく慌てて言おうとする悠を、栄司は至って冷静に止めていた。普段からしたら、おおよそ考えられないパターンだが、賢二はそこまで気に留めなかった。というより、どうでもよかった。

 栄司の言葉に悠もそうだと思ったのか、これまた慌てて水をゴクゴクと飲んでいた。それでパンを流し込んだのか、ペットボトルの三分の一の水が無くなっていた。

 ゴクンと飲み込むと、フーっと息を吐き、今度こそ意を決したかのように話し始めた。

 

「賢二、さっきのことなんだが…、その…な」

 

 その言葉は途中で途切れた。というよりそれ以上話せなくなっていた。なぜなら次に悠の口から出たのは、言葉ではなく「ゴフッ!」という単語と、先ほど食べたはずのパンと、―真っ赤な血であったから。それは床に飛び散り、埃がのっているフローリングを汚く彩っていた。手で押さえているが、それでも吐き出される血は、とめどなく手の隙間から溢れていく。そのままドサリと床に倒れる悠を、賢二はガラスのような感情のない目で見つめていた。

 

「ゆ、悠?!どうしたの?!」

 

 異変に気付いた栄司が、悠の元へとかけよる。そんな栄司を手で制しながら、悠は賢二の方を睨む。その瞳は弱々しい光を放ちながらも、しっかりとした意志をもっていた。分かっているのだろう。賢二が何をしたのか。

 

「お、お…前…。まさか…ど、毒…。」

 

 それが最後だった。もう何も見えていないその瞳を見開いたまま、悠は完全に地面に身体を預けていた。口元は悠自身の血で真っ赤に染まり、いつもはクールで涼しい顔をしているその顔面も、今や紅潮しきっており見たことのない表情へと変貌していた。そしてもう動くことはなかった。

 

――こんなにあっけないものなのか。

 

 命なんて脆いものだな、そう思った。親友はスイッチ一つで、悠はほんの少しの粉末で。どんなに医学やらなんやら発達していたって、人の命の儚さは同じなのだと。根本的なところは何も変わっていないんだと。

 

「け、賢二…。まさか…、毒を盛ったの…?」

 

 今だに友人が死んだことにショックを受けているせいか、ガタガタ震えながら栄司が問いかける。本当は聞かなくてもわかっているはず。だって毒(シアン化カリウム)を持っていたのは賢二一人で、その時間も十分にあったから。栄司自身が違うと分かっているのなら、もう可能性は一つしかないのだから。

 返事はしなかった。栄司の言う通りだから。確かに悠の水に毒を入れたのは、賢二自身だ。

 

「なんでそんなことしたんだよ!悠は…悠は…謝ろうとしてたんだ!さっきのこと、言いすぎたって言ってたんだ!悠は口下手で、言い方悪いけど、でも確かに僕にそう言ったんだ!なんで殺したりしたんだよ!」

 

 栄司の喚きに近い真実を耳にしても、もう心は乱れなかった。後悔も、懺悔する気持ちも湧いてこなかった。高揚することも、叫びたくなることもなかった。ただ、もう動かない悠を黙って見ているだけだった。

 何も言わない賢二に腹が立ったのか、栄司が怒りで顔を真っ赤にしながら賢二に掴みかかっていた。学生服の襟元を掴み、大きく前後に揺さぶっていた。その力のなすがままに、視界がガクガクと動いた。

 

「どうしてなんだよ!」

 

 近くで見ると、栄司が泣きそうになっている。無理もないだろう、大事な友人が目の前で死んだのだ。そんな栄司を見ても、もう何も感じなかった。感情はどこか遠く、きっと手の届かないところに置いてきてしまったのだ。

 

――でも、もう…

 

 ふいに身体が動いていた。揺さぶり続ける栄司の腕を掴み、ギュッと力を込める。栄司が「痛っ…」と手を離すのと同時に、右足で足払いをかけていた。思わぬ抵抗になす術もなく、栄司は背中から見事に倒れこんでいた。ドスンという大きな音が、静かな空間に響き渡る。

 

――俺は、もう…

 

 そのまま悠の元へと走り寄る。悠は横向きに倒れていたため、背中にさしてある銃は難なく取ることができた。そして使い方も分かっている。「何かあってはいけないから。」と、悠が使い方を教えてくれたのだ。

 倒れた時にしたたか打ったのか、栄司はまだ起き上がってこなかった。撃鉄を起こし、その栄司に銃口を向ける。

 

――お前らみたいに、希望は持てない…

 

 少しずつ引き金に指がかかる。その指が止まることはない。

 

――だから、こうするんだ!

 

 一気に引き金を引く。乾いたパンという音が賢二の鼓膜を刺激し、反動で少しだけよろめいた。たった一発だけなのに、銃声は鉄についた錆のように、いつまでも耳に残っていた。

 あっけなかった。起き上がろうとした栄司の頭が、弾かれたように大きく動き、再びドサッと倒れこんでいた。それからもう、動くことはなかった。

 

 ゆっくりと栄司の元へと歩み寄る。額のやや右寄りに赤い穴が開いていた。そこから血がゆるゆると流れだしており、栄司の顔を赤く染めていった。その目には涙がたまっている。その心中は、もう賢二にはわからない。友人を失った悲しみか、それとも殺しに走った人物を思ってか。

 

「決めたんだ。政府のやつらと、…元を助けなかったクラス全員を…殺してやるって。」

 

 もう何も言わない栄司に向かって、静かに淡々と、そう口にしていた。その瞬間、栄司の顔にスッと一筋の涙が流れていった。

 

男子18番 松川 悠
男子 9番 佐野栄司 死亡

[残り31人]

next
back
試合開始TOP

inserted by FC2 system