脱出を目論む計画者

 

 ここはエリアA-5。一人の少年が、ある決意を秘めながら作業を進めていた。

 

――とりあえず、欲しいものは大体そろった。これで進めるしかない。

 

 その少年の名は江田大樹(男子2番)。学校を出た後、北の方角に進みこの民家に辿りついた。無人島ということでさほど期待はしていなかったが、思ったよりも欲しい道具はそろっていたので少しばかり安堵した。何もない状態では、本当に何もできないのだから。

 

――俺は、絶対こんなプログラムに乗らない。必ず脱出する。

 

 その為には、まず首輪を外すことが先決だという結論に至った。担任である栗井孝が、やたら首輪の機能を強調していたのが引っかかったし、何より首に爆弾があるというのが気に食わない。いつだって爆破できることは、皮肉なことに里山元(男子8番)で証明済み。兎にも角にもこれが外せないと、脱出どころか学校に奇襲をかけることすら難しい。機械にはそれなりに長けている大樹なだけに、この行動方針を決めるのにさほど時間はかからなかった。けれど…

 

――やっぱり、一人じゃ難しいかな…

 

 本来ならば、仲間を作って協力してもらうべきなのだろう。実際自分自身の首に巻きついている首輪は、観察すら困難。一応この民家には鏡もあったが、それでも限界がある。首輪を外すためには誰かの協力が必要不可欠であることを、ここで痛感してしまうことになってしまった。

 

――乙原、待っとけばよかったかな。

 

 最近よく話す乙原貞治(男子4番)は、間の三人さえやりすごせば合流はできたし、今でもプログラムには乗ってないと信じている。冷静に考えればそうすべきだったのかもしれない。いや、そうすべきだっただろう。今さらながら、あの時待たなかった自分を怒鳴りたい気分であった。

 一つ言うなら、大樹の出発する少し前に聞こえた銃声。あの銃声、実は大樹自身をも混乱させていたのだ。表面上では平静さを装いつつ出発したが、内心は早く学校から離れたかった。そのせいか、待つという行動をこの時ばかりは選択できなかったのだ。言い訳がましいが、それがあったのも事実。

 

――今さら後悔してもしょうがないな。とにかく、やれる限りやってみるしかないか…。

 

 どうにもならないことを考えても仕方がない。とにかく、貞治も含めた多くのクラスメイトを助けるためにも、何とか突破口を見出したかった。たとえそれがほんのかすかな光で、気を抜いてしまえば簡単に見失うような儚いものだとしても、今の大樹にできるのはそれくらいしかないのだから。

 それに信用できるのは貞治だけではない。貞治と仲のいい萩岡宗信(男子15番)白凪浩介(男子10番)、それに修学旅行で同じ班だった武田純也(男子11番)鶴崎徹(男子13番)野間忠(男子14番)。彼らとは、わずか三日ばかり行動を共にしていたのだが、タイプは違えど全員大樹から見れば“いい奴”であり、このプログラムにも乗りそうにない人物ばかりだ。この中の誰でもいいからめぐり逢いたかった。きっと彼らなら、鼻で笑ったりせずに協力してくれそうな気がしたから。

 

――あ、でも萩岡と白凪はどうだろう。ちょっと難しいかもな。あの二人は多分…

 

 耳にかすかな音。カサっという草を踏んだような音が届いて、そこで思考を停止した。音の方角は、おそらく玄関の方からだろう。慎重に支給武器であるフランキ・スパス12を肩から下げ、物音を立てないように移動する。たった数メートル、移動するだけで冷や汗をかいた。緊張しているせいだろうか。いつになく心臓の音がうるさい気もする。

 

――誰かいるのは、多分間違いない。問題は、話せる相手かどうか。

 

 暗闇に慣れつつある目をこらして、その人物を確認しようとする。同じ班の六人の中の誰かなら万々歳だが、そうじゃなくても相手を見て、話をすることができるかどうか判断する。とにかく、冷静に行動しなければ。

 大樹のいるこの民家は、古いながら中々立派な造りをしていて、二階に上がる階段も、部屋のドアも、重厚な感じがしており、いい意味で歴史が感じられるものであった。玄関のドアも例に漏れず、立派な木で作られており、その間にガラスが埋め込まれている。そのガラスの向こうに、人らしきシルエットが見えた。直線的なシルエットからしてズボンをはいている、となるとおそらく男子。

 

――さすがに誰かはわからない。声をかけるか?

 

 中々の背丈をしているところからして、貞治や宗信ではない。大樹より背は高いだろうと推測できたが、そもそも大樹自身が男子の中でも背が低い方なので参考にならない。同じ班の六人以外でも、信用できそうな人間はいないこともないが、さすがに誰でも信用できるわけではない。声をかけた時点でここに人がいること、かつ自分の正体を教えることになる。かといってやり過ごすのも違うような気がする。“仲間”が必要だとわかっているのに、ここで手をこまねいているだけでいいのか。多少のリスクを冒さないと、目的は達成できないのではないか。

 そんな大樹の思考をよそに、その人物から声が聞こえてきた。

 

「そこにいるのは誰だ?」

 

 少々低めのテノールボイス。しかし、声だけでは相手は誰かわからなかった。少なくとも、六人の中の誰かではないようだ。少しばかり肩すかしをくらった気分だったが、そんなことを言っている場合ではない。

 どうやら相手は、ここに人がいることを察知しているようだ。すぐに攻撃しないところからして、やる気ではないと判断してもいいのかもしれない。けれども、ドアが一種のバリケードのような存在として成り立っているために、攻撃できないだけかもしれない。どっちなのかわからなかった。

 

――けれど、やる気じゃない可能性の方が高い。一応声をかけてみるか…

 

 散々悩んだ挙句、相手の言葉に応える選択肢をとった。そこにはやはり“脱出のためには仲間が必要”という根底の考えが存在していたからかもしれない。

 

「江田だよ。悪いが、そっちはだれだ?」
「俺は横山だ。言っとくが、やる気じゃない。信用してくれとは言わないが、できれば中に入れてくれないか?」

 

 迷った。相手は普段あまり接点のない横山広志(男子19番)で間違いないようだ。親しくはないが、敬遠するほどでもない。けれど、さほど話したこともないだけにどう対処すればいいのかわからなかった。

 それに大樹が広志に関して知っていることといえば、サッカー部の部長をやっているということ、その関係で同級生や後輩から慕われているらしいということ、クールな性格で成績も運動神経もそこそこ高いこと、あとクラスでいえば霧崎礼司(男子6番)若山聡(男子21番)と比較的仲がいいらしいこと、それくらいしかなかった。

 

――でも、やる気じゃないって言ってるし…。それに…首輪を外すためには仲間が必要だしな…。

 

 またしてもさんざん迷った挙句、招き入れるという選択肢をとった。普段の生活態度からして、“乗りそうにない”と判断したこと。あと広志はそこそこ成績も運動神経も良かったはずなので、仲間になってくれれば、大樹が思いつかないようなことを思いつくかもしれないことが主な理由だった。それに、少なくとも口頭で“やる気じゃない”と言っている人間を、むざむざ追い返すこともないだろう。

 

「悪いけど、荷物を足下に置いて、両手を頭の上で組んでくれ。」

 

 完全には信用してない。なのでこちらから防衛策を取った。これで断られるようならそれまでだ。このくらいの警戒心はあってもいいだろう。誰もかれも信用していたら、それこそ命取りなのだから。

 

「わかった。」

 

 広志は意外にも素直に従った。見た限りのシルエットでは、そのようにしたようだ。慎重にショットガンをかまえながら、ゆっくりとドアを開ける。その間も冷や汗は額から流れ落ち、呼吸は乱れ、心臓の音はうるさく鳴り響いていた。この音が相手に聞こえるんじゃないか、そう思うくらいに。

 満月に近い月明かりもおかげか、すぐに相手の姿が確認できた。目の前にいる人物は、本当にすべての荷物を足下に置いており(銃らしきものも一緒にだ)、頭の上で両手を組んでいた。大樹より高い背丈に細い目、サッカー部たる故か体格的にはがっちりとはいかなくても、筋肉のついた少しばかり逞しい身体。比較的クールな顔立ちをしているその人物は、大樹を見るなりホッとしたような顔をしていた。

 軽いボディチェックをした後、広志の荷物を持って素早く家へと招き入れた。広志が入ったのを確認してから、再びドアを閉める。この家のリビングまで案内し、向かい合わせになる形でソファに腰を下ろした。そこで、ふと思ったこと。

 

――そういえば、横山もあの銃声の前には出発していたな。

 

 あの時出発していたのは、広志を含めて八人。そして彼は銃を持っている。銃を持っていて、八人の中の一人。確率は決して低くはない。しかし、広志はすぐには撃ってこなかった。でなければ、あの銃声は別の人物なのだろうか。

 

「もう手は下ろしてもいいか?」

 

 広志の声で我に返り、「ああ、すまない。」と言って、荷物も返却しようとした。しかし、広志はそれを手で制した。

 

「信用の証とは言わないが、お前が持っててかまわない。大して仲良くない俺を警戒するのは当然だからな。というか、簡単に信用しちゃ、多分こいつはいけないと思う。」

 

 広志の言葉で、行き場を失った右手をゆっくりと横に持っていく。そこに握られていた銃を、銃口が広志に向かないようにしてソファの上にそっと置いた。

 

「早速で悪いが、ここで何をしている?」

 

 広志が待ちかまえていたかのように、早口でしゃべりだす。寡黙なタイプだと思っていたが、案外おしゃべりかもなと思った。

 

「いや、ただ隠れていただけだ。」

 

 敢えて嘘をついた。ここで馬鹿正直に話すのは、得策ではないと思ったからだ。広志は乗ってはいないようだし、大樹を信じてくれている。それは有り難いが、こんな当てのない行動を共にしてくれるだけの相手かどうかは、まだ分からなかったから。信じていないわけじゃないのだけれども。

 すると、意外なことに広志は少しばかり笑ったのだ。それはなんだか、こちらが嘘をついていることを見透かすような不敵な笑みだった。

 

「俺はてっきり首輪を外して脱出しようとか、そんなことを考えているんじゃないかと思ったんだけどな。」

 

 冷や汗が流れる。心臓の鼓動がより一層早まった。おそらく、一瞬呼吸も止まったはずだ。

 

――なぜ、見抜かれている?

 

 普段からあまり接点はないはずだし、大樹が機械に詳しい(にしたって大したことはないと思っているが)ことくらいは知っているのかもしれないが、それでもそこから“首輪を外そうとしている”なんて発想が浮かぶとは思えなかった。クラスでそんなに目立つ存在でもないはずだし、どちらかというと影の薄い存在だと思っている。浩介ほど顔立ちもよくないし、宗信ほど活発なわけでもない。大してよく分からない相手に、こんなに簡単に見抜かれるとは思えなかった。もしかしたら、憶測でものを言っているのかもしれない。

 

「なぜ、そう思う?」

 

 動揺を悟られないように、努めて冷静に切り返した。しかしそんな大樹の努力をあざ笑うかのように、広志は断言に近い口調でこう説明した。

 

「江田。お前は知らないかもしれないが、案外周りはお前のことを見てるぞ。お前の性格からして、プログラムには乗らない。機械に長けているお前なら、首輪を外して脱出しようとか、そんなことを考えているんじゃないかと思っただけだ。」

 

 すらすらと話す広志を見ながら、唖然としていた。まさかここまで見抜かれているとは思わなかったのだ。ここまで断言することのできる広志の観察力に、感服すら覚えたくらいだ。

 ここまで言われては、もはや嘘をつくべきではない。正直に話すことにした。

 

「横山の言う通りだよ。確かにこいつを外そうとしていた。しかし、中々難しいみたいだな。」
「なぜ難しいんだ?」

 

 大樹の回答に、疑問をぶつけるような形で広志が返す。そこで包み隠さず全てを話した。

 一人だと首輪の全体像を把握することすら難しいこと、やはり内部構造がまったくわからないのでどう外せばいいのか見当もつかないこと、主にそんなことをかいつまんで話した。

 大樹のつたない説明でも理解できたらしく、広志は眉間に皺を寄せて考えているようだ。それもそのはず。外すとか言っているが、今のところその糸口すら見つかっていないのだ。頼りないとか思っているのかもしれない。

 

「つまり…、一人では難しいということか。」

 

 コクンと頷く。全体像すら把握できていないのだ。ましてや解体など気の遠くなるような話。それでも、大樹はそうすると決めた、少なからずそこに希望はあるのだから。

 

「気の遠くなるような話だろ。けど俺はあきらめない。プログラムなんかに乗るか乗らないかを選ぶよりは、最後までこうやってあがいてみせるさ。」

 

 ただ逃げ回っていては、ゆくゆくは嫌でも何らかの戦闘に巻き込まれるかもしれない。そこで正当防衛だとしても、不可抗力だとしても、いつかは誰かを殺してしまったりするかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。

 だから誰も殺さなくていいように、全員はもはや無理だけど、なるべくたくさんの人が助かるように、プログラムから“脱出”するという道を選んだ。たとえ成功する確率が砂粒のように、とてもとても小さいものだとしても。

 大樹がそう言った後、広志は少しだけ笑っていた。先ほどとは違う、純粋な中学三年生らしい微笑み。たまにクラスで見る、穏やかでこちらをホッとさせるような、そんな笑みだった。

 

「二人だったら、成功する可能性は高くなるってことだろう?だったら、俺にも手伝わせてくれ。」

 

 再び唖然としていた。こんなにあっさりと協力してくれるとは思っていなかったからだ。本来ならば、手放しで喜ぶべきなのかもしれない。ずっと求めていた“仲間”が、こんなにもすぐにできたのだから。

 しかし次に大樹が発した言葉は、まったく正反対のものだった。

 

「いや、ダメだ。首輪を外そうとしているってことは、誤って爆発してしまう可能性だってあるんだぞ。俺はそれで死んでもかまわないが、横山まで巻き込めない。」

 

 言いながらも、“なんで断ろうとするんだ、せっかく仲間ができたのに”という気持ちが半分、“大して仲良くない人に、そこまで危険なことには巻き込めない”という気持ちが半分存在していた。矛盾しているな、と我ながら思うのだけれども、それでも今発した言葉に、嘘偽りがないのも事実だ。

 けれども、そんな大樹の言葉を意に介さないかのように、あっさりとこう口にした。

 

「俺だって、こんなクソみたいなプログラムに乗る気はない。ただ逃げ回ったり、いつか誰かを殺してしまったりするよりかは、お前のプランに賭けてみたい。」

 

 大樹の目を見て、はっきりとそう告げる広志の存在が、とても頼もしく思えた。それはきっとサッカー部の部長だからとか、比較的冷静な性格で頼りがいがあるからだけではない。

 

「しかし…、いいのか?」
「お前と同じだよ。これで死んでもかまわない。それにもしお前に会えて、本当に脱出を考えていたとしたら、協力したいと思ってた。それもあってわざわざ声をかけたからな。」

 

 かすかな光が、少しばかり明るさを増したような気がした。それでも小さな光かもしれないけど、大樹にとっては大きな希望になりうる光だった。一人よりも二人。たった一人いるだけで、こうも違うものなのか。

 ソファに置いてあった銃(大樹はこの時知らないが、その銃の名はコルトパイソンというものだ)を右手で掴み、再び広志に差し出す。そしてはっきりとこう言った。

 

「なら…、頼む。脱出の為に協力してくれ。」

 

 広志はコクンと頷くと、今度は銃を受け取りそっと横に置いた。そして差し出された右手をしっかりと握り、「ああ。」と力強く握り返してくれた。

 

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