一番信じたくない、最悪の可能性

 

 何度も何度も考える
 その中で浮かぶ、一番可能性の高い仮説
 でもそれを必死で否定し、別の可能性を考える
 けれども考えれば考えるほど、その仮説はより現実味を帯びてくる
 それをまた否定しようとして、次第に出口のない迷路に迷い込んでいく 

 


 白凪浩介(男子10番)は深い溜息をついた。周囲を警戒しながらだったので、声を出さずに息だけゆっくりと吐く形で。吐くと同時に、身体が重たく感じられる。それはきっと、この悲惨なプログラムに参加させられているという事実だけがもたらすものではないだろう。もしここが自宅だったら、ソファにゴロンと横になりたいくらい身体がだるかった。もちろん、それは今許されない。

 

――まさかとは思っていたが…

 

 今目の前にある光景。見つけたくはなかった光景。教室いる時から感じていた嫌な予感。その半分は当たってしまったことが、証明された光景だった。

 

――おそらくあの銃声で死んだんだろうな。

 

 浩介の目の前で倒れている人物、宮前直子(女子16番)。こめかみを撃ち抜かれ、物言わぬ骸となった彼女。死んで悲しいという感情は、残念ながら芽生えなかった。しかし直子が死んでいる、それも学校からほど近いF-5で。出ていた人物とこの場所からして、あの銃声で死んだのは直子だと見ておそらく間違いではないだろう。

 

――開始早々こんなことができるなんて…

 

 浩介が考えるに、いくら一人しか生き残れないとはいえ、すぐに「はいそうですか。じゃ殺します。」なんてことができる人間がそんなにいるとは思えない。いないこともないとは思うけれども、少なくともあの時出発した人の中に、そんな非常な人間がいるとは思えなかった。少々苦手な松川悠(男子18番)にしたって、よくわからない文島歩(男子17番)にしたって、おそらく浩介を毛嫌いしているだろう米沢真(男子20番)にしたって、そんな非情な人間ではないだろう。いくらタイプが違うとはいえ、同じ中学三年生なのだ。

 

――もし、生き残るためじゃなかったとしたら…

 

 しかしそこに別の理由が存在したとしたら、“生き残るために殺す”、それ以外に殺す理由が存在していたとしたらどうだろう。その時はあっさりと実行できてしまうではないだろうか。直子に個人的な恨みや憎しみといった感情を持っている人間だったとしたら、彼女を目撃した時点で、その負の感情のままに殺せてしまうのではないか。そんなことを考えてしまう。

 そこで浮かんでくる、一つの仮説。

 

――まさか、矢島さんが…?

 

 浩介の初恋というべき相手、矢島楓(女子17番)の顔を思い浮かべる。ショートカットで眼鏡をかけている女の子。美人なんてお世辞でも言えないけど、それでもクラスのどの女子よりも、浩介にとっては輝いて見えていた女の子。笑顔がキラキラしていて、真剣な表情にハッとさせられ、話している時の頭の良さに感心させられる。いつだって、浩介の目を引きつけて離さない。無縁だと思っていた“恋”とか“愛”とか、そんな感情を抱かせてくれた。ある意味革命を起こした人物。

 そんな楓には、いじめられた過去がある。それは浩介も知っていたし、クラス全員が認識していた。そんな過去を微塵も感じさせないくらい、今ではよく笑う顔が見られるようになった。一度だけ、まだ名も知らぬ時に会った際に見せた、少しばかりぎこちない左右非対称な不自然な笑顔ではなく、感情が作り出す自然な笑顔が見られるようになっていた。浩介自身も不良グループは嫌いだし、一生好きにはなれないと思う。いじめられた楓が、心の底でどんな感情を抱えていたのかわからない。けれども人のことを外見ではなく、ちゃんと中身を見てくれる。友達思いで優しい。そんな彼女が人を殺したなんて…。

 

――出ていたのは矢島さんだけじゃない。他の奴の可能性だってあるのに…。

 

 あの時出発していたのは八人。その中で内野翔平(男子1番)は、時間的に考えて難しい。となると、直子を除いた六人の中に彼女を殺した人間がいる。楓がそうである確率は六分の一。低くはない、けれどもそうであるとは限らない。でも教室で見た楓の不審な態度。友人とも、誰とも目を合わせようとしなかった。この時何か秘めた決意を固めていたんじゃないかと、そう思ってしまう。信じたくはない。けれど、まださほど時間も経ってはいないあの状況で、既に人としての禁忌を犯した人間がいる。それは、まぎれもない事実。

 

――いや、考えすぎだ。考えても答えは出ない。殺した人間に会わないかぎりは…

 

 頭を振って、その嫌な考えを振り払う。それでも片隅にこびりついて離れない。頭で考えて行動するタイプの浩介にとって、これほど自分の性格を恨んだことはなかった。友人である萩岡宗信(男子15番)のように、考えるよりも行動するタイプの人間だったら、こんなことは考えずにすむのだろうか。好きな人を探して、守ろうとすることに全力を注ぐのだろうか。他のことには、一切構わないで。

 

――宗信、お前が羨ましいよ。

 

 一度だけ、まだ親しくない頃に、本人に告げたことはある。けれども時が経ち、親しくなって名前で呼び合うようになってからも、浩介はいつもどこかで宗信が羨ましいと思っていた。明るくて、いつも元気で一生懸命で、くるくる表情が変わる。怒ったり、笑ったり、そんな当たり前の感情を全力で表現する。“ロボット”と言われるくらい表情に乏しい浩介から見れば、万華鏡のように変化していく友人を、別世界の住人のように感じることもあった。

 

『宗信と浩介って、ホント正反対だよね。ここまで違うと逆に面白いよ。』

 

 もう一人の友人、乙原貞治(男子4番)の言葉が蘇る。ここまで違うタイプが仲良くできたのは、きっと貞治のおかげ。水と油というくらい正反対の二人は、貞治という乳化剤によってここまで仲良くなった。いくら“恋”をしているという共通点があったとしても、貞治なしではここまでの仲にはならなかっただろう。友人が多いのがよくわかるくらい、周りのことを考えていて、きっと傍から見れば優しい人物。親しい浩介達の前では、少々意地悪なことも言うのだけれども、それはきっと心を許している証拠。

 そんな貞治に好きな人がいたら、どんな行動を起こすのだろうか。同じように守ろうとするのだろうか。いやそれより、浩介と同じ状況になったら、二人はどうするのだろうか。想い人の潔白を信じて探すのだろうか。それとも、この可能性を一切考えないのだろうか。

 

――今は考えても仕方ない。とにかく探すしかないんだ。

 

 この仮説の答えは出ない。今やるべきことは、正しいか間違っているのかを凝り固まった頭で考えることではない。守りたい人間、大事な人間を探すことだ。楓を探して、殺そうとしている人間から守る。それが今の浩介の方針だった。だからこそ、学校の前で宗信を待たなかったのだから。

 

――ごめんな。けど絶対また会おう。お互いの大事な人を見つけるんだからな。

 

 楓だけではなく、古山晴海(女子5番)に会ったときも、行動を共にするつもりだった。浩介にとっては“明るい小柄な女の子”という程度の認識しかなかったが、あの宗信の好きになった女の子なのだ。もし見つけたら、宗信の代わりには及ばないけどできる限りのことはしたい。大事な友人に、会わせなくてはいけないのだから。

 

――もしかしたら、矢島さんも一緒かもしれないしな。

 

 流れ星に願ったことが叶ってしまうほど低い可能性を信じながら、浩介はゆっくりと歩き出す。そこでふとフラッシュバックした。

 わずか二ヶ月前、これもきっと革命的な出来事だっただろう。あの時出した少しばかりの勇気。そこで言われた当てのない提案。きっと勢いで言ったのだろうけど、その時素直に嬉しかったのを、今でもよく覚えている。

 

『お互いさ、両想いになれるように頑張るんだよ!んでさ、いつかダブルデートしようぜ!』

 

―なぁ浩介、覚えているか?―

 

「俺は、忘れたことはないよ。」

 

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