――これからどうしよう…
古山晴海(女子5番)はギュッと膝を抱えた。学校を急いで離れてから、そのまま北へ進み、今この小さな小屋に身を潜めている。もう時刻はAM5:00。学校を出てから、もう数時間が経過していた。
――たった一人ぼっちなんだ…。怖い、怖いよ…
先に出た矢島楓(女子17番)が待っていることもなく、後から出てくる谷川絵梨(女子8番)や月波明日香(女子9番)を待つこともできなかった。想い人である萩岡宗信(男子15番)を待つこともできなかった。待っていれば、ここまで怖い思いをしなくて済んだのかもしれない。改めて待てなかった臆病な自分を恨んだ。
――でも、あの時誰かいた…
晴海が学校を出る際、痛いくらいに感じた視線。結局誰かはわからなかった。確実なことといえば、楓ではなかったことくらいだ。
――あれ、一体誰だったんだろう…。良美ちゃん?でも、それなら香山さんも一緒にいるはずだよね?あとは…待ってくれるほど親しい人はいなかったよね…。
同じテニス部である荒川良美(女子1番)くらいならまぁわかるが、それも違うかのように思えた。しかし、そうでなければ思い当たる節がない。となると、待っていたわけではなかったのだろう。やはり、早々に離れて正解だったのだろうか。
――もしやる気の人が待ち伏せとかしてたなら、ただ逃げているだけじゃダメだったかも。次の霧崎くんとか、絵梨とか明日香にも教えなきゃいけなかったんじゃ…。
そこまで考えて、背筋に冷やりとしたものがはしる。そう、現時点で誰が生きていて、誰が死んでいるのかわからない。学校近くに誰かいたのは確かだし、銃声もした。あれから時間も経っている。友人が、好きな人が、今生きているかどうかわからないのだ。
――まさか、死んだりしてないよね?生きているよね?
定時放送が流れるまであと一時間。動いたりしない限り、知る手段はない。
――でも、どうしたらいいの?楓や絵梨や、明日香にももう会えないの?もう萩岡君とも話したりすることもできないの?もう好きかどうかを悩むこともできないの?
ずっと悩んでいたこと。まだ答えが出せていないこと。いつかは白黒はっきりさせないといけないと思っていたこと。けれど今はそれ以上に、彼の身が心配だ。きっとこんなの間違っているって思ってる。もしかしたら殺し合いが起こっているのなら、止めようとすらするのかもしれない。けれど、それは彼自身の命を危険にさらすことになるのだ。会いたい。無事かどうかを、この目で確かめたい。
――もう誰にも会えないの…?ずっと一人なの…?そんなの嫌だよ…。
流れそうに涙をこらえるかのように、唇を噛みしめる。一人であるという事実は、次第に重みを増していく。一人しか生き残れないプログラムなのだから、一人の方がいいのかもしれない。けれど、“一人”というのは思ったよりも辛い。自分自身が孤独だという意味でも、大事な人の安否がわからないという意味でも。時間が経てば、本当にクラスメイトは減っていくのかもしれない。刻一刻と過ぎていく時が、とても怖い。
『そんな悠長なこと言ってらんないよ!』
帰りのバスの中で、明日香に言われたことがふいにフラッシュバックする。あれから一日も経ってはいないのに、もう遠い昔のような話。当たり前だと思っていた日常が、今では手の届かない夢の世界。
――明日香の言う通りだったのかな…。明日が当たり前にくると思っていたけど…、でもそれって、当たり前でも何でもなかったんだね…。
日常に戻る方法ならある。けれど、それは晴海がたった一人で戻る方法。それだけは絶対にしたくなかった。今の自分があるのは、決して自分一人の力ではない。友人と何気ないことで会話したり、部活で仲間と切磋琢磨したり、誰かに特別な思いを抱くことがあったり。様々な形で関わってくれる人がいるからこそ、自分の日常は成り立っている。
『晴海ちゃん、晴海ちゃん。』
ふいに蘇るいつかの記憶。もう随分前のことなのに、つい昨日のことのように、その映像は鮮明で綺麗であった。永遠に色あせないビデオテープを再生するかのように。
『ねぇ、大丈夫?何かあったの?』
背の高い、ショートカットの人物。楓ではない別の人。その人がまるですぐ近くにいるかのように、晴海に話しかけてきていた。そこには誰もいないのに。
――お姉ちゃん…。一人は怖いよ…。
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萩岡宗信(男子15番)は、必死に歩いていた。想い人である古山晴海(女子5番)を見つける為に、友人と再会する為に。その小柄な身体に見合う小さな二つの足は、決して休むことはなかった。
――古山さん、どこにいるんだ?
学校を出てから、とりあえず北の方向に歩を進めている。当てなどない。ただやみくもに探すしかない。加えて今は夜。周囲の景色すらあまり把握できないのに、特定の人物ーそれも比較的小柄な女の子を見つけることは、たやすくはない。
――誰かと一緒ならいい。けど、もし一人だったら…。
残酷なプログラムの中、たった一人でいるなんて危険すぎる。彼女は決してこんなプログラムに乗らない。きっと怯えているだろう。もし一人なら、早く見つけて安心させてやりたかった。姫を守る騎士ーそんな輝く存在にはほど遠いけど、それでもできる限りのことはしたかった。
――みんな、無事なのか?
友人である白凪浩介(男子10番)や乙原貞治(男子4番)。同じ野球部の武田純也(男子11番)。同じ修学旅行の班であった鶴崎徹(男子13番)や野間忠(男子14番)、そして江田大樹(男子2番)。彼らが乗るわけがない。だから早く合流したい。そして無事を確かめたい。本当は歩くのではなく、短距離走並みに全速力で走りたかった。焦る気持ちに呼応するかのように、その思いを自らの足に乗せて。
『軽率なことはするな。生きて友人に会いたいなら、なおさらだ。』
出発する直前、担任である栗井孝に言われたことがフラッシュバックする。皮肉なことにその一言が、今にも駆け出しそうになる足を止めていた。走って物音を立てたりしては、乗っている人間が近くにいた場合、こちらの存在を教えることになる。乗っている人間がいるなんて考えたくもないけれど、銃声がしたのは事実なので、その可能性も考慮しなくてはいけないだろう。
――浩介は矢島さん探してるな。貞治は一人だろうか…。純也はきっと徹や忠と合流しているはず。江田はどうなんだろうか。一人なのか?貞治と出発近かったけど、待っていたのか?そうだったらいいけど…。
教室で別れたきりになっている友人らに、心の中で問いかける。この島のどこかにいることは間違いないのだが、どこにいるのかわからない。その事実が、焦る気持ちに拍車をかける。その気持ちを落ち着けるかのように深く息を吐く。少しばかり、心臓の鼓動が落ち着いたように思えた。
――俺は絶対に死なない。だからみんな、絶対もう一度会おうな。
神様なんて信じちゃいない。けれど、願わずにはいられない。もう二度と背が伸びなくてもいいから、野球でずっと補欠でもいいから、だから会いたい人に会わせてほしいと。できるだけ、多くの人が無事でいられますようにと。
そう思った瞬間、宗信の切実な願いをあざ笑うかのように、数発の銃声が鳴り響いた。
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