突きつけられる現実

 

 その一言に誰もが凍りついた。先ほどまでのざわめきや怒号が嘘であるかのように、重い静寂に包まれる。誰もが自分たちとは無関係だろうと、選ばれることはないだろうと、そう思っていた現実がそこにはあった。

 

 戦闘実験第六十八番プログラム。この国において、この言葉を知らない中学生はいない。学校でも習いはするが、それよりもテレビで見るニュースや、知り合いの話の方が、よりこのプログラムの残酷さを象徴している。

 防衛上の必要性から行っているシュミレーション。毎年、全国の中学校から任意に三年生を対象に五十クラスを選び出し、最後の一人になるまで互いに戦わせるもの。昨日まで一緒に仲良くやっていたクラスメイトと殺し合わせるもの。そして、最後の一人を除いては全員死んでしまうもの。

 

 晴海の身体がガタガタと震える。選ばれてしまったのだ。あの、プログラムに。あの、人の人生を狂わせるものに。あの、恐ろしいものに。

 自分たちが――

 

「どうして…」

 

 静寂の中、一人の人物の声が響くように耳に入る。首を動かして、その人物を確かめる。色白で男子にしては華奢な人物、津山洋介(男子12番)が立ちあがっていた。

 

「どうして、僕たちが選ばれたのですか?」

 

 何人かが、まったくその通りといった様子で頷いている。そんな低い確率のものになぜ自分たちが当たったのかわからない。これは何かの間違いでしょう?そういった感じで。

 

「厳正な抽選結果だ。それともなんだ、自分たちは絶対選ばれないとでも思ったのか。それこそ甘いってことだ。」

 

 そう言われては、誰も何も言えなかった。洋介も力なく椅子に座りこむ。ガタンという音が教室中に響きわたった。

 

「では早速だが、説明を始める。ルールはみんなも知っている通り、最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう。基本的に反則はなしだ。しかし、ここにいる兵士や私に刃向かうことは禁止だ。そんなことしたらどうなるか目に見えてるだろう。」

 

 分かりきっている。そんなことをしたら、兵士の持っているライフルのようなもので、もれなく身体に赤い穴があくだろう。そんな勇気はなかった。

 

「それとみんなが気になっているこの場所だが、名もなき無人島とだけ言っておこう。人はかつて住んでいたようだが、今は調査した限りでは誰も住んでいない。だから、他の人間には影響はないので安心しろ。」

 

 そんなことを言われて安心できるわけがない。確かにここに住人がいないのなら迷惑にはならないのだろうが、そんなことより、今は自分のことで精いっぱいだった。

 

「この島をこのように、いくつかのエリアに分ける。」

 

 そう言って、栗井は地図が描かれた大きな紙を黒板に磁石で張り出した。その地図には確かに縦横に線が引かれてあり、細かく分割してあった。縦にはアルファベットのA〜H、横には数字の1〜8と書かれてある。

 

「このように分ける。このエリアがA-1、その隣がA-2という感じだ。今みんながいるのは、かつて学校だったところだからエリアでいうとG-5になるな。」

 

 そういうと、指でG-5を指し示す。そこには、社会の授業でも習った学校の地図記号が描かれてあった。

 

「これがどう関係するかというと、みんなが着けているその首輪だ。」

 

 何人かが初めて気づいたかのように、慌てて首輪に触れる。晴海も思わず自分の首元に手をあてた。

 

「この首輪は、耐ショック性で完全防水となっている。そしてそう簡単には外れない。ああやめとけ。無理に外そうとすると爆発して死ぬぞ。」

 

 それで外そうと試みていた米沢真(男子20番)間宮佳穂(女子14番)が慌てて手を離していた。

 

「この首輪を通して、みんなの現在位置や生死がわかるようになっている。そしてこのプログラムを円滑に進めるためにも、禁止エリアというものを設ける。」

 

 そう言って、指である一か所のエリアを指し示した。

 

「一日四回。六時と十二時に放送を流す。そこでその間に死んだ人間と、何時からどこが禁止エリアになるのか放送する。もし自分のいるエリアが禁止エリアに指定されたら、すぐにそこから離れろ。死んだ人間には影響ないが、時間になってもそのエリアに残っていた場合は…」

 

 晴海はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「首輪が自動的に爆発する。つまりは死ぬぞ。」

 

 ぞっとした。つまりこの首輪は自分たちを管理する道具であるとともに、自分の命を奪う殺人兵器でもあるのだ。晴海は身意識のうちに、両腕でギュッと自分の身体を押さえこんだ。

 

「じっとしていたら進まないから、こうして嫌でも動いてもらうことにしている。あとこの学校のあるG-5はみんなが出発してから二十分後に禁止エリアにあるから、出発したらすぐここから離れろ。まぁ二百メートルくらい離れていれば大丈夫だろう。あと首輪を爆発する条件がもう一つあってな。この島から出ようとしたり、こちらに対して何か反抗しようした場合もだがタイムリミットがある。実質の制限時間は三日だが、それを超えても優勝者が決まらなかった場合と、二十四時間誰も死ななかった場合、残っている全員の首輪が爆発する。この場合優勝者はなしだ。」

 

 残酷すぎる。誰かが死なないと、自分たちはあと一日の命なのだ。

 

「あと言い忘れていたが、優勝者には総統の色紙と一生分の生活保障がついてくる。」

 

 ちっとも有り難くなかった。クラスメイトの命を犠牲にしたお金なんか欲しくない。ましてや色紙なんて、迷惑以外の何者でもなかった。

 

「それと親御さんには連絡してあるから心配するな。あと何か質問はあるか?」

 

 再び静寂に包まれる。そんな中、「はい。」と手を挙げた人物がいた。栗井のいる教卓の前の席、クラス委員でクラスの姉御的存在、宇津井弥生(女子2番)だった。

 

「あの、地図とかもらえますか?今の説明だけじゃ不安で…」
「ああ、また忘れていたな。すまんな、宇津井。」

 

 本当に申し訳なさそうにそう言った後、兵士を中に招き入れた。兵士がリフトに乗せたバックを運び入れたのを確認すると、栗井は再び説明を始めた。

 

「ここを出る時に、このデイバックを渡す。中には食糧や水、懐中電灯やさっき言った地図にコンパスも入っている。それと、一番大事なもの―武器もこの中だ。銃やナイフといった当たり武器や、はたや何の役にも立ちそうにないものまで入っている。これはまぁ運だな。だから力の強い奴が優勝するとは限らないぞ。現に優勝者の半数は女子だしな。」

 

 ここで栗井は言葉をきった。教室中が重苦しい空気に包まれる。しかし心のどこかでは、まだ信じられないといった感じで呆然ともしていた。

 

「説明は以上だ。さてこれから出発してもらうが、その前にやらなくてはいけないことがある。」

 

 その遠まわしな言い方に、晴海は何となく嫌な予感がした。

 

[残り38人]

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