三十八分の一の確率

 

「このプログラムにおいて、この首輪は重要な役割を占めている。」

 

 栗井が神妙な面持ちで話し出す。それよりも晴海の頭の中は、“やらなくてはいけないこと”とは何なのか。そのことだけでいっぱいであった。

 

「建物や地面に穴を掘って隠れても、電波は確実に届く。この島から出ようとしても位置はこちらに分かるから、沿岸に停泊している船で狙撃する。つまりこれをつけている限り、プログラムからは逃れられない。」

 

 そっと首輪に触れる。この枷がある限り、自分達はプログラムに参加しなくてはいけない。逃げたくても逃げられない。それが現実なのだと言い聞かせられているようだ。夢などではない。これは受け入れなくてはいけない事実なのだと。

 

「そこでだ。この首輪がどれだけの威力を発揮するのか、それとまだ信じられない奴もいるようだから、これが現実だということを証明するためにも、誰か一人、首輪を作動させてここで死んでもらわなくてはいけないことになっている。」

 

 晴海は一瞬、栗井の言っていることが理解できなかった。死んでもらう?そんなことの為に?そんな証明の為に?

 

――どうして、どうしてそんな簡単に死ぬなんて言えるの?

 

 今まで学んできた道徳観は一体何だったのか。十四年で培ってきた”命は重いもの”という考え。それがここでは通用しない。いくらプログラムだからといって、そんな簡単に変えられるものではないはずなのに。

 

「なんでですか!」

 

 金切り声が耳に入り、声の主の方へと顔を向ける。芹沢小夜子(女子7番)が椅子から立ちあがって、信じられないといった様子で顔を真っ赤にしながら、涙を浮かべながら、それでも目は栗井のほうへ睨みつけていた。

 

「なんでそんなことするんですか!なんで死ななくちゃいけないんですか!意味がわかりません!早くみんなをここから帰してください!」

 

 この時何人かは、小夜子の言葉に期待したかもしれない。もしかしたらこれで帰れるかもしれないと。こんなプログラムなんかに参加しなくてすむかもしれないと。殺し合いなんてやはりするわけないと。

 

 しかし、その淡い期待はあっさりと裏切られた。

 

「無理だ。一度選ばれたものは変更できない。それから一人、ここで死んでもらうのも絶対だ。」

 

 栗井が冷静に、静かに答える。しかし晴海には、どこか苦しい、辛い気持ちが少しだけ混ざっていたような気がした。もしかしたら、先生だって担任なんだから辛いかもしれないのだと。上の絶対的権力に逆らえなくて、仕方なくこうしているのかもしれないと。

 

「けど―」

 

 なおも反論する小夜子に、銃が向けられる。それで小夜子も黙らざるを得なくなった。言いたいことをグッと飲み込んで、それでもまだ栗井の方を睨みつける。

 

「座れ。」

 

 そう言われ、小夜子は仕方なく腰を下ろした。悔しそうに、キュッと唇を噛みしめている。その目からは今にも涙が溢れ出そうだった。

 

 小夜子が座ったのを確認してから、栗井は教壇の下から箱を取り出した。色は白くて、丁度一番上のところに穴が開いている。いつか街頭で募金活動をしている小学生が持っていた、あの募金箱に似ていた。

 

「この箱にはみんなの名前が入っている。今から俺が一枚だけ引く。そこに書かれていた生徒の首輪に電波を送る。作動し始めたら喉元が赤く光るようになっているから、誰か分かったらすぐにそいつから離れろ。近くにいるとどんな影響が及ぶかわからないからな。」

 

 そう言うなり、栗井はその大きな手を箱の中に入れた。晴海は声を上げて止めたかったが、できなかった。声が出ない。まるで声の出し方を忘れたかのように、言葉を口にすることすらできなかった。ただじっと、栗井が箱から一枚の紙を取り出し、それを見てリモコンのようなもので操作するのを、見ていることしかできなかった。

 

「では、送るぞ。」

 

 最後の通告を口にしてから、栗井はリモコンのスイッチを押した。

 

 一瞬の静寂の後、すぐに変化は訪れた。

 

 ピッ、ピッ、という電子音が静かな教室にこだまする。誰かの命がカウントダウンを始めている。晴海は自分の首輪を確認しようとしたが、自分自身の首輪が作動しているかどうかわからない。急に不安になり気持ちが焦る。冷や汗がスッと額から流れ落ちるのが分かった。

 

「大丈夫。晴海じゃない。」

 

 前の席にいる谷川絵梨(女子8番)の声で、ようやく落ち着くことができた。その絵梨の喉元も光っていない。絵梨も違う、という意味を込めて首を振った。それで絵梨も安心したようでホッとしたような表情になっていた。すぐに、後ろの席にいる同じテニス部の荒川良美(女子1番)の首輪を確認する。良美も違った。違う、と小声で告げると、良美も安堵したような表情になっていた。

 

 その時だった。

 

 ガタンという大きな音がして、思わずそちらの方向へと視線を走らせる。晴海の右隣の列、一番前の席に座っている松川悠(男子18番)が椅子から転げ落ちていた。一瞬悠の喉元を見たが、光ってなどいない。いつもクールな悠らしからぬ慌てた表情で、じっと一人の人物を見つめている。

 

「元…、お、お前の首輪…光って…」

 

 その一言で、全員の視線が悠の後ろの席にいた里山元(男子8番)に集中した。元はその言葉が信じられないといった様子で微動だにしない。けれども、晴海にも見えてしまった。

 

 元の喉元が赤く光っているのを。そして、耳障りな電子音と共に、その光が点滅しているのを。

 

[残り38人]

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