そして火蓋は切って落とされる

 教室はとても静かだった。さっきの爆発のような音とクラスのみんなの悲鳴や大声の反響のせいなのか、静寂が耳に痛い。それでも視線は一様に里山元(男子8番)の方へとそそがれている。

 晴海の身体がガタガタと震える。両腕で抑え込もうとしても、震えは収まらない。それどころか、ますます身体がいうことをきかなくてついに地面に座り込んでしまった。元の首のあたりから、血がスーッと流れ出しているのがはっきりは見えてしまう。その身体はピクリとも動かない。それはまぎれもなく―死体だった。

 

――これは現実なのだ。自分達は殺し合いに参加させられるのだ。

 

「てめぇぇぇ――!」

 

 静寂を切り裂くかのような悲鳴に近い怒号。藤村賢二(男子16番)が押さえこんでいる白凪浩介(男子10番)の腕を振り切ろうともがいていた。しかし浩介がそうはさせまいと必死で腕に力を込める。その腕の中で賢二は暴れていた。今にも担任である栗井孝に掴みかかろうと、殴りかかろうと、必死で抵抗していた。

 

「離せ白凪!あいつが元を殺したんだ!生かしておけねぇ!」
「今行ったらお前まで死ぬぞ!」

 

 浩介の言う通り、今にも兵士が賢二に銃口を向けようとしている。浩介の腕から離れて栗井に向かっていこうものなら、迷わず賢二に向けて引き金を引くだろうということは容易に想像できた。それではダメだと、元の最後の優しさを無駄にしてしまうと、晴海はそう思った。だからこそ、賢二に向かって「止めて!」と言おうと思った。その時だった。

 

「やめとけ。」

 

 誰よりも静かな声色。賢二が今一番殺したい相手、栗井本人がすぐ近くまで歩み寄っていた。その顔は、威厳のある堂々としたものではなく、どこか寂しそうな、悲しそうな、そんな表情をしているように見えてしまった。

 

「それこそ無駄死にだ。それを里山が望むとでも思っているのか?」

 

 その言葉に賢二の表情がグッと強張る。けれどもまだ諦めきれない様子でいるのか、その瞳だけは今だに明確な殺意を示しながら栗井を睨みつけていた。

 シンとした静寂が再び訪れる。ややあって賢二が静かに「離せ。もう暴れないから。」と浩介に告げる。浩介がその腕を解くと栗井に向かって静かに、はっきりと、こう言った。

 

「てめぇは絶対に許さねぇ。覚えておけ。」

 

 そう言って後ろに振り返り、ガタンと自分の席に着席した。強がっているが、本当は辛いのだということが、大声で泣きたいのだということが痛いほどわかる。大事な親友を目の前で失うことがどれほど辛いことなのか。晴海には想像できなかった。いや、想像することはできるのかもしれないけど、その辛さはきっとそれ以上なのだと。

 

――もし、楓や絵梨や明日香や、あるいは萩岡君だったら…

 

 もし自分の親しい友人、あるいは好きな人だったら、どうなっていただろう。そう思うと、それだけでも辛い、苦しい、どうしていいのかわからない。もしかしたら、その辛さに耐えられず狂っていたのかもしれない。そう思うとゾッとした。

 これがプログラムなのだ。殺し合いとはそういうことなのだ。大事な人を目の前で失うことなのだ。

 

「では、これから一人ずつ出発してもらう。最初に出発してもらう人間はもうこちらで決めてある。その人間から出席番号順に、男女交互に出て行ってもらう形になる。このクラスは男子の方が多いから、最後の方の番号は男子が続く形になるな。一人出発してから、二分後に出発してもらう。」

 

 淡々とした栗井の説明をぼんやりと聞きながら、晴海は思った。

 

――先生は何とも思わないの?どうしてそんな淡々と説明できるの?だって里山君、頭も良くて人当たりもよくて、みんなに好かれる人だったんだよ?死んだのは先生のくじのせいなのに、どうして何も言わないの?

 

 さっきの辛そうな表情を見た時、もしかした栗井も辛いのかもしれないと思った。しかし今、何事もなかったかのように説明をしている姿を見るとそれは思い違いであったと痛感した。所詮栗井も、政府側の人間なのだと。

 

「出発する時にこのデイバックを渡す。言い忘れていたが、武器はそれぞれ違うものが入っているからな。あと私物も、みんなの机の横に置いてあるから持って行っていいぞ。何かと必要なものがあるだろうからな。外で誰かを待っていたり、仲間を作るのは自由だが忘れるなよ。生き残れるのは一人だけだ。」

 

 晴海は何とか矢島楓(女子17番)と合流したかった。出席番号がかなり離れているが、もし自分が先だったら絶対待とうと思った。待っている間に、谷川絵梨(女子8番) 月波明日香(女子9番) とも合流する。できれば想い人である萩岡宗信(男子15番) とも一緒にいたいと思った。そうするなら、彼の友人である白凪浩介(男子10番) にも声をかけよう。そう決意した。

 栗井が何か白い封筒を取り出し、丁寧にはさみで封を切った。中から一枚の折りたたまれている白い紙を取り出し、広げて文字を読み上げる。その間、誰一人言葉を発する者はいなかった。

 

「最初の出発者は、女子16番宮前直子。」

 

 その一言で、全員の視線が宮前直子(女子16番) に集中した。教室の廊下側から二列目、一番後ろに席に座っている直子の身体が一瞬ビクッとする。普段は不良として傍若無人に振る舞う直子も、この状況ではさすがに戸惑っているのがわかった。そのせいか、呼ばれたにも関わらず席を立とうとしない。まぁ普段から先生の言うことを素直に聞いているタイプではないが。

 

「早くしろ。」

 

 冷たく栗井にそう言われ、よろよろと席を立つ。自分の私物のバックを持って教壇の方へと向かっていく。その一挙一動に全員の視線が集まっていた。そんな中、デイバックを受け取り出て行こうとする直子を慌てた様子で栗井が引きとめる。

 

「ちょっと待て。ここで宣誓をしてもらう。」

 

 何を?と最初は思った。――まさか「殺し合いをします」とかじゃないよね?

 

 その“まさか”だった。

 

「私は殺し合いをする。やらなきゃやられる。これをみんなの前で言うんだ。」

 

 晴海は耳を疑った。本気で?本気で殺し合いをしろと?だってみんなクラスメイトで、つい昨日まで修学旅行を楽しんだ仲間なのだ。いくらプログラムだからといって、「はいやります。」なんて、晴海には到底言えなかった。

 そんな晴海の思いをよそに、直子はあっさりとその言葉を口にした。

 

「私は殺し合いをする。やらなきゃやられる。」

 

 そう言うなり、急ぎ足で教室を出て行った。パタパタという足音が次第に遠ざかる。そして教室は再び静寂に包まれた。

 晴海はふと思った。果たして不良グループはどうなんだろうか。普段の素行からいって、自分が生き残る為には人を簡単に殺してしまいそうな気がした。そもそも楓をいじめていたグループなのだ。自信を持って「信じられる。」とは言えない。それに今の宣誓―

 

――本気で言っているように聞こえた。

 

「二分経ったな。次は男子17番文島歩。」

 

 その一言で文島歩(男子17番) がスッと立ち上がる。先ほどの直子よりも、落ち着いていてしっかりとした足取りだった。そんな歩のことを、晴海はよく知らない。パソコン部に所属していて、津山洋介(男子12番) とよく話すところを見るくらいだ。まともに会話をしたこともない。どうなのかと推し量ることすらできなかった。

 そんな歩はデイバックを受け取り、先ほどの直子と同じように「私は殺し合いをする。やらなきゃやられる。」と感情のこもっていない淡々とした口調で宣誓した後、ゆっくりと教室を出て行った。

 そこでハッとする。次は女子17番、つまり楓だ。思わず楓の方へと視線を走らせる。待っていてくれと伝えたかったが、何せ席が離れすぎている。それに下手なことをしたら、今でも蛇のように睨む兵士に何をされるかわからない。結局じっとしているしかなかった。

 

「次、女子17番矢島楓。」

 

 そう呼ばれると、先ほどの歩を同じようにスッと立ち上がり自分のバックを持って歩き出した。ただし、出ていくべき廊下とは反対方向に。晴海のいる方向に向かって。

 

「矢島。方向が違うぞ。」

 

 栗井のその言葉が合図であるかのように、兵士が銃をかまえる。しかし楓は兵士の方ではなく栗井の方を向いて、はっきりとこう口にした。

 

「里山くん、亡くなったんです。少しくらい弔ってもいいですか?」

 

 口調は丁寧そのものだが、有無を言わさない威圧感があった。楓にどこかしらそんなところがあるのは、三年になってからの短い付き合いでも分かっていた。普段はあんまり自分の意見を言わないが、譲れないところは決して譲らない頑固なところがある。今の口調にはそんなところがありありと出ていた。

 晴海はそんな楓の優しさにホッとしつつ、兵士が今にも楓に向けて引き金を引くのではないかと気が気ではなかった。ここで大事な友人を失いたくはない。お願いだから何もしないでください、そう切に願った。

 楓に向けて銃口を向けている兵士を手で制しながら、先ほどよりも優しさのこもった口調で返事をした。その顔には、わずかながら微笑みが浮かべられている。その表情に悪意は含まれていないように見えた。

 

「いいだろう。矢島は優しいな。」

 

 楓はそれには答えず、再び歩を進める。スニーカーのつま先が血の海に触れ、ピチャッと音をたてた。元の遺体の近くまで来ると、しゃがみこんで静かに手を合わせていた。その心の中では何を思っていたのだろうか。死なせてしまったことに対する謝罪なのか、それともあなたの分まで生きるという決意だろうか、ふと気になった。

 楓は持っていたハンカチを元の顔にかぶせると、立ち上がって今度こそ出口の方へと歩いていった。その間、晴海とも、誰とも目を合わせることはなかった。晴海の中で、急に不安が津波のように押し寄せる。

 

――楓はこんなプログラムに乗ったりしないよね?待っててくれるよね?

 

 デイバックを受け取った楓が淡々と宣誓をし、そのまま教室を出ていくのを、晴海はただじっと見つめていた。

 

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