選択する復讐者

 

――目、合わせられなかったな。

 

 矢島楓(女子17番)は、廊下を歩きながらこう思った。教室から出てすぐに右に曲がり、突き当たりを左に曲がる。その先に出口があった。

 

――やるか、やらないか。

 

 楓はずっと迷っていた。それは、プログラムに乗るか乗らないかというものではない。もっと別の目的の為に行動するかどうかを。

 

――生き残れるのは、一人。

 

 楓の中に、自分が優勝するという選択肢はない。親友ともいえる古山晴海(女子5番)、友人である谷川絵梨(女子8番)月波明日香(女子9番)。それに楓ともよく話してくれる白凪浩介(男子10番)や、晴海の淡い恋心の相手萩岡宗信(男子15番)、絵梨が太鼓判を押す人格者の乙原貞治(男子4番)など、いい人はたくさんいる。その人達の命を蹴落としてまで、生き残りたくはない。そもそも、自分なんかが生き残るべきではないと思う。

 

――けど、あいつらだったら…?

 

 自分をいじめた不良グループはどうか。彼らが生き残ってもいいと思えるのか。どうせなら、自身の命がここで消えてもいいと思える人に生き残ってほしい。けれど不良グループの五人はそうなのか――その答えは、否だ。

 

――だったら、あいつらだけでも…

 

 自分をいじめた、最低な人間達。楓から見れば、“クズ”ともいえるあいつらだけでも、殺す。そして後は事の成り行きに任せる。それを、栗井孝の説明を聞いた時からずっと考えていた。

 

――けど、そしたら晴海とは一緒にいられないな。

 

 晴海の性格上、それは許さないだろう。それにそんな行動をするということは、当然自分の命をも危険にさらす。そんなことに、大事な親友を巻き込むわけにはいかない。これは、楓自身のエゴなのだから。

 

――晴海は、待っててくれるって信じているんだろうな。

 

 教室で里山元(男子8番)の遺体に手を合わせに行った時、晴海は楓の方を見ていた。「待っててくれるよね?」という本心がありありと見えるくらい、その純粋な瞳は語っていたのだ。その瞳を見れば揺らいでしまいそうで、それで晴海の方を見ることができなかった。

 

――まだ、決められないな。

 

 ふと、腕時計を見る。現在AM1:34。楓と晴海の間には十三人。時間にして約二十八分後に晴海は出てくる。逆算するとAM2:00がデットライン。それまでに決めなくてはならない。

 

――もう少し、考えよう。

 

 出口から外に出ると、外はまだ暗かった。まぁ今は夜中で、大体寝ている時間なのだから無理もない。先に出た人間が待ち伏せしていないとも限らないので、慎重に歩を進める。

 

――誰もいないか。まぁまだ二人しか出ていないし。

 

 少しばかりホッとした後、次に出てくる松川悠(男子18番)に見つからないように、小走りで学校を後にした。近くに茂みがあったので、そこに身を潜めつつデイバックの確認をする。何においても、自分に支給されたものが何かは知っておきたかった。

 

 デイバックのチャックを開けると、確かに栗井の言っていたとおり水500ml二本、食糧であるパン、地図、コンパス、懐中電灯、一応腕時計も入っていた。(暗い中でも何となく分かった)そして、武器も―

 

――これって、当たりなのかな?

 

 ゴツゴツした感触。手探りで触れてみると、どうやら銃のような形をしているようだ。暗かったのでよくわからない。懐中電灯で照らしたかったが、誰かに見つかるおそれもある。

 

――少し、離れようか。

 

 そう考え、学校から少しだけ離れる。身を潜められそうなところを見つけたので、そこに隠れる。周囲を警戒しながら、懐中電灯で自分の荷物を照らした。その光は思ったよりも明るい。両手でなるべく漏れないように注意深く確認した。

 武器の説明書を読むと、『ワルサーPPK 9ミリ』という名前の小型の自動拳銃らしい。つまり当たりの部類の武器。嬉しさ半分、残念な気持ち半分といった心境であった。

 

――ハズレの武器だったら、迷わず晴海と合流したところなんだけどな。

 

 それはともかくとして、せっかく支給されたのだから使えないと意味がない。持ち歩くだけでは宝の持ち腐れだ。楓は周囲を時間と気にしつつ、その説明書を黙読した。元々飲み込みは早いので、二、三回、目を通すだけでおおよそ理解できた。すぐに説明書をしまい、弾丸を装填する。マガジンに弾を込め、装着する。スライドを引いて、弾を薬室へと送り込む。そして一度マガジンを抜き、弾をもう一つ込めて装着した。これで準備は万端だ。

 ふと時計を見る。現在AM1:42。おおよそ、若山聡(男子21番)が出てきたあたり。その次は不良グループの一人、内野翔平(男子1番)だ。一応気になったので、学校へ戻ろうと思い、一歩踏み出そうとした。

 

 その時だった。ガサッという草をかき分けるような足音が聞こえたのは。

 

――誰か近くにいる。

 

 踏み出そうとした足を止め、周囲を警戒する。自分の懐中電灯の明かりに引き寄せられた人間がやってきたのかもしれない。息を殺し、見えない暗闇の中で、必死で相手が誰か確認しようとする。

 足音の進み方と、こちらに近づこうとする気配がまったくないことから、相手は楓に気づいていないようだ。相変わらずガサッという足音は、こちらが不用心じゃないのと思うくらい大きい。多分周囲に人がいないと思っているのだろう。ならばこのままじっとやり過ごすのが最善の策。しかし、引っかかるものがあった。

 

――もし、あいつらだったら?

 

 だとしたら、ある意味チャンスかもしれない。この中々広い島の中、同じ人物にそう会えるものではない。実行するかしないかは別にして、その人物が誰なのかは確かめたくなった。

 

――見つからないように、気をつけないと。

 

 出ている人物はそう多くはない。シルエットからおおよそ予測はつくだろう。そう思い、少しばかり身を乗り出した。もちろん音は立てずに。けれども暗闇な上に、楓は元々目が悪い。これでは判別は不可能。

 どうしようかと思った時、地面に触れた左手に硬い石の感触があった。

 

――これを投げたら、どうなるのかな。

 

 反応を見たい、純粋にそう思った。もし銃を持ってたら撃つのか、それとも話しかけて仲間になろうとするのか、それとも逃げるのか。気が付いたら左手に持った石を、左手の方向へと思いっきり投げていた。

 石が地面に到達したカサッというわずかな音と、ほぼ同時にバンッという軽い発砲したような音が、楓の鼓膜を刺激した。十中八九、今のは銃声だ。つまり、相手は楓と同じように銃を支給されていてかつ―

 

――やる気ってこと?!

 

 楓の中で、急に危険信号が発せられる。この人物を野放しにしておいたら、晴海や絵梨や明日香ら大事な友人、あるいは浩介といった楓を対等に見てくれる人にも危険が及ぶ。ならば今ここでくいとめるべきはないか。銃を握りしめる手に、次第に力がこもっていくのがわかる。

 

――けど、もしかしたら混乱しているだけかもしれない…

 

 その可能性を考え始めたその時だった。静かな空気を切り裂くような甲高い声が耳に入ったのは。

 

「誰よ!出てきなさい!」

 

 その声が耳に入った途端、楓の中で静かに憎しみの炎が上がるのが分かる。その声の主は、楓をいじめていた不良グループの一人で、今でも気に食わないのかたまに嫌がらせをしてくる。最も許せない、楓の中では“悪”の根源ともいうべき存在。宮前直子(女子16番)のものに他ならなかった。

 二年に上がった時、直子の「気に食わない。」の一言で始まったいじめ。トイレに閉じ込められたり、教科書に汚いペンで落書きされたり、眼鏡を隠され、時には壊されたりもした。その時、担任もクラスメイトも、誰も助けてはくれなかった。親にも言えず、不登校を続け、ついには自殺することまで考えた。暗闇や孤独しか感じられなかった、楓にとっての地獄の日々が、この時一気にフラッシュバックした。

 

 そうわかると、今度こそ決意した。もう迷わなかった。ただ心の中で、静かに親友に謝罪した。

 

――晴海、ごめんね。

 

 一瞬気持ちを落ち着けた後、すぐに銃を構える。直子のいるであろう方向に銃口を向けて、すぐに引き金を引いた。パンという、先ほどとは少し違う乾いた銃声が轟く。腕が反動で少しだけ持ち上がった。

 

 あっけなかった。人間らしきシルエットの頭が大きく向こう側にはじかれたように傾いた後、ドサリと倒れる音がした。直子が撃ち返す可能性も考慮してじっとしていたが、その後物音一つしなかった。

 

 確認の為に、直子がいたらしきところへと歩み寄る。慎重に歩を進め、懐中電灯で明かりがなるべく漏れないように周囲を照らした。そして、今度こそその人物がはっきりと確認できた。

 直子の左のこめかみに赤い穴が開いていた。そこから血がゆるゆると流れだし、赤い水たまりをつくろうとしている。自慢の茶色のパーマヘアも、今の自身の血で赤く染められており、なんとも奇妙な色へと変化していた。目を虚ろに見開かれてあり、口は半開きになっている。念の為、呼吸を確認する。息はしていない。死んでいた。

 

――こんなにあっけないものなんだな。

 

 もっと後悔するかもしれないと思っていた。どんな人間でも命はそれぞれ重いのだからと、そう学んできた。けれども、たった今楓が奪った命に、その重みは感じられなかった。その辺に落ちているゴミをクズ箱に捨てるような、そんな感覚しかしなかった。

 

――もう、戻れないな。

 

 直子の荷物をあさり、必要なものだけを自分のバックに詰め替えた後、すぐにその場を後にした。学校の方角ではなく、北の方角に向かって。

 

女子16番 宮前直子 死亡

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