罪滅ぼしの決意

 

「あの…気分はどう?大丈夫?」

 

 いつもと変わらぬ感じで声をかけてくれる香山ゆかり(女子3番)を横目で見ながら、藤村賢二(男子16番)は心の中で神様を恨んだ。

 

――どうして…どうして彼女なんだ。神様ってやつはへそ曲がりか。俺が荒川さんを殺したなんて、香山さんは知らないだろうけど…。もし、俺が殺したってことを知ったら…

 

「あ…ど、どうしたの?傷が…痛むの?」

 

 賢二が返答しないせいか、ゆかりが心配そうに声をかける。それで、意識はそちらに引き戻された。とりあえず、一端考えることを止めることにする。とにかく、今の状況を確認しないことには動きようがない。

 

「あ、あぁ…。ところで、ここどこなんだ?俺、なんでここで寝ているんだ?」

 

 すると、ゆかりは「あ、そ…そうだね…。」と小さく呟いてから、答えてくれた。

 

「ここは、エリアでいうとC-4で…地図に書いてあった診療所の中…だよ。藤村くん、C-5で倒れているのをたまたま私が見つけたんだ…。怪我してたみたいだから、とりあえず手当しなきゃと思ってここに連れてきたの…。とりあえず、命に関わるほどの重症ではないみたい…。あ、あと…今ここにいるのは、私と藤村くんだけだよ…。」

 

 どうやら誰かに止めを刺される前に、ゆかりが助けてくれたようだ。ゆかりは女子の中で比較的背の高い方に入りはするが、線は細く華奢な女の子だ。そんな子が、背も体格もいい賢二をここまで運んでくること自体、かなりの重労働だったに違いない。

 

「そっか…。大変だったろ。ありがとな。」
「う、ううん。そんな大したこと…してないから。あと怪我のほうなんだけど、右腕と左足は…骨が折れているみたい。一応当て木っぽいのはしてるけど、私にできるのはこれくらいしかなくて…本当にごめんね。」

 

 そう言って俯くゆかりに、賢二は大きく首を振る。そんなに謝ることなどないのに。たった一人しか生き残れないこの状況で、意識のないクラスメイトを助けて、かつ手当までしてくれることがどれだけすごいことなのか。手当の方法など、はっきり言ってしまえば些細なことなのに。

 

 神山彬(男子5番)に撃たれた傷の具合を確認する。右腕は二の腕の真ん中あたり、肘よりもやや上あたりからズキズキした痛みが伝わる。その二の腕には当て木っぽいもの(おそらくただの木片だろう。どこから調達してきたのだろうか?)と共に包帯がグルグルに巻かれており、やや動きづらいものの、動かせないほどではない。左足は脛のあたり。ここにも当て木っぽいものと共に包帯がグルグル巻きにされている。賢二は左足が軸足に当たるので、おそらく歩きにくいだろう。しかし、これもまったく動けないほどではない。

 

――動かせないほどではない…ということか。

 

「あ、あと…肩や顔の傷とかは消毒しておいたよ。たまたま消毒薬もあったから。でも、無理はしないでね…。これ以上傷口が開いてもいけないから…。」

 

 まるで賢二の心を見透かしたかのように、ゆかりが声をかける。せっかく助けてくれたのに、無理をしてはいけないと思い直し、コクリと素直に頷いた。すると、ゆかりは少しばかりほっとしたかのように表情を崩した。いつもと変わらない、穏やかな笑顔。

 その笑顔を見ると、胸がズキンと痛む。

 

「あのさ…今、何時?俺、どれくらい寝ていたんだろう?」

 

 眠っていたのだから当然ともいえるが、今の時刻が分からない。一応時計はしているものの、何となくゆかりに聞いてみることにした。

 

「えっとね…今は十二時半くらい…。私が藤村くんを見つけてから換算すると…寝てたのはざっと五時間くらい…になるのかな?」

 

 左手にしている時計(支給されたものではなく、私物らしい可愛らしいキャラクターものの時計だった)を見ながら、ゆかりはそう答えてくれた。十二時半、十二時半ということは――

 

「俺、正午の放送…聞き逃しているな…。」

 

 そんな賢二の言葉に、ゆかりは「うん…」と小さく頷く。先ほどとはうって変わって、悲しそうな表情を浮かべる。その様子からして、また誰か死んでしまったのだろうか。

 

「ごめんけど…、内容、教えてくれないか?」

 

 賢二の言葉に、ゆかりはコクンと頷く。そして一度唇を舐めてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「五人…だった…。女子は宇津井さん、谷川さん、月波さん、矢島さん。男子は…白凪くん。」

 

 やはりという思いと、信じられないという思いが交錯する。夢に出てきた白凪浩介(男子10番)矢島楓(女子17番)は、賢二が気を失っている間、もしくはその前に死んでいたのだ。なのに、死んでからも人の心配するなんて――

 

――どんだけお人好しなんだよ…二人とも…

 

「そのときね…」

 

 賢二がセンチメンタルな思考に陥ったとき、突然ゆかりが口を開いた。

 

「栗井せんせ…担当官がね、男女逆に発表したの。つまり、女子を先に発表したんだ。女子が多いからって言っていたんだけど、なんか引っかかったの。何か…それ以外の理由があるように思えた。それが何かまでは…分からないけど…」

 

 確かにゆかりの言うとおり、今までは男子、女子の順番で発表している。男子の退場者がゼロのときも、女子の退場者がゼロのときも、その順番は崩れてはいない。それが、今回だけは男女を入れ替えた――

 

――理由…。男女を入れ替えた理由…?

 

 まったく分からない。そもそも、逆に発表したところで何の意味があるのだろうか。もしかして、何かのメッセージなのだろうか。

 

「…あ、多分…気まぐれだとは思うんだけどね。ちょっと気になっただけだから。気にしないで…。」

 

 賢二が黙り込んだせいか、ゆかりが慌てた様子で訂正していた。それで、賢二もそれ以上考えるのはやめることにした。考えたところで、あのいかれた担当官の真意などわかるはずがない。

 

「あのね…藤村くん。いきなりなんだけど…大事な話があるの。」

 

 おもむろにゆかりが口を開く。今まで聞いたことのないゆかりの真剣な口調(あまり話したことないから無理もないけど、普段はおっとりとした口調だったような気がする)に、意識は半ば強制的にそちらに向けられた。クラスでも指折りの美人でもあるゆかりにじっと見つめられると、少しだけ緊張する。そして少しだけ、嫌な予感がした。

 

――まさか、やっぱり死んでくれとかじゃ…ないよな…?

 

「ここC-4は、三時には禁止エリアになっちゃうの。だからあと一時間くらいしたら、移動したいんだけど…いいかな?」

 

 言われたことが思ったよりも平和な内容(にしても日常会話とはほど遠い内容であるが)であったのでほっとした。それと同時に、自分にはそんなことを思う資格すらないということに気づいた。

 

――助けてくれた恩人を疑うなんて最低だな…。それに、香山さんには殺されたって文句言えないじゃないか。親友の荒川さんを殺したのは俺なんだから…。

 

「とにかく、今はゆっくり休んでね。それと藤村くんの荷物。無事みたいだったから、後で中身確認しておいてね。勝手かなと思ったけど、地図と名簿にはもうチェック入れたから。私…他に何か使えそうなものがないか見てくるから、ちょっと待っててね。」

 

 それだけを告げると、ゆかりは立ち上がりすぐに部屋を出て行った。カツカツという先ほどと同じ足音が、少しずつ小さくなっていく。

 

――荷物が…無事?

 

 ゆかりが言っていたことが引っかかり、急いで周囲を見渡す。賢二の荷物(多分)が枕元のテープルの上にきちんと置いてあった。右腕は使えないので、慣れない左腕を使って荷物をたぐり寄せ中身を確認した。途中から煩わしくなって、バックをひっくり返し一気に荷物をぶちまけてしまったが。

 バラバラと色んなものが落ちていく。一つ一つそれらを確認していく。水(なぜかきちんと二本だけ)、パン、地図と名簿、方位磁石と懐中電灯。地図や方位磁石はともかくとして、なぜ貴重な食料を持っていかなかったのか。

 

――神山の奴、どういうつもりだ?武器…武器は?

 

 すると一つだけ、明らかに異彩を放つものがあった。ごつごつした金属らしきもの。賢二の記憶が正しければ、それは銃だ。けれど、これまで自分が所有していたものではない。見覚えはあるが、それは賢二が持っていたわけではない。

 

――これって、白凪が持っていたものじゃ…?

 

 浩介に会った時、彼が持っていた銃によく似ていた。いや、見れば見るほど同じものに見えてくる。

 

『武器はそれぞれ違うものが入っているって。あれって、裏を返せば“同じものは一つもない”ってことじゃないかな?』

 

 かつて楓が言っていたこと。その言葉を踏まえると、浮かんでくるのは――

 

――まさか、白凪を殺したのって…神山なのか?

 

 けれど、それでは合点がいかない。賢二は見逃して、浩介は殺すという理由が分からない。逆ならあり得るのだが。

 すると、これまた見覚えのない説明書らしきものに気づく。急いでそれをたぐり寄せ、書かれてある文字に目を通す。読めない漢字も多少あったが、内容はおおよそ理解できた。

 

 “コルトガバメント――ゴム弾専用”

 

 おそらく浩介の持っていた銃は本物だ(何せ撃たれたのだから、ほぼ間違いないだろう)。そしてこれはゴム弾専用、つまりはゴム騨しか使えない。だから浩介から奪ったものではない。おそらく、彬が元々持っていたものだろう。それで、自分が骨折以外に目立った外傷がないことにも納得できた。

 他に何かないかと確認するが、それ以外には何もないようだ。つまり、賢二が元々持っていた武器――S&W、ベレッタ、手榴弾、ブッシュナイフ、折りたたみナイフ、ヌンチャク、毒薬と睡眠薬は全て取られてしまっていたようだ。つまり、武器に関してはそのままトレードしたような形になっているらしい(彬がこれしか持っていなかったらとしたらだが)。

 

――神山の奴、どういうつもりだ?

 

 あれだけ殺意を見せていたのに、殺さずに生かす。かつ武器も一つだけ残していくなんて、賢二にはまったく理解できなかった。

 

『俺は、ある人物を優勝させたいと思っている。』

『古山晴海には何があっても手を出すな。傷一つでもつけたら、殺す。』

 

 賢二のない頭で考えても分かること。彬は、古山晴海(女子5番)を優勝させるつもりだ。

 

 けれど、その理由がまったく分からない。普段から二人に関わりはなかったはずだし、そもそも彬は一人で行動することが多かったはずだ。だからこそ、彬がそこまでのことをする理由が皆目見当つかない。どちらかというと、自身の優勝するために乗っているほうがまだいくらか納得できる人物なのだ。

 彬がどうして晴海を優勝させようとしているのか。その理由を数分ほど考えていたが、まったく思い当たることがないので、考えることを止めることにした。そもそも、彬に関する情報が少なすぎるのだ。修学旅行でも違う班だったし、彬が誰かと会話したところすら数えるほどしか見たことがないのだ。もしかしたら彬は会話をしたことすら、あれが初めてだったのかもしれない。

 

――あんま考えるのは止めよう。俺らしくないし。

 

 理由はともかくとして、今後彬には気をつけなくはいけない。晴海を優勝させようとしているということは、いずれは賢二も、萩岡宗信(男子15番)も、彬から逃がした江田大樹(男子2番)横山広志(男子19番)も、そして今近くにいるゆかりのことも、いつかは殺すつもりだ。

 

――荒川さんを殺した罪滅ぼしというわけじゃないけど、香山さんのことは守らないとな。武器が一つしかないというのも、ある意味好都合かも。話したりしなければ、俺が人を殺したなんてことも分からないからな。

 

 そう結論づけたところで、足音が聞こえてくる。ほどなくして、ゆかりが戻ってきた。何も収穫はなかったせいか、両手は空いたままであったけれど。

 

「やっぱり何もなかったみたい。無人島らしいからしょうがないけどね。…あ、ちょっと藤村くん!荷物ぶちまけちゃダメじゃない!後で片付けるの大変なんだから!」

 

 そう言いながら床に落ちた荷物を拾うゆかりを見ながら、いつもと変わらないように振る舞うゆかりを見ながら、この子は自分が守ろうと思った。親友を失ってなお頑張っているこの子を、自分を助けてくれた命の恩人を、自身の命を懸けて守ろうと決意した。

 

 罪滅ぼしや義務感に近いものかもしれないが、それが“やるべきこと”のような気がしていたから。

 

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