未熟な騎士の真実

 

 姫を守る、騎士のような存在になりたいと思った。

 

 萩岡宗信(男子15番)は、周囲を警戒しながら、ふとそんなことを思った。上を仰げば、霞みがかった雲に覆われた空。もしかしたら、もうすぐ雨が降るのかもしれない。そういえば、今は梅雨の時期なのだ。

 そんな宗信の隣では、古山晴海(女子5番)が横になり目を閉じて眠っているようだった。規則正しい吐息と、それに合わせて動く肩。その落ち着いた様子に、宗信は少しだけホッとしていた。

 

 あれからほどなくして、あの民家から離れた。荷物をまとめて、きっともう会えなくなる矢島楓(女子17番)と、楓と乙原貞治(男子4番)の仇でもある宇津井弥生(女子2番)を丁寧に弔うことを忘れずに。そして今は、江田大樹(男子2番)横山広志(男子19番)がいるであろうC-5へ向かうことにしている。

 恨みや憎しみがないのかと言われれば、それはもちろん嘘になる。けれど、それに囚われてはいけないと思った。それに囚われてしまっては、自分自身を見失ってしまう。それを、楓も貞治も望まないと思うから。弥生も死んでしまっているのだから、もう誰かが犠牲になることもないのだから。

 

 ある程度離れたところで、晴海から事の顛末を全て聞いた。晴海が楓と合流したいきさつ、そこに弥生が訪ねてきたこと、見張りのこと、晴海と弥生の間に起こったこと、楓の最期。そして楓の口から語られた白凪浩介(男子10番)の最期のこと――

 

――浩介…

 

 正直なところ、頭の整理ができていない。何もかもが、宗信を混乱させてしまっている。受け入れきれていない現実が、今も喉につかえてしょうがない。突きつけられた現実は、想像以上だったから。

 

 浩介が月波明日香(女子9番)を殺したことも。

 それが原因で、文島歩(男子17番)に殺されてしまったことも。

 

 だからこそ、晴海が眠っている間に、なるべく心の整理しておきたいと思った。この状態で歩と会ってはいけない。この状態で会ってしまえば、自分は歩に何をするか分からない。それもあって、晴海に寝ることを提案したのだ(もちろん一番の理由は、晴海の様子があまりに見ていられないくらい痛々しかったからなのだけど)。

 最初は宗信の提案を拒んでいた晴海だったが、最終的には「何かあったら、絶対起こして。」という条件付きで飲んでくれた。おそらく、楓と一緒にいる際に休むことを遠慮したことで、結果的にはああいう悲劇を招いたと思っているのだろう。それに、さっきの放送でC-5も禁止エリアになってしまうことが分かった。それで、二人がここD-5へ下ってくる可能性もある。なら、下手に動かないほうがいいかもしれない。口には出さなかったが、暗にその可能性も考えたのだろう。

 遠慮なく生えている草の上に横になって、ほどなくして晴海はすうすうと寝息を立てていた。一応、楓と弥生が見張っていたときも少しは休めたらしいが、本人が自覚している以上に疲れが溜まっていたのだろう。そんな晴海を起こさないように、そして誰かに襲撃されないように周囲にも気を配りながら、宗信は頭の中で様々なことを考えていた。

 

――正義…正義ってなんだ?悪ってなんだ?

 

 楓の話では、歩は浩介が“人を殺した悪”だから殺した。だから、楓には手を出さなかった。そう言っていたそうだ。

 傍から考えれば、歩の主張は完全に間違っているとはいえない。確かに人を殺すことそのものは禁忌であり、決して赦されることではない。極端な話、“悪”と思う人間もいるだろう。

 けれど、その理屈で言ってしまえば、晴海も“悪”になってしまうのだろうか。それを守ろうとしている自分も、“悪”になってしまうのだろうか。正当防衛でも、殺したくてなくて殺した殺人でも、本人がどれだけ後悔しても――それは“悪”になってしまうのだろうか。

 浩介だって殺したくて殺したんじゃない。おそらく、あれは最後の手段だった。本来ならば、明日香を遠ざければよかった話だ。楓が殺されなければ、傷つかなければ、それでよかったはずだ。けれど、明日香は浩介の意見を聞き入れなかった。楓を、浩介を、本気で殺そうとした。

 

 楓を守るという目的のため――浩介は手を汚すことを選んだ。

 

 それが正しいかどうかは分からない。宗信が同じことをしたかどうかも分からない。だから、浩介に向かって“正しい”とも言えない。けれど、歩のしたことを受け止めることもできない。赦す、赦せない以前に、どうしていいのか分からないというのが正直な意見だった。

 

――俺は…文島のことを…理解できるのか?浩介を殺したことを…殺した理由を…受け入れられるのか?

 

 その答えは、まだ出せていない。ただ一つ分かっていることは、歩が浩介を殺した仇であるということ。今ここに歩がいたら、間違いなく彼を責めるだろう。怒りに任せて、右手にあるコルトガバメント――浩介の形見であるこれを、歩に向けてしまうかもしれない。赦す、赦さない。理解できる、できない。それ以前に、身体が勝手に動いてしまうかもしれない。

 

 感情に任せた行動だけはしてはいけない。それは出発前の教室で、藤村賢二(男子16番)との対峙で、痛いくらいに理解している。

 

――情けないな…。俺は…

 

 友人を殺されているというのに、完全には歩を恨めない自分がいる。心のどこかで、歩のことを理解しようとしている自分もいる。赦すことも、仇を討つことも選べない自分。こんなに情けない自分が、晴海のことを守れるのだろうか。歩から“悪”の対象に成り得てしまう、隣で眠る女の子のことを。

 

「ん…」

 

 すると、隣で寝ている晴海が身じろぎをする。すぐにそれは治まったが、表情は穏やかとはいえない。もしかして、嫌な夢でも見ているのだろうか。

 

「古山さ…」

 

 そっと晴海に触れようとして――止めた。起こしてしまうかもしれないし、まだ触れる資格はないと思ったから。先ほどは思わず晴海の身体を支える形になったが、自らの意志で触れるには早すぎる気がしたから。まだ晴海に相応しいほど、自分はできた人間ではない。何もかも決め切れていない、こんな未熟で情けない自分が、ずっと想いを寄せていた女の子に触れるなど。

 その代わり、寒くないようにと晴海の上にかけていた学生服を、少しだけかけ直した。それで安心したのだろうか。再び静かな吐息に戻っていた。

 

――古山さん…

 

 晴海と会えて、こうやって一緒にいられて、秘めた思いはずっと熱を帯びてきている。想いが届くとか届かないとか、そんなことはどうでもよくて。ただこの子の笑顔が見たくて、悲しい顔を見たくなくて、幸せに生きて欲しいと願うだけ。そのためなら、何だってできるような気がした。

 

『ただ一緒にいて…生きてほしい…。』

 

 迷い続ける心の中で、固く誓っていることが一つだけある。それは自分も生きる形で、晴海を守り続けること。決して彼女の敵にはならず、彼女にもう二度と辛い思いを味わわせないように、一緒に生きること。これだけは絶対に揺らがない。何もかも決め切れない自分が、絶対と断言できる、ただ一つの真実。

 

――大丈夫。俺は、簡単にはいなくならないから。

 

 姫を守る騎士には、なれないかもしれない。

 けれど、君のすぐ近くにいる一人の味方では――在り続けたいと思った。

 

[残り10人]

next
back
終盤戦TOP

inserted by FC2 system