その次に江田大樹(男子2番)の目に飛び込んできたのは、あまりに信じられない光景だった。
横山広志(男子19番)に突き飛ばされる形で身体を横倒しにされた後、耳に届いたパララララというタイプライターのような音。そして、それに合わせるかのように小刻みに動く広志の身体。その身体から舞い散る赤い霧、銃弾により裂けていく服、広志の口から吐き出される血のかたまり。一部始終、その全てが。
――え…?ひろ…し…?
銃弾の嵐が止み、広志の身体が地面に吸い込まれていくところで、ようやく身体の呪縛が解けていた。
「広志!!」
思わず立ち上がる。今立ちあがったら相手に蜂の巣にされるだとか、そんなことは完全に頭の中からぶっ飛んでいた。ずっと一緒にいた仲間が、ひどい怪我を負っているのだ。それも――自分を庇って。
「だ、大樹…。俺に構わず…早くここから逃げろ…。」
ひどく傷つきながらも大樹のことを気遣う広志の言葉に、思わず首を振っていた。そして、改めて広志の怪我の状態を目の当たりにする。それで――悟ってしまった。
もう助からない。確実に致命傷であると。
広志の胴体には人差し指が入りそうなほどの穴が数か所開いており、そこから血がトクトクと流れている。その身体の下には、クリムゾンレッドのような赤くて生々しい水たまりを作ろうとしていた。不幸中の幸いというべきか、急所は外れていたようだが、それでも適切な治療をしなげれば確実に死んでしまう。けれどその手段も、それができる人物も、ここにはいない。改めて大樹は、己の無力を呪った。
「お、お前を置いていけるわけないだろ…。一緒に…一緒に逃げよう!」
痛む左腕をも総動員して、広志の身体を担ぎあげようとした。しかし、広志自身の手によって、その手を振り払われてしまう。
「まだ分からないのか!このままじゃ二人とも死んでしまうんだぞ!俺はもう助からない!お前だけでも逃げるんだ!」
ブンブンと大きく首を振ることで、その言葉を拒絶した。できるわけがない。広志を置いて逃げるなんて、できるわけがない。今まで大樹のことを支え、励まし、時には喝を入れてくれて、ついさっき肩を貸してくれた仲間――友人のことを置いて逃げるなんて、とても。
そんな大樹の心中を察したのか、広志が先ほどとは違う優しさのこもった声で、ゆっくりと口を開いた。
「お前は、俺の、希望なんだ。」
一瞬、何と言われているのか分からなかった。そんな大樹にかまわず、広志はそのまま続けて言葉を紡いだ。
「こんな絶望的な状況の中で、脱出を考えて実行しようとしているやつがいることが…素直に嬉しかった…。だから、できるだけ、サポートしたいって…。何かあったら…大樹。お前を守るって…決めてたんだよ…。だから、頼む…。俺がまだ生きているうちに…逃げてくれ…。」
初めて聞く広志の本音。そこまで自分のことを思っていてくれたなんて。守るなんて、そんな悲しい決意をしていたなんて。こんなにも自分のことを大切に思ってくれる人が、こんなにもすぐ近くにいたなんて。
――俺は大バカだ…。ずっと一緒にいたのに、名前で呼び合っていたのに、もっと話すべきことはたくさんあったじゃないか…。今さら、今さら気づくなんて…
もう取り戻せない時間。プログラムの最中でも、友情を築く時間はいくらでもあったはずなのに。
「まだ…萩岡が…生きているだろ…」
広志の言葉で、我に返る。
「萩岡も、俺らを助けてくれた…藤村も生きている…。一人じゃないんだ…。そいつらを、助けてやれるのは…お前しかいないんだよ…大樹。」
そう、萩岡宗信(男子15番)も藤村賢二(男子16番)も、さっきの放送で名前を呼ばれていない。即ち、まだ生きている可能性が高い。彼ら全員を助けたいなら、脱出するしか方法がない。それができるのは、大樹しかいない。そう、言いたいのだ――広志は。
「早く…行け…。お、おそらく…マシンガン…は…弾切れ…だ…。今の…うちに…早く…」
少しずつ広志の声が小さくなる。嫌でも死期が近づいている。嫌でも――別れは訪れてしまう。
「早く行け!!」
その言葉が合図だった。弾かれたように立ち上がり、急いで自分の荷物を抱えて、脇目も振らずに走りだした。怪我をしている左腕が痛むのもかまわなかった。止まってしまえば、広志の行為を無駄にしてしまうと思ったから。
――どうして…どうして…
『俺だって、こんなクソみたいなプログラムに乗る気はない。ただ逃げ回ったり、いつか誰かを殺してしまったりするよりかは、お前のプランに賭けてみたい。』
『少なくとも、“進んで殺し合いをしている人間なんていない”って信じている証拠だよ。』
――いつからなんだよ…
『お前のやっていることは、悪あがきかもしれない。けれど、お前はそうすることを選んだんだ。』
『いいかげんさ、名字で呼ぶの止めないか?これだけ一緒にいるんだし、いわば同志というか仲間なんだからさ。』
――いつからそんなこと考えていたんだよ…
『お前に何が分かる!お前がこいつの何を知っているんだ!こいつが今までどれだけ悩んできたのか、どれだけ自分の無力を嘆いていたのか、それがお前にわかるのか?!』
――俺のこと…、守るなんて…
逃げる刹那に見た広志の表情。その表情に、後悔の色は微塵もなかった。安堵したような表情に、強い意志が色濃く映し出された瞳。その瞳に、“生きろ”と言われているような気がした。
その表情を思い出しただけで、また涙が溢れ出すのが分かった。
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