もう後悔しないように

 

――今のって…銃声…!!

 

 萩岡宗信(男子15番)は、今しがた聞こえた連続した銃声――おそらくマシンガンの類いを連想させるもの――を耳にした途端、完全に木に預けていた身体をガバッと起こした。慌てて起こしたせいか、首があたりが一回ズキンと痛んだ。

 

――しかも北の方角からじゃないか!江田と横山に、何かあったのか…?!

 

 宗信の耳が正しければ、銃声はこれから向かう北の方角。即ち、江田大樹(男子2番)横山広志(男子19番)がいるであろう方角からだった。必然的に、最悪な予感が頭を掠める。

 

「今のって…銃声だよね…。」

 

 宗信の隣で眠っていた古山晴海(女子5番)が、震えた声でそう口にする。どうやら今の銃声で起きてしまったようだ。

 

「ねぇ…。江田くんと横山くんに…何かあったんじゃ…」

 

 その言葉に、「違うよ。きっと二人には関係ないよ。」と言いたかったのに、口にすることはできなかった。それはあまりに希望的観測で、無責任な発言だと思ったから。それを口にできるほど現実は甘くないことは、痛いほど分かっているから。

 

――二人に何かあったなら…助けなきゃ…。でも、それじゃ古山さんが…

 

 もし一人だったなら、迷うことなくそこへ向かっていたのかもしれない。けれど、今は晴海がいる。自分がそうすることで、晴海の身に危険が及ぶことは避けたい。でも、そしたら大樹達を見殺しにしそうな気もする。二人のところへ行きたい。でも、晴海に何かあったら――

 

「私は、行きたい。」

 

 そんな宗信の迷う心に、晴海の凛とした声が響く。

 

「もう誰にも死んでほしくないから、できるだけのことはしたい。今ここで行かなかったら、きっとずっと後悔する。危険かもしれないけど、私はそうしたい。」

 

 宗信の目を見て、晴海ははっきりとそう口にする。その瞳に、迷いはない。

 

「萩岡くんは、どうしたい?」

 

 嘘を吐くことを許さないような強い瞳。まるで、心の中が見透かされているようだった。もしかしたら晴海は、宗信が自分のために行かないと言わんとしていることまで、分かっているのだろうか。

 

『私だって、もう人が死ぬのは嫌…。』

 

 誰かが死ぬことは嫌――それは親友ともいえる矢島楓(女子17番)を失ったことで、晴海が二度と経験したくないこと。

 宗信にしたって、白凪浩介(男子10番)乙原貞治(男子4番)という大事な友人を失っている。もう二度と、同じ轍は踏みたくはない。

 

「俺も…できるだけのことはしたい。もう誰かが死ぬのは嫌だ。江田にも、横山にも、死んでほしくない。」

 

 晴海の瞳を見続けながら、正直な思いを口にした。嘘偽りなど決してない――本当の気持ち。

 そして言い終える頃には、もう迷いはなかった。

 

「行こう。」

 

 その言葉に、晴海はコクンと頷く。宗信がこう言うことが予想できていたかのように、すかさず羽織っていた学生服を差し出してくれた。

 

「荷物をまとめてくれないか。二つとも俺が持つ。できるだけ早く行きたいから、俺が古山さんを引っ張っていく。おそらく注意力は散漫になるから、古山さんは周囲に気を配ってほしい。きつかったら遠慮なく言ってくれ。」

 

 学生服に袖を通しながら、頭で考えた最善の策を口にする。晴海はもう一度頷くと、急いで荷物をまとめ始めた。その間に、なまっていた身体をほぐすために少しだけ身体を動かした。いつも部活を始める前に行う、簡単なストレッチだ。

 いきなり激しい運動をしてはいけない。ストレッチや軽い運動で、少し身体を温めてから。柔軟に動けるためにも必要なことだ。向かっている最中に、誰かに襲撃されないとも限らないから。

 

 大丈夫。自信を持て。大して運動神経が優れているわけでもない自分が唯一誇れることは、誰にも負けない練習量だ。そして持久力は、その練習量に比例する。

 

「萩岡くん。」

 

 荷物をまとめ終えたらしい晴海が、宗信にデイバックを差し出していた。すぐにそれを受け取り、二つとも右肩にストラップを通す。

 

「古山さんも一回身体を動かした方がいい。いきなり走るわけだから、身体がもたないかもしれない。」

 

 宗信言われ、晴海も身体を動かし始める。これから危険な場所に向かっていき、やる気の人間と鉢合わせするかもしれないこの状況。またそれとは別にやる気の奴がいないとも、襲撃されないとも限らないこの状況。なおかつ宗信に走らされることになるのだから、不安がないはずがない。けれど晴海はそれを口に出さないし、そんな素振りも見せようとしない。

 

 それはきっと、もう後悔しないため。

 

――できる限りのことはするんだ。もう誰も死なせないように。

 

 準備運動を終えた晴海が、「準備、できたよ。」と言い、宗信の方へと手を差し出す。小さくてか弱い、少しだけ日焼けをした手を。

 

 先ほどまで、まだ触れられないと思っていた手。この世で一番触れたかった手。ずっと好きだった、女の子の手。

 

 その手を、ギュッと握りしめる。

 

「走るよ。」

 

 晴海が頷くのを確認してから、足をグッと力を込めて走り出す。繋いでいる手を絶対離さないように、握りしめる左手に力を込めた。向かうは大樹と広志がいるであろうC-5であり、先ほどの銃声の方角だ。

 何があってもこの手は離さない。晴海を守り、大樹と広志の無事を確認する。危険な目に遭うかもしれないけれど、二人がピンチなら助ける。

 

 やるべきことは多いけど、できるだけどれも取りこぼしたくなかった。

 

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