因果応報

 

――今の…マシンガン?一つじゃなかったのか?!

 

 藤村賢二(男子16番)は、連続した銃声を耳にした途端、歩き続けていた足を止めていた。その際、踏み出していた左足が痛んだが、そんなことにかまってなどいられなかった。

 銃声がしたということは、誰かが引き金を引いたということ。必然的に、誰かが犠牲になった可能性が高いということ。特に、マシンガンという殺傷能力の高い武器の前では――

 昨日の夕方頃、賢二自身はマシンガンを持っている人物に会っている。しかし、その時持っていた武田純也(男子11番)は、おそらくあのマシンガンを処分したはずだ。となると、別の人物が持っていたものだということだろう。

 

――まさか…狙われたのって…江田とか横山とか…萩岡じゃねぇよな…?

 

 賢二が知り得る限りで、やる気ではない人物。一緒に行動していた江田大樹(男子2番)横山広志(男子19番)。一度は対峙してしまったが、真正面から賢二に立ち向かってきた萩岡宗信(男子15番)。この中の誰かではないかという不安がよぎった。かといって、他の人間ならいいのかと言われれば、それもまた違うのだが。

 

「ねぇ…今のって…」

 

 左隣で同じように移動していた香山ゆかり(女子3番)が、不安そうに声をかけてくる。ゆかりにしても、何度も銃声は聞いているはず。しかし、やはりそうそう慣れるものではないらしい。身体が小刻みに震えていた。

 

「また誰か…」

 

 そう言って賢二を見つめるゆかりの瞳は、とても不安そうで、そして今にも泣きそうだった。そんなゆかりの瞳を見ると、ズキンと心が痛む。

 

「大丈夫だよ…。きっと逃げ切れるよ…。俺だって生きてるわけだし…」

 

 何の確証もないのに、ゆかりにはそう言ってのける。大丈夫。大樹と広志は一緒だし、広志は頭もいいし、武器も持っていたから大丈夫。宗信は生命力有り余る奴だし、そう簡単にやられる奴ではない。大丈夫だ。大丈夫。

 彼らである保障も、そうでない保障も、どこにも存在しないというのに。賢二は自身にそう言い聞かせていた。そうすることで、自身の中によぎる嫌な予感を振り払うかのように。

 そんな賢二の意図を察したのか、ゆかりは「うん。」と小さく返事をするに留めた。そして再び歩き出す。賢二のことを気遣うように、ひどくゆっくりとしたペースで。

 

 時刻がきっかり一時半になってから、賢二はゆかりと共に診療所を出発した。とりあえず、今は隣のエリアであるC-5へと移動している。早く禁止エリアから抜き出したいのに、賢二が右腕と左足に怪我を負っているので、かなりのスローペースで移動している状態だ。おまけに荷物も全てゆかりに持たせてしまっている状態であり、男の面目は丸つぶれである。「いいよ。私どこも怪我してないしさ。気にしないで。」とゆかりは言ってくれたものの、賢二としては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 出発する前、互いにこれまでの出来事をうち明けていた。といっても、ゆかりは賢二を発見するまでは北の端の方でじっとしていたらしく、特に目立った情報はなかった。武器も裁縫セットだったということで、動かないようにしていたらしい。賢二のほうはというと、さしさわりのない事実に関しては全て打ち明けていた。つまり大樹と広志が一緒にいることや、神山彬(男子5番)古山晴海(女子5番)を優勝させようとしているといったことだ。人を殺した事実はもちろん、宗信や浩介との一連の出来事も伏せていた。コルトガバメントは、賢二の元々の支給武器だということにしてある。

 

 実は、武器に関しては引っかかるところがあった。それは、以前矢島楓(女子17番)が言っていたこと。

 

『栗井せ…担当官が言っていたよね?武器はそれぞれ違うものが入っているって。あれって、裏を返せば“同じものは一つもない”ってことじゃないかな?』

 

 以前会った米沢真(男子20番)も、同じように裁縫セットを所持していた。デイバックにペットボトルが三本入っていたところと、あの時の真の様子から、真が佐久間智実(女子6番)を殺して、その際智実から奪った武器が裁縫セットだと思っていた。楓の推測が本当なら、どちらかは支給されたものではなく、どこかの民家から調達したか、もしくは元々所持していたものということになる。

 なら、真の持っていた裁縫セットは、本当にどこかの民家から調達してきたものということだろうか。となると、真が殺した智実の武器はどうしたのか。ハズレだったから、持ち歩くこともなかったのか。それとも、デイバックの中にでも入っていたのだろうか。

 

 もしくは、真の持っていた裁縫セットは本当に智実の支給武器で――ゆかりが嘘をついているのか。

 

 けれど、そうするメリットは一切ないように思われた。ゆかりが賢二に対して敵意をもっていないことは証明済みだし、唯一の武器であるコルトガバメント(ゴム弾しか撃てないが、脅しにはなるだろう)も、そのまま賢二に持たせてくれている。そんな嘘をついたところで、何の意味もないのだ。そこまで思考が及んだところで、賢二はそれ以上考えることを止めていた。

 

――恩人のことは信じないとな。米沢も、民家で見つけたって言っていたし。

 

 つまり聞く限りでは、ゆかりはここまで誰にも会っていない。そして、誰の遺体も発見していない。賢二のようにその手を血に染めてなどいないし、誰かに命を狙われたということもない。どんどんクラスメイトが死んでいる現実を何とか受け止めてはいるものの、ゆかりはきっとそんなに変わっていない。それがひどく羨ましかったし、だからこそできるだけ守りたかった。

 

 それが人殺しである自分にできる、彼女から親友を奪った自分にできる、せめてもの償いだから。

 

「藤村くん?」

 

 突然ゆかりの声を聞こえて、ハッと顔を上げる。隣を見ると、ゆかりが賢二の顔を覗き込んでいた。どうやら慣れない考え事をしていたおかげで、足が完全に止まってしまっていたらしい。

 

「あ…いや、何でもない。とにかく、先に進もう。」

 

 そう言って、またゆっくりと歩き出した。ゆかりもそれに続いて、ゆっくりと一歩踏み出す。地面に生えている草を踏みしめるカサッという音が、やけに大きく聞こえた。

 

 もう残りは十人。しかし、動けるエリアは狭い。必然的に、誰かと遭遇する可能性は高い。移動しているペースが遅いだけに、 標的になる可能性は極めて高い。ゆかりに荷物を持たせてしまっている以上、いざとなれば賢二は動かなくていけない。慎重に周囲を警戒しながら、確実に目的地へと進んでいた。

 

 ゆかりのことは、絶対に守らなくてはならない。自分の命に代えても、みすみす死なせるようなことだけはあってはならない。そしてできれば、他にも乗りそうにない人に会えればいい。大樹や広志なら大丈夫。宗信も説得すれば分かってくれるだろう。そうだ、彬にだけは会わないようにしないといけない。では、他の人はどうだろうか。周囲を警戒しながらも、頭の中ではそんなことを考えていた。

 

 しかし、どんなに警戒していても、危機というものは訪れる。このときも例外なく、賢二の視界に一人の人物が入りこんだ。

 

 賢二から見て、右手側にいる人物。木々の間に隠れるようにして立っている人物。距離にすると、十五メートルくらい離れているだろうか。黒っぽい学生服――男子だ。しかも一人。となると、大樹や広志は除外される。男子の生き残りは七人、候補は四人。視界がさほどよくないせいか、それ以上のことは分からない。あの人物は、一体誰だろうか。

 しかし賢二の思考がそこまで及ぶ前に、その人物が動いていた。視線を賢二達の方へと動かし、下ろしていた右手をこちらに向ける。その手には、何か銃らしきものが握られていて――

 

――マズいッ!!

 

 その人物が何をしようとしているかを悟った瞬間、思わずゆかりを左に突き飛ばしていた。突然のことで驚いたのか、ゆかりが「キャッ!!」と言いながら地面に倒れこんでいた。その際、多少の擦り傷ができたかもしれないが、そんなことにかまってなどいられなかった。

 

 ゆかりを突き飛ばした次の瞬間、バン!という銃声が轟いた。

 

 ほぼ同時に、右の大腿部辺りに弾が当たったらしく、ひどい激痛が賢二を襲った。それは以前、津山洋介(男子12番)に切りつけられた右肩の傷よりもいくらか―いや、数倍ひどいものだった。肉を抉り取られる感覚と、血が流れる感覚が、同時に賢二の痛覚を刺激する。立っていることもできずに、そのまま地面に倒れこんだ。

 

「藤村くん!!」

 

 いきなり突き飛ばされたはずのゆかりが、状況を把握したらしく、急いで賢二のほうへと駆け寄ってくる。

 

――ダメだ…。このままだと…香山さんまで撃たれてしまう…。早く逃げるんだ…。早く…

 

「やっと会えたね。藤村くん。」

 

 賢二が口を開こうとした瞬間、別の人物の声が聞こえた。あまり聞き覚えのない声、ゾッとするような冷たい空気、意味深な発言――

 

――やっと…会えた…?

 

 声のした方角、先ほどその人物を見つけた方角へと視線を向ける。思った通り、学生服を着た男子がいた。普段からあまり関わりのない人物。プログラムにおいては一度も会っていない人物。無口な印象が強く、何を考えているか分からない人物。

 文島歩(男子17番)が小型の銃をこちらに向けつつ、ゆっくりと賢二達へと近づいていた。

 

[残り8人]

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