導かれる最悪の予感

 

――らしくないこと、しちまったな…。

 

 先ほどの出来事を思い出しながら、神山彬(男子5番)は小さく息を吐いた。なぜ藤村賢二(男子16番)香山ゆかり(女子3番)を助けるような形で、文島歩(男子17番)に発砲したのか。彬自身もよく分かってはいなかったのだ。あの時の歩の発言に、ある種の怒りや嫌悪感を覚えたのは、まぁ事実ではあるのだけど。

 

 とにかく、賢二がゆかりを抱えながら走り去っていくところを見届け(あの怪我でよくもまぁ走れるものだと、場違いにも妙に感心したが)、その後歩が二人の荷物とコルトガバメント(これは元々彬の支給武器だった)を拾い上げ、そのまま別方向へと走り去るところを確認した後、当初の目的であったマシンガンの銃声のした方角へと再び足を向けている。どうやら何かしらの目的地へと向かっている最中に、誰かに遭遇する確率が高いようだ。どうせなら今一番会うべき人物、古山晴海(女子5番)と遭遇するという幸運にでも恵まれたいところなのだが。

 

 歩きながら、一つのことを思った。

 

――おそらく…香山さんはもう助からないだろうな。

 

 遠目から見ても、ゆかりの傷はひどいものだった。あの場から逃げ切れたのはいいものの、そのまま死んでしまう可能性は極めて高い。そしてその傷は、以前遺体で見た白凪浩介(男子10番)のものとよく似ていた。もしかしたら、浩介を殺したのも歩なのかもしれない(会話そのものはゆかりが撃たれてからしか聞いていないので、彬は歩が浩介を殺したという事実を知らないままなのだ)。

 

 ふいに、その時の光景がフラッシュバックする。

 

 マシンガンの銃声の方角へと向かっている最中に聞こえた一発の銃声。そちらの方が近いだろうと思い、先にそこに向かうことにした。しばらく歩いていると、賢二ら三人の姿を発見したが、ほどなくして歩がゆかりに向かって引き金を引いたのだ。あまりに意外な展開にも、その後の歩の発言にも驚いたが、それよりも彬が驚愕したのは、その時のゆかりの表情だった。

 歩に撃たれたにも関わらず、もうすぐ死ぬと分かっているのに、ゆかりは歩をじっと見ていたのだ。睨んでいたのではない、ただ見ていたのだ。何があっても自分を意思は曲げないということを突きつけるかのように、誰よりも真っすぐな瞳で。

 

 そこで思い出したのだ。随分前に、ある人から言われた言葉を。

 

『自分を大事にしなきゃダメだよ。命だけじゃなくてさ、自分の考えとか意思とか、そういう自分自身っていったものをさ。』

 

 あの時ゆかりは、自分の命よりも、自分の意思を貫いたのだ。それで歩に殺されることを分かっていながらも、賢二を見捨てて逃げることではなく、自分の考えをはっきり告げることを選んだのだ。それが正しいかどうか分からない。けれど、ゆかりは“そうしたのだ”。

 

――もしかしたら、香山さんは…姉さんに似ているのかもな…。

 

 見た目も性格もまるで違う。けれどあの時、ゆかりの中に“姉さん”の姿を見たような気がした。もしかしたら、それで思わず助けるようなことをしてしまったのかもしれない。そんな悲しい決意をしたゆかりの邪魔を、歩にさせたくないと思ってしまったから。

 

『それは、死ぬことよりも屈辱的なことなの。』

 

 もしかしたら、本田慧(女子13番)を助けるようなことをした理由も、ゆかりと似たようなものだったかもしれない。本来の目的のことを考えれば、二人を助けない方がよかったかもしれないのに。プログラムにおいては、どうも自分は非合理的なことをしているような気がする。

 

――俺は…そんな人間だったのだろうか…

 

 いつのまにか考え事をしていたことに気づき、慌てて首を振った。考え事をしていて、周囲への警戒を怠ってはいけない。残っている人数も少ないが、動けるエリアも少ないのだ。いつでも死ぬ覚悟はできているが、不意打ちであっけなく死ぬのだけはゴメンだ。

 

 歩きながら、地図とコンパスで現在位置を確認する。どうやら今はC-5にいるようだ。周囲には誰もいないようだが、もちろん警戒心を怠ってはならない。今はとにかくマシンガンの音のしたところへと行き、そこから可能な限りの情報を得ることなのだ。

 無人島らしいので無理もないが、相変わらず周囲はただそびえ立っている木々のみ。地面には手入れされていない草が、まるで無法地帯であるかのように生えている。カサッという草を踏みしめる音が、静かな周囲に響いているのみ。ここで殺し合いが行われているなど信じられないほど、情景は変わらず穏やかなものだった。

 

 しかし、殺し合いが行われている証拠に、ふと視線を前方に向けると、何か黒っぽいものがあるのを見つけた。その情景に相応しくない異質なもの。それが人で、それもクラスメイトであることは容易に想像できた。

 

 折り重なっているように倒れている二人の人物。どちらの顔も、彬のいる方角からは見えない。下になっている人物は、足だけが見えている状態だが、ズボンを履いているところからして男子であることはすぐに分かった。上になっている人物は、顔を向こう側に向けているが、全身は見える。体型は小柄だ。そしてセーラー服を着ていることからして、おそらく女子――

 

 女子の生き残りは、もう三人しかいない。その事実に気付いたとき、彬は急ぎ足でその二人の元へと駆け寄った。少しだけ息を切らしながら、今度ははっきりとその正体を目の当たりにする。

 

 男子の方は、一度会っている横山広志(男子19番)。女子は晴海でもゆかりでもないもう一人の人物、間宮佳穂(女子14番)だった。ピクリとも動かないところからして、もちろん二人とも死んでいる。

 

――お前だったのか。横山…

 

 一緒にいたはずの江田大樹(男子2番)の姿はない。おそらく、広志が逃がしたのだろう。広志の身体をよく見ると、あらゆる箇所に穴が空いており、そこから血が流れていた。もう血が固まっているせいか、黒い学生服には赤い染みがいくつも存在しており、その身体の下の地面は、草木の緑と血の赤が混ざって、何ともいえない奇妙な色へと変化していた。マシンガンの餌食になったのは、広志と見てまず間違いないだろう。

 気になったのは佳穂の方だった。こちらはマシンガンで撃たれたわけではなく、背中に刃物で刺されたような裂傷が二か所ある。おそらくこれが致命傷になるのだろう。しかし、それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。

 

――間宮さんが上ってことは、おそらく彼女の方が後に死んでいる。どうして、間宮さんにはマシンガンを使わなかったんだ?

 

 弾を無駄使いしないためということも考えられるが、もう一つ気になること。それは、大樹は逃げおおせているという事実だ。完全にやる気の人間なら、大樹もやられている可能性は極めて高いはず。それにマシンガンの乱射は一回だけ。つまり広志を撃って以来、相手は引き金を引いていないのだ。

 なら、撃った相手はやる気ではないのか?では、どうしてやる気ではなかった広志と大樹を襲ったのか?佳穂はそこにどう関わってくる?それにやる気ではなかったとすれば、なぜ佳穂を殺したのだ?それに、どうして殺害方法が違う?もしかして、広志を殺した人物と佳穂を殺した人物は別人なのか?

 

 あらゆる事実と、可能性を考慮してみる。すると、一つの仮説が浮かんだ。

 

 おそらく、広志を殺したのは佳穂である可能性が高い。けれどやる気だったわけではなく、何らかのきっかけで思わず引き金を引いてしまい、広志がその鉛玉を受けてしまったというのが正しいのだろう。そして大樹だけが逃げ(おそらく広志が逃がして)、広志はそのまま息を引き取った。だから大樹は逃げ切れた。そして広志の遺体の傍で、後悔や懺悔をしている佳穂を、後から来た何者かが背後から刺殺した。

 思わず何度も頷く。おそらくこの仮説は正しい。それなら大樹が無事である理由も、マシンガンの銃声が一回しか聞こえなかった理由も、昨日以来マシンガンの銃声が聞こえないことも説明がつく。昨日のマシンガンの主と、さっきのマシンガンの主は別人なのだ。

 となると問題は、佳穂を殺した人物が誰かということになる。今まで得た情報とこれまでの状況から、おのずと候補は絞られてくる。それに呆然としている女の子を背後から刺殺できるなんて人物、彬には一人しか思い当たらなかった。

 

――おそらく窪永か…。ちっ、厄介な奴にマシンガンが渡ってしまったな。

 

 クラスでも傍若無人で有名な(かつ彬も大嫌いな)人物である窪永勇二(男子7番)。あの男なら、喜んでマシンガンを乱射するに違いない。その犠牲になるのが、晴海の可能性だってあるのだ。

 

――マズいな…急がないと…

 

 急いでここから去ろうと思い、くるりと方向転換する。しかし、何か引っかかるものがあって、ふいに駆けだそうとする足を止めていた。

 

 自然と再び二人の元へと歩み寄る。少し考えてから、広志の開いていた口を閉じさせてやり、佳穂の目を伏せさせた。別に何か意味があったわけではない。大樹だけでも逃がした広志の心意気に敬意を賞したわけでも、佳穂の心中を推し量り同情したわけでもない。

 

『お前、本当はいい奴なのに。』

 

 なぜか蘇るのは、一人のクラスメイトの言葉。この言葉を言われたのは、どれくらい前だろうか。彼は自分の何を見て、こんなことを言ったのだろうか。さして親しいわけでもなかったというのに。

 

――違うよ。俺はいい奴なんかじゃない。だって、お前のダチ二人を襲ったんだから。

 

 少しだけ深呼吸し、二人の遺体をもう一度見つめた後、彬は一目散に走り去っていった。

 

[残り7人]

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