殺す覚悟

 

『お前は、俺の、希望なんだ。』

 

 江田大樹(男子2番)は、あれからずっと走り続けていた。あまりない体力を駆使して、時々速度をゆるめながらも、必死で走り続けていた。足を止めてしまえば、横山広志(男子19番)の気持ちを無駄にしてしまうと思ったから。

 

――すまない…すまない広志…。お前まで死なせてしまった…。何が脱出するだ…!何がみんなを助けるだ…!何もできないで失ってばかりじゃないか…!

 

 痛む左腕にかまわず、大樹は必死で走り続ける。マシンガンの人間は追ってきていないようだが、あの後単発の銃声もした。まだやる気の人間がいると思わせるには十分だった。だからわき腹が痛くなっても、息をゼェゼェと切らしても、走る足を止めるわけにはいかなかった。

 

――いつかは…俺も誰かに殺されるかもしれない…。死ぬのは怖いんだ…。誰だって怖いんだ…。何なんだ!このプログラムってやつは!!

 

 次第に大樹の中で、怒りの感情が増幅されていく。死んでいったクラスメイト達。その中には、乙原貞治(男子4番)のようないい人も、不良グループのような一見悪そうな人もいた。けれど、みんなそれぞれ大人になる権利があって、そこには未来があったはずなのだ。どんな形であれ、みんな生きていくべきだったのだ。大人になれば分かったことも、分かりあえたこともあったはずなのに、それは永遠に失われてしまった。

 

――俺は、絶対ここから生きて脱出してやる!そして、この国を変えるんだ!もう二度とこんなことが起こらないように!

 

 広志に言われたからではない。大樹もずっと疑問に思っていたのだ。自身がプログラムに巻き込まれる前から、どうしてこんなものが存在しているのかと。防衛上のシュミレーションと言われているが、どうして中学三年生が対象なのか。どうして毎年五十クラスも選ばれるのか。どうしてクラスメイト同士で殺し合わなくてはいけないのか。その答えを、誰も教えてはくれなかった。

 この大東亜共和国において、何十年もの続く“プログラム”を変えることは非常に難しい。それくらいは大樹にも分かっている。なら、どうしてこんな法律が可決されてしまったのか。そもそも、どうしてこんな法律を提案してしまったのか。提案した人物、賛同した人物全員にに問いただしたかった。納得などできるわけはないけれど、それでも問いただしたかった。

 

――でも…これからどうしたら…?

 

 脱出の方法も分からない。唯一の仲間であった広志も失った。残っている人間も少ない。そして、まだやる気の人間は存在する。国を変えるという決意とは裏腹に、今のところ何も手だてはないという現実。そして何より一人であるという状況という孤独。様々な感情が心の中でグルグルと混ざり合い、吐き出しそうなほどの眩暈を感じる。心なしか、景色も歪んでいる気がした。気を抜いてしまえば、本当に空っぽの胃から何かを戻してしまうのかもしれない。それほどまでに、大樹は追いこまれていた。

 

――どうしたらいい…?どうしたら?どうしたら…

 

『まだ…萩岡が…生きているだろ…』

 

 絶望に支配されそうになった大樹の頭の中に、一つの言葉が響いた。それは、暗闇に中に差す一筋の光のように神々しく、大樹の意識を覚醒されるものだった。

 

――そうだ…萩岡が…

 

 今まで失念していたが、これも広志に言われた言葉なのだ。広志はあの時、萩岡宗信(男子15番)も、自分達を助けてくれた藤村賢二(男子16番)も生きている。まだ大樹の仲間になってくれそうな人はいる。宗信と賢二、両方を助けたいなら脱出するしかない。それができるのは、大樹しかいない。広志はそう言ったではないか。

 

――そうだ…!とにかく、とにかく二人を探そう!!

 

 会えばきっと何とかなる。そう信じて、まだ何も手だてはないけど、とにかく二人を探すことにした。それに、宗信の想い人である古山晴海(女子5番)もまだ名前は呼ばれていない。希望はまだ、潰えてはいないのだ。

 

――そうだ。まだ終わりじゃない…。とにかく、とにかく一回落ち着かないと…

 

 一端足を止め、乱れた呼吸を整える。とにかく、気持ちを落ち着けないといけない。誰かを助けたいなら、守りたいなら、自身は冷静でないといけない。広志は、最初から最後までずっと冷静だった。だから大樹を守ることができたのだ。

 

――今度は…俺がみんなを守るんだ…。もう、誰も死なせないように…

 

 右肩にかけられたショットガン――フランキ・スパス12のストラップをグッと握りしめる。武器はある。これを使えば、守ることもできる。できるだけ使いたくないけれど、使わなくてはいけない時が来るかもしれない。使うなら――下手に躊躇ってはいけない。

 

『覚悟のある奴には、どうしたって負けるんだよ。』

 

 もう失いたくはないなら、手を汚す覚悟も必要かもしれない。人を殺す――覚悟を。

 

 大樹が秘かにそう決意した瞬間、視界の隅に人影が映りこんでいた。

 

[残り7人]

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